第90話 圧倒の凱歌と、狂王の終焉
第90話 圧倒の凱歌と、狂王の終焉
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点は、空を覆う魔王城の出現という異常事態にあっても、変わらず奇跡のような調和と優しさに満ちていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、深淵の邪神を浄化した光をたっぷりと吸収し、もはや一つの森と見紛うほどの巨大な神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
俺が王都を追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』と、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスであるルル、土精の土竜ドロ、そして先日空から舞い降りたばかりの星翼の梟ステラも一斉に集まってくる。
フェルは艶やかな銀色の毛並みを俺の手にすり寄せ、ピコは長い耳をパタパタさせながら俺の膝に飛び乗り、ソラは俺の肩にふわりと着地して頬をすりすりと擦りつけてくる。ギンはポンッと空間転移をして俺の頭の上に乗っかり、ルルは俺の腕に登ってきて得意げに尻尾を揺らし、ステラは俺のもう片方の肩で静かに羽を休めていた。
「よしよし、お前たちはいつでも俺の側にいてくれるな。……さて、上空のうるさい連中を片付けるとするか」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細めて尻尾を振った。
上空では、次元の裂け目から帰還を果たした魔王城が、禍々しい瘴気を撒き散らしながらアシュタルの街を見下ろしていた。
しかし、アシュタルの街を包み込んでいるのは、絶望ではなく、熱狂と闘志だった。
アルベルト辺境伯とギルドマスターのバルカンは、俺たち教官陣と共に、領主の館の巨大なテラスから空の戦場を見上げていた。テラスには上質な紅茶と焼き菓子が用意されており、まるで優雅な観劇でも楽しむかのような和やかな空気が漂っている。
「いやはや、あの魔王軍が異空間で力を蓄えて帰還したというのに、こうも安心して見ていられる日が来るとはな」
アルベルト辺境伯が、紅茶のカップを傾けながら楽しげに笑う。
「ガハハ! 俺たちが数ヶ月間、血反吐を吐かせて鍛え上げた連中だ。あの程度の魔族どもに後れを取るはずがねぇ。なあ、レイン?」
バルカンが豪快に笑いながら、俺に同意を求める。
「ええ。彼らの実力は、すでに俺たちが保証します。……ほら、始まりましたよ」
俺が上空を指差した。
魔王城のバルコニーから、異空間での修練により巨大で醜悪な姿へと変貌を遂げた四天王たちが、アシュタルの街を蹂躙すべく地上へと降り立とうとしていた。
「フハハハハッ!! 人間どもよ、我の究極の力に平伏せ!!」
第一軍団長、獣王バランが、禁忌の魔獣の細胞を移植して肥大化した右腕を振り上げ、隕石のような速度で街の中央広場へと落下してくる。
だが、その落下地点で彼を待ち構えていたのは、分厚いタワーシールドを構えた重騎士ガレスと、盾槍を構えたセオドアだった。
「俺たちの街に、デカい石ころを落とさせるわけにはいかねぇな!」
ガレスが足を深く大地に沈めこませ、『フォートレス・ガード』を発動する。
ズドォォォォンッ!!
