探し続ける日々
ミナトがいなくなってから、何日が過ぎたのか。
最初のうちは、フィリックスにもまだ、
正確に数えることができていた。
朝が来れば、家の扉を開けて、まず薬草畑を確かめた。
夜のうちに戻ってきて、
いつものように薬草の様子を見に来ているかもしれないと思った。
畑の端に立ち、露に濡れた葉を見つめながら、
何度も名前を呼んだ。
「ミナト」
けれど、返事はなかった。
それでも、今日こそはいるかもしれないと信じて、
フィリックスは毎朝同じように畑を見た。
次に家の裏手へ回り、井戸の周りを見て、
薪を積んだ場所を確かめ、近くの森へ入る。
ミナトがよく薬草を摘んでいた場所。
二人で休憩した木の根元。
小さな水場のそば。
以前、ミナトが珍しい花を見つけて、
子どものように目を輝かせていた場所。
どこへ行っても、そこに残っているのは思い出だけだった。
ミナトの姿は、どこにもなかった。
フィリックスは森を抜け、近くの村へ向かった。
村の入口に立つ見張りへ、ミナトの姿を見なかったかと尋ねた。
柔らかな明るい髪をした、細いハイエルフの青年。
人に警戒するよりも先に、
困っている相手を気に掛けてしまうような人だと、
できるだけ分かりやすく説明した。
けれど、誰も首を横に振るだけだった。
村の酒場でも、道具屋でも、薬草を扱う店でも聞いた。
ミナトが作ったポーションを知っている者は、
フィリックスの切羽詰まった声を聞いて、真剣な顔になった。
「何かあったのか」と尋ねられるたびに、
フィリックスは答えられなかった。
何があったのか、自分にも分からなかったからだ。
朝になったら、いなくなっていた。
それだけだった。
何の痕跡もなく。
何の言葉もなく。
次の日には、さらに遠い街へ行った。
冒険者ギルドへ顔を出し、
受付の者に頼み込んで、捜索の依頼を出した。
街道を行く商人たちにも、旅人たちにも、見かけなかったかと尋ねた。
ミナトが一人で歩いていたなら、きっと誰かの目に留まるはずだった。
背は高くなく、どこか幼く見える顔立ちで、
けれど誰かに話しかけられれば、困ったように笑ってしまう。
そんな人が、何日も誰にも見つからないはずがない。
そう思うほどに、見つからないことが怖くなった。
フィリックスは、村と街と森を何度も往復した。
昼も夜も関係なく歩いた。
眠くなれば、木の根元で短く目を閉じた。
身体が重くなっても、足が痛んでも、止まることはできなかった。
立ち止まってしまえば、
その間にもミナトが遠くへ行ってしまう気がした。
助けを求めているかもしれない。
怖い思いをしているかもしれない。
自分の名前を呼んでいるかもしれない。
そんな想像が浮かぶたび、フィリックスはまた歩き出した。
けれど、日が経つにつれて、焦りの中へ別の感情が混じり始めた。
最初は、誰かに連れて行かれたのだと思っていた。
何かに巻き込まれたのだと。
ミナトが何も言わずに消えるはずがない。
誰かを置いて行くことができるような人ではない。
だから、きっと、
自分の意思ではないのだと、フィリックスは信じていた。
それでも、
夜になって一人で歩いていると、どうしても考えてしまう。
もし、違ったら。
もしミナトは、自分から離れたかったのだとしたら。
自分が気付かないうちに、何かをしてしまったのだとしたら。
フィリックスは足を止めた。
街道の脇には、夜露に濡れた草が広がっている。
遠くに見える街の灯りは、あまりにも小さく、
手を伸ばしても届かないもののようだった。
「……俺が、何かしたのか」
低い声が、闇の中へ落ちた。
思い返せば、心当たりがないわけではなかった。
危ないからと、何度もミナトの前へ立った。
一人で森へ行くことを止めた。
疲れているように見えれば、今日は休めと言った。
自分では守っているつもりだった。
けれど、ミナトにとっては、息苦しかったのではないか。
自分のそばにいることが、
いつの間にか重荷になっていたのではないか。
フィリックスは、拳を握った。
ミナトはいつも、嫌だとは言わなかった。
困ったように笑って、
それでも自分の言葉を受け入れてくれた。
だからこそ、もし無理をさせていたのだとしたら、
自分は何も気付けなかったことになる。
「……嫌われたのか」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
ミナトが自分を嫌う姿など、想像できなかった。
