第85話 武の開花と、異界の狂宴
第85話 武の開花と、異界の狂宴
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点は、今日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、そして奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、深淵の邪神を浄化した光をたっぷりと吸収し、もはや一つの森と見紛うほどの巨大な神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
「ルルゥッ♪」
「キュゥッ♪」
「キュンッ♪」
「キュルッ♪」
「ピリリィッ♪」
「ミャウッ♪」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、競い合うように十匹の魔物が飛び込んできた。
俺が王都を追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日、一番最初に俺の固有スキルである絆紋を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たちである銀色のウルフ『フェル』と、純白のポーションラビット『ピコ』。
そして空色小竜の『ソラ』に、水豹の『リン』、幻宝石獣の『キラ』、白銀の幼熊『ブラン』、空間転移を操る銀狐の『ギン』、鋼棘の鎧獣『マル』、疾風の隼『ゲイル』、そして先日女帝蜘蛛の巣から救い出した影猫の『シャロ』だ。
フェルは艶やかな銀色の毛並みを俺の手にすり寄せ、ピコは長い耳をパタパタさせながら俺の膝に飛び乗り、ソラは俺の肩にふわりと着地して頬をすりすりと擦りつけてくる。ギンはポンッと空間転移をして俺の頭の上に乗っかり、マルは足元でコロコロと丸まって甘え、ゲイルは空からふわりと舞い降りて俺の腕に留まり、シャロは俺の影からひょっこりと顔を出して喉を鳴らした。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな。怪我はないか?」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細めて尻尾を振った。
庭を見渡せば、漆黒の竜ノヴァが竜使いのルカに鱗を磨いてもらいながら気持ちよさそうに目を閉じ、紅蓮の火蜥蜴ガエンや鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグといった大型の魔物たちが木陰でうたた寝をしている。黄金の甲殻を得て進化した砂塵の魔蠍ゼットは、太陽の精霊鳥ソルをハサミの上に乗せて日向ぼっこを楽しんでいた。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスが元気な声を上げた。
ダイニングルームには、元宮廷料理人のセシルが腕を振るった極上の朝食が並べられている。今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのガーリックチーズブレッド』に、農学者セリーヌが育てた新鮮なキノコをふんだんに使った『森の恵みのポタージュ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『魔獣肉の厚切りスパイシーステーキ』だ。
「ガハハ! 今日も飯が美味い! 昨日の訓練でディルクやガレスが覚醒したことで、他の騎士どもも随分と目の色を変えやがった。焦りが見え始めてる連中もいるからな、今日のシゴキはさらに気合いを入れて、殻をぶち破ってやるよ!」
女戦士のアイラが、チーズブレッドを豪快に頬張りながら凶悪な笑みを浮かべる。
「ええ。冒険者の子たちは順調だけど、辺境伯軍の騎士たちにはまだまだ隠れた素質が眠っているはずだわ。私の炎で、もっと彼らの本質を炙り出してあげなくちゃね」
少女魔導士のルウも、うっとりとした表情でスープを口に運びながら物騒なことを言う。
「実戦を経て、彼らの目つきは確かに変わりました。しかし、焦りから来る慢心や力みは死を招きます。我々が真の絶望と希望の両方を教え込まねばなりません」
剣聖シルヴィアも静かに闘志を燃やしていた。
先日、重騎士ガレスや双剣使いエララ、魔法剣士ディルクが才能を開花させたことで、辺境伯軍の騎士たちや冒険者の間には「自分たちにも未知の才能が眠っているのではないか」という熱を帯びた空気が広がっていた。
俺たちが目指すのは『世界規模で発生し続ける変異ダンジョンを鎮圧できる最強の軍団』の育成だ。現状の成功例だけで満足させるわけにはいかなかった。
訓練場での新たな原石たち
朝食を終えた俺たちは、アシュタル郊外に設けられた広大な特設訓練場へと向かった。
そこには、辺境伯軍の騎士団長レオンに率いられた数百名の騎士たちと、バルカンが選抜した中堅冒険者たちが、すでに熱気に満ちた表情で整列していた。先日の実戦で覚醒した槍使いのクロード、魔法盾使いのアリス、狙撃手のザック、支援術師のミリーに加え、絶対の壁となったガレスと疾風の双剣使いエララ、魔法剣士ディルクも、皆の模範として最前列に立っている。
