第51話 夢幻の泉と、悪夢を喰らう獏
第51話 夢幻の泉と、悪夢を喰らう獏
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、今日という日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、そして奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、日を追うごとにその存在感を増し、今や拠点の絶対的な要として太く力強い幹を天へと伸ばしている。その豊かに茂った枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、庭全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
宝石蜘蛛のルリが編み上げた虹色の天蓋を透過して降り注ぐ朝日は、精霊樹の放つ淡い翠色の光と見事に混ざり合い、視界に入るものすべてをきらきらと輝かせている。魔力農園で育つ野菜たちは、その恩恵を受けて、朝ごとに一回りも二回りも大きく、鮮やかに色づき、はち切れんばかりの生命力を誇示していた。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
「ピィィィッ!」
「ヒンッ♪」
「ルルゥッ♪」
「シャァンッ♪」
「きゅあぁっ♪」
「キュゥッ♪」
「ホゥッ♪」
「キュイィィッ♪」
「キュルルゥッ♪」
「パタパタッ♪」
澄み切った青空を背景に、空色小竜のソラ、雷鳴の怪鳥ライ、黄金の天馬ルミナ、翡翠の風呼びシルフィ、星詠みの白梟ステラ、黄金の女王蜂メルティ、黄昏のグリフォンであるシエル、そして意思を持つ魔道具である銀色の空飛ぶ絨毯シルキーが楽しげに上空を旋回している。ルミナの放つ神聖な黄金の光、ライの纏う青白い雷光、ソラの美しい空色の鱗、シルフィが巻き起こすエメラルドグリーンのそよ風、ステラの星屑を散りばめたような銀色の羽ばたき、メルティの放つ黄金の鱗粉、シエルの夕空のような美しい翼、そしてシルキーの滑らかな銀色の布地が交差し、まるで空に生きた巨大な芸術作品が描かれているかのようだった。
そんな賑やかな空の舞を地上から見上げながら、二匹の魔物が堂々たる足取りで庭を歩いていた。
銀色のウルフである『フェル』と、純白のポーションラビットである『ピコ』だ。
彼らは、俺が王都を追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日に、一番最初に俺の『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たちである。
出会った当初は、フェルは群れからはぐれた傷だらけの狼であり、ピコはただの臆病な森の小動物に過ぎなかった。しかし今、フェルの銀色の毛並みは月明かりのように美しく気高い光を放ち、その体躯は一回りも二回りも大きくなり、森の王者のような風格を漂わせている。ピコもまた、その小さな体には信じられないほどの敏捷性と強靭な魔力を宿し、仲間たちを癒やす要として立派に成長を遂げていた。
彼らの後ろを、瑠璃色の幼竜ラピス、紅蓮の精霊狐イグニス、大地の巨熊の幼獣ベル、幻影の小狐ファムといった幼い魔物たちが、よちよちと、しかし元気いっぱいに追いかけていた。フェルとピコは時折立ち止まり、幼い魔物たちが転ばないように優しく鼻先で促している。その姿は、この大家族の頼れる兄と姉そのものだった。
