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LIBERAL ONLINE  作者: Guri
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祭りのあとに残る灯り

 

 花火が終わったあとも、街はすぐには静かにならなかった。


 夜空に咲いていた大きな光の花は消えてしまったのに、

 広場へ戻れば露店の灯りが柔らかく揺れていて。


 祭りを楽しんだ人々の笑い声や、名残惜しそうに交わされる会話が、

 夏の夜気の中へいつまでも溶け込むように残っていた。


 ミナトは丘を下りながら、何度も後ろを振り返った。


 もう花火は上がらない。


 けれど、先ほどまで色とりどりの光が広がっていた空は、

 星を散らした深い紺色のままで、

 そこに何か大切なものがまだ残っているような気がして、

 ミナトは胸の奥が少しだけくすぐったくなるのを感じていた。


「すごかったねぇ」


 隣を歩くフィリックスへ、ミナトは小さく声を掛けた。


「うるさかったな」


 フィリックスはいつものように、少しだけ素っ気ない言葉を返した。


 けれど、その声は冷たくなかった。


 むしろ、


 ミナトが何度も嬉しそうに空を見上げていたことを思い出しているのか、

 どこか穏やかな響きを含んでいる。


「うん、音は大きかったけど」


 ミナトはくすくすと笑いながら、それでも否定はしなかった。


「でも、あんなふうに空いっぱいに光が広がるなんて、知らなかったから」


 その言葉を聞いて、フィリックスは横目でミナトを見る。


 祭りの灯りが、柔らかな茶色の髪へ淡く映っていた。


 先ほど花火を見上げていた時と同じように、

 ミナトの瞳はまだ少しだけ明るく、

 心の中に残った楽しさを大事に抱えているように見える。


「また来ればいい」


 フィリックスは、考えるより先にそう言っていた。


 ミナトが足を止める。


「来年も?」


「ああ」


 短い返事だった。


 けれど、そこには迷いがなかった。


 来年も。


 その先も。


 こうして一緒に街へ来て、屋台を見て、ミナトが見つけたものに

 驚いたり笑ったりして、夜になれば同じ場所から空を見上げる。


 そんな未来を、フィリックスはもう当たり前のように思い描いていた。


 ミナトはしばらく何も言わなかった。


 それから、胸の前でそっと両手を重ねるようにして、少し照れたように笑った。


「うん、また一緒に来ようね」


 その言葉は、花火を見た時に交わした礼よりも、

 湖のほとりで交わした約束よりも、なぜだかフィリックスの胸へ深く残った。


 約束というものを、彼はこれまであまり大切にしてこなかった。


 冒険者として生きていれば、明日が無事に来る保証などどこにもなく、誰かと

未来の話をすることさえ、どこか遠い世界の出来事のように感じていたからだ。


 けれどミナトと出会ってからは違う。


 来年の祭り。


 育った果樹。


 春になればまた訪れる湖。


 そんな小さな未来を一つずつ言葉にして、

 そのたびに胸の奥へ静かな温かさが積もっていく。


 それは、戦いの中で得る高揚感とも、

 依頼を終えた時の達成感とも違う。


 帰る場所があること。


 待っている人がいること。


 同じ時間を重ねていきたいと思える相手がいること。


 その幸福を、フィリックスはまだうまく言葉にできなかった。


 祭りの帰り道、二人は街外れの道をゆっくり歩いた。


 夏の夜は涼しく、草むらから聞こえる虫の声が

 昼間の賑やかさとはまるで違う静けさを辺りへ広げている。


 ミナトは手にしていた小さな紙袋を大事そうに抱えていた。


 祭りの露店で買った、淡い青色の小さな飾り石だった。


 光にかざすと洞窟で見つけた光石ほどではないけれど、

 星の欠片のような淡い輝きを見せる。


「これね、家の窓辺に置こうと思うんだ」


 ミナトが紙袋を覗き込みながら言った。


「朝の光が当たったら、きっと綺麗だと思うの」


