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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
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最後の夜(死ネタ)

 

 冷たく眩しい光が、閉じていた瞼の裏へ

 一気に流れ込んできた。


 ミナトは息を詰めるようにして目を開けたが、

 最初は何もはっきり見えなかった。


 白い天井。


 規則正しく並んだ照明。


 鼻をかすめる消毒液の匂い。


 耳のすぐそばで、何かの機械が短く、

 けれど不安定な音を鳴らしている。


 戻ってきたのだと、理解するまでに少し時間がかかった。


 辺境の家の寝室ではない。


 窓辺の鳥も、白い花も、二人で集めた小物が並ぶ棚もない。


 すぐ隣にあったはずのフィリックスの体温も、

 大きな手も、ミナトの背中を包んでいた腕も、どこにもなかった。


 代わりに、現実の自分の身体だけがあった。


 重く、冷たく、胸の奥を焼くような痛みに支配された、

 ずっと長く付き合ってきたはずなのに、

 今はまるで知らないもののように感じられる身体が。


「……っ、ぁ……」


 息を吸いたいのに、うまく吸えなかった。


 胸の奥で心臓が暴れているようなのに、

 その音はだんだん遠くなっていく気がして、

 指先から少しずつ力が抜けていく。


 視界の端には、フルダイブ用の機器と、何本もの管がぼんやりと映っていた。


 きっと異常を検知して、

 システムが自分を現実へ引き戻したのだろう。


 けれど、戻ってきたからといって、

 何かが間に合うわけではないことを、ミナトはもう分かっていた。


 胸の痛みは、これまで経験してきた発作とは違っていた。


 苦しいのに、どこか静かだった。


 助けを呼ばなければと思うのに、

 身体は言うことを聞かず、指先を動かすことさえ難しい。


 それでも、恐怖ははっきりとあった。


 怖い。


 怖いよ、と心の中で繰り返す。


 まだ十九歳だった。


 まだ見たい景色があった。


 暖かくなったら、フィリックスと花畑へ行く約束をしていた。


 森の向こうの川も見てみたかったし、

 棚に置けるものも、まだたくさんあった。


 髪が伸びたら、取っておいた髪紐をまた使うつもりだった。


 明日の朝、フィリックスは眠そうな顔で台所へ来るはずだった。


 ミナトが朝食を作っていたら、きっと何かを手伝うと言う。


 そして、いつものように不器用な手つきで皿を運び、

 ミナトが笑えば、少しだけ困ったような顔をする。


 そんな、何でもない明日が来るのだと、さっきまで疑いもせずに信じていた。


 けれど、その明日はもう来ないのかもしれない。


 そう思った瞬間、胸の奥にある恐怖よりも、もっと強い悲しさが押し寄せた。


「……フィリ」


 掠れた声が、ほとんど音にならないまま唇からこぼれた。


 返事はない。


 当たり前だった。


 ここは、フィリックスのいる世界ではない。


 彼は今も、あの寝台の中で眠っているのだろうか。


 それとも、目を覚ましているのだろうか。


 隣に自分がいないことに気付いて、名前を呼んでいるのだろうか。


 ミナトは想像したくなかった。


 フィリックスが、誰もいない寝台を見つめる姿を。


 何が起きたのか分からないまま、何度も自分の名前を呼ぶ姿を。


 扉を開けても、台所へ行っても、窓辺を見ても、自分がどこにもいないことに気付いてしまう姿を。


 強くて、誰よりも頼りになるフィリックスは、きっと、ひどく傷付く。


 自分が消えた理由を知らないまま、ずっと探してしまうかもしれない。


 自分を責めてしまうかもしれない。


 そんなことを考えると、苦しい胸の奥が、さらに締め付けられた。


 忘れてほしい。


 忘れないでほしい。


 矛盾していると分かっていた。


 フィリックスを悲しませたくないのに、忘れられることには耐えられない。


 幸せになってほしいのに、自分以外の誰かの隣で笑う彼を考えると、胸が痛む。


 けれど、それほどまでに大切だった。


 自分の人生の中で、初めて手に入れた、何にも代えられない人だった。


 ミナトはゆっくりと目を閉じた。


 瞼の裏に浮かんだのは、現実の病室ではなく、あの辺境の家だった。


 暖炉の火。


 薬草の香り。


 窓辺に置いた白い花。


 棚に増えていった小さなもの。


 そして、眠そうな顔で自分を見つめるフィリックス。


 大きな手で髪を結んでくれた日。


 危ないからと前へ出ながら、ミナトの言葉はいつも真剣に聞いてくれたこと。


 好きだと言えば、照れたように目を逸らしながらも、何度でも好きだと返してくれたこと。


「……幸せ、だったよ」


 声は、ひどく小さかった。


 けれどミナトは、今度こそ自分の気持ちを言葉にしたかった。


 誰にも届かなくてもいい。


 フィリックスに聞こえなくてもいい。


 最後に、自分自身が忘れないために。


「フィリと、会えて……よかった」


 涙が、目尻からゆっくりとこぼれた。


「僕、すごく……幸せだった」


 苦しさはまだ消えなかった。


 怖さも、消えなかった。


 それでも、フィリックスと出会えたことを思うと、

 暗闇の中に小さな灯りがともるようだった。



 自分の人生は、病室の中だけではなかった。


 短くても、あの世界で過ごした時間は確かに自分のものだった。


 フィリックスと過ごした日々は、誰にも奪えない。


「……ごめんね」


 ミナトは、もう一度だけ名前を呼ぼうとした。


 けれど声は続かなかった。


 遠くで慌ただしい足音がした気がする。


 誰かが自分の名前を呼んでいる気もした。


 けれど、その声も、光も、少しずつ遠ざかっていった。


 最後にミナトが思い浮かべたのは、

 眠っているフィリックスの穏やかな横顔だった。


 起こさないように、そっと髪へ触れた夜のこと。


 明日も楽しみだと、小さく呟いた自分の声。


 もう叶わない明日を思いながら、

 それでもミナトは、心の中で彼へ微笑んだ。


 ――大好きだよ、フィリ。


 その言葉だけを抱きしめるようにして。


 ミナトの意識は、静かな闇の中へ、ゆっくりと沈んでいった。



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