縁側の特等席では、クリスタル・ゲッコーのルチルが鉱石の鱗を虹色に輝かせて日向ぼっこをし、精霊獣のミエルは優雅な足取りで精霊樹の周りを散歩している。クリア・スライムのスイと水妖の獺ミロは、庭に引かれた清らかな水路の中でパチャパチャと水を掛け合って遊び、人魚の少女シーナが、新設された『精霊の池』から嬉しそうに美しい歌声を響かせながらその様子を眺めていた。氷雪の幻獣マシロは、心地よい冷気を放ちながらミエルの足元で丸くなり、影猫のクロは元王都特級密偵であるシオンの肩の上からその平和な光景を眺め、月影の白蛇ルナは精霊樹の太い枝にその美しい銀白の体を巻きつけて、穏やかに目を細めていた。虹水晶の巨亀ダイヤは、その巨大な甲羅に朝の光を集めながら、のんびりと草を食んでいる。シエルの大切にしている卵は、精霊樹の特等席で安全に温められている。
「フェル、ピコ。今日もみんなの面倒を見てくれてありがとうな。お前たちがいてくれるから、俺は安心してこの場所を守れるんだ」
俺ことレインは、縁側に腰掛けながら、足元にすり寄ってきた二匹の頭を順番に優しく撫でた。
「ウォンッ♪」
「キュイッ♪」
フェルは嬉しそうに目を細めて俺の手に頬をすり寄せ、ピコは自慢の長い耳をピクピクと動かして俺の膝の上に飛び乗ってきた。
王都の勇者パーティーにいた頃は、毎朝が息の詰まるようなプレッシャーと冷徹な命令の連続だった。自分がどれだけ尽くしても、誰からも感謝されず「無能」と切り捨てられ、すべての居場所を奪われた。睡眠時間すら削って剣を磨き、魔石を浄化し、食事を作り続けた日々は、ただ泥水のように冷たく苦しいだけのものだった。
だが、今の俺には、こんなにも温かく、かけがえのない家族たちがいる。誰もが互いを尊重し、足りない部分を補い合い、笑顔を交わす。彼らは俺を頼りにしてくれ、俺も彼らを心から愛している。この『絆紋亭』こそが、俺にとっての絶対の帰る場所だった。
「さて、みんなのお腹が空く前に、朝飯の準備をするか。今日は魔力農園の野菜がとびきり美味しく育っているはずだからな」
俺がそう呟くと、フェルとピコは力強く鳴き、ラピスやベルたちを連れて水路の方へと遊びに行かせてくれた。
* * *
一階の広々とした厨房へと降りると、そこにはすでに見習い魔導士のエリス、仕立屋のリナ、元王都特級密偵のシオン、元宮廷料理人のセシル、元聖騎士のフレア、天才錬金術師のノエル、流浪の精霊弓士ライラ、猫耳の行商人ミーア、そして元Sランク冒険者の剣聖シルヴィアがエプロン姿で立ち、手際よく調理を進めていた。
「あ、レイン様! おはようございますっ!」
「レインさん、おはようございます。今朝も魔力農園のお野菜がキラキラしてますよ。今日はミーアさんが仕入れてくれた特上のバターを使って、とびきりのパンを焼いているんです!」
「皆さん、おはようございます! 今朝のメニューは、特製の魔力小麦と発酵バターを何層にも折り込んで焼き上げた『サクサクの特製クロワッサン』と、魔力農園で採れたキノコと濃厚なチーズをふんだんに使った『とろとろキノコのクリームスープ』、そしてメルティちゃんの『黄金の霊蜜』をかけた新鮮なフルーツサラダですよ!」
「私も、微力ながらフルーツをカットするのをお手伝いさせていただいております!」
「あ、あのっ、おはようございます……。ティタンの火力調整機能を使って、石窯の温度を完璧に保っています!」
「ふふっ、人間の料理というのは、見ていてとても興味深いですね。香ばしいバターの匂いがたまりません」
「レイン様、おはようございますニャ! 今日も朝からごちそうですニャ!」
「剣の修行の前に、この素晴らしい朝食をいただけるのは至福だな」
九人がそれぞれの持ち場から、明るく温かい笑顔で迎えてくれる。ミーアの猫耳がピコピコと嬉しそうに動いている。ノエルの背後では、心優しきゴーレムであるティタンが、その巨大な鉄の体で繊細に石窯の火加減を調整していた。
厨房いっぱいに広がるのは、クロワッサンの生地が香ばしく焼き上がる甘いバターの匂いと、クリームスープの中でキノコとチーズが溶け合う暴力的なまでに食欲をそそる匂いだ。セシルが加わったことで、俺の『料理』スキルや『植物知識』との相乗効果が生まれ、そこに伝説のエリクサーの主原料でもある『黄金の霊蜜』が調味料として加わっている。その料理のクオリティは、もはや神々の食卓に並べても遜色のない次元に達していた。
