第61話 魔王軍掃討指令と、新たなる絆
第61話 魔王軍掃討指令と、新たなる絆
辺境の街アシュタル の東、小高い丘に広がる俺たちの非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、今日も朝から心地よい活気に満ちていた。
かつて勇者パーティー『暁の剣』 に所属していた頃、俺は勇者のアレク や癒し手のエルナ、魔法使いのカイン、斥候のミラ たちから「足手まとい」と嘲笑され、理不尽に追放された身だ。しかし、この街に流れ着き、どんな魔物とも心を通わせる『絆紋』 の力に気づいてからは、俺の人生は大きく変わった。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、銀色の美しい毛並みを持つウルフの『フェル』と、純白のポーションラビットである『ピコ』が、競い合うように俺の足元へと駆け寄ってきた。
彼らは、俺がこの辺境の地にやってきて、一番最初に絆を結んだ最古参の相棒たちだ。当初は小柄だったフェルも今や立派な巨躯を誇る森の王者たる風格を漂わせ、ピコもまたその小さな体に強靭な脚力と治癒の魔力を宿している。俺がしゃがみ込んで二匹の頭を順番に撫でると、フェルは嬉しそうに尻尾を振り、ピコは長い耳をピクピクと動かして俺の手のひらに頬をすり寄せてきた。
「キュルルゥッ!」
さらに上空から、サファイアブルーの美しい鱗を持つ小竜のソラ がパタパタと翼を羽ばたかせて舞い降り、俺の肩にふわりと着地する。トラバサミの罠にかかって傷ついていたところを助けたこの小さな竜も、今ではクランの立派なムードメーカーだ。
「おはよう、フェル、ピコ、ソラ。今日もいい天気だな」
俺、レイン は、集まってきたもふもふの相棒たちに囲まれながら、満ち足りた気持ちで微笑んだ。急いで強くなる必要なんてない、のんびりと依頼をこなしながら生きていけばいい。そう思って始めた辺境での生活だったが、気づけば俺の周りにはたくさんの仲間が集まり、この場所がみんなの帰る大切な居場所となっていた。
食堂へと足を踏み入れると、すでに人間の仲間たちも起きてきており、朝食の準備が進められていた。
「おお、レイン! 遅かったじゃないか。今日のベーコンは特大だぞ!」
元騎士の大女アイラ が、自身の顔の半分ほどもある厚切りベーコンを豪快にフォークで突き刺しながら豪快に笑う。
「ちょっとアイラ、肉ばっかり食べてないで野菜も食べなさいよ! あーもう、朝から暑苦しいわね!」
その隣で、大きな魔女帽子を被った口の悪い少女魔導士ルウ が、文句を言いながらも手際よく目玉焼きを皿に取り分けている。
「ヒッヒッヒ。レインよ、昨夜仕込んだ新しい霊薬が完成したぞ。これでまた一歩、究極のポーションに近づいたわい」
薬師の老爺ゴット は、怪しげな紫色の液体が入ったフラスコを揺らしながら不気味に笑っていた。
相変わらず癖の強い面々だが、彼らもまた社会の枠にはまれなかった「はみ出し者」たちであり、俺にとってはかけがえのない家族だ。
和やかな朝食の時間が終わろうとしていたその時、クランの門を激しく叩く音が響いた。
現れたのは、冒険者ギルドの制服を着た伝令の若者だった。彼は息を切らし、顔面を蒼白にしながら俺に向かって叫んだ。
「レインさん! ギルドマスターからの緊急の呼び出しです! 至急、ギルド本部へ向かってください!」
ただ事ではない雰囲気に、アイラやルウたちも表情を引き締める。
