第5話 クラン「絆紋亭」の誕生と、遠くで響く亀裂の音
第5話 クラン「絆紋亭」の誕生と、遠くで響く亀裂の音
アシュタルの街のはずれ、古い開拓民の廃屋を改修し始めてから数日が経過した。
かつては雑草に埋もれ、屋根の瓦が剥げ落ちていたその建物は、俺ことレインの持つ『生活魔法』や『建築・修繕』のスキル、そして集まってきてくれたもふもふな魔物たちの献身的な(?)お手伝いによって、見違えるほど綺麗に生まれ変わっていた。
「きゅるるーっ!」
真っ青な空の下、改修されたばかりの木造のテラスの上で、小竜のソラが元気よく翼を羽ばたかせている。
屋根は新しく頑丈な木材で葺き直され、窓ガラスはピカピカに磨き上げられ、庭一面に生い茂っていた雑草はウールシープの群れが綺麗に食べ尽くしてくれたおかげで、広々とした美しいハーブガーデンへと姿を変えていた。
家の中に入れば、手作りの温かみのある木製のテーブルと椅子が並び、夜になれば暖炉の火がパチパチと心地よい音を立てて部屋全体を優しく温めてくれる。
「ふう、これでようやく一段落だな」
額に滲んだ汗をタオルで拭いながら、俺は大きく伸びをした。
この家を拠点にするようになってから、西の森からやってくる魔物たちが次々と俺を頼ってやってくるようになった。最初はソラだけだったのが、今ではウールシープたちやフォレストラビット、さらにはちょっとした薬草を運んできてくれる小鳥の魔物たちまで加わり、ここはさながら動物たちの楽園のようになっていた。
王都を追放された当時は、自分の居場所なんて世界中のどこにもないのだと絶望していた。
自分の無力さを恥じ、誰の役にも立てない自分を責め続けていたあの頃の自分が、今のこの光景を見たらどう思うだろうか。
急いで強くなる必要なんてない。世界を救う義務も、誰かに認められるために無理をする必要もない。ただ、目の前の大切な存在と、穏やかな日常を紡いでいくだけでいい。
「ここが、俺たちの場所だ」
俺がそう呟くと、肩に留まったソラが「キュッ!」と頼もしく鳴き、庭で草を食んでいたウールシープたちも「メェ~」と共鳴するように声を上げた。
その時だった。
庭の入り口に作った手作りの木の門の方から、聞き覚えのある豪快な足音が聞こえてきた。
「おや、噂をすればなんとやら。すっかり立派な隠れ家を作っちまったもんだねぇ、レインの若いの」
「お邪魔するわよ、レイン。相変わらず変な動物に囲まれて趣味の悪い……いや、居心地の良さそうな家じゃない」
姿を現したのは、巨大な戦斧を担いだ女戦士アイラと、気だるげに杖をつく少女魔導士ルウ、そして不気味な笑みを浮かべる老薬師ゴットの三人だった。酒場で出会って以来、彼らは時々こうして俺の様子を見にやってきては、手作りのハーブティーを飲んでいくようになっていた。
「アイラさん、ルウ、ゴットさん。いらっしゃい」
「まったく、お前が街の外に一軒家を建てちまったって聞いたときは耳を疑ったが……自分の手でここまで直したのかい。大したもんだね」
アイラは感心したように頑丈な柱をトントンと叩き、それから庭でくつろぐ魔物たちを眺めてフッと笑った。
「相変わらず、お前の周りには普通の冒険者が寄り付かないような連中が集まってるな。だが、見ていて嫌な気分がしないのは不思議なもんだ」
ルウはテーブルの席に勝手に座ると、すかさずソラを撫でながら言った。
「ねえレイン、ここって名前はあるの? ただのボロ屋の改築じゃ、冒険者ギルドに登録するときに困るでしょ」
「名前、か……特に考えてなかったな」
俺が首をかしげると、ゴットがフッ、と含み笑いをした。
「ほっほっほ、それじゃいかんのう。これだけたくさんの魔物と人間が集まる場所じゃ。いっそのこと、正式な非公式クランでも立ち上げたらどうじゃ?」
「クラン、ですか?」
「ああ。アシュタルの街の連中も、お前の噂でもちきりだぞ。『どんな凶暴な魔物でも一目で手懐ける、優しき絆紋使いの若者』ってな。みんな、お前のところに集まりたがっとる」
ゴットの言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
自分が誰かに必要とされているなんて、王都を追い出されて以来、考えたこともなかった。
アイラがドスリと大きな戦斧を床に置き、俺の肩をガシリと掴んだ。
「堅苦しいことは抜きだ。アタシたちはアタシたちのやり方で、この辺境で気ままに生きたい。だからこそ、お前みたいなヤツのそばにいるのが一番落ち着くんだよ。なあ、ルウ?」
「……まあ、この男の淹れるハーブティーの味は悪くないし、変な魔物に絡まれないから護衛としては合格点よ」と、ルウはそっぽを向きながらも否定はしなかった。
みんなの温かい目と言葉に、胸の奥が熱くなるのを覚えた。
