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追放された絆紋使いの穏やかな冒険譚〜辺境の街ではぐれ者たちと最強の居場所を作ります〜  作者: 盆ちゃん


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第78話 平穏なる日常と、他国の窮状

第78話 平穏なる日常と、他国の窮状

 魔王ゼアノスが自ら魔王城ごと異空間へと逃亡し、世界を覆っていた絶望の暗雲が消え去ってから数週間。

 辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点は、今日も変わらず、奇跡のような調和と優しさに満ちた朝を迎えていた。

 庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、深淵の邪神を浄化した『絆紋』の光をたっぷりと吸収し、もはや一つの森と見紛うほどの巨大な神樹へと成長を遂げていた。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいる。

「ウォンッ!」

「キュイッ!」

「きゅるるーっ!」

 澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、いつものように三匹の魔物が飛び込んできた。

 俺が王都を追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日、一番最初に俺の『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち。銀色のウルフである『フェル』、純白のポーションラビットである『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』だ。

 魔王軍の四天王や神話の邪神といった強敵との戦いを経ても、彼らの俺に対する甘えん坊な態度は何一つ変わらない。フェルは艶やかな銀色の毛並みを俺の手にすり寄せ、ピコは長い耳をパタパタさせながら俺の膝に飛び乗り、ソラは俺の肩にふわりと着地して頬をすりすりと擦りつけてくる。

「おはよう、フェル、ピコ、ソラ。今日もいい天気だな」

 俺が三匹の頭を順番に優しく撫でると、彼らは心底嬉しそうに目を細めて尻尾を振った。

 庭を見渡せば、漆黒の竜ノヴァが竜使いのルカに鱗を磨いてもらいながら気持ちよさそうに喉を鳴らし、紅蓮の火蜥蜴ガエンや鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグといった大型の魔物たちが木陰でうたた寝をしている。黄金の甲殻を得て進化した砂塵の魔蠍ゼットは、太陽の精霊鳥ソルをハサミの上に乗せて日向ぼっこを楽しんでいた。

「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」

 厨房から、見習い魔導士のエリスが元気な声を上げた。

 ダイニングルームには、元宮廷料理人のセシルが腕を振るった極上の朝食が並べられている。今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのベーコンチーズサンド』に、農学者セリーヌが育てた新鮮なトマトを使った『濃厚ミネストローネ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『彩り野菜のキッシュ』だ。

「ガハハ! 今日も飯が美味い! 魔王軍の脅威が去ってから、飯の味がさらに一段と上がった気がするぜ!」

 女戦士のアイラが、チーズサンドを豪快に頬張りながら笑う。

「ちょっとアイラ、もっとお上品に食べなさいよ。でも、確かに最近のセシルの料理は神がかってるわね」

 少女魔導士のルウも、うっとりとした表情でスープを口に運ぶ。

「ふふっ、魔王軍の瘴気が消え、アシュタル周辺の自然のマナが本来の清らかさを取り戻したおかげで、食材の質が飛躍的に向上しているんですよ」

 セシルが嬉しそうに解説する。

 剣聖シルヴィアや聖騎士フレア、重騎士セリア、魔導技師メリル、爆破技師マキアたちも、穏やかな顔で食事を楽しんでいた。

 そんな和やかな朝食の最中、ギルドからの伝令役も兼ねている元王都特級密偵のシオンが、数枚の依頼書を手に部屋に入ってきた。

「レインさん、皆様、おはようございます。ギルドマスターからの本日の依頼をお持ちしました」

「おはよう、シオン。魔王軍が消えてから、依頼の内容も随分と落ち着いたんじゃないか?」

 俺が尋ねると、シオンは微かに苦笑いを浮かべた。

「それが、そうでもないのです。魔王軍という巨大な組織の統率が消え去ったことで、かつて魔王軍に所属していた下級魔族や、彼らに使役されていた凶暴な魔物たちが、文字通り『野に放たれた』状態になっています。さらに、混乱に乗じて周辺の街道を荒らす野盗の集団も急増しており、アシュタルの近郊でも被害が報告されています」

「なるほど。親玉が消えたからといって、残党や悪党がすぐに消え去るわけじゃないってことか」

 俺が頷くと、シオンは依頼書をテーブルに広げた。

「アルベルト辺境伯様とバルカン・ギルドマスターの方針により、我々『絆紋亭』は他国への遠征や大規模な軍事行動には参加せず、あくまでこの【アシュタル近郊の絶対防衛と治安維持】に専念することになりました。他国のいざこざに巻き込まれて、皆様の平穏な日常が脅かされるのを防ぐためです」