巨大な籠に盛りつけられたクロワッサンは、何層にも重なった生地が空気をたっぷりと含んでふっくらと膨らんでおり、表面はパリッと、中はしっとりと仕上がっている。その横には、香り高いキノコの旨味とチーズのコクが完璧に調和した濃厚なクリームスープと、シオンが寸分の狂いもなく均等に切り分けた色鮮やかなフルーツに黄金の霊蜜がたっぷりと掛けられたサラダが添えられている。
女戦士のアイラ、少女魔導士のルウ、老薬師のゴット、ドワーフの若き職人ドーラもリビングに集まり、「いただきます」の合図と共に賑やかな朝食が始まった。
「んんっ!? なんだこれ!? クロワッサンの生地がサクサクで、噛んだ瞬間にバターの香りが爆発するねぇ! このスープも、キノコのダシとチーズのコクが合わさって、パンを浸して食べると無限に食えちまうよ!」
アイラが豪快にクロワッサンを頬張りながら、信じられないというように目を輝かせる。
「本当によ……セシルが来てから毎朝驚かされてるけど、今日のこれも別格ね。フルーツサラダの酸味と霊蜜の甘さが、濃厚なスープの後にぴったりだわ。お肌の調子もまた一瞬で最高になっちゃった」
ルウもうっとりとした表情を浮かべて、スープを口に運ぶ。
「このクロワッサンの軽やかさとスープのコク……王都の宮廷料理ですら、これには足元にも及びません。涙が出るほど美味しいです……!」
フレアは、美しい顔をほころばせながら、信じられないものを見るような目でパンを噛み締めていた。
「……美味しい。ただただ、美味しい……。呪いの痛みもなく、信頼できる仲間たちと囲む温かい食卓が、こんなにも心を震わせるものだったなんて……」
シルヴィアは、自身の切り分けたフルーツを食べながら、感動の大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
「ほっほっほ、伝説の霊蜜を使ったフルーツを朝から食うなど、王族が見たら卒倒するじゃろうな。寿命がさらに十年は延びた気分じゃわい」
ゴットも満足そうに髭を撫でて笑う。
テラスでは、魔物たちもそれぞれに用意された特製の朝食を夢中で食べている。ラピスやイグニス、ベル、ファムといった幼い魔物たちには、セシルが特別に消化の良い特製ミルク煮込みに霊蜜を垂らしてくれており、顔を突っ込んで美味しそうに頬張っていた。ソラやライ、ルミナたちも、上質な魔物肉や果実を存分に堪能している。ダイヤはたっぷりの魔力草を幸せそうに咀嚼し、ステラとシエルは専用に用意された極上の肉片を優雅に啄んでいた。シルキーは、俺たちが食事を楽しむ様子を、興味深そうに空中からパタパタと見守っている。
誰もが満ち足りた顔で、笑い合いながら食卓を囲む。この他愛のない日常の風景こそが、俺にとって何よりの宝物だった。
* * *
和やかな朝食を終え、食後のハーブティーを楽しんでいた時のことだ。
ふと見ると、ルウ、フレア、シルヴィアの三人が、目の下に微かなクマを作っており、どこか疲れたような表情を浮かべていることに気がついた。
「どうしたんだ、三人とも。顔色が優れないみたいだけど」
俺が声をかけると、ルウが少しバツが悪そうに視線を逸らした。
「……その、別に大したことじゃないんだけど。ここ数日、変な夢ばかり見ていて、あまりよく眠れていないのよ」
「変な夢?」
「ええ。魔法学校で『落ちこぼれ』と馬鹿にされていた頃の夢や、王都で居場所がなかった時の嫌な記憶ばかりが、やけにリアルに蘇ってきて……」
ルウの言葉に、フレアとシルヴィアも重々しく頷いた。
「実は、私もです。かつて聖騎士団で理不尽な命令を強いられていた頃の記憶が、悪夢となって毎晩襲ってきます。朝起きても、心臓が嫌な鼓動を打っていて……」
「私もだ。解けたはずの魔神の呪いが再び全身を蝕んでいくような、恐ろしい夢を見た。起きてすぐ、レイン殿に治していただいた右腕を必死に確認してしまうほどだった」
