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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
62/64

明日も、その先も(挿絵)


辺境の朝は、今日も穏やかだった。


暖炉の火が静かに揺れ、窓辺には朝日が差し込む。


窓際に置かれた小さな木彫りの鳥は、

十年以上前と変わらない場所で、変わらない景色を見つめていた。


けれど、その景色は少しだけ違っている。


薬草畑には青々とした葉が風に揺れ、

家の軒先には新しく干された薬草が並び、

棚には、この数か月でまた増えた思い出の品が静かに飾られていた。


そして何より。


この家には、また笑い声が戻っていた。


「フィリ、おはよう」


寝台の上で身体を起こした湊が、小さく笑う。


隣では、まだ眠たそうなフィリックスが

ゆっくりと目を開けた。


「ああ……おはよう」


その声を聞くだけで、湊は嬉しくなる。


フィリックスも同じだった。


目を覚ました時、隣に湊がいる。


その当たり前が、今でも時々信じられなくなる。


だからフィリックスは、起きて最初に必ず湊の顔を見る。


夢ではない。


ちゃんとそこにいる。


その温もりを確かめるように、指先でそっと手を重ねる。


湊も何も言わず、小さく握り返した。


それだけで、お互いが微笑んでしまう。


そんな朝が、二人は好きだった。



朝食を終え、薬草畑へ向かう。


今日は収穫の日だった。


以前より広くなった畑には、

二人で育てた薬草が元気に育っている。


「こっち、もう摘んでも大丈夫そう」


湊がしゃがみ込みながら声を掛ける。


「分かった」


フィリックスも隣へ来る。


昔と同じように。


いや、昔以上に自然に。


湊が薬草を選び、フィリックスが籠へ入れる。


途中で湊が背伸びをすると、届かない場所の薬草を

フィリックスが摘み取って渡してくれる。


「ありがとう」


「ん」


ほんの短いやり取り。


それだけなのに、お互いの胸は温かく満たされる。


十年前。


こんな何気ない時間が永遠に続くと信じていた。


そして、その永遠は突然終わった。


だから今は知っている。


永遠ではないからこそ、一日は愛おしいのだと。



昼過ぎになり、二人は木陰で少し休憩を取っていた。


湊が淹れた薬草茶を飲みながら、風の音を聞く。


フィリックスは湊の肩へそっと身体を預けた。


以前なら、人前でこんなことはあまりしなかった。


けれど今は違う。


失って初めて気付いた。


甘えることも。


触れることも。


「またあとで」と笑うことも。


全部、

伝えられる時に伝えておかなければならないのだと。


「ミナト」


「なあに?」


「……ありがとう」


突然の言葉に、湊は少し驚く。


「どうしたの?」


「今日も、隣にいてくれる」


湊は小さく笑った。


「それは僕も同じだよ」


「朝起きて、フィリがいて」


「ご飯を食べて」


「畑に来て」


「一緒に笑って」


「それだけで十分幸せ」


フィリックスは静かに頷いた。


「……俺もだ」


それ以上の言葉は必要なかった。



夕暮れ、家へ戻る道を二人並んで歩く。


長く伸びた影も、今は二つ並んでいる。


「ねえ」


湊が歩きながら口を開く。


「神様が僕をここへ返してくれた理由、

最近少し分かった気がする」


フィリックスが横を見る。


「理由?」


「うん」


湊は空を見上げながら微笑んだ。


「きっとね」


「もう一度、生きるため」


「ただ生きるんじゃなくて」


「毎日を大切にするため」


「フィリと、一日ずつ幸せを積み重ねるため」


フィリックスは何も言わなかった。


代わりに、湊の手を握る。


もう恐る恐るではない。


自然に。


愛おしいものへ触れるように。


「……俺も」


「うん?」


「十年間、お前を探して」


「ようやく分かった」


湊は静かに耳を傾ける。


「守るっていうのは」


フィリックスは少しだけ笑った。


「命を懸けて戦うことだけじゃない」


「毎日、一緒に飯を食って」


「疲れたら休ませて」


「笑わせて」


「寒ければ毛布を掛けて」


「帰ってきたら『おかえり』って言う」


「そういうことなんだな」


湊は思わず立ち止まった。


その言葉が、胸の奥へ静かに染み込んでいく。


フィリックスは昔から強かった。


けれど今は、その強さに優しさが溶け込んでいる。


十年という悲しみが、彼を壊しただけではなかった。


人を幸せにする強さを、教えてくれたのだ。


「フィリ」


「ん?」


「僕も守るよ」


「俺を?」


「うん」


湊は少し照れながら笑った。


「フィリは何でも一人で抱え込むから」


「悲しいことも」


「苦しいことも」


「だから半分は僕が持つ」


「嬉しいことも半分こ」


「悲しいことも半分こ」


「それが恋人でしょ?」


フィリックスは目を丸くしたあと、小さく笑った。


「……全部持っていかれるな」


「ふふ」


「その代わり、僕も半分持ってもらうから」


「ああ」


フィリックスは力強く頷いた。


「何があっても」


「もう、お前を一人にはしない」


「俺も一人にならない」


「二人で生きる」


湊の目に涙が浮かぶ。


けれどそれは悲しい涙ではなかった。


嬉しくて。


幸せで。


この人と出会えてよかったと、改めて思えた涙だった。



夜。


暖炉の火を眺めながら、二人は同じ寝台へ入る。


眠る前、フィリックスは湊の額へ優しく口づけた。


「おやすみ」


湊も少し照れながら笑う。


「おやすみ、フィリ」


部屋は静かだった。


けれど、その静けさはもう孤独ではない。


隣には、大切な人がいる。


明日の約束がある。


失ったからこそ知った幸せは、特別なものではなかった。


同じ朝を迎え、同じ食卓を囲み、同じ夜に眠る。


そんなありふれた毎日こそが、何より尊い奇跡だった。


暖炉の火が静かに揺れる。


窓辺の小さな鳥は、今日も変わらず二人を見守っている。


そして辺境の小さな家には、これからも優しい声が響き続ける。


「おはよう」


「いってらっしゃい」


「ただいま」


「おかえり」


昨日を悔やまず、明日を恐れず。


二人は、今日を抱いたまま、明日へ歩いていく。




fin.




挿絵(By みてみん)



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