長い帰路
ミナトを探し始めてから、十年目の春が来ていた。
フィリックスは、旅の途中で立ち寄った
小さな町の外れに立ち、遠くへ続く街道を見つめていた。
この先にも、まだ行ったことのない土地がある。
さらに山を越えれば、古い城壁に囲まれた国があり、
その向こうには海を渡らなければ辿り着けない大陸があると聞いていた。
探すべき場所は、まだ残っている。
そう考えれば、歩き出す理由はいくらでも見つかった。
そうでもしなければ、立っていられない気がした。
けれど同時に、十年という時間が、
フィリックスの胸へ重くのしかかっていた。
十年。
ミナトがいなくなった朝から、十年が過ぎた。
一緒に眠っていたはずの寝台で目を覚まし、
隣にいるはずの人が消えていることに気付いた、あの朝から。
何度も家の中を探した。
薬草畑へ駆けた。
森の中を呼びながら歩いた。
近くの村も、街も、国も、数え切れないほど訪ねた。
手掛かりらしい手掛かりがあれば、どれほど遠くても向かった。
似た者を見たという曖昧な話だけでも、眠る時間を削って駆けた。
それでも、ミナトは見つからなかった。
フィリックスは、目を伏せた。
十年もかかって見つけられないのなら。
もしかすると、自分は、最初から間違った場所を探しているのかもしれない。
そんな考えが浮かぶたび、胸の奥が冷たくなった。
焦りと不安が、じわじわと喉元までせり上がってくるようだった。
けれど、どこを探せばいいのか分からないからといって、
探すことをやめることもできなかった。
ミナトがいないことを受け入れるために、
何か別の生き方を選ぶことなど、フィリックスにはできなかった。
あの人がいないまま、自分だけが穏やかに暮らすことを、
どうしても想像できなかった。
そうしてしまえば、探し続ける理由まで失ってしまう気がした。
「……一度、戻るか」
誰もいない街道へ向けて、フィリックスは低く呟いた。
この一年、辺境の家には帰れていなかった。
遠い国を巡り、海沿いの街を訪ね、
山の向こうの集落まで足を延ばしているうちに、
季節がひとつ、またひとつと過ぎていた。
帰るたびに、ミナトがいないことを確かめるのが怖かった。
家へ戻れば、棚に並んだ小物も、窓辺の鳥も、
淡い青の髪紐も、何も変わらずそこにあるのだろう。
変わらず残っているからこそ、
ミナトだけがいないことを、改めて突き付けられるのだろう。
それでも、帰らなければならないと思った。
次の旅へ出る前に、家の様子を見ておきたかった。
もしも、ほんのわずかでも、ミナトが戻っていた痕跡があったなら。
そんなあり得ない期待を、十年経っても捨てられなかった。
フィリックスは旅の荷物を背負い直し、辺境へ続く道へ足を向けた。
昔なら、帰る道を歩くことは、少しだけ急ぐ理由になった。
扉を開ければ、ミナトがいる。
温かいものを用意して待っていてくれる。
怪我を見れば心配そうに眉を下げ、それでも無事に帰ったことを喜んでくれる。
そんな日々が、確かにあった。
今は、帰るほどに胸が痛んだ。
懐かしさと寂しさが入り混じって、息をするたびに胸の奥を締め付けた。
それでも、家はまだフィリックスにとって、ミナトがいた場所だった。
世界中を探しても見つからないなら、
せめてそこへ戻り、また最初から考えなければならない。
どれほど遠くへ行くのか。
次はどの国を巡るのか。
どこかに、まだ見落とした場所があるのか。
答えのない問いを抱えながら、フィリックスは長い帰路を歩き始めた。