三人の言葉を聞き、シオンが密偵としての鋭い目を光らせた。
「……ただの夢とは思えませんね。これほど同時に、しかも過去のトラウマを引きずり出すような悪夢を見るというのは、魔力的な干渉を疑うべきです」
「ほっほっほ、シオンの言う通りじゃ」
老薬師のゴットが、険しい表情で髭を撫でた。
「ワシも昨日から気になっとったんじゃが、森の奥から微量な『悪夢の魔障』が風に乗ってこの拠点まで流れてきとる。精霊樹の結界がほとんど浄化してくれておるが、心の奥底に傷を持つ者には、そのわずかな瘴気でも影響が出てしまうんじゃろう」
「悪夢の魔障……。発生源に心当たりはあるのか?」
俺が尋ねると、ゴットは一枚の古い地図を広げた。
「アシュタルの南西に位置する、深く鬱蒼とした森の奥深く。そこに『夢幻の泉』と呼ばれる場所がある。古来より精神に干渉する幻獣が住み着きやすい霊穴じゃ。おそらく、そこに何らかの強力な魔物が巣食い、瘴気を撒き散らしておるのに違いない」
「過去の傷をえぐり出すような魔障か……。そんなもの、放っておくわけにはいかないな」
俺が拳を握りしめると、アイラが勢いよく立ち上がった。
「その通りだ! アタシたちの大事な仲間を苦しめるようなふざけた魔物なんて、アタシの斧で真っ二つにしてやるよ!」
「私も行きます。過去のトラウマに負けたままでは、この新しい居場所に立つ資格がありませんから!」
フレアが聖剣の柄を強く握りしめる。
「俺の剣で、その悪夢の根源ごと断ち切って見せよう」
シルヴィアも静かなる闘志を燃やして大剣を背負った。
「よし、決まりだ。今回の探索パーティーは俺、アイラ、ルウ、フレア、シオン、そしてシルヴィアだ。魔物は、悪夢の瘴気を感知できるフェルとピコ、そして闇に紛れて索敵ができるクロ、空気を浄化するマシロを連れて行く。エリス、ゴットさん、ドーラ、ノエル、セシル、ライラ、ミーアたちは、拠点の防衛と留守番をお願いできるか?」
「はいっ! ティタンと一緒に、拠点の外周防衛システムを完璧にしておきます!」
エリスが元気よく頷き、ミーアも「お留守番しながら、みんなが安心して眠れるような特製のハーブピローを作っておきますニャ!」と猫耳を揺らした。
こうして、仲間たちの平穏な眠りを取り戻すため、俺たちはアシュタルの南西にある『夢幻の泉』へと出発した。
* * *
アシュタルの街から馬車とフェルの背を借りて駆け抜け、半日ほど。
森は次第に鬱蒼とし、太陽の光すら遮るほどに木々が密集し始めた。そして、周囲の空気はどんよりと重く、淀んだ紫色の霧が立ち込めている。これが『悪夢の魔障』だ。
「うっ……この霧、吸い込むだけで頭がぐらぐらして、嫌な記憶がフラッシュバックしそうだわ……」
ルウが額を押さえ、よろめく。
「マシロ、浄化の冷気をお願い」
「キュゥ♪」
マシロが額の青い宝石を輝かせると、清浄で冷たい空気が俺たちの周囲を包み込み、紫色の霧を中和して結界を作ってくれた。ルウの顔色も少しだけ良くなる。
「シオン、クロ、周囲の警戒を。フェルとピコは、瘴気の最も濃い発生源を追ってくれ」
「了解です。クロ、影の探知を広げて」
「にゃっ!」
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
俺たちはフェルとピコの案内で、紫色の霧が最も濃く渦巻く森の最深部へと慎重に進んでいった。
やがて、木々が開け、どんよりと濁った水を湛える巨大な泉——『夢幻の泉』が姿を現した。
そして、その泉の中央に、禍々しい魔力の源が鎮座していた。
「ゲロォォォォォォ……ッ」
体長が四メートルを超える、全身から紫色の毒霧を噴き出す巨大な蟇蛙の魔物——Aランク相当の『ナイトメア・トード(悪夢の巨大蟇蛙)』だ。
その背中には無数の不気味な目玉のような模様が浮かび上がっており、見る者の精神を激しく揺さぶる幻覚作用を放っている。
