第87話 独立同盟の外交と、新たなる導き手
第87話 独立同盟の外交と、新たなる導き手
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点は、今日も変わらず、奇跡のような調和と優しさに満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、深淵の邪神を浄化した光をたっぷりと吸収し、もはや一つの森と見紛うほどの巨大な神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』と、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、そして先日仲間になったばかりの風精のリスであるルルも一斉に集まってくる。
フェルは艶やかな銀色の毛並みを俺の手にすり寄せ、ピコは長い耳をパタパタさせながら俺の膝に飛び乗り、ソラは俺の肩にふわりと着地して頬をすりすりと擦りつけてくる。ギンはポンッと空間転移をして俺の頭の上に乗っかり、ルルは俺の腕に登ってきて得意げに尻尾を揺らした。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな。さあ、今日も騎士たちや冒険者たちの訓練だ。気合いを入れていくぞ」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細めて尻尾を振った。
庭を見渡せば、漆黒の竜ノヴァが竜使いのルカに鱗を磨いてもらいながら気持ちよさそうに目を閉じ、紅蓮の火蜥蜴ガエンや鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグといった大型の魔物たちが木陰でうたた寝をしている。黄金の甲殻を得て進化した砂塵の魔蠍ゼットは、太陽の精霊鳥ソルをハサミの上に乗せて日向ぼっこを楽しんでいた。
朝食を終えた俺たちは、アイラやルウ、シルヴィアたち教官陣と共に、アシュタル郊外の特設訓練場へと向かった。
そこでは、数ヶ月にわたる【全軍強化計画】によって見違えるほどの精鋭部隊へと成長した辺境伯軍の騎士たちと、バルカンが選抜した冒険者たちが汗を流している。クロード、アリス、ザック、ミリーといった初期からの有望株に加え、盾槍兵セオドアや即効罠師リアムといった新たな原石たちも、めざましい成長を見せていた。
俺たちが彼らの指導と実戦演習に明け暮れているその裏側で、アシュタルの首脳陣は、独立同盟の未来を決定づける極秘の任務を遂行していた。
領主の執務室と、良心的な者たちの選別
アシュタル領主の館、最奥に位置する執務室。
アルベルト辺境伯と、ギルドマスターのバルカンは、山のように積まれた書簡を前に、深刻な顔で話し合っていた。
「……周辺諸国からの救援要請と、同盟締結の打診。その数は日に日に増すばかりだな」
アルベルト辺境伯が、一通の封書を机に放り投げた。
「ええ。どこの国も、魔王軍の残党や自然発生する変異ダンジョンの処理に手を焼き、我々アシュタルの武力にすがりつこうと必死です。ですが、その大半が、自国の防衛を我々に丸投げしようとする傲慢なものばかり。中には、法外な報酬でレインたち『絆紋亭』を直接雇おうとするふざけた貴族までいます」
バルカンが不快げに鼻を鳴らす。
「そうした腐敗した国や貴族には、一切の支援を行わない。それが我々の方針だ。レイン殿たちの平穏を脅かすような真似は断じて許さん」
辺境伯は冷徹に言い放ち、手元の別のリストに視線を落とした。
「だが、全てを見捨てるわけにはいかない。民のために自ら前線に立ち、国境を守ろうと必死に足掻いている小国や、良心的な貴族、そして商会も存在する。シオン殿の調査によれば、南西の農業国『ファルシア』や、東部の小規模な商業ギルド群は、我々の理念に共鳴し、対等な関係を築ける可能性が高い」
「ファルシア国ですか。あそこは国土こそ小さいですが、民の勤勉さと農業技術は大陸でも随一。アシュタルの東の森の開拓村を広げるにあたり、彼らの農業技術と食糧生産力は非常に魅力的ですな」
バルカンが髭を撫でながら頷く。
「うむ。彼らには、アシュタルから最新の防衛技術と、変異ダンジョンを鎮圧するための騎士団の一部を派遣する。代わりに、彼らの持つ農業技術と特産品を、我々の開拓村へと提供してもらう。互いに依存するのではなく、高め合うための同盟だ」
辺境伯は、さらに一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、数名の人物の似顔絵と経歴が記されている。
