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追放された絆紋使いの穏やかな冒険譚〜辺境の街ではぐれ者たちと最強の居場所を作ります〜  作者: 盆ちゃん


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第71話 閑話:戦慄の魔王城と、絶対的敗北

第71話 閑話:戦慄の魔王城と、絶対的敗北

 辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、魔王軍の四天王が一人、竜将ドラグ・ゾル率いる大軍勢を完全に粉砕した翌日であっても、いつもと変わらぬ穏やかで優しく、奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。

 庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、昨日までの激戦の余波を感じさせることなく、豊かに茂った枝葉を朝の心地よい風に揺らし、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋を広げている。その極上の癒やしのオーラは、新しく仲間になった者たちの心を優しく包み込んでいた。

「ウォンッ!」

「キュイッ!」

「きゅるるーっ!」

 澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、競い合うように三匹の魔物が飛び込んできた。

 銀色のウルフである『フェル』と、純白のポーションラビットである『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』だ。

 彼らは、俺が王都の勇者パーティーから「足手まとい」と嘲られて追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日、一番最初に俺の『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たちである。

 昨日のような大規模な防衛戦においても、彼らは一切の恐怖を見せず、俺の指示に完璧に応えてくれた。フェルの銀色の毛並みは月明かりのように美しく気高い光を放ち、ピコはその小さな体からは想像もつかないほどの力強さで強敵を退け、ソラは上空から絶対零度のブレスで戦場を支配した。

「おはよう、フェル、ピコ、ソラ。昨日は本当に大活躍だったな。怪我はないか?」

 俺がしゃがみ込んで彼らの頭を順番に優しく撫でると、フェルは嬉しそうに目を細めて俺の手に頬をすり寄せ、ピコは自慢の長い耳をピクピクと動かして俺の膝の上に飛び乗ってきた。ソラは俺の肩にふわりと着地し、頬にすりすりと顔を寄せてくる。

 その温かい感触に、俺は自然と笑みをこぼした。

「グルォォォン……♪」

 庭の奥から、地響きのような、しかしどこか甘えるような低い鳴き声が聞こえてきた。

 昨日、魔王軍の呪縛から解放され、新たに仲間となった漆黒の竜『ノヴァ』だ。二十メートルを超えるその巨体は、今は精霊樹の木陰で気持ちよさそうに丸くなっており、その傍らでは竜使いの少女『ルカ』が、ノヴァの硬い鱗を専用のブラシで一生懸命に磨いていた。

「ふふっ、ノヴァ様、気持ちいいですか? ここ、少し汚れが溜まってますから、綺麗にしますね」

「グルルゥ……」

 ノヴァは目を細め、ルカのブラッシングに身を任せている。かつて魔王軍に洗脳され、破壊衝動に狂っていた恐ろしい黒竜の面影はどこにもなく、そこにはただ、心優しい誇り高き竜の姿があった。

「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」

 厨房から、見習い魔導士のエリスが元気な声を上げる。

 ダイニングルームには、元宮廷料理人のセシルが腕を振るった極上の朝食が並べられている。今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのクロワッサン』に、アクアの浄水と農園の新鮮な野菜を使った『具沢山のミネストローネ』、そしてメルティの『黄金の霊蜜』を贅沢にかけた『特大ベーコンエッグ』だ。