バランの落下による凄まじい衝撃波が街を襲うが、ガレスの盾はその衝撃を完璧に吸収し、彼の巨体は一歩も揺るがなかった。
「な、なんだと!? この我が究極の膂力を、人間の分際で受け止めたというのか!?」
驚愕するバランの懐へ、セオドアが瞬時に滑り込む。
「受け止めるだけじゃない。穿つ!!」
セオドアの盾槍が、バランの肥大化した右腕の関節部分を正確に貫いた。
「グアアァァッ!?」
「バルガスさん、今です!」
「おうさ!『砕岩連撃』!!」
熟練の格闘家バルガスが、無駄のないステップでバランの背後に回り込み、ミスリルのガントレットでバランの膝裏を打ち砕く。体勢を崩したバランの首元へ、槍使いのクロードが雷光のような『剛槍突き』を叩き込んだ。
「ば、馬鹿な……。この我が、こんな名もなき兵士どもに……!」
獣王バランは、自らの力を振るう暇すら与えられず、四人の見事な連携の前に崩れ落ちた。
「あらあら、バランは相変わらず脳筋ですこと。……さあ、わたくしの可愛い血のゴーレムたち、街を血の海に沈めなさい!」
妖将カーミラが、上空から数千体もの血のゴーレムを雨のように降らせる。
「させません!『マルチ・アイス・シールド・極』!!」
魔法盾使いのアリスが、アシュタル全域を覆う巨大な氷のドームを展開し、血のゴーレムたちの落下を完全に防ぐ。氷の壁に衝突したゴーレムたちは、次々と砕け散っていく。
「なっ……わたくしの血の秘術が、たかが氷の盾に防がれるなんて!」
「よそ見してる暇はないわよ!」
双剣使いのエララと鞭剣士のクロエが、建物の屋根を蹴ってカーミラへと肉薄する。エララの神速の双剣がカーミラの防御を切り裂き、クロエの予測不能な鞭剣がカーミラの四肢に絡みついた。
「きゃあああっ! 離しなさい、この下等生物が!」
「ミリー、お願い!」
「はいっ!『ホーリー・パニッシュメント』!!」
支援術師のミリーが、自身の莫大な魔力を攻撃に転用し、極大の浄化の光をカーミラへと放つ。不死を誇っていたはずのカーミラの肉体は、浄化の光に触れた瞬間、悲鳴と共に灰となって消滅した。
「ば、馬鹿な……。バランもカーミラも、一瞬で……!」
智将ベルフェが、漆黒のクリスタルと同化した魔眼を震わせていた。
「おっと、そこの骨。お前はもう詰んでるぜ」
罠師のリアムが指を鳴らすと、ベルフェの周囲の空中に張り巡らされていた見えない魔糸が起動し、彼の体を完全に拘束した。
「いつの間に空中に罠を!? ええい、こんなもの!」
ベルフェが魔力で魔糸を断ち切ろうとした瞬間。
「遅い。『魔刃斬』!!」
魔法剣士ディルクが、青白い魔力の刃をベルフェの胴体へと放ち、漆黒のクリスタルごと両断する。
「とどめだ!『貫きの風矢』!!」
狙撃手ザックの放った矢が、ベルフェの魔眼を正確に射抜き、智将は己の敗北を理解する間もなく砕け散った。
「「「おおおおおっ!!!」」」
地上で迎撃に当たっていた辺境伯軍と冒険者たちから、地響きのような歓声が上がる。
彼らは、かつて世界を絶望の淵に叩き落とした魔王軍の四天王を、教官である俺たち『絆紋亭』の手を一切借りることなく、圧倒的な力で討伐してみせたのだ。
「……素晴らしい。見事なものだ」
テラスでその光景を見ていたアルベルト辺境伯が、感嘆の息を漏らす。
「ガハハ! あいつら、本当に化け物になっちまったな! これなら、どんなダンジョンが発生しようが余裕だぜ!」
バルカンも大笑いしながら拍手を送っている。
「ええ、彼らの成長には目を瞠るものがあります」
俺は紅茶を一口飲み、満足げに頷いた。
「ですが、ここから先は俺たちの仕事です。……上空の『親玉』は、流石に彼らだけでは荷が重い」
上空の魔王城。
そのバルコニーで、自慢の四天王が瞬殺される様を見せつけられた魔王ゼアノスは、全身から空間を歪ませるほどの凄まじい怒りの瘴気を噴出させていた。
『おのれ……おのれぇぇぇッ!! 人間どもが……我が究極の軍団を、愚弄するか!!』
ゼアノスの怒号が、アシュタルの空気をビリビリと震わせる。
『許さん……! 貴様らなど、我自らの手で、塵一つ残さず消し去ってくれるわ!!』
魔王ゼアノスが、自ら地上へと降下してくる。そのプレッシャーは、先ほどの四天王三人を合わせたものとは次元が違った。異空間で『虚無』の力に触れ、それを取り込もうとしていた彼の魔力は、周囲の光すらも飲み込むような絶対的な絶望を孕んでいた。