「そして、もう一つの重要な計画。良心的な貴族たちのスカウトだ。……シオン殿、状況はどうなっている?」
執務室の影から、音もなく特級密偵のシオンが姿を現した。
「順調です、辺境伯様。旧ルミナス王国で民から絶大な支持を集めながらも、王都の腐敗に反発して左遷されていた『ウィリアム老伯爵』と、その孫娘であり優秀な文官である『エレナ嬢』との接触に成功しました」
「おお、あのウィリアム殿か。かつて王国で最も誠実に領地を治めていた男だ。魔王軍による王都崩壊の後、行方知れずになっていたが……無事だったか」
辺境伯の顔に、安堵の色が浮かぶ。
「はい。彼らは現在、南部の寂れた村で難民たちを庇護し、細々と暮らしています。しかし、物資も限界に近づいており、もはや自力での存続は不可能な状態です。私がアシュタルへの移住と、開拓村の代官としての地位を打診したところ、二つ返事で了承をいただきました」
「素晴らしい。彼らのような真に民を想う者たちが、これからのアシュタルの内政を支えてくれるのは心強い。すぐに護衛部隊を派遣し、彼らをアシュタルへと丁重に迎え入れよ。レイン殿たちにも、新しい仲間が増えることを伝えておかねばな」
「はっ。直ちに手配いたします」
シオンは一礼し、再び影の中へと溶け込んでいった。
新たな文官と、開拓村の夜明け
数日後。
アシュタルの領主の館に、質素な馬車が到着した。
降り立ったのは、白髪と豊かな髭を蓄え、温和な顔立ちをしたウィリアム老伯爵と、その隣で書類鞄を抱えた、知的な眼鏡をかけた若い女性――エレナだった。
「アルベルト辺境伯殿……このような老いぼれを、再び見出してくださり、心より感謝申し上げる」
ウィリアムが深く頭を下げる。
「頭を上げてください、ウィリアム殿。貴方のような誠実な方を迎えることができ、アシュタルはさらに強固な国となります。早速ですが、貴方には東の森に新設する開拓村の代官を、そしてエレナ嬢には、我々独立同盟と『絆紋亭』の外交および内政の実務を取り仕切る主席文官をお願いしたい」
「主席文官……! 私のような若輩者に、そのような大役が務まるでしょうか」
エレナが驚きに目を瞬かせる。
「務まりますとも。貴女の王都での実績は、シオン殿から十分に伺っております。それに、絆紋亭のマスターであるレイン殿は、少しばかりお人好しが過ぎるところがありましてね。彼らが不当な扱いを受けないよう、裏からしっかりとサポートしていただきたいのです」
辺境伯の言葉に、エレナは真剣な表情で頷いた。
「承知いたしました。私を拾ってくださった恩義に報いるため、そして、世界を救った英雄たちの平穏を守るため、このエレナ、粉骨砕身の覚悟で職務に当たらせていただきます」
その日の夕刻。
俺たち『絆紋亭』の拠点に、アルベルト辺境伯の案内でエレナがやってきた。
「初めまして、レイン様。この度、独立同盟および絆紋亭の専属文官として着任いたしました、エレナと申します。至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
エレナが背筋を伸ばし、完璧な礼を執る。
「あ、こちらこそよろしくお願いします。俺は難しい書類とか交渉が苦手だから、エレナさんが来てくれて本当に助かるよ」
俺が握手を求めると、エレナは少し緊張しながらその手を握り返した。
「ウォンッ♪」
「キュイッ♪」
フェルとピコが、新しい仲間の匂いを嗅ぎに近づいてくる。
「ひゃっ!? ま、魔物……!? しかも、伝説の銀狼に、聖兎……!?」
エレナが驚いて後ずさるが、フェルたちは彼女に敵意がないことを悟ると、優しく足元にすり寄った。
「大丈夫だよ、みんな俺の家族だから。彼らはとても賢くて優しいんだ」
俺が微笑むと、エレナは恐る恐るフェルの銀色の毛並みに触れ、その温かさに目を見開いた。
「……不思議です。王都では、魔物は全て人類の敵だと教えられてきました。ですが、この場所は……まるで御伽話のような、優しい空間ですね」
「ここが俺たちの居場所だからな。これからよろしく、エレナ」
「はいっ! レイン様たちのこの素晴らしい居場所を、私の事務処理能力で完璧に守り抜いてみせます!」
こうして、俺たちのクランに、優秀な頭脳を持つ文官エレナという新しい人間の仲間が加わった。彼女の加入により、他国との同盟交渉や、開拓村の物資管理は劇的に効率化され、俺たちはさらに訓練と実戦に集中することができるようになった。
閑話:次元の彼方と、無意味な悪巧み
一方その頃。
大陸から完全に消失し、暗く冷たい『異空間』へと転移した魔王城。
