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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
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春を待ちながら

 

 辺境の冬は長かった。


 けれど、どれほど深い雪に閉ざされていても、

 季節は少しずつ前へ進んでいるらしい。


 ある朝、ミナトが窓を開けると冷たい風の中に

 ほんの少しだけ違う匂いが混じっていることに気付いた。


 雪の匂いではない。


 凍った森の匂いでもない。


 湿った土のような。


 水のような。


 春が近付く時だけ感じられる淡い気配だった。


「もう少しで雪解けかなぁ」


 窓辺に肘をつきながら呟く。


 吐いた息はまだ白い。


 けれど空は綺麗に晴れていた。


 淡い青色の空の下で、木々の枝に積もった雪が

 陽光を受けてきらきらと輝いている。


 その景色を眺めているだけで、不思議と胸が温かくなった。


 この世界へ来て二年以上が経つ。


 それでも季節の移り変わりを見るたびに感動してしまう。


 現実では病室の窓越しにしか見られなかった景色を、

 今は自分の足で歩きながら感じられるのだから。


「フィリ、見て」


 振り返る。


 暖炉の前で武器の手入れをしていたフィリックスが顔を上げた。


「なんだ」


 短い返事だった。


 それでもミナトは嬉しそうに笑う。


「空、綺麗だよ」


 フィリックスは少しだけ眉を上げた。


 言われるまま窓の外を見る。


 青空だった。


 確かに綺麗ではある。


 だが。


「いつもの空だろ」


 そう答える。


 するとミナトは楽しそうに首を振った。


「違うよぉ」


「何がだ」


「昨日と今日でも少し違うんだよ」


 窓の外へ視線を向けたまま言う。


「雪の色も違うし、風の匂いも違うし、空の色も違うの」


 柔らかな声だった。


 まるで大切な宝物について語るみたいに。


「今日はね、春が近い匂いがする」


 フィリックスは黙る。


 正直よく分からない。


 けれど、ミナトがそう言うなら本当にそうなのだろうと思った。


 この青年は、そういう小さな変化を見つけるのが上手だった。


 誰も気付かないような花を見つける。


 誰も見向きもしない薬草を育てる。


 誰も気にしない景色を嬉しそうに眺める。


 だから一緒にいると、自分まで世界の見え方が変わる気がする。


「今日は採取に行こうかな」


 ミナトが振り返った。


 茶色の瞳が楽しそうに輝いている。


「森の奥にね、冬の終わりだけ出る薬草があるんだ」


 その瞬間。


 フィリックスは立ち上がっていた。


「俺も行く」


 もはや反射だった。


 ミナトがぱちぱちと瞬きを繰り返す。


 そして少しだけ笑う。


「一緒に来てくれるの?」


「危ないからな」


「薬草採りだよ?」


「森だろ」


 即答だった。


 ミナトは声を上げて笑う。


 その笑い声は鈴の音みたいに軽やかで、静かな家の中へ優しく広がっていった。


 結局、その日も二人で森へ向かうことになった。


 雪原を歩く。


 足元で雪がきゅっきゅっと鳴る。


 遠くでは小鳥の声が聞こえる。


 木々の隙間から差し込む陽光が雪へ反射し、辺り一面が白銀色に輝いていた。


 ミナトは何度も立ち止まった。


「あった」


 小さな薬草を見つける。


 しゃがみ込む。


 嬉しそうに観察する。


「これが?」


 フィリックスが覗き込む。


「うん」


 指先ほどしかない植物だった。


 正直、雑草にしか見えない。


 けれどミナトは本当に楽しそうだった。


「春露草っていうんだ」


 葉をそっと撫でる。


「雪が溶け始める時期にしか出てこないの」


 その目はきらきらと輝いている。


 高ランク素材を見つけた冒険者より嬉しそうだった。


 フィリックスは思わず口元を緩める。


 自分でも気付かないうちに。


 ミナトといると不思議だった。


 強敵を倒した時の高揚感とも違う。


 報酬を手にした時の満足感とも違う。


 もっと穏やかな感情。


 胸の奥が静かに温まるような感覚。


 それが少しずつ増えている。


 そしてその帰り道。


 ミナトは雪の上を歩きながら、ふと空を見上げた。


「楽しいなぁ」


 ぽつりと零れる。


 独り言のような声だった。


 けれどフィリックスには聞こえていた。


「何がだ」


「全部」


 ミナトは笑う。


 頬を風に撫でられながら。


「歩くのも好きだし」


「ああ」


「森も好きだし」


「ああ」


「薬草も好きだし」


 少しだけ言葉が途切れる。


 それから、本当に幸せそうな顔で続けた。


「こうして誰かと一緒にいるのも好き」


 その瞬間、フィリックスは返事ができなかった。


 胸の奥が、僅かに揺れた気がしたから。


 ミナトは気付いていない。


 何気なく言っただけなのだろう。


 けれどフィリックスの中には、その言葉が不思議なくらい長く残り続けた。


 白い雪原。


 澄み切った空。


 並んで歩く二つの足跡。


 その何気ない景色を見ながら、フィリックスは知らず拳を握る。


 ――守りたい。


 ふと浮かんだ感情に、自分自身が少しだけ戸惑う。


 まだ名前の付かない想いだった。


 けれど確かに。


 その感情は静かに芽吹き始めていた。



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