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追放された絆紋使いの穏やかな冒険譚〜辺境の街ではぐれ者たちと最強の居場所を作ります〜  作者: 盆ちゃん


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第76話 閑話:束の間の休息と、世界の思惑

第76話 閑話:束の間の休息と、世界の思惑

 神話の時代より封印されていた深淵の邪神が、一人の青年の放った翠色の光によって完全に浄化されてから数日が経過した。

 魔王軍の脅威が完全に去ったわけではないが、かつてないほどの巨大な絶望を退けたアシュタルの街と、非公式から特級クランへと昇格した『絆紋亭』には、久方ぶりの心からの平穏が訪れていた。

 アシュタルの東、小高い丘に広がるクランの拠点。

 庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、邪神の浄化に呼応するようにさらに一段と成長し、今や見上げるほどの巨木となって、拠点全体に極上の癒やしのオーラを振りまいている。

「ウォンッ!」

「キュイッ!」

「きゅるるーっ!」

 澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、いつものように三匹の魔物が飛び込んできた。

 俺が王都を追放されたその日、一番最初に『絆紋』を受け入れてくれた最古参の相棒たち。銀色のウルフであるフェル、純白のポーションラビットであるピコ、そして空色小竜のソラだ。

 フェルは邪神の呪詛に一切怯むことなく俺を守り抜き、ピコはその小さな体で邪神の核を砕く決定打を放った。ソラもまた、空からの完璧なサポートで仲間たちの危機を何度も救ってくれた。

「おはよう、フェル、ピコ、ソラ。今日も元気だな。……本当に、お前たちがいなきゃどうなっていたか分からないよ。ありがとうな」

 俺がしゃがみ込んで三匹の頭を順番に優しく撫でると、フェルは目を細めて尻尾を振り、ピコは長い耳をピクピクと動かして俺の膝に飛び乗り、ソラは俺の肩にふわりと着地して頬にすりすりと顔を寄せてきた。

「ギチチッ♪」

「ピヨッ♪」

 そこに、邪神のレーザーを真っ向から防ぎ切り、黄金の甲殻へと進化した砂塵の魔蠍ゼットと、新しく仲間になった太陽の精霊鳥ソルがやってきた。ゼットはピカピカに輝くハサミを嬉しそうに鳴らし、ソルは俺の頭の上にちょこんと乗って温かい魔力を分けてくれる。

 庭を見渡せば、漆黒の竜ノヴァ、紅蓮の火蜥蜴ガエン、雷鳴の怪鳥ライ、黄金の天馬ルミナ、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグたち大型の魔物たちが、木陰でのんびりと昼寝をしている。

「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」

 厨房から、見習い魔導士のエリスが元気な声を上げた。

 ダイニングルームには、元宮廷料理人のセシルが腕を振るった極上の朝食が並べられている。今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのハニーバタートースト』に、農学者セリーヌが育てた新鮮な果物を使った『特製フルーツボウル』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスを効かせた『香草香るローストチキン』だ。

「ガハハ! 今日も飯が美味い! 邪神をぶっ飛ばした後の飯は最高だね!」

 女戦士のアイラが、トーストを豪快に頬張りながら笑う。

「ちょっとアイラ、もっとお上品に食べなさいよ。でも、ナディアさんの持ってきたスパイス、本当に食欲をそそるわね」

 少女魔導士のルウも、うっとりとした表情でチキンを口に運ぶ。

「ふふっ、お口に合って良かったですわ。砂漠の香草は、疲労回復にとても効果があるのですよ」

 ナディアがベール越しに微笑む。

 剣聖シルヴィアや聖騎士フレア、重騎士セリア、魔導技師メリル、爆破技師マキアたちも、穏やかな顔で食事を楽しんでいた。

 激闘の疲れを癒やす、この何気ない日常こそが、俺たちにとって一番の宝物だった。

   * * *

【閑話 魔王城の閉鎖と、四天王の絶望】

 アシュタルが平穏な朝を迎えている頃、大陸の最北端に位置する魔王城は、文字通り『死の沈黙』に包み込まれていた。

 かつて人間を恐怖のどん底に陥れていた魔王軍の活気は見る影もなく、城門は固く閉ざされ、分厚い魔力防壁が城全体を幾重にも覆い尽くしている。

 謁見の間の奥深く。

 魔王ゼアノスは、玉座に座ったまま、数日間一言も言葉を発していなかった。彼の赤い双眸は、ただ虚空を見つめ、微かな震えを帯びている。

 その足元には、邪神の瘴気によって肉体を激しく損傷した三人の四天王が、力なく横たわっていた。

「あぁ……痛い、痛いぃぃっ……わたくしの顔が、肌が……」

 妖将カーミラが、ドロドロに溶けた右半身を押さえながらうめき声を上げる。

「クソッ……我が右腕が……。こんな体で、どうやってあの化け物と戦えというのだ……」

 獣王バランも、右腕を失った痛みに悶え、かつての覇気を完全に失っていた。

「……戦うなど、もはや不可能だ。我々は、触れてはならない神の領域に足を踏み入れてしまったのだ」

 智将ベルフェが、崩れ落ちた左半身の骨をカタカタと鳴らしながら、絶望に満ちた声で呟いた。

 魔王軍最強の四天王が三人がかりで逃げ帰るしかなかった深淵の邪神。それを、辺境の青年の『絆紋』はたった一撃で浄化し、無に帰した。

 それは、魔王ゼアノスにとって、自身の存在意義すらも揺るがすほどの圧倒的な恐怖だった。

「……魔王様」

 ベルフェが、残された右目で玉座の主を見上げる。

「これから、どうなさるおつもりですか? 城を封鎖したとはいえ、あの青年がその気になれば、この程度の防壁など紙切れのように浄化されてしまうでしょう。……我々は、滅びを待つしかないのでしょうか」