次元断層の魔道具によって切り取られた空間の中で、魔王軍は完全に外界との接触を断たれ、ただ虚無の闇の中を漂いながら、狂気じみた強化と悪巧みに明け暮れていた。
「……フハハハハッ!! 見よ、魔王様! 我が右腕に移植した禁忌の魔獣の細胞が、ついに私の全身を侵食し、究極の肉体へと進化いたしましたぞ!」
第一軍団長の獣王バランが、もはや元の原型を留めないほどに巨大化し、赤黒い瘴気を噴出させる怪物と化して狂喜の声を上げていた。
「この力……! あの忌々しい辺境の小僧など、今ならば一息で消し飛ばしてご覧に入れます!」
「あら、バラン。力任せの野蛮な強化など、わたくしの血の秘術の前では児戯に等しいですわよ」
妖将カーミラが、異空間の濃密な魔力を吸い上げ、数千体もの『血のゴーレム』を背後に従えて妖艶に笑う。
「わたくしは、この異空間に漂う負の魔力を全て我が血肉に変えました。もはや、わたくしは不死を超えた神のごとき存在……! あの小僧の光など、わたくしの血の海で溺れさせてあげますわ」
智将ベルフェもまた、失われた左半身を漆黒のクリスタルで補い、不気味な魔眼をギラギラと輝かせていた。
「魔王様。次元の狭間に眠る『虚無の王』の封印も、あと僅かで完全に解き明かすことができるでしょう。我々の力は、今やかつて大陸を支配していた頃とは比べ物にならないほどに膨れ上がっております。この力を持ってすれば、アシュタルのみならず、世界そのものを虚無に還すことも可能かと」
魔王ゼアノスは玉座に深く腰掛けたまま、狂気と歓喜に沸き立つ四天王たちを見下ろし、邪悪な笑みを浮かべた。
「ククク……そうだ。我々魔王軍は、この暗闇の中で究極の進化を遂げた。あの青年の『絆紋』の光など、もはや恐るるに足らず。数年後、我々が再び次元の壁を破ってあの世界に帰還した時こそ、人間どもに真の絶望を与え、あの小僧の四肢を八つ裂きにしてやろうぞ!!」
「「「おおおおおっ!! 魔王軍の栄光よ、永遠なれ!!」」」
異空間の魔王城では、彼らが手に入れた『新たなる力』に酔いしれ、狂宴が繰り広げられていた。
彼らは信じて疑わなかった。この異空間での研鑽で手に入れた力こそが、世界を滅ぼす絶対の力であると。
しかし、彼らは知らない。
彼らが「数年かけて到達しようとしている究極の強さ」を、アシュタルの『ただの訓練生たち』が、レインと教官陣の指導により、たった数ヶ月の修行で易々と超えようとしている事実を。
魔王軍が異空間でどれほど力を蓄えようとも、それがアシュタルの戦力と激突した時、彼らはかつて以上の『戦闘とすら呼べない絶望』を味わうことになるのだということを。
そして、彼らが心の底から恐れるその青年が、今この瞬間も、仲間たちと笑い合い、新しい人間の文官を歓迎しながら、美味しい夕食を食べているだけだということを、彼らは知る由もなかった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:Sランク冒険者(特級クラン『絆紋亭』マスター / 自治区代表)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 導きの光 / 豊穣の主 / 浄水の守り手 / 迷いを導く者 / 真理を導く者 / 絆の真髄を知る者 / 竜を解放する者 / 独立同盟の盟友 / 熱砂を歩む者 / 深淵を浄化せし者 / 変異を鎮める者 / 導きの軍師
Lv:84
HP:870 / 870
MP:670 / 670
【固有スキル】
・絆紋:対象と心を通わせる。万物を調和させ、極限の浄化と最適化を行う絶対的な力。
【クラン『絆紋亭』メンバー(一部抜粋)】
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・空色小竜:絆レベル5
・漆黒の竜:絆レベル5
・砂塵の魔蠍:絆レベル5
・水豹:絆レベル5
・幻宝石獣:絆レベル5
・白銀の幼熊:絆レベル5
・銀狐:絆レベル5
・鋼棘の鎧獣:絆レベル5
・疾風の隼:絆レベル5
・影猫:絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル4
・風精のリス(ルル):絆レベル3
・アイラ(女戦士・Sランク)
・ルウ(魔導士・Sランク)
・シルヴィア(剣聖・Sランク)
・シオン(密偵・Sランク)
・エレナ(主席文官 / 新規合流)
・レオン(辺境伯軍・騎士団長 / クラン協力者)
(※その他拠点防衛および生産メンバー多数)
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