「ガハハ! 今日も飯が美味い! 魔王軍の幹部とやらをぶっ飛ばした後の飯は最高だね!」

 女戦士のアイラが、クロワッサンを豪快に頬張りながら笑う。

「ちょっとアイラ、もっとお上品に食べなさいよ。でも、本当にあの竜将とかいう奴、口ほどにもなかったわね」

 少女魔導士のルウも、うっとりとした表情でスープを口に運ぶ。

 剣聖シルヴィアや聖騎士フレア、重騎士セリアたちも、昨日の勝利を祝うように穏やかな顔で食事を楽しんでいた。

 魔王軍の脅威を退け、今日もまた、俺たちの温かい日常が始まろうとしていた。

   * * *

 一方、その頃。

 大陸の最北端、陽の光さえも届かぬ常闇の地にそびえ立つ、巨大で禍々しい漆黒の城――『魔王城』。

 その最深部にある広大な謁見の間には、息をするのすら困難なほどの、異常な重圧プレッシャーと死の沈黙が立ち込めていた。

 部屋の最奥、白骨と黒曜石で設えられた巨大な玉座に深く腰掛けているのは、魔王軍を統べる絶対的支配者、魔王ゼアノス。

 そして、玉座へと続く赤絨毯の両脇には、魔王軍の最高幹部である『四天王』のうち、生き残った三名が片膝をつき、主君へと頭を垂れていた。

 第一軍団長、獣王バラン。

 第二軍団長、妖将カーミラ。

 第三軍団長、智将ベルフェ。

 普段であれば、他者を圧倒するほどの魔力と傲慢さを放つ彼らだが、今の彼らの表情には、かつて見せたことのない色が浮かんでいた。

 それは、「戦慄」と「恐怖」である。

「……ベルフェよ」

 魔王ゼアノスの低く重い声が、謁見の間の空気をビリビリと震わせた。

「お前が放っていた偵察の使い魔が持ち帰ったという、アシュタルでの映像記録。……今一度、再生してみせよ」

「……御意に」

 骸骨の魔道士ベルフェは、カタカタと震える指先で懐から巨大な記録水晶を取り出し、空中に映像を投影した。

 そこに映し出されたのは、第四軍団長である竜将ドラグ・ゾルが率いた、三百の飛竜部隊と地上軍によるアシュタル包囲戦の一部始終であった。

 本来であれば、辺境の街など一瞬で火の海になるはずの圧倒的戦力。

 しかし、映像の中で繰り広げられていたのは、「戦争」とは呼べない凄惨な光景だった。

『紅蓮の業火よ、天を焼き尽くしなさい! インフェルノ・カタストロフ!!』

 映像の中の少女魔導士が杖を掲げた瞬間、空が真っ赤に染まり、極大の炎の竜巻が飛竜の群れを飲み込んだ。

「……何度見ても、正気の沙汰ではない」

 獣王バランが、額に冷汗を浮かべながら唸った。

「あのような規模の広域殲滅魔法、人間の小娘が単独で、しかも無詠唱に近い速度で発動できるはずがない。数千人規模の魔導士大隊が儀式魔法でようやく到達できる熱量だぞ」

「それに、あの対空砲の威力も異常ですわ」

 妖将カーミラが、扇を持つ手を微かに震わせる。

「飛竜の鱗を紙切れのように貫通し、空中で連鎖爆発を起こしている。あんな未知の兵器を、辺境の冒険者が開発したというの……?」

 映像は地上の戦いへと切り替わる。

 圧倒的な質量で押し寄せるオークやガーゴイルの群れ。しかし、それらはたった数人の人間と魔物たちによって、まるで塵を払うかのように蹂躙されていった。

『ウォォォンッ!!』

『キュイッ!!』

 銀色の狼が雷光となってオークの重装甲を紙屑のように吹き飛ばし、純白の兎が空中でガーゴイルの頭部を蹴り砕く。

「……信じられん」

 智将ベルフェが、自身の記録を否定するように頭蓋骨を振った。

「あの銀狼と白兎。見たところ、ただのフォレスト・ウルフの亜種とポーションラビットだ。生態系の底辺に位置するはずの下等魔物が、なぜあのような神獣じみた神速と破壊力を有しているのだ? 魔力法則ルールが完全に崩壊している」

