夜空に咲く花
夏祭りが始まる日を、ミナトは子どものように楽しみにしていた。
街で告知を見つけてからというもの、
畑仕事をしていても、薬草を採取していても、
ふとした瞬間に思い出しては嬉しそうに笑う。
そんな様子を見ていると、フィリックスまで
少しだけ楽しみになってくるから不思議だった。
祭り当日。
辺境の家を出る頃には、空はまだ高く青かった。
夏の日差しは強いが、森を抜ける風は心地良い。
ミナトはいつもより足取りが軽かった。
「そんなに楽しみか」
隣を歩くフィリックスが聞く。
するとミナトは少し照れたように笑った。
「うん」
素直な返事だった。
「お祭りってあんまり行ったことなくて」
その言葉にフィリックスは視線を向ける。
ミナトは空を見上げながら続けた。
「だから、ちょっと憧れてたんだ」
柔らかな声だった。
夢を語るような、大切な思い出を話すような。
そんな声だった。
フィリックスは何も聞かなかった。
どうして行ったことがないのか。
なぜ憧れていたのか。
聞こうと思えば聞けた。
けれどミナトが話さないことを無理に知りたいとは思わなかった。
いつか話したくなった時に話してくれればいい。
そう思えた。
街へ近付くにつれて人が増えていく。
プレイヤーも。
NPCも。
普段の何倍もの人で賑わっていた。
広場には色鮮やかな旗が飾られ、建物には花や布が取り付けられ、
街全体がお祭りのために着飾っているようだった。
「わぁ……」
ミナトは思わず足を止める。
目の前に広がる景色を見つめる。
露店が並んでいる。
焼き菓子の屋台。
串焼きの屋台。
飲み物の屋台。
ゲームの屋台。
珍しい装備を売る期間限定ショップまである。
どこを見ても楽しそうだった。
どこを見ても賑やかだった。
「すごい」
小さく呟く。
胸がいっぱいになる。
こんな場所へ来るだけで幸せになれるなんて、自分でも単純だと思う。
けれど嬉しいものは嬉しい。
「フィリ見て」
「ん?」
「りんご飴だって」
「知らん」
「綺麗」
赤く輝く飴を見て目を輝かせる。
その横でフィリックスは少しだけ笑った。
りんご飴ではない。
それを見て喜んでいるミナトが面白いのだ。
「食べるか」
「いいの?」
「好きにしろ」
ミナトは嬉しそうに屋台へ向かった。
数分後。
りんご飴を片手に戻ってくる。
大事そうに持っている姿は本当に子どもみたいだった。
「おいしい」
一口食べて笑う。
その笑顔があまりにも幸せそうで。
フィリックスは思わず目を細めた。
午後になると二人は祭りを歩き回った。
輪投げをしたり。
限定アイテムを探したり。
屋台の食べ物を試したり。
イベントクエストを受けたり。
L・Oらしい遊びがあちこちに用意されている。
特にミナトが喜んだのは、街中に隠された特別な素材探しだった。
ヒントだけを頼りに探すイベントで、見つけた者だけが報酬を得られる。
「絶対ある」
地図を見ながら真剣な顔をする。
「ここ怪しい」
「そうか」
「行こう」
楽しそうだった。
探索好きの血が騒いでいる。
フィリックスはそんなミナトに付き合いながら街を歩く。
それだけで十分楽しかった。
夕暮れになる頃には、街全体が柔らかな橙色に染まり始めていた。
祭りの灯りが少しずつ灯る。
通りにはランタンが並び、幻想的な光景が広がっていく。
ミナトは何度も周囲を見回していた。
どこを見ても綺麗だった。
どこを見ても楽しかった。
そして夜になった頃。
人々が一斉に広場の外へ向かい始めた。
「花火だ」
誰かが言う。
ミナトもフィリックスも丘の上へ向かった。
街全体が見渡せる場所だった。
夜風が吹く。
少しだけ涼しい。
空には星が輝いている。
そして次の瞬間。
――ドン
低い音が響いた。
夜空へ光が昇る。
一瞬の静寂、その直後。
大輪の花が咲いた。
赤
青
金
銀
無数の光が夜空へ広がる。
ミナトは息を呑んだ。
言葉が出なかった。
ただ見上げる。
ただ見つめる。
空いっぱいに咲く光の花を。
「……すごい」
ようやく出た言葉はそれだけだった。
頬に夜風が触れ、瞳には花火が映る。
その横顔をフィリックスは見ていた。
花火ではなく、ミナトを。
本当に嬉しそうだった。
本当に幸せそうだった。
その顔を見ているだけで胸が満たされる。
不思議なくらいに。
「フィリ」
ミナトが呼ぶ。
視線を向ける。
するとミナトは少し照れながら笑った。
「一緒に来てくれてありがとう」
花火の光が瞳の中で揺れていた。
その瞬間、フィリックスの胸が強く鳴った。
今までで一番はっきりと、誤魔化しようもなく。
守りたい。
そばにいたい。
笑っていてほしい。
もっと一緒にいたい。
そんな想いが溢れてくる。
けれど、今はまだ何も言わない。
ただ隣に立つ。
同じ夜空を見上げる。
そして心の奥で願う。
来年も。
再来年も。
その先も。
こうして隣で笑っていてほしいと。
夏の夜空には、何度も光の花が咲き続けていた。
まるで二人の幸せな時間を祝福するように。




