第52話 清流の洞窟と、水守の少女
第52話 清流の洞窟と、水守の少女
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、今日という日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、そして奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、日を追うごとにその存在感を増し、今や拠点の絶対的な要として太く力強い幹を天へと伸ばしている。その豊かに茂った枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、庭全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
宝石蜘蛛のルリが編み上げた虹色の天蓋を透過して降り注ぐ朝日は、精霊樹の放つ淡い翠色の光と見事に混ざり合い、視界に入るものすべてをきらきらと輝かせている。魔力農園で育つ野菜たちは、その恩恵を受けて、朝ごとに一回りも二回りも大きく、鮮やかに色づき、はち切れんばかりの生命力を誇示していた。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
「ピィィィッ!」
「ヒンッ♪」
「ルルゥッ♪」
「シャァンッ♪」
「きゅあぁっ♪」
「キュゥッ♪」
「ホゥッ♪」
「キュイィィッ♪」
「キュルルゥッ♪」
「パタパタッ♪」
「プゥゥッ♪」
澄み切った青空を背景に、空色小竜のソラ、雷鳴の怪鳥ライ、黄金の天馬ルミナ、翡翠の風呼びシルフィ、星詠みの白梟ステラ、黄金の女王蜂メルティ、黄昏のグリフォンであるシエル、そして意思を持つ魔道具である銀色の空飛ぶ絨毯シルキーが楽しげに上空を旋回している。ルミナの放つ神聖な黄金の光、ライの纏う青白い雷光、ソラの美しい空色の鱗、シルフィが巻き起こすエメラルドグリーンのそよ風、ステラの星屑を散りばめたような銀色の羽ばたき、メルティの放つ黄金の鱗粉、シエルの夕空のような美しい翼、そしてシルキーの滑らかな銀色の布地が交差し、まるで空に生きた巨大な芸術作品が描かれているかのようだった。
そんな賑やかな空の舞を地上から見上げながら、二匹の魔物が堂々たる足取りで庭を歩いていた。
銀色のウルフである『フェル』と、純白のポーションラビットである『ピコ』だ。
彼らは、俺が王都を追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日に、一番最初に俺の『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たちである。
出会った当初は、フェルは群れからはぐれた傷だらけの狼であり、ピコはただの臆病な森の小動物に過ぎなかった。しかし今、フェルの銀色の毛並みは月明かりのように美しく気高い光を放ち、その体躯は一回りも二回りも大きくなり、森の王者のような風格を漂わせている。ピコもまた、その小さな体には信じられないほどの敏捷性と強靭な魔力を宿し、仲間たちを癒やす要として立派に成長を遂げていた。
彼らの後ろを、瑠璃色の幼竜ラピス、紅蓮の精霊狐イグニス、大地の巨熊の幼獣ベル、幻影の小狐ファム、そして先日仲間になったばかりの夢紡ぎの獏ネムといった幼い魔物たちが、よちよちと、しかし元気いっぱいに追いかけていた。フェルとピコは時折立ち止まり、幼い魔物たちが転ばないように優しく鼻先で促している。その姿は、この大家族の頼れる兄と姉そのものだった。
縁側の特等席では、クリスタル・ゲッコーのルチルが鉱石の鱗を虹色に輝かせて日向ぼっこをし、精霊獣のミエルは優雅な足取りで精霊樹の周りを散歩している。クリア・スライムのスイと水妖の獺ミロは、庭に引かれた清らかな水路の中でパチャパチャと水を掛け合って遊び、人魚の少女シーナが、新設された『精霊の池』から嬉しそうに美しい歌声を響かせながらその様子を眺めていた。氷雪の幻獣マシロは、心地よい冷気を放ちながらミエルの足元で丸くなり、影猫のクロは元王都特級密偵であるシオンの肩の上からその平和な光景を眺め、月影の白蛇ルナは精霊樹の太い枝にその美しい銀白の体を巻きつけて、穏やかに目を細め、花纏いの黒豹フロリアは木陰で優雅に毛繕いをしている。虹水晶の巨亀ダイヤは、その巨大な甲羅に朝の光を集めながら、のんびりと草を食んでいる。シエルの大切にしている卵は、精霊樹の特等席で安全に温められ、微かな魔力の脈動を放っていた。