「全員、よく集まってくれた! 先日の実戦演習での働きは見事だった。だが、あれはあくまで始まりに過ぎない。今日も限界を超えてもらうぞ!」
俺が声をかけると、訓練生たちは一斉に「ははっ!」と地鳴りのような返事をした。
訓練が開始されると、アイラやルウ、シルヴィアたちによる容赦のないシゴキが始まった。
俺はフェルやピコたちと共に訓練全体を監視しながら、個々の動きを分析していた。冒険者たちや騎士たちの中には、仲間たちの覚醒を目の当たりにして焦り、自分の型を見失っている者がちらほらと見受けられた。
「遅い! 剣の振りが単調すぎる! そんな硬い動きじゃ、スライムにすら避けられるよ!」
アイラが木製の戦斧を振り回し、一人のうら若き女性騎士を追い詰めていた。
その女性騎士――クロエは、細身の体躯に不釣り合いな標準支給の長剣を握りしめ、必死にアイラの猛攻を捌こうとしていた。しかし、彼女の関節は非常に柔らかく、剣を振るうたびに体がしなりすぎてしまい、刃の軌道が定まらずに力が逃げてしまっていた。
「きゃあっ……! も、申し訳ありません、アイラ教官……! 私、どうしても腕の力が足りなくて……」
クロエは息を切らしながら、地面に倒れ込んだ。
俺は彼女の元へ歩み寄り、アイラに合図を送って攻撃を止めさせた。
「クロエ、と言ったな。君は無理に剣を『振ろう』としている。君のその関節の柔らかさと、鞭のようにしなる筋肉の使い方は、硬い長剣には向いていない」
「レ、レイン様……! 私は、騎士たるもの、正々堂々と長剣を振るうべきだと教えられてきました。ですが、どうしても皆のように力強い一撃が打てなくて……私には、騎士の才能がないのでしょうか」
クロエは悔しそうに俯いた。
「騎士の誇りは武器の形にあるんじゃない。誰かを守り抜く意志にあるんだ」
俺はアイテムボックスから、特殊な機構を持った武器――刃がいくつもの節に分かれ、ワイヤーで繋がった『蛇腹剣』を取り出し、彼女に手渡した。
「この武器は、剣としての硬さと、鞭としてのしなやかさを併せ持つ。君のその柔軟な体の動きを、そのまま刃に乗せてみろ」
俺は彼女の肩に手を置き、右手の甲の絆紋の光を流し込んだ。彼女の身体の軸が瞬時に最適化され、武器の重心と完全に同調する。
「剣であり、鞭……」
クロエが蛇腹剣の柄を握り、深く息を吐き出す。手首のスナップを利かせ、彼女が腕を振るった瞬間。
ジャキンッ!!
という鋭い金属音と共に、長剣の刃が細かい節に分かれて鞭のように伸び、十メートル先の訓練用の木人の首に巻き付いた。
「えっ……!?」
「そのまま、引き抜け」
俺が促すと、クロエは腰の回転を使って手前に鋭く引いた。
ズバァァァッ!!
巻き付いた無数の刃が木人の首を綺麗に切断し、首が宙を舞って地面に落ちた。
「すごい……! 私の力が、こんな遠くまで、しかもこんな威力を……!!」
クロエは歓喜の声を上げ、自身の武器を見つめた。
「君の柔軟性は弱点じゃない。予測不能な軌道を描く最大の武器だ。これからは、中距離から敵を制圧する『鞭剣士』として、前線のサポートを任せたい」
「はいっ! レイン様、私、この武器で必ず皆様の盾となります!」
また一人、辺境伯軍の中から新たな原石が強烈な光を放った瞬間だった。
そのすぐ隣の冒険者訓練エリアでは、シルヴィアが指導に頭を悩ませていた。
「バルガス、また足が止まっています。その巨大な戦斧を振るうには、貴方のスタミナと踏み込みが完全に噛み合っていません」
「くっ……申し訳ねぇ、シルヴィア先生……! 若い頃はこれでもブイブイ言わせてたんだが、流石にこの歳になると、重い得物は体に堪えるようで……」
バルガスと呼ばれた中年の冒険者は、筋骨隆々とした体格だが、巨大な戦斧を振るうたびに息を上げ、膝が笑っていた。
彼の年齢からくるスタミナの衰えは隠せない。しかし、俺の目には、彼の『ステップの踏み方』や、敵の攻撃を最小限の動きで見切る『目の良さ』が異常に洗練されていることが見て取れた。長年の経験が染み付いた、無駄のない体捌きだ。
「バルガス」
俺は彼に歩み寄り、彼の手から巨大な戦斧を預かった。
「君の才能は、その重い斧を振り回す力じゃない。長年の実戦で培われた、その完璧な『足捌き(フットワーク)』と『見切り』だ。重い武器は、その長所を殺している」
俺はアイテムボックスから、魔獣の硬い革とミスリルで編み込まれた『特注の鉄拳闘衣』を取り出し、彼に手渡した。
「今日から君は、武器を捨てる。己の拳と足だけを信じて戦え」
「ここ、拳闘術ですか!? しかし、魔物の硬い鱗や甲殻を素手で砕くなんて……」
「俺たちが教えるのは、生き残り、敵を倒すための術だ。君のその無駄のないステップに、このガントレットの重量と俺の魔力を乗せれば、戦斧以上の破壊力が出る」
俺が絆紋の光でガントレットを彼の手に馴染ませると、バルガスは不思議そうに両手で拳を握り込んだ。
シュッ、シュッ!