俺はフェルとピコ、そしてソラを連れて、急ぎアシュタル の冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの奥にあるマスターの執務室。屈強なドワーフであるギルドマスターは、テーブルの上に広げられた広域地図を険しい表情で見つめていた。
「よく来てくれた、レイン。単刀直入に言おう。お前たちのクランに、ギルドからの『正式な指名依頼』を任せたい」
「正式な指名依頼……ですか?」
俺が尋ねると、マスターは重々しく頷いた。
「ああ。アシュタルの北、峻険な岩山が連なる『北の牙石地帯』に、魔王軍の尖兵が前線基地を築き始めていることが判明した。オークやガーゴイル、ダークナイトといった上位魔族が多数確認されている。このまま放置すれば、数週間後にはこのアシュタルが火の海になるだろう」
魔王軍。その言葉を聞いて、俺の脳裏にかつて所属していた『暁の剣』 の面々の顔が浮かんだ。彼らは魔王討伐の大義を掲げていたはずだ。
「王都の騎士団や、勇者パーティーはどう動いているんです?」
俺の問いに、マスターは呆れたように鼻を鳴らした。
「それが、あのアレクとかいう勇者のパーティーは、最近になってひどく落ちぶれているらしくてな。依頼の失敗が続き、武器の整備すらまともにできておらず、野営中に低ランクの魔物に夜襲されて逃げ帰る始末だそうだ。王都の連中も彼らを見限りつつある。とても魔王軍の迎撃に回せる状態ではない」
俺がパーティーを追放されてから、彼らの生活を支える裏方がいなくなった結果だろう。自業自得とはいえ、あそこまで崩壊が早いとは少し驚きだった。
「現在、この辺境において最も高い戦力を有しているのは、数々の強力な魔物を従え、凄腕の冒険者たちを抱えるお前のクラン『絆紋亭』だ。レイン、アシュタルの街を守るため、魔王軍の基地を掃討してきてはくれないか」
マスターの真摯な眼差しを受け、俺は迷うことなく頷いた。
「引き受けます。この街は、俺たちの大切な居場所ですから。誰にも壊させはしません」
クランの拠点に戻り、ギルドからの依頼内容を伝えると、仲間たちは一斉に歓声を上げた。
「ガハハハ! ついに魔王軍の連中とドンパチやれる日が来たか! アタシの戦斧が血を求めて疼いてたところだ!」
アイラ が巨大な戦斧を肩に担ぎ、凶暴な笑みを浮かべる。
「ふんっ、仕方ないわね。私の天才的な大魔法で、魔王軍ごと岩山を消し飛ばしてあげるわ!」
ルウ も杖をくるくると回しながら自信満々に胸を張る。
「ヒッヒッヒ、傷薬や解毒薬、それに魔力回復薬の準備は万端じゃ。存分に暴れてくるがいい」
ゴット が大量のポーションが詰まった木箱を台車に乗せて運んできた。
「みんな、頼りにしてる。フェル、ピコ、索敵と前衛のサポートは頼んだぞ」
「ウォォォンッ!」
「キュイッ!」
俺の言葉に、銀狼のフェルと白兎のピコが力強く鳴き声を上げる。
かくして、俺たち『絆紋亭』の総力を挙げた魔王軍掃討作戦が幕を開けた。
北の牙石地帯は、鋭く尖った岩岩が天を突くように乱立する荒涼とした大地だった。
フェルの優れた嗅覚と、ピコの並外れた聴覚による完璧な索敵のおかげで、俺たちは魔王軍の哨戒部隊を完全に避け、前線基地の背後にある高台へと気づかれることなく到達した。
眼下には、黒い鉄柵で囲まれた巨大な野営地が広がっていた。数百単位のオークの兵士たちが蠢き、空にはガーゴイルが旋回している。しかし、俺の目を引いたのはそれだけではなかった。
「……あいつら、魔物を無理やり兵器として使役しているのか」
基地の片隅にある劣悪な鉄の檻の中や、重い荷車に繋がれている魔物たちの姿があった。彼らの首には禍々しい呪いの首輪がはめられており、魔王軍の兵士たちから容赦なく鞭で打たれている。