 魔王ゼアノスは、兜の奥でギリッと歯を食いしばった。

「……我は、魔族を束ねる王だ。無様に死を待つことなどできぬ。しかし……奴の光に触れれば、我々魔族は塵一つ残らず消滅する」

 ゼアノスは立ち上がり、謁見の間の奥にある、開かずの扉へと向かった。

「残された道は一つ。……かつて魔王城の地下深くに封印された、『次元断層の魔道具』を起動する」

「じ、次元断層!? 魔王様、あれを使えば、この魔王城ごと異空間へと飛ばされ、二度とこの大陸に戻ってくることはできませんぞ!」

 バランが驚愕して叫ぶ。

「構わん。あの光の届く場所にいるよりはマシだ。……我々は、この大陸から完全に撤退する。人間どもの世界など、くれてやるわ」

 魔王の決断は、魔王軍の『完全な敗北』と『逃亡』を意味していた。

 絶対的な恐怖の象徴であった彼らは、一人の青年の持つ優しい絆の光に怯え、自ら異空間の牢獄へと引きこもる道を選んだのだ。

 魔王城が次元の彼方へと消え去るまで、あとわずかな時間しか残されていなかった。

   * * *

【閑話 世界の思惑と、アシュタルへの従属】

 深淵の邪神が浄化され、魔王軍が完全に沈黙したという情報は、生き残った各国のスパイやギルドの通信網を通じて、瞬く間に大陸全土へと駆け巡った。

「なんだと!? あのルミナス王国を滅ぼした魔王軍の主力と四天王が、辺境のアシュタルで全滅しただと!?」

「しかも、神話の邪神すらも一撃で浄化したと!? 馬鹿な、そんな神話の英雄のような存在が、なぜ辺境に……!」

 大陸西部の強力な軍事国家『ガレリア帝国』の皇帝は、玉座から転げ落ちんばかりに驚愕した。

「陛下! アシュタルを治めるアルベルト辺境伯が、王国からの独立を宣言し、『独立同盟』という新たな国家を樹立したとの報告が入っております! その同盟の核となっているのが、邪神を浄化したという特級クラン『絆紋亭』です!」

 密偵からの報告に、皇帝は顔面を蒼白にして震え上がった。

「すぐだ! すぐに最上級の貢物を用意し、アシュタルへ使者を送れ!! 『絆紋亭』のマスターに、我ら帝国は絶対に敵対しないと、いや、何なら属国になってもいいと伝えろ!! あんな規格外の化け物を敵に回せば、帝国など一晩で消し飛ぶぞ!!」

 同じような光景は、大陸中の生き残った国家や貴族たちの間で繰り広げられていた。

 南方の商業都市国家群は、莫大な資金と物資をアシュタルへ寄付し、最優先の交易権と『絆紋亭』の保護を懇願する使節団を派遣した。

 ルミナス王国の生き残りの貴族たちに至っては、自らの領地を放棄し、財産を全て持ってアシュタルへ移住し、辺境伯と『絆紋亭』の足元に平伏して庇護を求める者が後を絶たなかった。

「……なんだか、大変なことになっているな」

 数日後。アシュタルの領主の館に呼び出された俺は、山のように積まれた各国の貢物と、従属を求める親書の山を見て、思わず苦笑いを浮かべた。

「全くですな、レイン殿」

 アルベルト辺境伯も、疲れ切った顔でため息を吐く。

「まさか、大陸中の国々が我々……いや、貴方たち『絆紋亭』の傘下に入りたがるとは。これで、アシュタルは事実上、この大陸の中心となってしまった」

「俺たちはただ、自分たちの居場所を守りたかっただけなんですけどね。……まあ、敵対されるよりはいいか。辺境伯様、これらの国々との交渉や政治的なことは、全てお任せしてもいいですか? 俺にはそういうのはさっぱりでして」

「ふははっ、任せておけ! 貴方たちが後ろ盾にいてくれるなら、どんな大国の皇帝が相手だろうと、強気で交渉してやろう!」

 辺境伯は頼もしく笑い、ギルドマスターのバルカンも「おうさ! ギルド本部も全力でサポートするぜ!」と胸を叩いた。

 世界中が俺たちの力に恐れおののき、あるいはすり寄ってくる中。

 俺が一番気にかけているのは、今日の夕飯のメニューのことだった。

「さて、用事も済んだし、早く帰ってみんなの顔を見よう。今日はセシルが、新しい魔獣肉のステーキを焼いてくれるって言ってたからな」

 俺が館を出ると、外で待機していたフェルとピコが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ウォンッ♪」

「キュイッ♪」

「お待たせ、帰ろうか」

 俺は二匹を撫で、アシュタルの青空の下を、温かい我が家へと向かって歩き出した。

 世界がどう変わろうと、俺たちの『絆紋亭』の穏やかな日常は、これからもずっと続いていく。

 それが、俺にとって何よりも守るべき、絶対の真理だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~

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