さらに、俺の目を引いたのは、その巨大蟇蛙の足元で、紫色の粘液に捕らわれて身動きが取れなくなっている小さな生き物の姿だった。
象のような短い鼻と、ふさふさの尻尾を持つ、白と黒のツートンカラーの小動物。
「あれは……伝説の幻獣『夢紡ぎの獏』です!」
シオンが驚きの声を上げた。
「ドリーム・バク? 人々の悪夢を食べて、良い夢をもたらすという、あの幻獣か?」
「はい。おそらく、この泉に発生した強大な悪夢の瘴気を食い止めようとして、逆にあのナイトメア・トードに捕食されそうになっているのだと思います!」
(……怖い……助けて……。悪い夢が、溢れちゃうよぉ……)
俺の脳内に、ドリーム・バクからの悲痛な恐怖と絶望の感情が、『絆紋』を通じて流れ込んできた。
「……あんな醜悪な化け物に、優しい幻獣を食い物にさせてたまるか! みんな、あの獏を救出し、悪夢の元凶を叩き潰すぞ!」
俺が剣を抜いて叫ぶと、仲間たちも一斉に闘気を爆発させた。
「任せな! 過去のトラウマごと、アタシの斧で粉砕してやるよ! オラァッ!!」
アイラが戦斧に闘気を纏わせ、跳躍してナイトメア・トードへと突進する。
「ゲロォォォッ!!」
巨大蟇蛙は、背中の目玉模様から強烈な紫色の光を放ち、アイラたちに幻覚を見せようとする。
「くっ……!? 騎士団長……なぜ、私を……」
「……お父様、お母様、ごめんなさい……私、魔法がうまく……」
フレアとルウが、強烈な幻覚攻撃に捕らわれ、動きを止めて膝をついてしまった。
「フレア! ルウ!」
俺が叫ぶより早く、俺の最古参の相棒たちが動いていた。
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
銀色の閃光と、純白の弾丸が、紫色の霧を引き裂いて駆け抜けた。
フェルは目にも留まらぬ速度でナイトメア・トードの側面に回り込み、その全身から青白い雷光を立ち昇らせた。
『白銀の迅雷』!
雷を纏ったフェルの強烈な突進が、蟇蛙の分厚い皮膚を焦がし、その巨体を大きくよろめかせる。
そして、フェルが作った隙を見逃さず、ピコが驚異的な跳躍力で空高く舞い上がった。ピコの体から、俺の『野戦調薬』の魔力を受け継いだ浄化と破壊の光が溢れ出す。
『浄化の月面蹴り(ホーリー・ムーン・キック)』!
空中で体を捻り、光を纏った強烈な両足蹴りが、ナイトメア・トードの背中にある目玉模様にクリーンヒットする。
パキィィィンッ!という音と共に幻覚の魔力場が破壊され、フレアとルウが正気を取り戻した。
「はっ……! 私としたことが、過去の幻影に惑わされるなんて!」
フレアが激しい怒りと共に立ち上がり、聖剣を高く掲げる。
「もう、あんな惨めな過去には負けないわ! 今の私には、最高の仲間がいるんだから!」
ルウが杖にありったけの魔力を込める。
「シオン、シルヴィア! 今だ、一気に決めるぞ!」
「了解です! クロ、影縛り!」
「にゃぁっ!」
シオンが霧の中から跳躍し、短剣を蟇蛙の関節に突き立てる。クロが『シャドウ・バインド』で動きを完全に封じ込めた。
「過去の呪縛など、この大剣で切り捨てるのみ! はぁぁぁッ!!『絶技・白銀の飛燕』!!」
シルヴィアの放った神速の斬撃が、巨大蟇蛙の体を深く切り裂く。
「聖なる光よ、悪夢を退けよ!『ホーリー・スラッシュ』!」
「私の全てを焼き尽くす炎を受けてみなさい!『フレイム・バースト』!」
「アタシの斧の錆になりな!『烈風大車輪』!」
仲間たちの怒りと決意が込められた四方向からの渾身の連携攻撃が、ナイトメア・トードに直撃した。
「ゲロォォォォォォッ……!!」
断末魔の悲鳴を上げ、悪夢の巨大蟇蛙は紫色の霧となって跡形もなく消滅した。
同時に、森を覆っていた悪夢の魔障が嘘のように晴れ渡り、木漏れ日が優しく泉を照らし出した。
* * *
「ふぅ……手強かったけど、これで悪夢の元凶は断ち切れたな」
俺が武器を収めると、仲間たちも安堵の息を吐き、お互いの顔を見て清々しい笑顔を浮かべた。過去のトラウマを乗り越えた彼女たちの表情は、以前よりもずっと力強く、輝いて見えた。