 そして、映像は決定的な絶望の瞬間へと差し掛かった。

 激昂したドラグ・ゾルが、切り札である漆黒の竜『黒竜ノヴァ』を突撃させた場面だ。

 黒竜の極大ブレスが放たれる直前、あの白兎が空高く跳躍し、黒竜の顎を強烈な蹴りでカチ上げたのだ。

「バカな……ッ! ポーションラビットの蹴りで、黒竜の顎が弾き飛ばされただと!?」

 バランが思わず立ち上がりかける。質量と筋力の絶対的な差を無視したその光景は、武を極めた獣王にとって理解の範疇を超えていた。

 さらに、地上へと墜落したドラグ・ゾルが、全霊の魔力を込めた竜槍を、屋上の青年に向けて放った瞬間。

『アタシたちのマスターに、気安く触れてんじゃねえよ!!』

 人間の女戦士が、ただの戦斧で、四天王の必殺の一撃を真正面から弾き返した。

「……あり得ない。ドラグ・ゾルのあの一撃は、城門をも粉砕する威力。それを、人間の女が腕力だけで相殺したというのか」

 カーミラの顔から血の気が引いている。

 そして、空中に体勢を崩したドラグ・ゾルは、瞬く間に背後を取られ、無数の斬撃によって切り刻まれ、爆炎の中に消えていった。

 魔王軍最強の機動力を誇る四天王の一角が、文字通り「赤子のように」あしらわれ、何の抵抗もできずに惨殺されたのだ。

「……戦闘とすら、呼べんな」

 魔王ゼアノスが、深い溜息と共に呟いた。

「ドラグ・ゾルが弱かったわけではない。奴らが、異常すぎるのだ」

「魔王様、恐怖はまだ続きます。……問題は、この後です」

 ベルフェが映像を進める。

 そこには、ドラグ・ゾルを倒した青年――レインが、屋上から飛び降り、墜落して苦しむ黒竜へと歩み寄る姿が映っていた。

 青年は剣を抜くこともなく、ただ右手の甲に輝く翠色の痣を、黒竜の首元にはめられた『呪縛の首輪』に触れさせた。

『もう大丈夫だ。お前の誇りは、誰にも奪わせない!!』

 その瞬間。

 映像越しにすら伝わってくる、圧倒的で、純粋無垢な『浄化の光』。

 魔王ゼアノスが自らの血と怨念を込めて作り上げた絶対の呪縛が、まるで春の陽射しに溶ける雪のように、音もなく蒸発し、砕け散った。

 そして、狂気に満ちていた黒竜は、青年の足元で子犬のように頭を擦り寄せ、完全に服従――いや、心からの忠誠を誓う姿を見せたのだ。

 パチンッ。

 ベルフェが記録水晶の投影を切ると、謁見の間は完全な静寂に包み込まれた。

 四天王たちの呼吸音すら聞こえない。誰もが、今見た光景の恐ろしさを前に、言葉を失っていた。

「……あれは、魔法ではない」

 沈黙を破ったのは、魔王ゼアノスだった。

 その赤い双眸には、明確な警戒と、底知れぬ悪寒が宿っていた。

「魔力による解呪であれば、我が呪縛を解くには数百年分の魔力が必要だ。だが、あの青年が放った光は……『概念』そのものだ。万物を調和させ、元の清らかな状態へと強制的に書き換える、理不尽極まりない神の権能。……なるほど、奴が王国の魔力炉の暴走を無意識に防いでいたというのも頷ける」

「魔、魔王様……」

 獣王バランが、震える声で口を開いた。

「あのような化け物が、辺境の街に潜んでいるというのですか。……我輩の戦槌も、あの光の前に晒されれば、ただの鉄屑に戻ってしまうかもしれません。それに、あの女戦士や魔導士たちの異常な力。おそらく、あの青年の力が仲間に連鎖し、限界を超えた強化バフを与えているのだと思われます」

「わたくしの魅了チャームやアンデッド化も、あの光の前では何の役にも立たないでしょうね。触れた瞬間、わたくし自身が浄化されて消滅してしまいますわ」

 カーミラも、恐れを隠そうともせずに扇で顔を覆った。

 魔王軍の強さは、「恐怖」と「呪い」、そして「数」の暴力にある。

 しかし、あの青年――レインの持つ『絆紋』は、そのすべてを無効化する。

 恐怖は絆によって克服され、呪いは浄化され、奪った魔物たちは洗脳を解かれて逆に敵の戦力となってしまう。

 まさに、魔王軍が存在するための根幹を崩壊させる、最悪の『天敵』であった。

「……ベルフェよ」

「はっ」

「王国の勇者どもは、なぜあのような規格外の怪物を、『足手まとい』などと呼んで追放したのだ?」

 魔王の純粋な疑問に、智将ベルフェはカタカタと顎を鳴らしながら答えた。

「……愚かだったからでしょう。彼らは、自らの力が己の才能によるものだと過信し、背後で自分たちを絶対的な存在に仕立て上げていた『恩恵』に気づけなかったのです。結果として、彼らは自らの手で最強の守護者を捨て、自滅しました」

