思い出を置く場所
季節市の前日、
辺境の街にはいつもより早い時間から人が集まり始めている。
石畳の通りには遠い国から荷を運んできた
商人たちの荷車が並び、店先には普段なら見かけない鮮やかな布や、
光を受けて淡く色を変える硝子細工が並べられていた。
けれどミナトにとって何より心を弾ませるものは、
これからフィリックスと一緒に選ぶ、小さな棚のことだった。
「フィリの部屋だったところに置くんだよね」
家を出る前、
ミナトは窓辺に置かれた木彫りの鳥をそっと撫でながら、
嬉しそうに言った。
鳥の隣には、街で買った水色の硝子玉と、
ミナトが摘んできた小さな紫の花が並んでいる。
以前はただ窓から外を見るためだけの場所だった窓辺が、
今では二人が出かけた時に見つけたものや、
何気なく持ち帰った小さなものが置かれる場所になっていて、
ミナトはそこを見るたびに、
家の中に少しずつ二人の時間が積み重なっているのを感じていた。
「ああ」
フィリックスは短く答え、ミナトの外套の襟元を整えた。
「寒くないか」
「大丈夫だよ」
「手袋は」
「持ってる」
「ならいい」
ミナトはフィリックスがいつものように心配そうな目で
自分を見ていることに気付き、少しだけ笑った。
「フィリ、今日は僕より棚のことを考えてる?」
「お前が欲しいと言った」
「うん」
「なら、必要だ」
その言葉に、ミナトは嬉しそうに頷いた。
二人は手を繋ぎ、街へ向かった。
季節市の通りには、普段よりもたくさんの人がいて、
香辛料の強い匂いと、焼き菓子の甘い香り、
焼いた肉の香ばしい匂いが混じり合っていた。
ミナトは人の多さに少しだけ緊張しながらも、
フィリックスの手をしっかり握り、
店先に並ぶものを一つひとつ眺めていく。
木工細工の店には、背の高い本棚や、蓋付きの小箱、
壁へ掛けるための飾り棚など、さまざまな家具が並んでいた。
ミナトはその中から、背の低い三段の棚を見つけた。
木の色は淡く、角は丸く削られていて、
窓から差し込む光を受けると、どこか温かく見える。
「これ、いいな」
ミナトがそっと手を触れると、フィリックスは棚をじっと見下ろした。
「小さい」
「うん。でも、たくさん置きすぎない方が、一つずつ大切にできると思う」
「足りなくなったら」
「その時は、また増やそう」
ミナトは笑った。
「思い出も、少しずつ増やしていけたらいいな」
フィリックスはしばらく何も言わなかったが、
やがて棚の端へ手を置き、低い声で言った。
「これにする」
棚を家へ運び入れると、
フィリックスはかつて自分が一人で使っていた部屋の窓際へ、
それを丁寧に置いた。
以前の部屋には、寝台と、武器を立てかける場所、
それから最低限の荷物しかなかった。
誰かと暮らすことも、誰かと何かを分け合うことも考えず、
ただ眠り、朝になれば依頼へ出るためだけの部屋だった。
けれど今、その場所には小さな棚が置かれ、
ミナトが嬉しそうにその前へ立っている。
「何から置こうか」
ミナトは窓辺の鳥のそばから、水色の硝子玉を持ってきた。
それから、
以前二人で半分こにした焼き菓子の包み紙に描かれていた、
小さな花の模様を切り取り、一段目へそっと置く。
「これ、捨てるのもったいなかったんだ」
「紙だろう」
「でも、フィリと食べた焼き菓子のだよ」
フィリックスは何も言わなかった。
ただミナトが置いた紙片を見つめてから、
旅の途中で拾ったという淡い銀色の石を、腰の袋から取り出した。
「これも置く」
「フィリが持ってたの?」
「ああ。昔、北の山で拾った」
「きれい」
「お前に見せるつもりはなかった」
ミナトは石を受け取り、光へ透かした。
「じゃあ、今は?」
「今は見せたい」
ミナトは少しだけ目を細め、銀色の石を紙片の隣へ置いた。
二段目には、
ミナトが初めて作った香りのよい回復薬を入れた小さな水色の瓶を置いた。
三段目には、
季節市で見つけた細い紐を使って二人で作った小さな飾りを置いた。
白い花を乾かし、
竜人族の鱗のような形をした木片と一緒に結んだだけの、
特別な価値があるわけでもない小さな飾りだった。
「まだ少ないね」
ミナトが言うと、フィリックスはその隣へ立った。
「ああ」
「でも、これから増える」
「増やす」
ミナトは棚を見つめたまま、そっとフィリックスの手を取った。
「ここを見るたびに、二人でどこへ行ったかとか、
何を食べたかとか、思い出せるといいな」
「忘れない」
「うん」
「全部、覚えてる」
フィリックスの声は、いつもより少しだけ低く、
けれど確かな温度を持っていた。
ミナトはその言葉を聞きながら、窓から差し込む光の中で、
小さな棚に並んだものたちを見つめた。
窓辺の鳥のそばにも、かつて何もなかった部屋の棚にも、
二人が一緒に過ごした時間が、少しずつ形になって増えていく。
それは、未来が続いていくことを信じているからこそ
できることのように思えた。




