第62話 魔王軍掃討と、牙石地帯の死闘
第62話 魔王軍掃討と、牙石地帯の死闘
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、今日も今日とて賑やかで温かな朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、日を追うごとにその存在感を増し、淡く優しい緑の光を周囲に振りまいている。かつて王都で「足手まとい」と嘲られ、すべてを失った青年の居場所は、今や世界で一番安全で、愛に満ちた聖地となっていた。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
「ピィィィッ!」
澄み切った青空の下、空色小竜のソラ、銀色のウルフであるフェル、純白のポーションラビットであるピコをはじめとする、数多くの魔物たちが庭を駆け回っている。フェルの毛並みは月明かりのように美しく、ピコはぴょんぴょんと跳ね回りながら仲間たちを癒やしている。そこに、先日新たに仲間となった漆黒の影豹ノクス、重厚な甲羅を持つアーマード・タートルのゲン、風の魔獣シロ、そしてクリスタル・スライムのグリンタたちが加わり、庭の賑やかさはさらに増していた。
「みんな、朝ご飯の準備ができたわよー!」
厨房から顔を出したのは、元宮廷料理人のセシルや、見習い魔導士のエリスたちだ。
テーブルに並べられたのは、魔力農園で採れた新鮮な野菜をふんだんに使ったスープと、香ばしく焼き上がった極上の肉料理、そしてメルティの『黄金の霊蜜』を贅沢にかけたパンケーキである。
俺ことレインは、集まってきた相棒たちの頭を順番に撫でながら、温かいスープを一口啜った。五臓六腑にしみわたるような優しい味わいに、自然と笑みがこぼれる。
「ふぅ、美味い。今日も一日、のんびりといこうか」
「レインさん、のんびりしたいところですけど、今日の予定を忘れていませんか?」
苦笑いを浮かべながら声をかけてきたのは、先日仲間に加わった元傭兵の重騎士セリアだ。彼女は手入れされた銀色の鎧を身に纏い、きりっとした表情で俺を見つめている。
「ああ、もちろん覚えているよ。冒険者ギルドからの正式依頼……『北の牙石地帯における魔王軍の前線基地掃討』だな」
俺たちがアシュタルの街を守るため、そして虐げられている魔物たちを救うために立ち上がったのは、昨日のことのようでもあり、すでに絆を深めた仲間たちとの確かな歩みを感じさせる出来事でもあった。
前日、基地の奥深くで魔王軍の将軍を打ち破り、多くの奴隷魔物を解放した俺たちだったが、ギルドマスターからの報告によれば、北の牙石地帯の奥地にはまだいくつかの残党拠点や、魔王軍が残した強力な防衛装置が潜んでいるという。
「アシュタルの平和を完全に守るためには、根っこから摘み取っておく必要があるわね。任せなさい、アタシの戦斧で残らず叩き割ってやるよ!」
大女の戦士アイラが、愛用の巨大な戦斧を肩に担ぎながら豪快に笑った。
「まったく、アイラはすぐ暴れようとするんだから。でも、私の天才的な大魔法の実験台としては、魔王軍の残党なんてちょうどいい的だわ」
大きな魔女帽子を被った少女魔導士ルウが、不敵な笑みを浮かべて杖をクルクルと回す。
薬師のゴット、服飾職人のリナ、元王都特級密偵のシオン、天才錬金術師のノエル、流浪の精霊弓士ライラ、剣聖シルヴィアたちクランの主力メンバーも、それぞれの武器や道具の最終点検を終えて集まってきた。
「よし、それじゃあ出発しよう。みんな、準備はいいか?」
「「「オーッ!」」」
威勢の良い返事が響き渡る中、俺たちは再び北の牙石地帯へ向けて足を踏み出した。
* * *
アシュタルの街から北へ半日。鋭く切り立った岩肌が牙のように天を突く「北の牙石地帯」は、相変わらず荒涼とした殺伐とした空気に包まれていた。
しかし、昨日の戦いを経て、俺たちのチームワークはかつてないほど強固になっていた。
「シオン、前方の警戒頼む。フェル、ピコ、不審な魔力の反応があったら教えてくれ」
「了解です。クロ、影の探知を広げます」
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
シオンと影の猫魔獣クロが先行し、フェルとピコが左右の安全を確保する。上空では空色小竜のソラや雷鳴の怪鳥ライが旋回し、広範囲の索敵を完璧にこなしている。
しばらく進むと、険しい岩山の谷間に、黒い鉄板で補強された巨大な洞窟の入り口が見えてきた。そこから漂うのは、先日の基地よりもさらに濃厚で、吐き気を催すような濁った魔力の臭いだった。
