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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
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雪の森の家

 

 王都から遠く離れた北の辺境へ辿り着いた時、

 ミナトが最初に感じたのは静けさだった。


 それは街の図書館で本を読んでいる時の静けさとも違う。


 深い森の奥でしか味わえない、

 世界そのものがゆっくり呼吸しているような穏やかな静寂だった。


 空気はひんやりとしている。


 遠くでは小川の流れる音が聞こえる。


 木々の葉が風に揺れる音もする。


 けれど人の声は聞こえない。


 喧騒もない。


 誰かの怒鳴り声もない。


 争う声もない。


 ただ森がある。空がある。自然がある。


 それだけだった。


「……きれい」


 ミナトは思わず立ち止まった。


 深呼吸する。


 冷たい空気が肺を満たしていく。


 もちろん現実の身体ではない。


 それでも。


 この感覚が好きだった。


 風を感じること。


 自然を感じること。


 生きていると思えること。


 その全てが嬉しかった。


「ここにしようかなぁ」


 森に囲まれた小さな開けた土地。


 近くには川もある。


 薬草も豊富そうだ。


 畑も作れそうだった。


 ミナトはその場で家の建築メニューを開く。


 L・O(リベラルオンライン)では一定条件を満たしたプレイヤーに土地の所有権が与えられる。


 そしてミナトは既に十分な資金を持っていた。


 有名になっても使い道がなかったため、ほとんど貯金状態だったのである。


「うーん……」


 設計図を眺める。


 豪邸も、塔も、城まである。


 けれど。


 ミナトが選んだのは小さな木造住宅だった。


 暖炉付き。


 工房付き。


 薬草倉庫付き。


 二階建て。


 それほど大きくはない。


 けれど温かそうだった。


「これがいいな」


 決定を押す。


 すると光が広がり、何もなかった土地へ建物が現れる。


 木の香りが漂う家。


 石造りの煙突。


 小さな庭。


 窓辺の花壇。


 まるで絵本から飛び出してきたような家だった。


「わぁ……」


 ミナトは嬉しそうに目を輝かせた。


 そして真っ先に家へ入る。


 床を歩く。


 部屋を見る。


 窓を開ける。


 意味もなく階段を上る。


 また下りる。


 そんなことを繰り返しているうちに、気付けば夕方になっていた。


 楽しかった。


 新しい場所。


 新しい家。


 新しい生活。


 まるで本当に引っ越してきたみたいだった。


 それからの日々は穏やかだった。


 朝起きて、畑を見る。


 薬草を育てる。


 森へ採取に行き、工房でポーションを作る。


 本を読む。


 夜になったら暖炉の前で休む。


 それだけ。


 本当にそれだけ。


 けれどミナトは毎日が楽しかった。


 森へ行けば新しい発見がある。


 知らない植物がある。


 珍しい鉱石がある。


 見たことのない生き物もいる。


 この世界は広かった。


 だから飽きることがない。


 そして何より。


 ここでは誰も争わなかった。


 誰も押しかけてこなかった。


 静かだった。


 穏やかだった。


 ミナトが求めていたものが全てあった。


 だから笑顔が増えた。


 ログインするたびに嬉しくなった。


 現実の病室へ戻る時間が少しだけ惜しくなるほどに。


 そんな生活が数か月続いた頃だった。


 辺境にも冬が訪れる。


 雪が降り始めたのである。


 最初は綺麗だった。


 白い雪が森を染める。


 木々が白く輝く。


 川辺には霜が降りる。


 幻想的な景色だった。


 ミナトは子どものようにはしゃいだ。


 雪だるまを作った。


 雪へ飛び込んだ。


 意味もなく雪原を走った。


 誰も見ていないのに。


 一人で笑いながら。


 その姿は十五歳の頃、初めて草原を走った時と少しも変わっていなかった。


 けれど。


 冬が深まるにつれて雪は激しくなっていく。


 吹雪の日も増えた。


 視界が白く染まるほどの嵐も珍しくない。


 そしてその日も。


 朝から雪が降り続いていた。


 窓の外は真っ白だった。


 暖炉の火が心地良い。


 ミナトは工房でポーションを作っていた。


 薬草を刻み、混ぜ、煮込む。


 いつもの作業。


 静かな時間。


 その時だった。


 ガタン


 微かな音が聞こえた気がした。


「ん?」


 手を止める。


 耳を澄ませる。


 気のせいだろうか。


 吹雪の音かもしれない。


 しかし。


 数秒後。


 再び聞こえた。


 今度ははっきりと。


 バタン


 まるで何かが倒れたような音だった。


 こんな辺境に?


 こんな吹雪の日に?


 ミナトは首を傾げる。


 そして立ち上がった。


 嫌な予感ではない。


 ただ少し胸がざわついた。


 扉へ向かう。


 取っ手へ手を掛ける。


 そして開いた瞬間。


 冷たい風が吹き込んできた。


 視界いっぱいの白。


 舞い散る雪。


 その中に。


 一人の青年が倒れていた。


 黒に近い銀髪。


 雪に濡れた長い睫毛。


 人間より少し尖った耳。


 そして額の横から伸びる黒い角。


 全身は血で汚れ、ところどころ装備も壊れている。


 一目で分かった。


 瀕死だった。


 今にも命が尽きそうなほどに。


 ミナトの瞳が大きく見開かれる。


 驚きはあった。


 けれど。


 迷いは一秒もなかった。


「大丈夫!?」


 雪の中へ飛び出す。


 膝をつき、肩を抱く。


 冷たい。


 驚くほど冷たい。


「しっかりして!」


 返事はない。


 呼吸も弱い。


 けれどまだ生きている。


 なら助けなければ。


 その考えしか浮かばなかった。


 ミナトは必死に青年を支える。


 そして。


 吹雪の中から自宅へ運び込んだ。


 まだ知らない。


 この青年がフィリックスという名前であることも。


 辺境で出会ったその日から、自分の人生に欠かせない存在になることも。


 そして。


 いつか誰よりも深く愛することになることも。


 ミナトはまだ何も知らなかった。



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