「フェル、ピコ。今日もみんなの面倒を見てくれてありがとうな。お前たちがいてくれるから、俺は安心してこの場所を守れるんだ」
俺ことレインは、縁側に腰掛けながら、足元にすり寄ってきた二匹の頭を順番に優しく撫でた。
「ウォンッ♪」
「キュイッ♪」
フェルは嬉しそうに目を細めて俺の手に頬をすり寄せ、ピコは自慢の長い耳をピクピクと動かして俺の膝の上に飛び乗ってきた。
王都の勇者パーティーにいた頃は、毎朝が息の詰まるようなプレッシャーと冷徹な命令の連続だった。自分がどれだけ尽くしても、誰からも感謝されず「無能」と切り捨てられ、すべての居場所を奪われた。睡眠時間すら削って剣を磨き、魔石を浄化し、食事を作り続けた日々は、ただ泥水のように冷たく苦しいだけのものだった。
だが、今の俺には、こんなにも温かく、かけがえのない家族たちがいる。誰もが互いを尊重し、足りない部分を補い合い、笑顔を交わす。彼らは俺を頼りにしてくれ、俺も彼らを心から愛している。この『絆紋亭』こそが、俺にとっての絶対の帰る場所だった。
「さて、みんなのお腹が空く前に、朝飯の準備をするか。今日は魔力農園の野菜がとびきり美味しく育っているはずだからな」
俺がそう呟くと、フェルとピコは力強く鳴き、ラピスやベルたちを連れて水路の方へと遊びに行かせてくれた。
* * *
一階の広々とした厨房へと降りると、そこにはすでに見習い魔導士のエリス、仕立屋のリナ、元王都特級密偵のシオン、元宮廷料理人のセシル、元聖騎士のフレア、天才錬金術師のノエル、流浪の精霊弓士ライラ、猫耳の行商人ミーア、そして元Sランク冒険者の剣聖シルヴィアがエプロン姿で立ち、手際よく調理を進めていた。
「あ、レイン様! おはようございますっ!」
「レインさん、おはようございます。今朝も魔力農園のお野菜がキラキラしてますよ。今日はミーアさんが仕入れてくれた新鮮な魚介を使って、とびきりの朝食を作っているんです!」
「皆さん、おはようございます! 今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのふっくら白パン』と、新鮮な白身魚とアサリをふんだんに使った『具だくさんクラムチャウダー』、そしてメルティちゃんの『黄金の霊蜜』で作ったドレッシングをかけた温野菜サラダですよ!」
「私も、微力ながらお魚を捌くのをお手伝いさせていただいております!」
「あ、あのっ、おはようございます……。ティタンの火力調整機能を使って、大鍋の温度を完璧に保っています!」
「ふふっ、人間の料理というのは、見ていてとても興味深いですね。海の香りがたまりません」
「レイン様、おはようございますニャ! 港町から急いで運ばせた特上の魚介ですニャ!」
「剣の修行の前に、この素晴らしい朝食をいただけるのは至福だな」
九人がそれぞれの持ち場から、明るく温かい笑顔で迎えてくれる。ミーアの猫耳がピコピコと嬉しそうに動いている。ノエルの背後では、心優しきゴーレムであるティタンが、その巨大な鉄の体で繊細に魔道コンロの火加減を調整していた。
厨房いっぱいに広がるのは、白パンの生地が香ばしく焼き上がる甘い小麦の匂いと、大鍋の中で魚介の旨味とミルクが溶け合う暴力的なまでに食欲をそそる匂いだ。セシルが加わったことで、俺の『料理』スキルや『植物知識』との相乗効果が生まれ、そこに伝説のエリクサーの主原料でもある『黄金の霊蜜』が調味料として加わっている。その料理のクオリティは、もはや神々の食卓に並べても遜色のない次元に達していた。
巨大なスープボウルに盛りつけられたクラムチャウダーは、濃厚なクリームの中に大粒のアサリやふっくらとした白身魚、そしてシオンが寸分の狂いもなく均等に切り分けたニンジンやジャガイモがたっぷりと沈んでおり、湯気と共に立ち上る磯の香りがたまらない。その横には、焼きたてで湯気を立てるふかふかの白パンと、黄金の霊蜜の甘みと酸味が完璧に調和した特製ドレッシングがかかった温野菜のサラダが添えられている。