彼が軽くシャドーボクシングを行うと、空気を切り裂く鋭い音が連続して鳴り響く。先ほどまでの重苦しさが嘘のように、彼の体は流れるような連撃を披露した。
「おおっ……体が、羽のように軽い……! それに、この拳の重み……これなら、俺のステップが活きる!」
バルガスの顔に、若かりし頃の闘志が再び燃え上がった。
鞭剣士クロエと、熟練の格闘家バルガス。
騎士や冒険者たちの中からも、確かな才能を持つ逸材たちが次々と芽を出し始めていた。
渓谷の死闘と、水妖の獺
午後。
覚醒の兆しを見せた者たちを実戦で試すため、俺たちは通常のパトロール依頼を兼ねて、アシュタルの北西にある『断崖の渓谷』へと足を運んだ。
今回の班は、俺、アイラ、シルヴィアの教官陣に加え、槍使いクロード、魔法盾アリス、狙撃手ザック、支援術師ミリー、重騎士ガレス、双剣エララ、魔法剣士ディルク、そして新たに覚醒した鞭剣士クロエと格闘家バルガスの九人だ。魔物組はフェル、ピコ、ソラ、それに索敵能力に長けた銀狐のギンと疾風の隼ゲイルを連れている。
「この渓谷地帯には、魔王軍の残党が使役していた強力な変異トロールの群れが潜んでいるという報告がある。クロエ、バルガス、午前中に掴んだ感覚を忘れるなよ」
「は、はいっ!」
「おうさ、任せてくだせぇ!」
二人は緊張しながらも、己の新たな武器を強く握りしめた。
「ピリリィッ!」
上空を旋回していたゲイルが、鋭い鳴き声を上げて急降下してきた。
「前方の谷底です。ゴブリンライダーの群れと、それを統率する巨大な変異トロールが三体!」
ザックがゲイルの合図を読み取り、瞬時に状況を報告する。
「トロールが三体だと!? 厄介な再生能力を持つ魔物だ。一撃で急所を破壊しなければジリ貧になるぞ!」
クロードが槍を構え、顔を引き締める。
「全員、陣形を組め! ガレスは正面の盾となり、アリスは側面を氷の盾で塞げ! ミリーは全員に『聖なる大いなる鼓舞』! クロエ、バルガス、君たちの力を見せてみろ!」
俺の指示に、訓練生たちは即座に動き、完璧な防御陣形を構築した。
ドスッ、ドスッ……!
不気味な足音と共に、谷底の奥から体長五メートルを超える赤黒い瘴気を纏った変異トロール三体と、それに乗る数十体のゴブリンライダーが姿を現した。
「ギギャアアァァッ!!」
ゴブリンライダーたちが一斉に毒矢を放ってくる。
「来ます! 『マルチ・アイス・シールド』!!」
アリスの展開した氷の盾が、毒矢を的確に防ぐ。
「俺の盾は、絶対に破らせない! 『フォートレス・ガード』!!」
ガレスがタワーシールドを地面に突き立て、先陣を切って突進してきた変異トロールの一撃を真正面から受け止める。
ドゴォォォンッ!!
