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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
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同じ部屋に帰る

 

 棚を置いてから数日が過ぎても、ミナトは時々、

 何か思い出したようにフィリックスの元の部屋へ入っては、

 三段の棚の前に立ち止まっていた。


 まだ置かれているものは少ない。


 けれど、だからこそ一つひとつがよく見えた。


 半分こにした焼き菓子の包み紙、北の山で拾った銀色の石、

 初めて香りをつけて作った回復薬、小さな飾り。


 どれも、他の誰かが見れば取るに足らないものなのかもしれない。


 けれどミナトにとっては、

 フィリックスと過ごした時間が

 確かにここにあるのだと教えてくれる、大切なものばかりだった。


「また見てる」


 部屋の入口から聞こえた声に、ミナトは振り返った。


 フィリックスは依頼から戻ったばかりらしく、

 外套を肩へ掛けたまま、静かにこちらを見ている。


「おかえり、フィリ」


「ああ。ただいま」


 ミナトはすぐに彼のそばへ歩み寄った。


 以前なら、帰ってきたフィリックスの顔色や

 怪我の有無を確かめる前に、

 少しだけ距離を取ってしまっていたかもしれない。


 けれど今は、彼が帰ってくると自然に近付きたくなる。


 手を繋ぎたいと思う。


 声を聞きたいと思う。


 それが恋人になったからなのだと、ミナトは少しずつ理解していた。


「怪我、してない?」


「ない」


「本当に?」


「本当だ」


 ミナトはそれでも、フィリックスの腕や肩へそっと目を向けた。


 大きな傷がないことを確認してから、

 ようやく安心したように息を吐く。


 フィリックスはその様子を見て、少しだけ眉を下げた。


「心配しすぎだ」


「フィリが言う?」


「俺はいい」


「よくないよ」


 ミナトは穏やかな声で言った。


「フィリが怪我したら、僕は嫌だよ」


 その言葉に、フィリックスは何も返さなかった。


 ただ、ミナトの髪へ手を伸ばし、

 乱れていない前髪をそっと整える。


「……次からは、もっと早く帰る」


「無理はしないでね」


「ああ」


 ミナトは微笑んだ。


 フィリックスが、

 自分の言葉をちゃんと受け取ってくれることが嬉しかった。


 守られるだけではなく、自分の気持ちも彼の中に残っていく。


 それが、二人で暮らすということなのかもしれないと思った。


 夕食のあと、ミナトは棚へ新しいものを一つ置いた。


 今日、薬草を摘みに行った時に見つけた、薄い緑色の小さな羽根だった。


 鳥のものなのか、魔物のものなのかは分からない。


 けれど、光に透かすと葉脈のような模様が浮かび、

 ミナトは見つけた瞬間に、フィリックスへ見せたいと思った。


「これ、今日見つけたんだ」


「羽根か」


「うん。きれいだったから」


 フィリックスは羽根を受け取り、指先でそっと触れた。


「棚に置くのか」


「置いてもいい?」


「ああ」


「フィリと一緒に見つけたものじゃないけど」


「お前が見せたいと思ったなら、二人のものだ」


 ミナトは目を丸くした。


 それから、少しだけ照れたように笑った。


「じゃあ、フィリが持ち帰ったものも、全部見せてね」


「全部?」


「うん。きれいな石とか、変わった花とか、旅先で見つけたもの」


「大したものはない」


「フィリが見つけたものなら、僕は見たいよ」


 フィリックスはしばらく黙っていた。


 それから、腰の袋を外し、机の上へ置く。


 中には依頼先で手に入れた素材のほかに、

 小さな木の実が一つ入っていた。


 丸く、淡い赤色をしている。


「これも」


「かわいい」


「食べられない」


「うん。でも、飾るにはいいね」


 ミナトは嬉しそうに木の実を受け取り、緑の羽根の隣へ置いた。


 棚の上には、少しずつ色が増えていく。


 それを見るたびにミナトは、

 この家にフィリックスと一緒にいることが、

 少しずつ当たり前になっていくのを感じていた。


 夜になり、二人は同じ寝室へ入った。


 寝台へ横になったあと、ミナトは布団の中で

 フィリックスの方へ少しだけ近付いた。


 以前は、触れたいと思っても、どうすればいいのか分からなかった。


 けれど今は、彼の体温が近くにあると安心する。


 フィリックスが帰ってきた日には、特にそう思った。


「フィリ」


「なんだ」


「今日、帰ってきてくれて嬉しかった」


「ああ」


「毎日帰ってきてくれてるのに、変だよね」


「変じゃない」


「そうかな」


「俺も、帰る場所があるのは嬉しい」


 ミナトは少しだけ息を止めた。


 フィリックスは、以前、

 自分の部屋をただ眠るためだけの場所だったと言っていた。


 そんな彼が、この家を帰る場所だと言ってくれることが、

 胸の奥へゆっくりと染み込んでいく。


「じゃあ、僕も待ってるね」


「待たなくていい」


「どうして?」


「眠いなら寝ろ」


「でも、フィリが帰ってくる時に、おかえりって言いたい」


 フィリックスは、少しだけ困ったように目を細めた。


「無理はするな」


「うん。でも、できる日は待ってる」


「……ああ」


 ミナトは、そっとフィリックスの手を探した。


 大きな手に自分の指を重ねると、

 フィリックスはすぐに握り返してくれる。


「明日、何しようか」


「薬を作るんだろう」


「それから、パンも焼こうかな」


「食べたい」


「フィリは甘いパンと、普通のパン、どっちがいい?」


「ミナトが作るなら、どっちでもいい」


「それじゃ選んだことにならないよ」


「じゃあ、甘い方」


「分かった」


 ミナトは小さく笑った。


 明日のことを話すだけで、心が温かくなる。


 朝になれば、また同じ家で目を覚まして、

 二人で食事をして、何気ないことをする。


 そんな日々が続くのだと、

 疑いもなく信じられることが、ミナトには何より幸せだった。


「おやすみ、フィリ」


「ああ。おやすみ、ミナト」


 フィリックスは、ミナトの額へ口づけた。


 ミナトは目を閉じ、

 繋いだ手の温かさを感じながら、ゆっくりと眠りについた。



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