どんな魔物とも心を通わせる『絆紋』 を持つ俺にとって、その光景は決して許せるものではなかった。右手の甲の絆紋が、怒りと共鳴するように熱く脈打つ。
「ルウ、アイラ! 作戦変更だ。まずはあの捕らわれている魔物たちを解放する。敵の指揮系統を混乱させつつ、一気に叩き潰すぞ!」
「了解よ! 派手に行くわ! 『紅蓮の爆炎』!!」
ルウ の杖から放たれた極大の炎の球が、魔王軍の武器庫に直撃し、凄まじい爆発と火柱を上げた。
「オラァァァッ!! 邪魔な門はぶっ壊す!!」
アイラ が高台から跳躍し、隕石のような勢いで基地の正門を戦斧で粉砕した。
突如として始まった襲撃に、魔王軍の基地は大混乱に陥る。
「フェル、ピコ! 俺についてきてくれ!」
俺は混乱に乗じて、魔物たちが捕らえられている檻の区画へと一気に駆け込んだ。立ち塞がるオークの兵士たちを、フェルが目にも留まらぬ速度の突進で噛み砕き、ピコが強靭な後ろ脚から放たれる蹴りで次々と吹き飛ばしていく。
檻の前に辿り着いた俺は、腰の剣で錠前を破壊し、鉄の扉を引き開けた。
中にいたのは、全身が傷だらけになり、毛並みが薄汚れた『シャドウパンサー』だった。闇夜に溶け込む漆黒の豹の魔物だが、今は恐怖と痛みに震え、俺に対しても牙を剥いて威嚇している。
「大丈夫だ。もう戦わなくていい」
俺は右手の甲の『絆紋』 を輝かせ、ゆっくりと手を差し伸べた。温かな魔力の波動がシャドウパンサーを包み込み、首輪の呪いを中和していく。痛みが消え、俺からの「守りたい」という感情が伝わると、パンサーは威嚇を止め、俺の手にすり寄ってきた。
「お前の名前は『ノクス』だ。一緒に来るか?」
「グルゥ……ッ!」
ノクスは力強く頷き、俺の背後を守るように立ち上がった。
俺は次々と檻を開放し、虐げられていた魔物たちと絆を結んでいった。
分厚い鋼鉄のような装甲を持つ巨大な亀、『アーマード・タートル』の首輪を外し、『ゲン』と名付ける。
細身で鋭い風の刃を操る『ウィンド・ウィーゼル(風鎌鼬)』の鎖を断ち切り、『シロ』と名付ける。
さらに、魔力炉の動力源として酷使され、コアが濁りかけていた希少な『クリスタル・スライム』を浄化し、『グリンタ』と名付けて腕に抱え上げた。
新しく仲間に加わった四体の魔物たちは、俺の『絆紋』の力によって本来の力を取り戻し、俺たちを支援するために動き出した。
ノクスが影に潜んで敵の死角から急所を噛み裂き、ゲンが巨大な甲羅でオークの弓矢を弾き返す。シロがかまいたちを発生させてガーゴイルの翼を切り裂き、グリンタが俺たちの武器に魔力を付与して威力を底上げする。
フェルとピコの息の合った連携も加わり、俺たちの周囲は完全に圧倒的な制圧空間と化していた。
「レイン! 奥の広場で、誰かが魔王軍の将軍と戦ってるわ!」
ルウ の声に視線を向けると、基地の中央広場で、一人の人間の女性が巨大なダークナイト・ジェネラルと単騎で渡り合っているのが見えた。
彼女は身の丈ほどもある大盾と長剣を構え、傷だらけになりながらも必死に将軍の猛攻を耐え凌いでいる。その銀色の鎧はボロボロに砕け、息も絶え絶えだった。
「くっ……! 私一人がここで倒れようとも……近隣の街に被害を出させるわけにはいかない……っ!」
彼女が悲壮な覚悟で大盾を構え直したその時、ダークナイト・ジェネラルの巨大な大剣が、彼女の防御を粉砕すべく振り下ろされた。
「フェル! ゲン!」
「ウォォォンッ!!」
俺の指示に即座に反応したフェルが銀色の閃光となって駆け抜け、ジェネラルの腕に強烈な噛みつきを見舞う。同時に、アーマード・タートルのゲンが地鳴りを響かせながら突進し、大盾の女性を庇うように巨大な甲羅を割り込ませた。
ガァァァンッ!!