俺はすぐさま、泉のほとりで震えている小さな幻獣、ドリーム・バクの元へと駆け寄った。
「大丈夫か? もう化け物はいないぞ」
俺は両手を広げ、右手の甲にある翠色の痣――『絆紋』の光を限界まで解放した。
翠色の温かな波紋が、清らかになった泉の水面を滑るようにして広がり、傷つき怯えていたドリーム・バクの体を優しく包み込む。
絆紋の波動が彼女の心に届いた瞬間、張り詰めていた警戒心がスッと解け、その丸い瞳から恐怖の色が消え去った。
(この光……なんて優しくて、あたたかい……。あなたたちが、悪い夢をやっつけてくれたの……?)
「ああ。君も、一人で森を守ろうとしてよく頑張ったな」
俺は『野戦調薬』で作った特製の回復ポーションを彼女の傷に優しく塗り込み、絆紋の浄化の光を流し込んだ。
すると、紫色の粘液で汚れていた白と黒のふさふさな体毛が、みるみるうちに美しく艶やかな輝きを取り戻した。
「プゥゥッ♪」
痛みが消えたドリーム・バクは、短く可愛らしい鼻を鳴らし、俺の胸に飛び込んでスリスリと甘えてきた。
(ありがとう、あたたかい人。私、あなたたちの優しくてあたたかい夢の匂いが、大好き……)
「帰る場所がないなら、うちのクランに来ないか? うちには、君と同じように優しくて温かい家族がたくさんいるんだ」
俺が手を差し出すと、フェルやピコ、マシロたちも優しく鳴き声を上げて歓迎の意を示した。ルウやフレアたちも、彼女の愛らしさに顔をほころばせている。
ドリーム・バクは、俺の差し出した手と、温かい仲間たちの姿を見て、満面の笑みを浮かべるように目を細めた。
(……うんっ! 私、あなたたちのところで、たくさんの良い夢を紡ぎたい!)
こうして、悪夢を喰らい良い夢をもたらす幻獣、ドリーム・バクが、絆紋亭の新しい家族として加わることになった。名前は、その安らかな眠りから『ネム』と名付けた。
* * *
その日の夕暮れ。
新しい家族であるネムを連れて、俺たちはアシュタルの拠点へと帰還した。
拠点では、エリス、ゴット、ドーラ、ノエル、セシル、ミーアたち、そして幼い魔物たちが温かく出迎えてくれ、新しい仲間の加入と、悪夢の元凶を討伐したことに拠点中が歓喜の声を上げた。特にミーアは、「これで私が作った特製ハーブピローと合わせて、最高の安眠が約束されますニャ!」と大喜びだった。
そして夜。
庭の虹色の天蓋の下、精霊樹の優しい光に照らされながら、ネムの歓迎会が開かれた。
セシルは、今日も腕を振るい、極上の料理を作り上げた。魔力農園の野菜をたっぷり使った色鮮やかなラタトゥイユ、最高品質の肉の特大ハンバーグ、そしてマシロの氷室で冷やした、黄金の霊蜜をたっぷり使った絶品のフルーツゼリー。
「ネム! うちのクランへようこそ! これからは、アタシたちが背中を預け合う最高の仲間だ!」
アイラが木製ジョッキを高々と掲げる。
「プゥゥッ♪」
ネムは、アイラの声に応えるように嬉しそうに鼻を鳴らし、セシルが用意した特製の甘い果実を美味しそうに頬張っていた。
「……今日は本当にありがとう、レイン。過去の幻影を断ち切れたことで、心がすっと軽くなったわ」
ルウが、照れくさそうに微笑みながら俺にワイングラスを傾けた。
「ええ。これからは、毎晩温かく幸せな夢が見られそうです」
フレアとシルヴィアも、穏やかで満ち足りた笑顔を見せた。
テラスでは、フェルやピコ、ソラ、ライ、ルミナたち魔物組が、新しい仲間であるネムを囲んで歓迎し、ラピスやイグニス、ベル、ファムといった幼い仲間たちが、ネムのふさふさの尻尾に抱きついてすでにうとうとと心地よい眠りに誘われていた。メルティは空中から黄金の鱗粉を振りまいて宴を彩り、シエルは精霊樹の枝から穏やかにその様子を見守り、シルキーは気持ちよさそうに空中を漂っている。シーナが精霊の池から子守唄のような優しい歌声を響かせ、ライラの竪琴がその場をさらに安らかにしていた。
