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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
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いない朝


フィリックスが目を覚ました時、

最初に感じたのは、妙な静けさだった。


いつもなら、まだ眠りの中にいるはずの

ミナトの小さな寝息がすぐそばで聞こえている。


あるいは、少し早く目を覚ましたミナトが、

起こさないようにそっと寝台を抜け出し、

台所で朝食の支度をしている気配がある。


包丁がまな板へ触れる控えめな音や、

湯を沸かす音、薬草を乾かすために籠を動かす小さな音。


そんな、何でもない生活の音が、朝の家にはいつもあった。


けれどその朝は、何も聞こえなかった。


フィリックスはまだ半分眠ったまま、腕の中へ手を伸ばした。


そこにあるはずの温もりを確かめるように。


けれど、指先が触れたのは、冷え始めた寝台の布だけだった。


「……ミナト?」


低い声が、寝室へ落ちた。


返事はない。


フィリックスはゆっくりと目を開けた。


隣には誰もいなかった。


枕には、ミナトが眠っていた時にできる

浅い窪みだけが残っている。


けれど、その窪みはもう、

彼がついさっきまでそこにいたことを示すには、

あまりにも静かだった。


フィリックスは身体を起こした。


寝室を見回す。


ミナトの上着は、いつもの場所に掛けられている。


棚の引き出しには、髪を切った時に取っておいた

淡い青の髪紐がしまわれたままだ。


外へ出る時に使う小さな鞄も、壁際に置かれている。


何かを持って出かけた様子はなかった。


「ミナト」


今度は少し大きな声で呼んだ。


それでも、返事はなかった。


フィリックスは寝台を降り、すぐに寝室の扉を開けた。


台所には、誰もいない。


朝食の準備をした形跡もなく、

机の上には昨夜のまま片付けられた食器が置かれていた。


暖炉の火は小さくなっていたが、完全には消えていない。


ミナトなら、起きていればまず火の様子を見に来るはずだった。


居間にもいない。


作業机の前にも、薬草を乾かしている場所にも、窓辺にも。


白い花の鉢は、昨日のまま鳥の置物の隣に置かれていた。


ミナトが水をやったばかりの土は、まだ少しだけ湿っている。


鳥の置物も、棚に並んだ小さな石も、

二人で買った小物も、何一つ変わっていない。


なのに、ミナトだけがいない。


その事実が、少しずつフィリックスの胸へ沈んでいった。


「……どこへ行った」


呟いた声は、自分でも分かるほど硬かった。


ミナトは、何も言わずに遠くへ行くような人ではない。


少し庭へ出るだけでも、すぐ戻るよ、と言う。


森へ薬草を摘みに行くなら、一緒に行こうと誘う。


街へ用事があるなら、何を買うかを楽しそうに話してくれる。


それなのに、何も残さず、何も言わず、いなくなるはずがない。


フィリックスは外套を掴み、ほとんど駆けるように家を出た。


まず、家のすぐそばにある薬草畑を探した。


朝露の残る畑には、ミナトが大切に育てていた薬草が並んでいる。


葉の一枚一枚まで気に掛け、少しでも元気がないものがあれば、

長い時間をかけて世話をしていた場所だった。


「ミナト」


呼ぶ。


返事はない。


畑の端まで歩き、低い場所にも目を向け、

物陰になりそうな場所まで確認する。


けれど、見つからない。


次に、家の裏手へ回った。


薪を積んでいる場所。


水を汲む小さな井戸。


以前、ミナトが見つけて嬉しそうに持ち帰った、

丸い石が転がっていた辺り。


どこにもいない。


フィリックスの呼吸が、少しずつ荒くなっていく。


ただ近くにいるだけなら、声が届かないはずがない。


眠っているなら、もっと早く見つけられるはずだ。


怪我をして動けないのなら、何か痕跡があるはずだった。


けれど、土の上にも、草の間にも、争った跡はなかった。


フィリックスは森へ向かった。


ミナトがよく薬草を摘んでいた場所を、一つずつ辿っていく。


青い葉の薬草が生えていた場所。


二人で昼食を食べた、少し開けた場所。


小さな水場の近く。


淡い緑の石を見つけた場所。


「ミナト!」


声を張り上げた。


森の奥へ、何度も名前を響かせた。