女戦士のアイラ、少女魔導士のルウ、老薬師のゴット、ドワーフの若き職人ドーラもリビングに集まり、「いただきます」の合図と共に賑やかな朝食が始まった。
「んんっ!? なんだこれ!? このクラムチャウダー、魚介の旨味が濃縮されてて、ミルクのコクと合わさって爆発してるねぇ! 白パンを浸して食べると、これなら無限に食えちまうよ!」
アイラが豪快にパンを頬張りながら、信じられないというように目を輝かせる。
「本当によ……セシルが来てから毎朝驚かされてるけど、今日のこれも別格ね。温野菜のサラダも、霊蜜のドレッシングが野菜の甘みを引き立てていて最高だわ。お肌の調子もまた一瞬で最高になっちゃった」
ルウもうっとりとした表情を浮かべて、スープを口に運ぶ。
「このスープの優しさとパンの柔らかさ……王都の宮廷料理ですら、これには足元にも及びません。涙が出るほど美味しいです……!」
フレアは、美しい顔をほころばせながら、信じられないものを見るような目でパンを噛み締めていた。
「……美味しい。ただただ、美味しい……。呪いの痛みもなく、信頼できる仲間たちと囲む温かい食卓が、こんなにも心を震わせるものだったなんて……」
シルヴィアは、自身の切り分けた魚介が入ったスープを食べながら、感動の大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
「ほっほっほ、伝説の霊蜜を使ったドレッシングを朝から食うなど、王族が見たら卒倒するじゃろうな。寿命がさらに十年は延びた気分じゃわい」
ゴットも満足そうに髭を撫でて笑う。
テラスでは、魔物たちもそれぞれに用意された特製の朝食を夢中で食べている。ラピスやイグニス、ベル、ファム、ネムといった幼い魔物たちには、セシルが特別に消化の良い特製ミルク煮込みに魚の白身を混ぜてくれており、顔を突っ込んで美味しそうに頬張っていた。ソラやライ、ルミナたちも、上質な魔物肉や魚介を存分に堪能している。ダイヤはたっぷりの魔力草を幸せそうに咀嚼し、ステラとシエルは専用に用意された極上の魚片を優雅に啄んでいた。シルキーは、俺たちが食事を楽しむ様子を、興味深そうに空中からパタパタと見守っている。
誰もが満ち足りた顔で、笑い合いながら食卓を囲む。この他愛のない日常の風景こそが、俺にとって何よりの宝物だった。
* * *
和やかな朝食を終え、食後のハーブティーを楽しんでいた時のことだ。
日課の買い出しから戻ったミーアが、慌てた様子でリビングに飛び込んできた。
「レイン様、大変ですニャ! アシュタルの街が、少しパニックになっていますニャ!」
「パニック? どうしたんだ、ミーア」
俺が尋ねると、ミーアは息を切らしながら説明を始めた。
「アシュタルの街の主な水源である『清流の洞窟』から流れてくる水が、今朝から突然紫色に濁り、悪臭を放っているのですニャ。衛兵やギルドの調査隊が洞窟に向かったのですが、入り口付近で強力な毒の瘴気に阻まれて、中に入れない状態だそうですニャ!」
「水源の汚染か……。それは街にとって死活問題だな」
シオンが密偵としての冷静な顔つきになる。
「ほっほっほ、水が紫色に濁り、悪臭を放つとなると、ただの自然現象ではないじゃろう。おそらく、強力な毒を持つ魔物が水源の奥に住み着いたか、あるいは何者かが意図的に毒を撒き散らしておる可能性が高い」
ゴットが険しい表情で髭を撫でる。
「清流の洞窟は、もともと純度の高い水属性の魔力に満ちた神聖な場所よ。そこが汚染されるなんて、普通の魔物の仕業じゃないわね」
ルウが杖を握りしめる。
「街の人々が困っているなら、見過ごすわけにはいかないね! よっしゃ、その毒の元凶ごと、アタシの斧でカチ割ってやるよ!」
アイラが戦斧を背負い直して立ち上がる。
「私も行きます。罪なき人々の生活を脅かす邪悪など、私が討ち果たしてみせます!」
フレアが聖剣の柄に手を添える。
「毒の瘴気か。私の錬金術で、防毒マスクと特製の浄化薬を急いで調合します!」
ノエルが丸い眼鏡を光らせて工房へと走る。