クロードやアリスたちも、その圧倒的な重圧に思わず息を呑み、防御の姿勢を取るのが精一杯だった。
「アイラ、ルウ、シルヴィア。行くぞ」
「おう! 出番を待ってたぜ!」
「ええ、あいつの顔、ちょっとムカつくしね」
「我が剣の錆にして差し上げましょう」
俺の言葉に、教官陣が不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
「フェル、ピコ! お前たちも来い!」
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
俺の呼びかけに、フェルとピコが嬉しそうに吠え、俺の左右に並び立った。
俺は右手の甲の『絆紋』の光を解放し、空中の魔王ゼアノスへと向かって一気に跳躍した。アイラたちもそれに続く。
「フハハハッ! 来たな、憎き『絆紋』の小僧! だが遅い! 我が手に入れた虚無の力の前には、貴様の調和の光など――」
「遅いのはお前だ」
俺が剣を振るうよりも早く。
アイラの戦斧が、ゼアノスの防御結界を紙切れのように粉砕し。
シルヴィアの神速の剣閃が、ゼアノスの両腕を瞬時に切り落とし。
ルウの放った極大の炎が、ゼアノスの背後の空間ごと焼き尽くした。
『なっ……!? ば、馬鹿な……! 我が、虚無の力が……!!』
ゼアノスは、自分の身に何が起きたのか理解できないまま、空中で血を噴き出して絶叫した。
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
フェルの『天雷の咆哮』がゼアノスの胸部を貫き、ピコの『ホーリー・ムーン・キック』がゼアノスの顔面を強烈に蹴り飛ばす。
「これで、終わりだ。お前の狂気は、二度とこの世界には届かない」
俺は、体勢を崩して落下していくゼアノスへと肉薄し、右手の甲の『絆紋』の光を限界まで込めた長剣を、その心臓へと深々と突き立てた。
『アァァァァァァッ……!? 我の……我が魔王軍の……栄光が……!!』
ズバァァァンッ!!
翠色の極限の浄化の光が炸裂し、魔王ゼアノスの巨体は、断末魔の叫びと共に完全に光の粒子となって消滅した。
数ヶ月間、異空間で己の力を過信し、絶望をもたらそうと意気揚々と帰還した魔王の最後は、皮肉にも、俺たちにとっては「ちょっとした食後の運動」程度のあっけない幕切れとなった。
「ふぅ……片付いたな」
俺が地上に着地して剣を収めると、クロードたち訓練生や、テラスの辺境伯たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「さすがはレイン様たちだ! 俺たちが束になっても勝てない魔王を、たった数秒で……!」
「次元が違いすぎる……。俺たちも、もっともっと修行しなきゃな!」
訓練生たちは、俺たちの圧倒的な強さを目の当たりにし、さらなる向上心を燃やしていた。
* * *
「さて、魔王も倒したことだし、あの空に浮かんでる城を探索してみるか」
俺は、主を失い、静かに上空に浮遊している魔王城を見上げた。
ギンとステラの空間転移と飛行能力のサポートを受け、俺たちは魔王城の内部へと突入した。
城内は、異空間の魔力が充満し、不気味な静けさに包まれていた。
俺たちが城の最深部、魔力供給を司る動力炉の部屋へと辿り着いた時、そこで信じられない光景を目の当たりにした。
巨大なクリスタルの牢獄の中に、一人の人間の少女が閉じ込められ、強制的に魔力を吸い上げられていたのだ。
さらに、彼女の周囲には、美しいステンドグラスのような羽を持った、手のひらサイズの小さな蝶の魔物――『幻影の蝶』が、彼女を守るように飛び回っていた。
「人間!? どうしてこんな所に……!」
ルウが驚きの声を上げる。
「おそらく、魔王城の次元転移や動力炉の維持のために、魔導技術の知識を持つ人間を捕らえて利用していたのだろう」
シルヴィアが冷静に分析する。
俺は剣でクリスタルの牢獄を破壊し、倒れ込んできた少女を抱きとめた。
「大丈夫か? もう魔王軍はいない。俺たちが助けに来たんだ」
俺が右手の甲の『絆紋』の光を灯し、彼女の衰弱した体に癒やしの魔力を流し込む。
「あ……あぁ……」
少女はゆっくりと目を開け、俺の顔を見てポロポロと涙を流し始めた。
