第46話 琥珀の森と、黄金の蜜蜂
第46話 琥珀の森と、黄金の蜜蜂
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、今日という日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、そして奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、日を追うごとにその存在感を増し、今や拠点の絶対的な要として太く力強い幹を天へと伸ばしている。その豊かに茂った枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、庭全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
宝石蜘蛛のルリが編み上げた虹色の天蓋を透過して降り注ぐ朝日は、精霊樹の放つ淡い翠色の光と見事に混ざり合い、視界に入るものすべてをきらきらと輝かせている。魔力農園で育つ野菜たちは、その恩恵を受けて、朝ごとに一回りも二回りも大きく、鮮やかに色づき、はち切れんばかりの生命力を誇示していた。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
「ピィィィッ!」
「ヒンッ♪」
「ルルゥッ♪」
「シャァンッ♪」
「きゅあぁっ♪」
「キュゥッ♪」
「ホゥッ♪」
澄み切った青空を背景に、空色小竜のソラ、雷鳴の怪鳥ライ、黄金の天馬ルミナ、翡翠の風呼びであるシルフィ、そして星詠みの白梟ステラが楽しげに上空を旋回している。ルミナの放つ神聖な黄金の光、ライの纏う青白い雷光、ソラの美しい空色の鱗、シルフィが巻き起こすエメラルドグリーンのそよ風、そしてステラの星屑を散りばめたような銀色の羽ばたきが交差し、まるで空に生きた巨大な芸術作品が描かれているかのようだった。
そんな賑やかな空の舞を地上から見上げながら、二匹の魔物が堂々たる足取りで庭を歩いていた。
銀色のウルフである『フェル』と、純白のポーションラビットである『ピコ』だ。
彼らは、俺が王都を追放され、この名もなき辺境の森にたどり着いたその日に、一番最初に俺の『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たちである。
出会った当初は、フェルは群れからはぐれた傷だらけの狼であり、ピコはただの臆病な森の小動物に過ぎなかった。しかし今、フェルの銀色の毛並みは月明かりのように美しく気高い光を放ち、その体躯は一回りも二回りも大きくなり、森の王者のような風格を漂わせている。ピコもまた、その小さな体には信じられないほどの敏捷性と強靭な魔力を宿し、仲間たちを癒やす要として立派に成長を遂げていた。
彼らの後ろを、生まれたばかりの瑠璃色の幼竜ラピス、紅蓮の精霊狐イグニス、大地の巨熊の幼獣ベル、そして幻影の小狐ファムが、よちよちと、しかし元気いっぱいに追いかけていた。フェルとピコは時折立ち止まり、幼い魔物たちが転ばないように優しく鼻先で促している。その姿は、この大家族の頼れる兄と姉そのものだった。
「フェル、ピコ。今日もみんなの面倒を見てくれてありがとうな。お前たちがいてくれるから、俺は安心してこの場所を守れるんだ」
俺ことレインは、縁側に腰掛けながら、足元にすり寄ってきた二匹の頭を順番に優しく撫でた。
「ウォンッ♪」
「キュイッ♪」
フェルは嬉しそうに目を細めて俺の手に頬をすり寄せ、ピコは自慢の長い耳をピクピクと動かして俺の膝の上に飛び乗ってきた。
王都の勇者パーティーにいた頃は、毎朝が息の詰まるようなプレッシャーと冷徹な命令の連続だった。自分がどれだけ尽くしても、誰からも感謝されず「無能」と切り捨てられ、すべての居場所を奪われた。睡眠時間すら削って剣を磨き、魔石を浄化し、食事を作り続けた日々は、ただ泥水のように冷たく苦しいだけのものだった。