賑やかで、優しくて、誰もが誰かを必要とし、誰もが誰かに感謝している場所。
王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失った俺の周りには、今、これほどまでに頼もしく、温かい家族たちがいる。
急ぐ必要なんてない。俺たちの絆は、どんな悪夢も打ち砕き、この辺境の地で永遠に温かい夢を紡ぎ続けていくのだから。
星降る夜の下、優しい笑い声と安らかな寝息が、いつまでも絶えることなく響き渡っていた。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者 / 大地の開拓者 / 導きの光 / 豊穣の主 / 呪い打ち砕く者 / 悪夢を晴らす者
Lv:51(※ナイトメア・トードの討伐とドリーム・バクの救出によりアップ)
HP:530 / 530
MP:330 / 330
【スキル】
・生活魔法 Lv.10(極まる)
・剣術 Lv.4
・解体 Lv.8
・野営技術 Lv.10(極まる)
・野戦調薬 Lv.10(極まる)
・植物知識 Lv.10(極まる)
・建築・修繕 Lv.10(極まる)
・鑑定 Lv.9
・気配察知 Lv.10(極まる)
・魔導知識 Lv.10(極まる)
・料理 Lv.10(極まる)
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物(および心を持つ存在)と心を通わせ、警戒心を解き放つ。集った魔物たちと精霊樹の魔力を調和させ、巨大な隠蔽と浄化の絶対結界を形成している。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5(※無双の連携によりさらに戦闘力進化)
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5(※無双の連携によりさらに戦闘力進化)
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル5
・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル5
・クリア・スライム(スイ):絆レベル5
・宝石蜘蛛:絆レベル5
・雷鳴の怪鳥:絆レベル5
・シャドウ・キャット(クロ):絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル5
・氷雪の幻獣:絆レベル5
・黄金の天馬:絆レベル5
・花纏いの黒豹:絆レベル5
・月影の白蛇:絆レベル5
・人魚の少女:絆レベル5
・瑠璃色の幼竜:絆レベル5
・紅蓮の精霊狐:絆レベル5
・翡翠の風呼び(シルフィ):絆レベル5
・大地の巨熊の幼獣:絆レベル5
・心優しきゴーレム(ティタン):絆レベル5
・虹水晶の巨亀:絆レベル5
・星詠みの白梟:絆レベル5
・幻影の小狐:絆レベル5
・黄金の女王蜂:絆レベル5
・黄昏のグリフォン(シエル):絆レベル5
・銀色の空飛ぶ絨毯:絆レベル5(※絆深化)
・夢紡ぎの獏:新規合流 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)
・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋)
・シオン(元王都特級密偵・クラン専属防衛担当)
・セシル(元宮廷料理人・クラン専属料理人)
・フレア(元聖騎士・クラン専属護衛担当)
・ノエル(天才錬金術師・クラン専属錬金術師)
・ライラ(流浪の精霊弓士・クラン専属狩人)
・ミーア(猫耳の行商人・クラン専属商人)
・シルヴィア(元Sランク冒険者の剣聖・クラン専属剣術指南役)
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