「俺も行こう。水源の奪還、必ずや成し遂げてみせる」
シルヴィアが大剣を背負って頷いた。
「よし、決まりだ。今回の探索パーティーは俺、アイラ、ルウ、フレア、シオン、シルヴィア、そしてライラだ。魔物は、毒の探知と索敵に長けたフェルとピコ、そして空気と水を浄化できるマシロ、水辺の戦闘に特化したミロとシーナを連れて行く。エリス、ゴットさん、ドーラ、ノエル、セシル、ミーアたちは、拠点の防衛と留守番をお願いできるか?」
「はいっ! ティタンと一緒に、拠点の外周防衛システムを完璧にしておきます!」
エリスが元気よく頷き、ミーアも「お留守番しながら、お水の備蓄を確保しておきますニャ!」と猫耳を揺らした。
ノエルが急いで調合してくれた防毒マスクを受け取り、俺たちはアシュタルの北に位置する水源、『清流の洞窟』へと急ぎ出発した。
* * *
アシュタルの街から馬車とフェルの背を借りて駆け抜け、約一時間。
鬱蒼とした森を抜けた先に、『清流の洞窟』の入り口が見えてきた。かつては透き通るような美しい水が湧き出していたその場所は、今はどす黒い紫色の汚水が流れ出し、周囲の草木は枯れ果て、鼻を突くような悪臭が立ち込めていた。
「うわぁ……ひどい臭い。それに、空気が淀んでいて息苦しいわ」
ルウがノエルの作った防毒マスクをしっかりと装着しながら顔をしかめる。
「シオン、ライラ、周囲の警戒を。フェルとピコは、毒の最も濃い発生源を追ってくれ。マシロ、周囲の空気を浄化して結界を張ってくれ」
「了解です。クロ、影の探知を」
「にゃっ!」
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「キュゥ♪」
マシロが額の青い宝石を輝かせると、清浄で冷たい空気が俺たちの周囲を包み込み、紫色の瘴気を中和してくれた。
俺たちはフェルとピコの案内で、淀んだ水の中を慎重に進んでいく。洞窟の内部は迷路のように入り組んでおり、至る所に毒の影響で狂暴化した『マッド・クラブ』や『ポイズン・バット』といった小魔物が襲いかかってきたが、アイラの戦斧とシルヴィアの大剣の前に、瞬く間に蹴散らされていった。
やがて、洞窟の最深部にある広大な地底湖へと辿り着いた。
そこで俺たちが目にしたのは、信じられない光景だった。
「はぁぁぁッ!! 『アクア・バリア』!!」
地底湖の中央、わずかに残った清らかな岩場の上で、一人の少女が孤軍奮闘していた。
透き通るような水色の髪をツインテールに結び、宮廷魔導士のような上質な、しかし今は泥と毒水で汚れきったローブを纏った少女だ。彼女の手には、美しい水滴のような宝石が嵌められた杖が握られている。
そして、彼女の背後には、少女と同じように水色の髪を持ち、透き通るような羽を持つ小さな精霊——『癒しの水妖精』が、必死に少女に魔力を供給していた。
彼女たちを取り囲んでいるのは、地底湖の水を汚染し尽くしている巨大な魔物。
体長が十メートルを超える、九つの首を持つ巨大な毒蛇——Aランク上位の『ヴェノム・ハイドラ(猛毒の多頭蛇)』だ。
ハイドラの九つの口からは絶え間なく紫色の猛毒が吐き出され、少女の展開する水属性の結界をゴリゴリと削り取っている。
「あれは……王都の宮廷魔導水質管理官だった、アクア殿ではありませんか!?」
フレアが驚愕の声を上げた。
「王都の役人? どうしてそんな立派な役職の人間が、こんな辺境の洞窟で孤立しているんだ?」
「わかりません……。しかし、彼女の魔力はもう限界です! あの水妖精も、毒に侵されかけています!」
「シャァァァァッ!!」
ヴェノム・ハイドラの一つの首が、結界のほころびを突いて、強烈な毒のブレスを少女に向かって吐き出した。
「きゃぁぁっ!?」
結界が砕け散り、少女アクアが岩場に倒れ込む。水妖精も力を失い、地面に墜落した。
「させない!!」
俺が叫ぶより早く、俺の最古参の相棒たちが動いていた。
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
銀色の閃光と、純白の弾丸が、毒の瘴気を引き裂いて地底湖を駆け抜けた。
フェルは目にも留まらぬ速度でハイドラの側面に回り込み、その全身から青白い雷光を立ち昇らせた。
『白銀の迅雷』!