ジェネラルの大剣がゲンの甲羅に弾き返され、激しい火花が散る。
「な、なんだ……!? 魔物が、私を助けた……?」
女性が驚愕の声を上げる中、俺は彼女の傍らに駆け寄り、ゴット の特製ハイポーションを差し出した。
「飲んでくれ。加勢する!」
「あ、あなたは……?」
「ただの冒険者だ。アイラ! ルウ! トドメを刺すぞ!」
「おうさ! これで終わりだぁぁっ!!」
アイラ が空高く跳躍し、渾身の力を込めた戦斧をジェネラルの兜めがけて振り下ろす。
「灰燼に帰しなさい! 『獄炎の嵐』!!」
ルウ の杖から解き放たれた灼熱の渦が、戦斧の一撃で体勢を崩したジェネラルを飲み込んだ。
さらに、フェルの雷撃、ピコの蹴り、ノクスの影刃、シロの真空刃が一斉にジェネラルへと襲い掛かる。断末魔の叫びを上げる暇すら与えず、魔王軍の前線基地を束ねていた将軍は、完全に黒い灰となって消滅した。
将軍を失った魔王軍の残党は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、作戦は完全な勝利に終わった。
「ふぅ……なんとかなったな」
剣を鞘に収める俺に、助けられた大盾の女性がふらつきながら歩み寄ってきた。ポーションのおかげで外傷は塞がっているが、その表情には深い疲労と、驚愕の色が浮かんでいる。
「あ、あの……助けていただき、本当にありがとうございます。私はセリア。元は傭兵団に所属する重騎士でしたが……仲間たちに裏切られ、囮としてこの基地に置き去りにされてしまったのです」
セリアは悔しそうに唇を噛んだ。彼女もまた、信じていた仲間に裏切られ、居場所を失った者の一人だったのだ。
「俺はレイン。『絆紋亭』というクランのマスターをやっている」
俺は彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。俺もかつて、『暁の剣』 の仲間たちに見捨てられたのだから。
「セリア。もし帰る場所がないなら、俺たちのクランに来ないか? 君のような強い意志を持った盾役がいれば、これほど心強いことはない。それに……うちのクランには、裏切るような奴は一人もいないと約束する」
俺が右手を差し出すと、アイラやルウ、そしてフェルやピコたちも温かい眼差しで彼女を歓迎した。
セリアの目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「……はいっ! 私でよければ、どうか皆さんの盾として、その恩に報いさせてください!」
こうして、魔王軍の掃討という大任を果たした俺たちは、四体の新しい魔物の仲間——ノクス、ゲン、シロ、グリンタと、頼れる重騎士セリアという新しい人間の仲間を迎え入れ、意気揚々とアシュタルの街へと帰還した。
その夜、クランの拠点では、新しい家族を歓迎するための盛大な宴が開かれた。
セシルが腕を振るった極上の肉料理や新鮮な野菜のスープがテーブルに並び、アイラが大声で笑いながらエールを飲み干す。ルウが魔法で空中に小さな花火を打ち上げ、ゴットが嬉しそうに新しい魔物たちの生態を観察している。
フェルとピコは、新入りのノクスやゲンたちを誘って庭を走り回り、ソラ やグリンタはセリアの膝の上で幸せそうに眠っていた。
賑やかな笑い声と、温かな料理の匂い。
勇者パーティーを追放され、すべてを失ったと思っていたあの日の俺には、想像もできなかったほど豊かで、騒がしい日々。
「……最高だな、今の生活は」
俺は満天の星空を見上げながら、手にしたグラスをそっと傾けた。
どんな強大な敵が迫ろうとも、このかけがえのない居場所だけは、俺と仲間たちの『絆』で絶対に守り抜いてみせる。そう強く心に誓うのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!
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