「そんな小さい石で変わるのか」


「少しだけだよ」


 ミナトは笑う。


「でも、少しだけ綺麗になるなら、それでいいんだ」


 フィリックスは返事をしなかった。


 ただ、その言葉を聞きながら、ミナトらしいと思った。


 大きなものだけを望むのではなく、小さな嬉しさを見つけて、

 大切にして、それを誰かと分け合おうとする。


 だからこの家で過ごす日々は、いつの間にか以前とは違うものになっていた。


 朝の光も。


 暖炉の火も。


 食卓に並ぶ温かな料理も。


 ミナトが庭で見つける小さな芽も。


 すべてが少しずつ、帰る理由になっている。


 家へ戻った頃には、空の端がわずかに白み始めていた。


 祭りを最後まで楽しんだせいで、いつもより遅い帰宅だった。


 ミナトは玄関を開けると、どこか安心したように小さく息を吐く。


「ただいま」


 誰に言うともなく呟いた言葉だった。


 けれどフィリックスは、その後ろから自然に続けた。


「……ただいま」


 その瞬間、ミナトが振り返る。


 驚いたように目を丸くしてから、すぐにふんわりと笑った。


「おかえり、フィリ」


 それは、ほんの短い言葉だった。


 けれどフィリックスは、胸の奥が強く締め付けられるような感覚を覚えた。


 この家へ戻ることを、自分も当たり前のように受け入れている。


 ミナトが「おかえり」と言ってくれることを、嬉しいと思っている。


 その事実が、今さらになってはっきりと形を持った。


「寝る前に、お茶いれるね」


 ミナトはそう言って、眠たそうに目を細めながら台所へ向かう。


「もう寝ろ」


「でも、今日のお祭りの話、少ししたいなぁ」


 振り返ったミナトは、どこか申し訳なさそうに笑った。


「フィリが疲れてたら、明日でもいいけど」


 その表情を見て、フィリックスは一度だけ目を伏せる。


 疲れていないわけではない。


 けれど、ミナトが楽しそうに話す声を聞きたいと思った。


 今日見た花火のことも。


 見つけられなかった隠し素材のことも。


 りんご飴が思ったより甘かったことも。


 そんな他愛のない話を、もう少しだけ聞いていたいと思った。


「少しだけだ」


 そう言うと、ミナトの顔がぱっと明るくなる。


「うん」


 その返事があまりにも嬉しそうで、

 フィリックスは自分でも気付かないうちに、わずかに口元を緩めていた。


 夜が明けるまでの短い時間、二人は暖炉の前で湯気の立つ茶を飲みながら、

 祭りで見たものを一つずつ思い出して話した。


 ミナトは何度も笑った。


 フィリックスは、そんなミナトの話を聞きながら、

 ときどき短く相槌を打った。


 そして、柔らかな朝の光が窓辺へ差し込み始める頃には、

 ミナトはいつの間にか眠たそうに瞬きを繰り返していた。


「もう寝ろ」


 フィリックスが言うと、ミナトは小さく頷いた。


「うん……今日は、すごく楽しかった」


 立ち上がる前に、ミナトは静かに言った。


「フィリと一緒だったから、もっと楽しかったよ」


 その言葉に、フィリックスはすぐ返事をすることができなかった。


 ただ、ミナトが部屋へ戻っていく背中を見送りながら、

 胸の奥に生まれた感情を、もう見ないふりはできないのだと知る。


 ミナトといる時間が好きだった。


 ミナトが笑う顔が好きだった。


 ミナトがこの家で「ただいま」と言う声が、何よりも大切だった。


 それはきっと、ただの恩人へ向ける感情ではない。


 けれどフィリックスはまだ、その想いを言葉にしなかった。


 言葉にしてしまえば、

今ある穏やかな日々が少し変わってしまう気がしたからだ。


 だから今はまだ。


 ただ隣にいる。


 ただ守る。


 ただ、明日もミナトが笑っていられるように願う。


 夏の夜が終わり、辺境の家へ新しい朝が訪れていた。


 二人の幸せな日々は、まだ静かに続いていた。



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