凄まじい衝撃音が響き渡るが、ガレスは一歩も退かない。
「クロエ、ゴブリンライダーを落とせ!」
「はいっ! 『蛇縛裂斬』!!」
クロエが手首のスナップを利かせて蛇腹剣を振るう。鞭のようにしなった刃は、予測不能な軌道を描いてゴブリンライダーたちの首や腕に巻き付き、一瞬で彼らをトロールの背中から引きずり下ろした。
「すごい……! 中距離からの広範囲制圧、完璧だ!」
ディルクが感嘆の声を上げる。
「バルガス、今だ!」
「おっしゃぁっ!! オッサンの意地、見せてやるぜ!」
バルガスが、長年の経験から導き出された無駄のないステップで、変異トロールの懐へと瞬時に潜り込む。トロールが巨大な腕を振り下ろそうとするが、バルガスの動きの方が速い。
「『砕岩連撃』!!」
ミスリルのガントレットを装着したバルガスの拳が、トロールの膝の関節へ正確に叩き込まれる。
バキィィィンッ!!
凄まじい破壊音と共に、変異トロールの頑丈な膝が完全に粉砕され、巨体がバランスを崩して前のめりに倒れ込んだ。
「今だ、ディルク! エララ!」
「『魔刃斬』!!」
「『双刃乱舞』!!」
ディルクの青白い魔力の刃がトロールの首を半ばまで切断し、エララの神速の双剣が残りの首の皮を完全に切り裂いた。再生能力を誇るトロールも、首を落とされれば復活することはできない。
「見事な連携だ! 残り二体もこのペースで押し切れ!」
俺の言葉に、訓練生たちの士気は最高潮に達した。彼らは互いの死角を補い合い、迫り来る残りの変異トロールとゴブリンライダーたちを確実に減らしていく。
だが、戦況が有利に傾きかけたその時。
「ガアアアァァァァッ!!」
渓谷の奥から、さらなる地響きを立てて、一際巨大な魔物が姿を現した。
体長八メートルを超える、全身から赤黒い瘴気を噴出させる『変異トロール・ロード』だ。
その巨大な手には、引き抜かれた岩柱が握られている。
「なっ……! まだあんな化け物が隠れていたのか!?」
クロードが驚愕の声を上げる。
「あんな岩柱を振り回されたら、私の氷の盾じゃ防ぎきれません!」
アリスが悲鳴を上げた。
「俺が前線を抑える! お前らは距離を取れ!」
ガレスが盾を構え直して前に出ようとするが、トロール・ロードの圧倒的な威圧感の前に、足がすくんでしまう。
「ここまでだな。十分すぎるほどよくやった」
俺は剣を抜き、フェルとピコに目配せをした。
だが、俺が飛び出そうとしたその瞬間。
「キュイィィィッ……!」
トロール・ロードの背後の清流から、微かな、しかし澄んだ鳴き声が聞こえた。
見れば、トロール・ロードが踏み荒らした川の浅瀬で、一匹の小さな魔物が岩の下敷きになって身動きが取れなくなっているではないか。
美しい瑠璃色の毛並みと、周囲の水を操る特異な魔力を持った魔物――『水妖の獺』の子供だ。
どうやら、変異トロール・ロードが暴れた余波で巣を壊され、巻き込まれてしまったらしい。
「あのカワウソ、あんな巨大な岩の下敷きになって……!」
エララが悲痛な声を上げる。
「グォォォォッ!!」
トロール・ロードが、足元の小さな命など気にも留めず、巨大な岩柱を振り上げ、俺たちごと川を叩き潰そうとした。
「させない! フェル、ピコ!」
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
俺の叫びと共に、銀色の閃光と純白の弾丸が宙を舞った。
フェルの『白銀の迅雷』がトロール・ロードの腕を直撃して岩柱の軌道を逸らし、ピコが『ホーリー・ムーン・キック』でトロール・ロードの顎を強烈に蹴り上げる。
「今だ!」
俺は空間転移で俺の肩に乗ったギンのサポートを受け、一瞬で川の浅瀬へと跳躍した。
右手の甲の絆紋の光を長剣に纏わせ、倒れ込んだトロール・ロードの胸へと深々と突き立てる。
ズバァァァンッ!!
