始まりの姿
どれほど走り回っただろう。
草原を駆け抜け、転がるように丘を登り、風に吹かれながら笑っているうちに
湊はようやく自分がまだキャラクター作成を終えていないことを思い出した。
「そうだった……」
思わず苦笑する。
周囲を見回すと、最初の案内妖精が少し呆れたような顔で浮かんでいた。
手のひらほどの大きさの光の妖精で、
ふわふわと宙を飛びながら羽を揺らしている。
『満足しましたか?』
「うん!」
湊は満面の笑みで頷いた。
『それは何よりです』
『ですが、正式なゲーム開始にはキャラクター作成が必要です』
「ごめんなさい」
『謝らなくて大丈夫ですよ』
妖精はくすりと笑う。
その仕草さえどこか人間らしくて、湊は感心した。
動画で見た時も凄いと思ったが、実際に体験すると全く違う。
まるで本当に異世界へ来てしまったようだった。
『それでは種族選択を行います』
妖精が杖を振る。
すると目の前に巨大な光のウィンドウが現れた。
人族。
獣人族。
妖精族。
ドワーフ。
エルフ。
竜人族。
他にも数十種類の種族が並んでいる。
「わぁ……」
湊は目を輝かせた。
図鑑を眺める子どものように、一つ一つ説明を読んでいく。
戦闘向き。
生産向き。
魔法向き。
探索向き。
それぞれに特徴があるらしい。
だが。
湊の視線はある項目で止まった。
エルフ。
自然と魔法を愛する種族。
魔力適性が高く、薬草栽培や生産系スキルとの相性も良い。
「きれい……」
思わず呟く。
長い耳。
繊細な顔立ち。
森の中で暮らす神秘的な種族。
見ているだけで心が惹かれた。
『エルフを選択しますか?』
「うーん……」
湊は少し悩んだ。
せっかくなら色々見てみたい。
そんな気持ちもあった。
その時だった。
ウィンドウの隅に小さな文字を見つける。
【ランダム選択】
「これなんだろう?」
『種族を完全にランダムで決定します』
『非常に低確率で上位種族が選ばれる場合があります』
湊は首を傾げた。
「上位種族?」
『通常では選択できない希少種族です』
『ただし出現率は極めて低くなっています』
「へぇ……」
別に強くなりたいわけではない。
ランキングにも興味はない。
けれど。
少しだけわくわくした。
子どもの頃、福引きを回す前のような気持ち。
何が出るか分からない楽しさ。
それがあった。
「やってみようかな」
『よろしいのですか?』
「うん」
湊は笑う。
「せっかくなら運試し」
そして。
ランダム選択を押した。
光が溢れる。
無数の文字が流れる。
種族名が次々と切り替わる。
獣人。
人族。
ドワーフ。
妖精族。
エルフ。
竜人族。
高速で流れる文字列。
やがて。
眩い白銀の光が弾けた。
『種族が決定しました』
『SSR種族』
『ハイエルフ』
「……え?」
湊と妖精が同時に固まった。
数秒の沈黙のあと、妖精が目を瞬かせる。
『……これは、かなり珍しいですね』
「珍しい?」
『ええ。運営統計でも出現率0.001%の希少種族です。通常ではまず選べません』
「そんなに……」
『はい。かなりの幸運です』
湊は困ったように笑った。
だが実感はない。
希少と言われてもよく分からない。
それより。
目の前に映し出された姿の方が気になった。
柔らかな茶髪。
優しい茶色の瞳。
顔立ちは現実の自分によく似ている。
けれど。
耳だけが少し長く伸びていた。
そして全身を包む淡い魔力の光。
幻想的で美しい姿だった。
「僕だ」
鏡へ手を伸ばす。
そこに映る少年も同じように手を伸ばした。
病室のベッドで寝ている自分ではない。
青白くもない。
痩せ細ってもいない。
ちゃんと立っている。
ちゃんと笑っている。
その姿を見た瞬間。
湊の胸の奥が少しだけ熱くなった。
「よろしくね」
鏡の向こうの自分へ語りかける。
「ミナト」
その名前を入力する。
特別な意味はない。
現実の自分と同じ名前。
だからこそ。
この世界でも自分らしく生きられる気がした。
『登録完了』
『ようこそ、リベラル・オンラインへ』
システムメッセージが表示される。
そして。
目の前には広大な世界が広がっていた。
森がある。
山がある。
街がある。
川がある。
誰かが暮らしている。
誰かが冒険している。
誰かが笑っている。
その全てが続いている。
果てしなく。
どこまでも。
湊は胸の前で小さく手を握った。
十五年間。
ずっと病室で過ごしてきた少年は。
この日初めて。
自分だけの冒険へ踏み出した。