「それはありがたいな。俺たちも、自分たちの居場所の周りを綺麗にするくらいがちょうどいい」

「よし、それじゃあ今日も手分けして近郊の掃除に行こうか!」

 アイラが戦斧を担ぎ上げて立ち上がる。

「今回の依頼は、アシュタル南部の『静寂の森』に住み着いた野盗集団の討伐と、彼らが使役している魔王軍残党の掃討です。レインさん、アイラさん、ルウさん、そしてフェルちゃんとピコちゃんで向かっていただけますか?」

「ああ、任せてくれ」

 俺たちは朝食を手早く済ませ、アシュタルの平和を守るための日常業務へと出発した。

   * * *

 アシュタル南部の『静寂の森』。

 かつては穏やかな動物たちが暮らす森だったが、今は野盗集団が砦を築き、周囲の村々から略奪した物資を溜め込んでいた。

 俺たちは森の木々に身を潜めながら、野盗の砦を見下ろす高台へと到着した。

「ざっと三十人ってところか。それに、魔王軍の残党らしきゴブリンやオークを鎖で繋いで、番犬代わりに使ってるみたいね」

 ルウが茂みの隙間から砦を観察しながら呟く。

「人間の野盗が、魔族を奴隷にしてるってわけか。魔王がいなくなった途端に、立場が逆転したってことだな」

 アイラが鼻を鳴らす。

「ウォゥゥ……」

「キュイッ!」

 俺の足元で、フェルとピコが低い唸り声を上げた。彼らの視線の先、砦の隅にある鉄の檻には、美しい透き通るような水色の毛並みを持った豹の魔物――『水豹アクア・パンサー』が、傷だらけの姿で閉じ込められていた。

 野盗の男が、檻越しに槍の柄で水豹を小突いて笑っている。

「許せねぇな。あいつら、魔物をただの道具かオモチャとしか思ってない」

 俺の右手の甲にある『絆紋』が、怒りに呼応して微かに熱を帯びた。

「レイン、指示を! アタシの斧で、あのアホ共を木っ端微塵にしてやるよ!」

「ああ。アイラとルウは野盗の主力とオークたちを制圧してくれ。フェル、ピコ! 俺と一緒にあの檻の魔物を助けに行くぞ!」

「ウォォォンッ!!」

「キュイッ!!」

 俺の号令と共に、作戦が開始された。

「吹き飛びなさい!『トルネード・フレア』!!」

 ルウの杖から放たれた炎の竜巻が、砦の正門を大音響と共に吹き飛ばす。

「オラァァァッ!! アタシの前に立つんじゃねぇ!!」

 アイラが凄まじい跳躍から戦斧を振り下ろし、慌てて飛び出してきた野盗の集団を、旋風のように薙ぎ払っていく。

「な、なんだ!? 討伐隊か!?」

「ひぃぃっ! あの大剣女、アシュタルの『絆紋亭』のバケモノだ!!」

 野盗たちがパニックに陥る中、俺はフェルとピコと共に、混乱の隙を突いて砦の隅にある檻へと一気に駆け込んだ。

「ウォォォンッ!!」

 フェルが青白い雷光を纏った突進で、檻の前にいた野盗たちを痺れさせて吹き飛ばし、ピコが浄化の光を纏った蹴りで鉄の檻の鍵を正確に粉砕する。

「大丈夫か?」

 俺は檻を開け、傷ついた水豹の元へとしゃがみ込んだ。

「シャァァッ……!」

 水豹は痛みに耐えながらも、人間である俺に対して牙を剥き、威嚇の声を上げた。無理もない。今まで人間から酷い扱いを受けてきたのだから。

「怖がらせてごめんな。でも、もう大丈夫だ」

 俺は剣を置き、右手の甲の『絆紋』の光を灯して、ゆっくりと手を差し伸べた。

 翠色の温かな波紋が、水豹の傷ついた体を優しく包み込む。

『万物の調和と極限浄化』の力が、槍で突かれた傷を瞬時に塞ぎ、恐怖で強張っていた心を解きほぐしていく。

「ルゥゥ……?」

(あたたかい……。痛くない……。お前は、さっきの人間たちとは違うのか……?)