雷を纏ったフェルの強烈な突進が、水面を伝ってハイドラの巨体に強烈な感電を引き起こし、三つの首を同時に麻痺させる。
そして、フェルが作った隙を見逃さず、ピコが驚異的な跳躍力で空高く舞い上がった。ピコの体から、俺の『野戦調薬』の魔力を受け継いだ浄化と破壊の光が溢れ出す。
『浄化の月面蹴り(ホーリー・ムーン・キック)』!
空中で体を捻り、光を纏った強烈な両足蹴りが、ハイドラの中央の首にクリーンヒットする。ドゴォォォンッ!という轟音と共に、ハイドラの巨大な体が大きく後ろへと仰け反った。
「な、なんだ……!? 狼と、兎……?」
アクアが、驚愕に目を見開いて尻餅をつく。
「レインの相棒たちにばかり、いい格好はさせないよ! オラァッ!!」
アイラが戦斧に闘気を纏わせ、跳躍してハイドラの別の首を叩き斬る。
「聖なる光よ、邪悪を退けよ!『ホーリー・スラッシュ』!」
フレアの聖剣が眩い光を放ち、毒霧ごとハイドラの首を両断する。
「私の全てを焼き尽くす炎を受けてみなさい!『フレイム・バースト』!」
ルウの放った灼熱の炎が、ハイドラの切り口を焼き焦がし、再生を封じる。
「絶技・白銀の飛燕!!」
シルヴィアの放った神速の斬撃が、残る首を次々と空中に舞い上げる。
「シオン、ライラ! とどめだ!」
「了解です! クロ、影縛り!」
「にゃぁっ!」
シオンが跳躍し、ハイドラの死角から短剣を突き立てる。クロが『シャドウ・バインド』で動きを完全に封じ込めた。
「精霊の連なり矢!!」
ライラの放った無数の光の矢が、ハイドラの最後の首の眉間を正確に貫いた。
「シャァァァァッ……!!」
断末魔の悲鳴を上げ、ヴェノム・ハイドラはその巨大な体を地底湖に沈め、完全に沈黙した。
圧倒的な連携の前に、水源を汚染していた強大な魔物は、ものの数分で討伐された。
* * *
「ふぅ……手強かったけど、これで水源の汚染は食い止められるな」
俺が武器を収めると、仲間たちも安堵の息を吐いた。
俺はすぐさま、岩場に倒れ込んでいる少女アクアと、水妖精の元へと駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「あ、あなたたちは……? どうして、こんな辺境の洞窟に、これほどの強者たちが……」
アクアは、信じられないものを見るような目で俺たちを見上げていた。
「俺はレイン。絆紋亭のマスターだ。フレア、彼女たちを頼む」
「はい。アクア殿、お久しぶりです。ご無事ですか?」
フレアが顔を見せると、アクアは驚きに目を見開いた。
「聖騎士のフレア様!? どうして、あなたが……。それに、そちらの銀髪の女性は、行方不明になっていた剣聖シルヴィア様……!?」
「話は後だ。まずは、君たちに回っている毒を抜く」
俺は両手を広げ、右手の甲にある翠色の痣――『絆紋』の光を限界まで解放した。
翠色の温かな波紋が、地底湖の淀んだ空気を押し退けるように広がり、アクアと水妖精の体を優しく包み込む。
俺はノエルの作ってくれた特製の浄化薬を取り出し、絆紋の光と共に彼女たちに注ぎ込んだ。
すると、紫色の毒素がみるみるうちに抜け落ち、アクアの青白い顔に赤みが戻り、水妖精も元気を取り戻して宙に舞い上がった。
「すごい……一瞬で、ハイドラの猛毒を浄化してしまうなんて……。それに、この温かい光……」
アクアが感嘆の声を漏らす。
「君は王都の役人だったらしいな。どうしてこんなところにいたんだ?」
俺が尋ねると、アクアは悲しげに目を伏せた。
「……私は、宮廷魔導水質管理官として、王都の水源を守る仕事をしていました。しかし、数ヶ月前から、王都の地下水脈の魔力が急激に汚染され始めたのです。私は原因を調査し、王都の地下魔力炉の浄化機能が完全に停止していることを突き止めました。そして、早急な対策を上層部に訴えたのですが……」
アクアは唇を噛みしめた。