だが、今の俺には、こんなにも温かく、かけがえのない家族たちがいる。誰もが互いを尊重し、足りない部分を補い合い、笑顔を交わす。彼らは俺を頼りにしてくれ、俺も彼らを心から愛している。この『絆紋亭』こそが、俺にとっての絶対の帰る場所だった。
「さて、みんなのお腹が空く前に、朝飯の準備をするか。今日は魔力農園の野菜がとびきり美味しく育っているはずだからな」
俺がそう呟くと、フェルとピコは力強く鳴き、ラピスやベルたちを連れて水路の方へと遊びに行かせてくれた。
* * *
一階の広々とした厨房へと降りると、そこにはすでに見習い魔導士のエリス、仕立屋のリナ、元王都特級密偵のシオン、元宮廷料理人のセシル、元聖騎士のフレア、天才錬金術師のノエル、流浪の精霊弓士ライラ、そして猫耳の行商人ミーアがエプロン姿で立ち、手際よく調理を進めていた。
「あ、レイン様! おはようございますっ!」
「レインさん、おはようございます。今朝も魔力農園のお野菜がキラキラしてますよ。今日はミーアさんが仕入れてくれた特上のチーズを使ってみるんです!」
「皆さん、おはようございます! 今朝のメニューは、特製の魔力小麦で作った『チーズとハーブのミートパイ』と、濃厚なコーンポタージュ、そして新鮮な果実の盛り合わせですよ!」
「私も、微力ながらお肉を叩くのをお手伝いさせていただいております!」
「あ、あのっ、おはようございます……。ティタンの火力調整機能を使って、オーブンの温度を完璧に保っています!」
「ふふっ、人間の料理というのは、見ていてとても興味深いですね。スパイスの香りがたまりません」
「レイン様、おはようございますニャ! 昨日仕入れたチーズ、絶対にお料理に合うはずですニャ!」
八人がそれぞれの持ち場から、明るく温かい笑顔で迎えてくれる。ミーアの猫耳がピコピコと嬉しそうに動いている。ノエルの背後では、心優しきゴーレムであるティタンが、その巨大な鉄の体で繊細に魔道コンロの火加減を調整していた。
厨房いっぱいに広がるのは、パイ生地がバターと共にサクサクに焼き上がる甘く香ばしい香りと、中にたっぷりと詰め込まれた挽肉とチーズが熱されて溢れ出す、暴力的なまでに食欲をそそる匂いだ。セシルが加わったことで、俺の『料理』スキルや『植物知識』との相乗効果が生まれ、クランの食事はもはや開拓地の料理の域を完全に超え、王都の最高級レストランすら凌駕するクオリティに達していた。そこへさらに、ミーアの商人としての確かな目利きで仕入れられた食材が加わり、味の奥行きが格段に増している。
巨大な皿に盛りつけられたミートパイは、黄金色に輝くサクサクのパイ生地の中に、旨味の強い特製挽肉と、とろける三種のチーズが隙間なく詰め込まれており、ナイフを入れると熱々の肉汁がジュワリと溢れ出す。その横には、魔力農園で採れたトウモロコシの自然な甘みを極限まで引き出した濃厚なコーンポタージュと、シオンが寸分の狂いもなく均等に切り分けた色鮮やかな魔力野菜のサラダがたっぷりと添えられ、フレッシュなトマトの酸味が食欲をさらに引き立てた。
女戦士のアイラ、少女魔導士のルウ、老薬師のゴット、ドワーフの若き職人ドーラもリビングに集まり、「いただきます」の合図と共に賑やかな朝食が始まった。
「んんっ! このミートパイ、パイ生地がサクサクで中からチーズと肉汁が爆発するねぇ! ポタージュの甘みも絶妙だ! これなら無限に食えちまうよ!」
アイラが豪快にパイを頬張りながら、目を輝かせる。
「本当によ……セシルが来てから、毎朝の食事が楽しみで仕方がないわ。ミーアの仕入れたチーズも、風味が強くて最高ね」
ルウもうっとりとした表情を浮かべて、スープを口に運ぶ。
「このお肉の旨味、野営で食べていた硬い干し肉とは次元が違います……。涙が出るほど美味しいです……!」
フレアは、美しい顔をほころばせながら、信じられないものを見るような目でパイを噛み締めていた。
「……驚きました。精霊の森で数百年生きてきましたが、これほどまでに生命力に溢れ、心を満たす食事は初めてです。レインさんたちの絆が、この料理にも溶け込んでいるのですね」