笑って、自分の名前を呼んで、隣へ来てくれた。
好きだと伝えれば、頬を赤くして、
それでも嬉しそうに笑ってくれた。
同じ寝室で眠るようになってからも、
朝になれば、隣にいることを確かめるように見上げてくれた。
あの穏やかな瞳が、嘘だったはずがない。
分かっている。
分かっているのに、不安になる。
見つからない時間が長くなるほど、
信じていたものまで揺らいでしまう。
フィリックスは、自分がそんなふうに考えてしまうことを嫌悪した。
ミナトを信じられない自分が、何よりも情けなかった。
けれど、他に理由が見つからない。
何も残さずに消えた理由を、自分は知らない。
知らないことが、恐ろしかった。
数日が過ぎた頃には、
フィリックスは一度、家から出られなくなった。
朝になっても、寝台から起き上がれなかった。
隣には誰もいない。
もう何度も確かめたはずなのに、
目を開けるたび、最初に腕を伸ばしてしまう。
そこにミナトがいないと分かるたび、胸の奥が冷たくなる。
探さなければならない。
早く見つけなければならない。
頭では分かっている。
けれど、身体が動かなかった。
寝台から起き上がり、扉を開けて、
また何もない家を見ることが怖かった。
台所へ行けば、ミナトがいないことを思い知らされる。
窓辺を見れば、鳥の置物の隣に、彼が大切にしていた白い花がある。
棚を見れば、二人で過ごした日々が、形になって並んでいる。
何もかもが、ミナトの不在を突きつけてくる。
フィリックスは、その日、何も食べなかった。
水を飲むことすら忘れて、ただ寝台の端へ座り込んでいた。
腹が空いているのかどうかも、よく分からなかった。
空腹よりも、胸の中に空いた穴の方が大きかった。
時間だけが過ぎていく。
窓の外が明るくなり、少しずつ暗くなっていく。
その間にも、ミナトはどこかで自分を待っているかもしれない。
そう思うのに、立ち上がれない自分がいた。
「……俺は、何をしてる」
掠れた声で呟いた。
返事はない。
当然だった。
けれど、ふと、
台所の方からミナトの声が聞こえたような気がした。
――フィリ、ちゃんと食べてね。
何度も言われた言葉だった。
自分が依頼から帰ってきて、疲れていると分かると、
ミナトはいつも温かい食事を用意してくれた。
無理をしないでと言いながら、自分の分まで心配してくれた。
食べることも、眠ることも、
フィリックスが自分を大切にすることも、
ミナトは当たり前のように願っていた。
その声を思い出した瞬間、フィリックスはゆっくりと顔を上げた。
ミナトがいないからといって、
自分が何も食べず、何もせずにここで止まっていたら。
もしミナトが戻ってきた時、自分はどんな顔をすればいい。
心配させる。
悲しませる。
そんなことを、ミナトは望んでいない。
フィリックスは、重い身体を動かして台所へ行った。
食器棚を開ける。
そこには、ミナトがよく使っていた小さな器があった。
手に取ると、胸が痛んだ。
それでも、残っていたパンを少しだけ食べた。
味はほとんど分からなかった。
けれど、飲み込んだ。
生きていなければならないと思った。
ミナトを探すために。
見つけて、もう一度、名前を呼ぶために。
理由を聞くためではない。
責めるためでもない。
ただ、どこにいたのかを確かめて、
無事だったのだと知って、抱きしめたかった。
そして、もう一度だけでもいいから、隣にいてほしかった。
フィリックスは器を置き、しばらく台所に立ち尽くした。
窓辺には、鳥の置物がある。
ミナトがそこへ置いた白い花は、まだ静かに咲いていた。
その姿を見つめながら、フィリックスは深く息を吸った。
苦しかった。
怖かった。
何も分からないまま、
ただ時間だけが過ぎていくことが、耐えられなかった。
それでも、探すことをやめるわけにはいかなかった。
ミナトがどこにいるのか、まだ分からない。
けれど、見つからないからといって、
いなくなったと決めつけることだけはできない。
フィリックスは外套を手に取った。
扉の前で、一度だけ振り返る。
二人の家は、いつもと変わらず温かい形をしていた。
ミナトが帰ってくる場所として、そこに残っている。
「待ってろ」
今度の声は、まだ震えていた。
けれど、昨日よりも少しだけ、強かった。
「必ず、見つける」
そしてフィリックスは、また家を出た。
ミナトの名前を胸の中で呼びながら。
何度でも。
見つかるその時まで。