鳥が驚いて飛び立ち、枝葉が揺れる。


けれど、返ってくるのは、風が木々を抜ける音だけだった。


フィリックスはさらに奥へ進んだ。


足元を見て、木の幹を見て、茂みの向こうまで確かめる。


ミナトなら、一人で深くまで入ることはない。


危ないからと、何度も言ってきた。


だからこそ、もしここにいるのなら、

何かに巻き込まれたのだと思った。


魔物か。


通りがかった冒険者か。


あるいは、以前のように、

誰かがミナトの作るものを欲しがって、無理に連れて行ったのか。


考えたくないことばかりが、次々と頭へ浮かんだ。


フィリックスの手は、いつの間にか強く握られていた。


爪が掌へ食い込んでも、気にならなかった。


「……誰かが、連れていったのか」


口に出した途端、胸の奥が冷たくなった。


もしそうなら、すぐに探さなければならない。


ミナトは怖がっているかもしれない。


知らない場所で、一人で泣いているかもしれない。


自分を呼んでいるかもしれない。


その想像に耐えられず、フィリックスは森を走った。


枝が腕を掠めても、

足元の石に躓きそうになっても、止まれなかった。


ただ、どこかにいるはずのミナトを見つけなければならない。


見つけて、抱きしめて、どうして一人で行ったのだと叱って、

それから二度と勝手に離れないようにと伝えなければならない。


けれど、どれだけ探しても、ミナトの姿はなかった。


昼が過ぎても、森の中には、彼の足跡ひとつ見つからなかった。


フィリックスは何度も同じ場所を通った。


見落としているだけかもしれないと思った。


小さな身体なら、草の陰に隠れてしまっているかもしれないと思った。


けれど、何度確かめても、そこには誰もいない。


日が傾き始めた頃、フィリックスは一度だけ家へ戻った。


戻れば、ミナトがいるかもしれないと思った。


自分が探している間に帰ってきて、

心配そうな顔で扉の前に立っているかもしれないと思った。


そんなはずがないと分かっていても、そうであってほしかった。


扉を開けた。


「ミナト」


呼んだ。


返事はなかった。


家の中は、朝と何も変わっていなかった。


暖炉には、消えかけた火が残っている。


窓辺には、白い花と鳥の置物が並んでいる。


棚には、二人で増やしてきた小さなものたちが、静かに置かれている。


緑色の石。


小さな木彫り。


街で買った器。


ミナトが作った、少し形の歪な瓶。


どれも、そこにある。


二人が過ごしてきた時間だけが、そのままの形で残っている。


それなのに、ミナトだけがいない。


フィリックスは、しばらく扉の前から動けなかった。


何かがおかしい。


何かが、決定的におかしい。


けれど、それが何なのか、どうすれば取り戻せるのか、何一つ分からない。


「……ミナト」


名前を呼ぶと、声が震えた。


自分の声が震えていることに気付いて、フィリックスは奥歯を噛みしめた。


泣くな、と自分へ言い聞かせる。


まだ見つかっていないだけだ。


どこかにいる。


必ずいる。


そう思わなければ、立っていられなかった。


けれど、寝室へ入った時、フィリックスの足は止まった。


二人で眠っていた寝台。


ミナトの枕。


昨夜、彼がいた場所。


そこにはまだ、ほんのわずかにミナトの匂いが残っている気がした。


フィリックスは寝台の端へ手を置いた。


冷たい。


あまりにも冷たかった。


昨夜まで、ここにいた。


自分の腕の中で眠っていた。


明日も一緒にいると、そう言った。


それなのに、朝になったら、何も言わずに消えていた。


「……どこにいる」


問いかけても、答える人はいない。


フィリックスは、ミナトの枕を強く掴んだ。


胸の奥から、押さえ込めない焦りがせり上がってくる。


探さなければならない。


明日も、その次の日も。


街へ行く。


冒険者ギルドにも聞く。


近くの村も、道も、森も、全部探す。


ミナトがどこにいるのか分からなくても、

探すことだけはやめられなかった。


フィリックスは、冷えた寝台の前で、誰にも聞こえない声で呟いた。


「待ってろ、ミナト」


その声は、いつものように強いものではなかった。


祈るように、縋るように、かすかに震えていた。


「必ず、迎えに行く」



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