「滑稽だな。人間という生き物は、真の宝の価値を理解できぬらしい」

 ゼアノスは玉座の肘掛けを指で叩きながら、冷ややかに笑った。

「だが、笑い事ではない。我々にとって、あれは放置しておけば間違いなく魔王軍を壊滅させる毒だ。ドラグ・ゾルの軍勢が『戦闘とすら呼べない』形で消滅した以上、通常の軍隊をどれだけ送り込もうと無意味だ。……むしろ、送れば送るほど、我々の魔獣が浄化され、奴らの戦力を増強させる結果になる」

「では、どうなさるおつもりで?」

 バランが尋ねる。

「我ら三人がかりで直接アシュタルを強襲しますか? いや、しかし……」

 己の言葉に、バラン自身が疑問符を浮かべた。今の彼らには、あの拠点に乗り込んで勝てるビジョンが全く見えなかったのだ。

「直接の戦闘は避ける」

 ゼアノスはきっぱりと言い放った。

「敵の土俵である『絆』や『浄化』の力が及ぶ物理的な戦闘では、我々に勝ち目はない。奴の力は、対象と『直接触れ合う』こと、あるいは『物理的な射程圏内』にあることで最大の効果を発揮しているように見える」

 魔王は立ち上がり、謁見の間の奥、巨大な壁画が描かれた方角を見据えた。

「ならば、奴らの力が届かぬ場所から、大陸そのものを砕くような『絶対的な絶望』を用意するしかない。……ベルフェ、バラン、カーミラ。アシュタルへの侵攻は即時凍結せよ」

「凍結、ですか」

「ああ。奴らを辺境に閉じ込めておけ。そして我々は……東の大陸に眠る『古き神の封印』を解く」

 その言葉を聞いた瞬間、四天王の三人は息を呑み、絶句した。

「ま、魔王様! それはなりません! 東の砂漠に眠る『深淵の邪神』は、かつて魔族すらも滅ぼしかけた禁忌の存在! あれを呼び覚ませば、この大陸そのものが海に沈みかねませんぞ!」

 ベルフェが慌てて進言する。

「構わん。あの青年をこのまま放置すれば、いずれ魔王軍は根絶やしにされる。ならば、世界そのものを破壊する邪神の力をもって、アシュタルという土地ごと次元の彼方へ消し去るまでだ」

 ゼアノスの赤い瞳には、もはや後戻りのできない狂気が宿っていた。

「奴が『絆』で万物を調和させるというのなら、こちらは『虚無』によって万物を消滅させる。……全軍に告げよ。これより魔王軍の全戦力は、東の大陸の小国群を血祭りに上げ、邪神復活のための『魂の供物』を集めることに専念せよ」

「「「……御意!!」」」

 魔王の絶対の命令に、四天王たちは深く頭を垂れるしかなかった。

 勇者を倒し、王国を滅ぼし、大陸の覇者となるはずだった魔王軍。

 しかし彼らは今、辺境にいる一人の青年への恐怖によって、自らの軍事方針を根本から変更せざるを得ない状況に追い込まれていた。

 直接戦えば、間違いなく殺される。

 だからこそ、世界を巻き込む自爆にも等しい禁忌の力に手を出すしかなかったのだ。

 暗く冷たい魔王城の謁見の間に、深い絶望と焦燥の影が渦巻いていた。

 彼らは知る由もなかった。彼らが恐れ、世界を巻き込んでまで消し去ろうとしているその青年が、今はただ、愛する魔物たちと共に美味しい朝食を食べ、穏やかな日常を楽しんでいるだけの、ただの心優しい冒険者であることを。

 遠く離れた辺境の街では、今日もフェルとピコが元気に庭を走り回り、レインの優しい笑い声が響いている。

 その奇跡のような調和の光が、やがて来る深淵の闇さえも浄化する日が来ることを、今はまだ誰も知らない。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~

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