「彼らは私の報告を『民の不安を煽る虚偽の報告』として握り潰し、私を王都から追放したのです。私は、汚染がこの辺境の水源にまで及んでいることを知り、この子……相棒のウンディーネと共に調査に来たのですが、ハイドラに襲われ、結界を張るのが精一杯でした」
その言葉に、俺とフレア、シオンは顔を見合わせた。
王都の魔力炉の浄化機能の停止。それは間違いなく、俺が追放されたことが原因だった。俺が無意識に行っていた浄化作業が失われたことで、王都は自らの首を絞め、真面目に国を憂う有能な人材までも切り捨てていたのだ。
「……君は、最後まで水源を守ろうと一人で戦っていたんだな。立派だったよ」
俺が微笑みかけると、アクアの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「私……私、もう国には帰れません。でも、水と自然を愛する気持ちは、どうしても捨てきれなくて……」
(……泣かないで、アクア。私たち、ずっと一緒だよ)
水妖精のウンディーネが、アクアの頬に擦り寄り、俺の方を向いた。
(あたたかい人。あなたたちの魔力、とっても澄んでいて綺麗。私たちを、あなたたちの仲間に入れてくれない?)
「帰る場所がないなら、うちのクランに来ないか? うちの庭には、どんなに濁った水でも清らかにする精霊樹の池がある。君たちの水魔法と知識があれば、農園の野菜たちももっと美味しくなるはずだ」
俺が手を差し出すと、アイラやルウ、フレアたちも温かく頷き、フェルやピコが優しく鳴き声を上げて歓迎の意を示した。
アクアは、涙を拭い、俺の差し出した手と、温かい仲間たちの姿を見て、満面の笑みを浮かべた。
「……はいっ! 私、レイン様と皆様のために、世界一清らかな水を守り抜きます!」
こうして、水魔法使いの少女アクアと、癒しの水妖精ウンディーネが、絆紋亭の新しい家族として加わることになった。ウンディーネの名前は、その透き通るような姿から『ディーネ』と名付けた。
その後、俺たちは『絆紋』の力とマシロ、ディーネの力を合わせ、地底湖の汚染を完全に浄化し、清流の洞窟は本来の美しさを取り戻した。
* * *
その日の夕暮れ。
新しい家族であるアクアとディーネを連れて、俺たちはアシュタルの拠点へと帰還した。
拠点では、エリス、ゴット、ドーラ、ノエル、セシル、ミーアたち、そして幼い魔物たちが温かく出迎えてくれ、新しい仲間の加入と、水源の無事な奪還に拠点中が歓喜の声を上げた。アクアは精霊樹の美しさと、澄み切った精霊の池を見て、「こんなに素晴らしい水源、見たことがありません!」と感動の涙を流していた。
そして夜。
庭の虹色の天蓋の下、精霊樹の優しい光に照らされながら、アクアとディーネの歓迎会が開かれた。
セシルは、今日も腕を振るい、極上の料理を作り上げた。魔力農園の野菜をたっぷり使った色鮮やかなシーフードパエリア、最高品質の肉の特大ロースト、そしてマシロの氷室で冷やした、黄金の霊蜜をたっぷり使った絶品のアクアパッツァ。
「アクア! ディーネ! うちのクランへようこそ! これからは、アタシたちが背中を預け合う最高の仲間だ!」
アイラが木製ジョッキを高々と掲げる。
「は、はいっ! ありがとうございます! こんなに温かくて美味しい食卓、夢のようです……!」
アクアは、初めて味わう極上の料理に目を輝かせながら、夢中で頬張っていた。ディーネも嬉しそうに精霊の池の上を飛び回っている。
「……信じられないほど、穏やかで美しい時間だ。毎日が新しい発見と喜びに満ちているな」
シルヴィアが、ワイングラスを傾けながら、心からの笑顔を見せた。
「えへへ、私もこのクランに来てから、毎日が幸せでいっぱいですニャ!」
ミーアが猫耳をピンと立てて、幸せそうにデザートを堪能している。
テラスでは、フェルやピコ、ソラ、ライ、ルミナたち魔物組が、新しい仲間であるディーネを囲んで歓迎し、ラピスやイグニス、ベル、ファム、ネムといった幼い仲間たちが、ディーネの作り出す水のシャボン玉を追いかけて遊んでいた。メルティは空中から黄金の鱗粉を振りまいて宴を彩り、シエルは精霊樹の枝から穏やかにその様子を見守り、シルキーは気持ちよさそうに空中を漂っている。シーナとミロが精霊の池から美しいハーモニーを響かせ、ライラの竪琴がその場をさらに華やかにしていた。