翠色の浄化の光が炸裂し、トロール・ロードの巨体は光の粒子となって消滅した。
ボスの死を見た残りのゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、戦闘は完全に終了した。
水妖の獺と、異空間の狂宴
俺は剣を収め、すぐさま岩の下敷きになっていた水妖の獺の元へと駆け寄った。
「キュゥゥ……」
獺は岩の重みで息も絶え絶えになり、恐怖に身を縮ませていた。
「もう大丈夫だ。怖い奴はみんないなくなったからな」
俺は剣の柄で岩を砕き、ゆっくりと手を差し伸べた。そして、右手の甲の絆紋の光を灯す。
翠色の温かな波紋が、獺の小さな体を優しく包み込んだ。
『万物の調和と極限浄化』の力が、獺の傷ついた体を瞬時に癒やし、恐怖に強張っていた心を解きほぐしていく。
「キュイ……?」
(あたたかい……。お前が、助けてくれたの?)
獺から、警戒が解けた純粋な疑問と、微かな安堵の思念が伝わってくる。
「ああ。俺はレイン。君を助けに来たんだ」
俺が微笑みながらその瑠璃色の毛並みを撫でると、獺は驚いたように目を見開き、そして俺の手のひらに顔をすり寄せてきた。
「ウォンッ♪」
「キュイッ♪」
「キュンッ♪」
フェルとピコ、そして空間転移でやってきたギンも近寄ってきて、新しい仲間の匂いを優しく嗅ぐ。獺は少し驚きながらも、彼らの放つ温かい魔力に触れ、完全に安心したように喉をゴロゴロと鳴らした。
「もし帰る場所がないなら、俺たちのところに来るか? ここには君を守ってくれる強い仲間がたくさんいるし、美味しいご飯も毎日食べられるぞ」
俺が誘うと、獺は嬉しそうに頷き、するりと俺の腕の中に飛び込んできた。
「おっ? 毛並みがすごく滑らかだな。水の魔法が得意みたいだ」
「キュィィッ♪」
獺は得意げに鳴き、俺の周囲に小さな水の玉をフワフワと浮かべて見せた。
「よし、今日からお前の名前は『ミロ』だ。よろしくな、ミロ」
「キュルルンッ♪」
新たな家族を迎え入れた俺の元へ、クロエやバルガスたち九人が申し訳なさそうに歩み寄ってきた。
「レ、レイン様……申し訳ありません。俺たちの力が足りず、結局レイン様の手を煩わせてしまって……」
クロードが悔しそうに俯く。
「何を言ってるんだ。君たちは変異トロールの群れを相手に、陣形を崩さず、互いをカバーし合っていた。即席のパーティーで、あれだけの連携ができるのは大したものだ。それに、クロエの中距離制圧と、バルガスのインファイトが見事に噛み合っていたぞ」
俺が褒めると、アイラやルウたち教官陣も深く頷いた。
「そうよ。アンタたちは、今日の訓練と実戦で確実に成長したわ。これからもアタシたちが徹底的にしごいてやるから、覚悟しな!」
「は、はいっ!! 光栄です!!」
九人の顔には、己の未熟さを知る悔しさと共に、それ以上の強い憧れと向上心が燃え上がっていた。
* * *
【閑話 次元の彼方と、無意味な狂宴】
一方その頃。
大陸から完全に消失し、暗く冷たい『異空間』へと転移した魔王城。
次元断層の魔道具によって切り取られた空間の中で、魔王軍は完全に外界との接触を断たれ、ただ虚無の闇の中を漂いながら、狂気じみた強化に明け暮れていた。
「……フハハハハッ!! 見よ、魔王様! 我が右腕に移植した禁忌の魔獣の細胞が、ついに私の肉体と完全に融合いたしましたぞ!」
謁見の間の奥。第一軍団長の獣王バランが、自身の右半身を肥大化させ、赤黒い筋肉が蠢く禍々しい腕を振り回して狂喜の声を上げていた。
「この力……かつての私の十倍、いや、百倍はあろうか! あの忌々しい辺境の小僧など、今ならば一指し指で消し飛ばしてご覧に入れます!」
「あら、バラン。力任せの野蛮な強化など、わたくしの血の秘術の前では児戯に等しいですわよ」
妖将カーミラが、ドロドロに溶けていた肉体を異空間の濃密な魔力で完全に再生させ、さらに無数の『血のゴーレム』を背後に従えて妖艶に笑う。
「わたくしは、この異空間に漂う負の魔力を全て我が血肉に変えました。もはや、わたくしは不死を超えた神のごとき存在……! あの小僧の光など、わたくしの血の海で溺れさせてあげますわ」
