一年ぶりの家
その頃、フィリックスは、辺境に最も近い街まで戻ってきていた。
街の門をくぐった時には、もう陽が傾き始めていた。
旅の間に増えた傷が、外套の下で鈍く痛んでいる。
靴には長い道の埃がこびり付き、
背負った荷物は以前よりも重く感じられた。
それでも、足を止める気にはなれなかった。
明日には、家へ着く。
一年ぶりの家。
何も変わっていないだろう家。
そして、ミナトがいないことを、
また確かめるための家。
フィリックスは宿を取らず、
街の外れにある簡素な休憩所で一晩を過ごすことにした。
柔らかな寝台も、温かい食事も、
今の自分には必要ないように思えた。
早く帰りたかった。
扉を開けて、誰もいないことを確かめる。
棚に並んだ小物を見て、窓辺の鳥を見て、
ミナトがいないことを受け止める。
それからまた、次の旅へ出る。
次はどこへ行くのか。
海の向こうへ渡るべきか。
まだ訪ねていない大きな国がある。
古い遺跡の近くには、各地から流れてきた人が集まるという。
手掛かりがあるかもしれない。
何か、ミナトに繋がる話を聞けるかもしれない。
そう考えても、胸の奥にある疲れは消えなかった。
十年。
あと、何年かかるのだろう。
あと何度、見つからない街を後にするのだろう。
あと何度、誰もいない家へ戻り、
それでもまた出発するのだろう。
フィリックスは、外套の内側へ手を入れた。
小さな袋の中に、青い髪紐がある。
旅の途中で買ったもの。
渡す相手がいないまま、ずっと持ち歩いているもの。
指先で触れると、布の柔らかさだけが確かに伝わった。
「……ミナト」
低く呼ぶ。
十年経っても、呼ぶたびに胸が痛んだ。
声は、もうほとんど思い出せない。
笑った顔も、少しずつ曖昧になっている。
それでも、
会いたいと思う気持ちだけは、少しも薄れなかった。
ただ、会いたい。
理由も、答えもいらない。
どこにいるのか分からなくても。
生きているのかさえ分からなくても。
ただ一度でいいから、もう一度会いたかった。
フィリックスは目を閉じた。
明日になれば、家へ向かう。
そしてまた、次の旅のために歩き出す。
その繰り返しの先に、いつかミナトがいると信じるしかなかった。