ライラが、エルフ特有の優雅な所作でサラダを味わいながら、感動の涙を浮かべていた。
「えへへ、仕入れたチーズが役に立って嬉しいですニャ! これからも最高の商品をバンバン仕入れてきますニャ!」
ミーアが猫耳をピンと立てて誇らしげに胸を張る。
テラスでは、魔物たちもそれぞれに用意された特製の朝食を夢中で食べている。ラピスやイグニス、ベル、ファムといった幼い魔物たちには、セシルが特別に消化の良い特製ミルク煮込みを作ってくれており、顔を突っ込んで美味しそうに頬張っていた。ソラやフェル、ルミナたちも、上質な魔物肉や果実を存分に堪能している。ダイヤはたっぷりの魔力草を幸せそうに咀嚼し、ステラは専用に用意された極上の肉片を優雅に啄んでいた。
誰もが満ち足りた顔で、笑い合いながら食卓を囲む。この他愛のない日常の風景こそが、俺にとって何よりの宝物だった。
* * *
和やかな朝食を終え、食後のティータイムとして、ノエルの作った特製錬金釜で淹れた極上のハーブティーを楽しんでいた時のことだ。
ミーアが、少し真剣な顔つきで俺に話しかけてきた。
「レイン様、実はアシュタルの商人ギルドで、どうしても仕入れたい幻の素材の情報を見つけたんですニャ」
「幻の素材? ミーアがそこまで言うなんて、よほど珍しいものなのか?」
俺が尋ねると、ミーアは大きく頷いた。
「はいニャ! アシュタルの南東に広がる『琥珀の森』でのみ採取できると言われる、『黄金の霊蜜』ですニャ!」
「黄金の霊蜜……!」
その言葉に反応したのは、老薬師のゴットだった。
「ほっほっほ、ミーアよ、お主とんでもないものを見つけてきたな。黄金の霊蜜といえば、どんな重病や呪いをも浄化し、枯渇した魔力を一瞬で全回復させるという、伝説のエリクサーの主原料じゃ。王都の王族ですら、一生に一度舐められるかどうかという代物じゃぞ」
「お、お料理の観点から言っても、その霊蜜は究極の甘味料です! それがあれば、肉の照り焼きから極上のスイーツまで、今までの料理の次元をさらに三段階は引き上げることができます!」
セシルも目を輝かせて身を乗り出した。
「なるほど、それは是が非でも手に入れたいな。だが、そんな貴重なものが放置されているということは、相応の危険があるんだろう?」
俺の問いに、シオンが密偵としての知識を引き出して答えた。
「はい。『琥珀の森』は、木々から分泌される樹液が魔力を含んでおり、森全体が迷宮のように入り組んでいます。そして何より、その霊蜜を作り出す『黄金の女王蜂』の巣は、狂暴な蜂の魔物たちによって鉄壁の守りが敷かれています。Aランクの討伐隊でも、巣に近づくことすら困難だと言われています」
「なるほど、やりがいはありそうだね! よっしゃ、アタシの斧で蜂の巣ごと叩き落としてやるよ!」
アイラが戦斧を背負い直して立ち上がる。
「私も行きます。虫系の魔物なら、私の炎魔法で一網打尽にできるわ」
ルウが杖を構える。
「琥珀の森の地形なら、私のエルフの知識が役に立つはずです。上空の敵は私の弓で射落とします」
ライラが美しい白銀の弓を手に取った。
「護衛は私とシオンにお任せください。レインさんに蜂の一刺しすら許しません!」
フレアも聖剣の柄に手を添え、強い決意の瞳を見せた。
「よし、今回の探索パーティーは俺、アイラ、ルウ、シオン、フレア、そしてライラだ。魔物は、森の索敵に長けたフェルとピコ、上空からの援護にソラ、そして虫系の魔物に天敵となる宝石蜘蛛のルリを連れて行く。エリス、ゴットさん、ドーラ、ノエル、セシル、ミーアたちは、拠点の防衛と留守番をお願いできるか?」
「はいっ! ティタンと一緒に、拠点の外周防衛システムを完璧にしておきます!」
ノエルが丸い眼鏡を光らせて元気よく頷き、ミーアも「お留守番しながら、霊蜜を入れる最高級の保存瓶を用意しておきますニャ!」と猫耳を揺らした。
こうして、究極の素材である黄金の霊蜜を求めて、俺たちはアシュタルの南東に広がる『琥珀の森』へと出発した。
* * *
アシュタルの街から馬車と徒歩で半日ほど。