「あ、ありがとうございます……。私はクロム。ルミナス王国の王立魔導研究所で働いていた、魔導技師です……。王都が崩壊した時、魔王軍に攫われて、ずっとこの城の動力炉を管理させられていました……」
「クロム。辛かったな。もう二度と、あんな真似はさせない。俺たちの街……アシュタルに来るといい。君の技術を活かせる場所が、きっとある」
「はい……! ありがとうございます!」
クロムは俺の胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。
その時、彼女の周りを飛んでいた幻影の蝶が、俺の鼻先にふわりと留まった。
「パタパタ……」
(あなたが、クロムを助けてくれたのですね。ありがとうございます……)
幻影の蝶から、かすかな、しかし美しい鈴の音のような思念が伝わってくる。
「君が、ずっとクロムを守ってくれてたんだな。ありがとう。君も一緒においで。……名前は、『ファル』だ。よろしくな、ファル」
ファルは嬉しそうに羽を揺らし、俺の頭の上で輝く燐粉を振りまいた。
こうして、魔王軍との因縁に完全な終止符を打った俺たちは、新たな人間の仲間である魔導技師クロムと、幻影の蝶ファルを連れて、アシュタルの街へと凱旋した。
テラスで待っていたアルベルト辺境伯が、満面の笑みで俺たちを出迎える。
「見事だった、レイン殿。これで、この世界を脅かす影は完全に消え去った。……さて、先ほどの話の続きだが。アシュタル辺境国と、絆紋公国の建国。受けてもらえるかな?」
俺は仲間たちと顔を見合わせた。
アイラも、ルウも、シルヴィアも、シオンも。そして、フェルやピコたち魔物組も。
全員が、俺に向かって力強く頷いている。
「……分かりました。この最高に優しくて、少し騒がしい居場所を守るためなら。喜んで、その『公王』とやらを引き受けさせていただきます」
俺の答えに、辺境伯は深く頷き、アシュタルの街全体から割れんばかりの歓声が上がった。
魔王軍の完全なる消滅と、新たな二つの国家の誕生。
俺たちの絆は、国という形を得て、さらに強く、大きく世界へと広がっていくのだった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:Sランク冒険者(特級クラン『絆紋亭』マスター / 絆紋公国・初代公王)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 導きの光 / 豊穣の主 / 浄水の守り手 / 迷いを導く者 / 真理を導く者 / 絆の真髄を知る者 / 竜を解放する者 / 独立同盟の盟友 / 熱砂を歩む者 / 深淵を浄化せし者 / 変異を鎮める者 / 導きの軍師 / 狂王を滅せし者
Lv:87(※魔王ゼアノスの完全浄化によりアップ)
HP:900 / 900
MP:700 / 700
【固有スキル】
・絆紋:対象と心を通わせる。万物を調和させ、極限の浄化と最適化を行う絶対的な力。
【クラン『絆紋亭』メンバー(一部抜粋)】
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・空色小竜:絆レベル5
・漆黒の竜:絆レベル5
・砂塵の魔蠍:絆レベル5
・水豹:絆レベル5
・幻宝石獣:絆レベル5
・白銀の幼熊:絆レベル5
・銀狐:絆レベル5
・鋼棘の鎧獣:絆レベル5
・疾風の隼:絆レベル5
・影猫:絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル5
・風精のリス(ルル):絆レベル5(※絆深化)
・土精の土竜:絆レベル4(※絆深化)
・星翼の梟:絆レベル4(※絆深化)
・幻影の蝶:新規合流 / 絆レベル3
・アイラ(女戦士・Sランク)
・ルウ(魔導士・Sランク)
・シルヴィア(剣聖・Sランク)
・シオン(密偵・Sランク)
・エレナ(主席文官)
・クロム(魔導技師 / 新規合流)
・レオン(辺境伯軍・騎士団長 / クラン協力者)
(※その他拠点防衛および生産メンバー多数、訓練生精鋭部隊多数)
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~
https://ncode.syosetu.com/n1368mp/