賑やかで、優しくて、誰もが誰かを必要とし、誰もが誰かに感謝している場所。
王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失った俺の周りには、今、これほどまでに頼もしく、温かい家族たちがいる。
急ぐ必要なんてない。俺たちの絆は、どんな濁流にも負けず、この辺境の地で永遠に清らかに輝き続けていくのだから。
星降る夜の下、笑い声と美しい音楽が、いつまでも絶えることなく響き渡っていた。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者 / 大地の開拓者 / 導きの光 / 豊穣の主 / 呪い打ち砕く者 / 悪夢を晴らす者 / 浄水の守り手
Lv:52(※ヴェノム・ハイドラの討伐と水源の浄化によりアップ)
HP:540 / 540
MP:340 / 340
【スキル】
・生活魔法 Lv.10(極まる)
・剣術 Lv.4
・解体 Lv.8
・野営技術 Lv.10(極まる)
・野戦調薬 Lv.10(極まる)
・植物知識 Lv.10(極まる)
・建築・修繕 Lv.10(極まる)
・鑑定 Lv.9
・気配察知 Lv.10(極まる)
・魔導知識 Lv.10(極まる)
・料理 Lv.10(極まる)
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物(および心を持つ存在)と心を通わせ、警戒心を解き放つ。集った魔物たちと精霊樹の魔力を調和させ、巨大な隠蔽と浄化の絶対結界を形成している。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル5
・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル5
・クリア・スライム(スイ):絆レベル5
・宝石蜘蛛:絆レベル5
・雷鳴の怪鳥:絆レベル5
・シャドウ・キャット(クロ):絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル5
・氷雪の幻獣:絆レベル5
・黄金の天馬:絆レベル5
・花纏いの黒豹:絆レベル5
・月影の白蛇:絆レベル5
・人魚の少女:絆レベル5
・瑠璃色の幼竜:絆レベル5
・紅蓮の精霊狐:絆レベル5
・翡翠の風呼び(シルフィ):絆レベル5
・大地の巨熊の幼獣:絆レベル5
・心優しきゴーレム(ティタン):絆レベル5
・虹水晶の巨亀:絆レベル5
・星詠みの白梟:絆レベル5
・幻影の小狐:絆レベル5
・黄金の女王蜂:絆レベル5
・黄昏のグリフォン(シエル):絆レベル5
・銀色の空飛ぶ絨毯:絆レベル5
・夢紡ぎの獏:絆レベル4(※絆深化)
・癒しの水妖精:新規合流 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)
・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋)
・シオン(元王都特級密偵・クラン専属防衛担当)
・セシル(元宮廷料理人・クラン専属料理人)
・フレア(元聖騎士・クラン専属護衛担当)
・ノエル(天才錬金術師・クラン専属錬金術師)
・ライラ(流浪の精霊弓士・クラン専属狩人)
・ミーア(猫耳の行商人・クラン専属商人)
・シルヴィア(元Sランク冒険者の剣聖・クラン専属剣術指南役)
・アクア(元宮廷魔導水質管理官・クラン専属水場管理係として新規加入)
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~
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