智将ベルフェもまた、失われた左半身を漆黒のクリスタルで補い、不気味な魔眼をギラギラと輝かせていた。
「魔王様。次元の狭間に眠る『虚無の王』の封印も、あと数年で完全に解き明かすことができるでしょう。我々の力は、今やかつて大陸を支配していた頃とは比べ物にならないほどに膨れ上がっております」
魔王ゼアノスは玉座に深く腰掛けたまま、狂気と歓喜に沸き立つ四天王たちを見下ろし、邪悪な笑みを浮かべた。
「ククク……そうだ。我々魔王軍は、この暗闇の中で究極の進化を遂げた。あの青年の『絆紋』の光など、もはや恐るるに足らず。数年後、我々が再び次元の壁を破ってあの世界に帰還した時こそ、人間どもに真の絶望を与え、あの小僧の四肢を八つ裂きにしてやろうぞ!!」
「「「おおおおおっ!! 魔王軍の栄光よ、永遠なれ!!」」」
異空間の魔王城では、彼らが手に入れた『新たなる力』に酔いしれ、狂宴が繰り広げられていた。
彼らは信じて疑わなかった。この数年間の研鑽で手に入れた力こそが、世界を滅ぼす絶対の力であると。
しかし、彼らは知らない。
彼らが「数年かけて到達しようとしている究極の強さ」を、アシュタルの『ただの訓練生たち』が、レインと教官陣の指導により、たった数ヶ月の修行で易々と超えようとしている事実を。
魔王軍が異空間でどれほど力を蓄えようとも、それがアシュタルの戦力と激突した時、彼らはかつて以上の『戦闘とすら呼べない絶望』を味わうことになるのだということを。
そして、彼らが心の底から恐れるその青年が、今この瞬間も、仲間たちと笑い合い、新しい水妖の魔物を撫でながら、美味しい夕食を食べているだけだということを、彼らは知る由もなかった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:Sランク冒険者(特級クラン『絆紋亭』マスター / 自治区代表)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 導きの光 / 豊穣の主 / 浄水の守り手 / 迷いを導く者 / 真理を導く者 / 絆の真髄を知る者 / 竜を解放する者 / 独立同盟の盟友 / 熱砂を歩む者 / 深淵を浄化せし者 / 変異を鎮める者 / 導きの軍師
Lv:82(※国境防衛と後進の育成、変異トロール討伐によりアップ)
HP:850 / 850
MP:650 / 650
【固有スキル】
・絆紋:対象と心を通わせる。万物を調和させ、極限の浄化と最適化を行う絶対的な力。
【クラン『絆紋亭』メンバー(一部抜粋)】
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・空色小竜:絆レベル5
・漆黒の竜:絆レベル5
・砂塵の魔蠍:絆レベル5
・水豹:絆レベル5
・幻宝石獣:絆レベル5
・白銀の幼熊:絆レベル5
・銀狐:絆レベル5
・鋼棘の鎧獣:絆レベル5(※絆深化)
・疾風の隼:絆レベル5(※絆深化)
・影猫:絆レベル4(※絆深化)
・水妖の獺:新規合流 / 絆レベル3
・アイラ(女戦士・Sランク)
・ルウ(魔導士・Sランク)
・シルヴィア(剣聖・Sランク)
・シオン(密偵・Sランク)
・レオン(辺境伯軍・騎士団長 / クラン協力者)
・クロード(辺境伯軍・槍使い / 有望株)
・アリス(冒険者・魔法盾使い / 有望株)
・ザック(冒険者・狙撃手 / 有望株)
・ミリー(神聖教会・支援術師 / 有望株)
・ガレス(辺境伯軍・重騎士 / 有望株)
・エララ(辺境伯軍・双剣使い / 有望株)
・ディルク(辺境伯軍・魔法剣士 / 有望株)
・クロエ(辺境伯軍・鞭剣士 / 訓練生・有望株)
・バルガス(冒険者・格闘家 / 訓練生・有望株)
(※その他拠点防衛および生産メンバー多数)
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