「……ありがとう。それじゃあ、このクランの名前は……『絆紋亭』にしよう。魔物とも、人と人とも、しっかりと絆を結べる場所という意味を込めて」
「『絆紋亭』か。いいじゃないか、響きが渋くて気に入ったよ!」
「ふん、まあまあね」
「ほっほっほ、今日からワシらもその『絆紋亭』の初期メンバーということになるな!」
こうして、非公式ながらも小さなクラン『絆紋亭』が誕生した。
急ぎすぎる必要なんてない。ここには、かつて居場所を失った者たちが、それぞれの傷を癒しながら笑い合える温かな時間が流れていた。
*
その頃。
アシュタルの街から遠く離れた、険しい魔王領へと続く暗黒大陸の第一関門――『死者の回廊』と呼ばれる呪われた迷宮の最深部にて。
轟音と共に、巨大な魔人型のモンスターが崩れ落ちた。
「はあっ……はあっ……くそっ、なんて硬い皮だ!」
息を荒げ、特注の聖剣を地面に突き立てて片膝をついていたのは、勇者パーティー『暁の剣』のリーダー、アレクだった。
彼の纏う白銀の鎧はあちこちに深い亀裂が入り、血と泥にまみれている。かつての王都で人々から称賛されていた眩しい輝きは見る影もなく、その顔には焦燥と疲労の色が濃く滲んでいた。
「アレク様、もうポーションの残りがあとわずかです! このままでは次の階層まで持ちません!」
聖女エルナが青ざめた顔で叫んだ。彼女の治癒魔法の詠唱も、疲労のあまり以前ほどの輝きを失っている。
魔法使いのカインは、愛用の杖の先端がひび割れているのを見て歯噛みした。
「ふざけるな……! なんでだ、どうして俺たちの連携がこうもうまく噛み合わないんだ!? 以前ならこんな雑魚、一瞬で片付けられたはずなのに……!」
カインの絶叫に、斥候のミラが冷ややかな声を返した。
「当たり前でしょ。索敵の精度が落ちてるし、私たちの死角から飛んでくる魔物の攻撃を誰もカバーしてくれてない。昔は……昔は、あいつが全部、私たちが気づかないうちに処理してくれてたから……」
ミラのその言葉に、その場の空気が一気に凍りついた。
「あいつ」。
そう、かつて「足手まといだ」と切り捨て、このパーティーから追い出したはずの青年、レインの名前だった。
アレクの脳裏に、あの日の夕食の光景がフラッシュバックする。
――「……そっか。なら、いいや」
あの時、レインは怒ることも泣きすがることもなく、ただ穏やかに微笑んでその場を去っていった。あの時は「自分の無能さを理解して逃げ出したのだろう」と高を括っていた。だが、彼を失った今になって、パーティーの歯車が致命的なまでに狂い始めていることに気づかされていた。
武器の手入れ、野営地の安全確保、食事の準備、さらには戦闘中の絶妙なヘイト管理とサポート。自分たちが「当たり前」だと思っていたそれらのすべてが、実はレインという一人の青年の圧倒的な献身と細やかな気配りに支えられていたという現実が、今、重く彼らの肩にのしかかっていた。
「くそっ……! あんな無能の雑用係がいないと進めないなんて、そんなはずがあるか!」
アレクは叫ぶように立ち上がり、無理やり聖剣を振るおうとしたが、その全身に激しい拒絶反応――肌を刺すような悪寒と、魔力の澱みが襲いかかった。
実は、彼らは気づいていなかった。レインがパーティーにいた頃、彼の持つ『絆紋』の微かな波紋が、周囲に蔓延する魔王軍の呪いや悪意を無意識のうちに中和し、パーティ全体を護っていたのだという真実を。
レインという要石を失った『暁の剣』は、確実かつ静かに、崩壊への道を歩み始めていた。
だが、そんな彼らの絶望など知る由もないレインは今、辺境の温かな家で、新しい仲間たちと共に静かで幸せな夜を過ごしていたのだった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手
Lv:16
HP:180 / 180
MP:35 / 35
【スキル】
・生活魔法 Lv.5
・剣術 Lv.2
・解体 Lv.5
・野営技術 Lv.7
・野戦調薬 Lv.4
・植物知識 Lv.3
・建築・修繕 Lv.3
・鑑定 Lv.2(NEW)
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。(※クランメンバーとの精神的繋がりが微かに発現中)
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:飛行訓練順調 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・協力者)
・ルウ(魔導士・協力者)
・ゴット(薬師・協力者)
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