「ここだな……地図によれば、魔王軍が遺した『呪詛の魔導炉』が隠されている地下要塞の入り口だ」
俺が呟くと、セリアが前に出て大盾を構えた。
「レインさん、中がどうなっているか分かりません。前衛は私とアイラ、そしてライトに任せてください」
「グルォォォッ!」
新しく仲間になった雷霆の白虎ライトが、青白い雷光を纏った巨体を低く構え、いつでも飛び出せる姿勢をとる。
洞窟の内部へと足を踏み入れると、壁面には不気味に発光する紫色の魔法陣が幾重にも刻まれていた。
その時、暗闇の中から無数の赤い目がギラリと光った。
「ガーァァァッ!!」
現れたのは、全身が黒い金属質の装甲に覆われた上級魔族『アイアン・オーク』の群れ、そして上空から音もなく滑空してくる『デス・ガーゴイル』たちだ。総数にして五十を超える大軍勢が、一斉に牙を剥いて襲いかかってきた。
「迎撃するぞ! 散るな、陣形を維持しろ!」
俺の号令と同時に、仲間たちが一斉に動いた。
「オラァァァッ!!『旋風大車輪』!!」
アイラが戦斧を凄まじい勢いで回転させ、突撃してきたアイアン・オークの先陣をまとめて吹き飛ばす。
「通しません!『ホーリー・シールド』!」
聖騎士のフレアが展開した神聖な光の壁が、ガーゴイルたちの放つ無数の闇の弾丸を完璧に弾き返した。
「隙だらけよ!『フレイム・バースト』!」
ルウの放った灼熱の炎が洞窟の天井を焼き焦がし、敵の視界を奪う。
さらに、フェルが電光石火のスピードで敵の懐に潜り込み、ピコの『ホーリー・ムーン・キック』がアイアン・オークの頭部を正確に打ち砕いた。
新加入の魔物たちも負けてはいない。
影から飛び出したノクスが敵の急所を的確に引き裂き、ゲンの巨大な甲羅が敵の突撃を完璧に受け止める。シロが繰り出す鋭いかまいたちは狭い洞窟の中で圧倒的な威力を発揮し、敵の群れを切り刻んでいった。
俺は右手の甲にある『絆紋』の光を緩やかに放ち、仲間たちの魔力を調和させ、疲労を癒やしながら全体をコントロールする。
かつて勇者パーティーで「何もできない足手まとい」と呼ばれていた俺の指示で、これほどまでに洗練された連携戦闘が行われている。皮肉なものだが、今の俺にはこの温かで強い絆こそが何よりも誇らしかった。
「奥の広場に、厄介なやつがいます!」
シオンの鋭い声が響いた。
戦闘を抜け、さらに奥の開けた地下空間へと踏み込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
空間の中心に据えられた巨大な黒い炉――『呪詛の魔導炉』の周囲に、異形の魔道士『ネクロマンサー・ゼノン』が立っていた。彼は両手を掲げ、周囲に転がる魔物や兵士の死骸から負の魔力を吸収し、禍々しい巨大なゴーレムを再構築しようとしていた。
「フハハハ! よくぞここまで辿り着いたな、虫けらども! この魔導炉の力をもってすれば、お前たちの魂など一瞬で――」
「喋りが長いな」
ゼノンが言い切るよりも早く、シルヴィアが神速の抜刀術を放った。
キィィィンッ!という高音が響き渡り、ゼノンの杖が真っ二つに両断される。
「なっ……!? バカな、私の詠唱が……!」
「お前の相手はアタシらだよ!」
アイラが跳躍し、戦斧の柄でゼノンの腹部を痛打。さらにルウの追撃の魔法が直撃し、ゼノンは盛大に地面を転がって気絶した。
「ふぅ、これで術者は片付いたな。あとはあの魔導炉か」
俺が近づくと、魔導炉からはドクンドクンと心臓音のような不気味な脈動が漏れ出し、周囲の空気を歪めていた。このまま放置すれば、また周囲一帯の自然が汚染されてしまう。
「みんな、少し離れててくれ。こいつは俺の『絆紋』で直接浄化する」
俺は魔導炉の金属製の本体に手を当て、右手の甲の痣から発する光を限界まで高めた。
緑色の温かな波紋が魔導炉を包み込み、蓄積されていた邪悪な呪詛の魔力を根底から中和していく。ギギギ……と不気味な音が鳴り響いた後、魔導炉の黒い外殻がパキパキと音を立てて砕け散り、中から純粋な魔力結晶だけがポロリと落ちてきた。
「……よし、完全にあたりの安全が確保できたな」
背後から安堵の息を漏らす仲間たちの声を聞きながら、俺はふうっと息を吐き出した。
街に戻れば、セシルが美味しい料理を作って待っている。リナやノエル、エリスたちも温かく迎えてくれるだろう。
辺境の街アシュタルを守るための戦いは、こうして見事な勝利に終わり、俺たちの絆はさらに深く、強いものへと成長していくのだった。
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