 水豹から、警戒が解けた純粋な疑問の思念が伝わってくる。

「俺はレイン。お前を助けに来た。……もう、誰の命令も聞かなくていい」

 俺が微笑みながらその美しい水色の毛並みを撫でると、水豹は大きく目を見開き、そして俺の手に顔をすり寄せてきた。

「ウォンッ♪」

「キュイッ♪」

 フェルとピコも近寄ってきて、水豹の鼻先を優しく舐める。水豹は少し驚きながらも、彼らの温かさに触れ、安心したように喉を鳴らした。

「もし帰る場所がないなら、俺たちのクランに来ないか? うちにはたくさん仲間がいるし、美味しいご飯も毎日食べられるぞ」

 俺が誘うと、水豹は嬉しそうに頷き、俺の足元に丸くなった。

「よし、今日からお前の名前は『リン』だ。よろしくな、リン」

「ルルゥッ♪」

 新たな家族を迎え入れた頃には、アイラとルウによって野盗集団と残党の魔族たちは完全に制圧され、縄で縛り上げられていた。

「ふぅ、手応えのない連中だったわね。アシュタル近郊の掃除も、これにて完了よ!」

 ルウが杖を肩に乗せて得意げに笑う。

 こうして、俺たちは新たな家族『リン』を連れて、アシュタルの平和を守る日常の依頼を完遂し、帰路についたのだった。

   * * *

【閑話 他国の窮状と、独立同盟の威光】

 レインたちがアシュタル近郊の平和を守り、穏やかな日常を満喫している頃。

 アシュタルの領主の館では、アルベルト辺境伯とバルカン・ギルドマスターが、頭を抱えながら山のように積まれた書簡の対応に追われていた。

「またか……。これで今日だけで十通目だぞ」

 アルベルト辺境伯が、ガレリア帝国や南方都市国家群から送られてきた親書を投げ捨てる。

「どこの国も、泣き言ばかりですね」

 バルカンが皮肉たっぷりに笑いながら、ワイングラスを傾ける。

 魔王ゼアノスが異空間へと逃亡し、魔王軍という巨大な組織が消滅したことで、世界は平和になった……かに見えた。

 しかし現実は甘くなかった。統率を失った下級魔族や狂暴な魔物たちが、大陸各地で野盗と化し、暴れ回っていたのである。

 本来であれば、各国の正規軍や冒険者ギルドが対処すべき問題だが、彼らにはそれができなかった。なぜなら、彼らは長年にわたり、ルミナス王国の「勇者パーティー」に魔王軍討伐の全てを依存し、自国の軍事力や防衛機構を著しく衰退させてしまっていたからだ。

『どうか、偉大なる独立同盟の力を! 我が国の街道を荒らす魔族の残党を討伐するため、絆紋亭の皆様を派遣していただけないでしょうか!』

『我が領地の森に強力な魔獣が住み着き、手が出せません! 莫大な報酬をお支払いしますので、どうか救援を!』

 各国からの親書は、どれもこれも「助けてくれ」という悲鳴に満ちていた。

「自分たちの庭の掃除すら、自分たちでできないとはな。勇者に頼り切り、挙句の果てにその勇者たちを裏から支えていたレイン殿を無能呼ばわりして追放した連中の末路が、これだ」

 辺境伯は冷酷な目で書簡の山を見下ろした。

「で、どうするんです? 絆紋亭の連中を、他国へ出張させますか?」

 バルカンの問いに、辺境伯は即座に首を横に振った。

「あり得ない。我々がレイン殿たちと結んだ盟約は、『彼らの平穏な日常を守る』ことが大前提だ。彼らはアシュタル近郊の防衛と治安維持に専念してくれている。それを、他国の尻拭いのために外へ駆り出すなど、絶対に許さん」

 辺境伯はペンを手に取り、各国への返書をしたため始めた。

「返答は全て同じだ。『我々独立同盟は、アシュタル領の防衛に専念しており、他国への軍事支援やクランの派遣を行う意思はない。自国の脅威は自国で解決せよ。……ただし』」

「ただし?」

「『アシュタルとの不平等条約――資源の無償提供や、技術の全面開示に応じるのであれば、我々の領地に逃げ込んでくる難民の受け入れや、国境付近の魔物討伐程度であれば検討してやらないこともない』……とな」

 バルカンは、辺境伯の書いたえげつない返書を見て、ガハハと大笑いした。

「こりゃあ酷え! 完全に足元を見てやがる!」

「当然だ。我々は慈善事業をやっているのではない。レイン殿たちがもたらしてくれた『絶対的な力』という外交カードを最大限に利用し、このアシュタルを、誰も手出しできない絶対の楽園に築き上げるのだ」

 辺境伯の目には、領主としての冷徹な計算と、恩人たちを守り抜くという強固な決意が宿っていた。

 他国が魔王軍の残党処理に疲弊し、独立同盟に泣きついては法外な対価を要求されて国力を削っていく中。

 当のアシュタルでは、レインたちが新しい仲間である水豹のリンを歓迎し、今日もセシルの美味しい料理を囲んで、笑い声の絶えない温かい夜を過ごしていた。

 世界がどれほど混乱しようとも、彼らの優しい日常は、決して揺らぐことはないのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~

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