視界が開けると、木々の葉が太陽の光を透過して黄金色に輝き、幹からは琥珀色の樹液が滴り落ちる、美しくも神秘的な森——『琥珀の森』がその姿を現した。
森の中は甘く濃厚な香りで満たされており、一見すると平和な楽園のように思えるが、その樹液に引き寄せられた強力な魔物たちが多数生息する危険地帯である。
「うわぁ……すごく甘い匂いがするわね。でも、足元が樹液でネバネバして歩きにくいわ」
ルウが杖を突きながら、慎重に森の中を進んでいく。
「シオン、ライラ、周囲の警戒を頼む。フェルとピコは、蜂の魔物の匂いと気配を追ってくれ。ルリは木々の間に糸を張って、奇襲に備えてくれ」
「了解です」
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「カチカチッ!」
ルリが器用に木々の間を飛び回り、透明で強靭な防衛網を瞬く間に構築していく。
俺たちはフェルとピコの案内で、巨大な琥珀の樹々が立ち並ぶ森の深部へと進んでいった。
しばらく進むと、突如として前方の茂みから、凄まじい勢いで巨大な猪の魔物が突進してきた。体表が硬い琥珀の結晶で覆われたBランク魔物『アンバー・ボア』の群れだ。
「ブモォォォッ!!」
「敵襲! 数が多いわ!」
ルウが警告を発するより早く、俺の最古参の相棒たちが動いた。
「フェル、ピコ! 迎撃しろ!」
「ウォンッ!!」
「キュイッ!!」
銀色の閃光と、純白の弾丸が、森の中を駆け抜けた。
フェルは目にも留まらぬ速度でアンバー・ボアの群れの側面に回り込み、その全身から青白い雷光を立ち昇らせた。
『白銀の迅雷』!
雷を纏ったフェルの強烈な突進が、硬い琥珀の装甲をいとも容易く粉砕し、巨大な猪を次々と吹き飛ばしていく。
そして、フェルが作った隙を見逃さず、ピコが驚異的な跳躍力で空高く舞い上がった。ピコの体から、俺の『野戦調薬』の魔力を受け継いだ浄化と破壊の光が溢れ出す。
『浄化の月面蹴り(ホーリー・ムーン・キック)』!
空中で体を捻り、光を纏った強烈な両足蹴りが、残ったアンバー・ボアの脳天にクリーンヒットする。ドゴォォォンッ!という轟音と共に、猪の魔物たちは完全に沈黙した。
「す、すごい……! あの硬い琥珀猪の群れを、たった二匹の魔物が一瞬で……!」
ライラがエルフの目を丸くして驚愕していた。
「へへっ、アタシたちの出番すらなかったね。さすがはレインの一番最初の相棒たちだ!」
アイラが戦斧を肩に担いで豪快に笑う。
「お前たち、本当に強くなったな」
俺がフェルとピコの頭を撫でると、二匹は誇らしげに胸を張り、嬉しそうに尻尾と耳を揺らした。
* * *
アンバー・ボアの群れを退け、さらに森の奥へと進むと、甘い匂いは一層強くなり、やがて巨大な大樹の洞に築かれた、城のような巨大な蜂の巣が見えてきた。
しかし、その周囲の状況は、俺たちの想像とは全く異なっていた。
「ブブブブブッ……!!」
「レインさん、見てください! 巣が……別の魔物に襲撃されています!」
シオンが木陰から指差した先。
巨大な蜂の巣を取り囲んでいたのは、体長が二メートルを超える、全身が毒々しい紫色に染まり、巨大な毒針を持つスズメバチの魔物——Aランク相当の『デス・ストーカー・ホーネット(死を呼ぶ暗殺蜂)』の群れだった。
そして、その凶悪なスズメバチの群れに対し、必死に巣の入り口を守り、無数の働き蜂たちを指揮して戦っている一匹の美しい蜂がいた。
体長は一メートルほど。全身が眩いばかりの黄金の産毛に覆われ、四枚の薄羽が虹色に輝く、伝説の幻獣——『黄金の女王蜂』だ。
だが、戦況は圧倒的に女王蜂側が不利だった。デス・ストーカー・ホーネットの強力な毒針と強靭な顎の前に、働き蜂たちは次々と地面に落下し、女王蜂自身もその美しい黄金の羽の一部が破れ、傷だらけになっていた。
それでも女王蜂は、巣の奥にいる幼虫たちを守るため、決してその場から逃げようとはしなかった。
(……逃げない。私の子どもたちを、奪わせはしない……! たとえ、この命が尽きようとも……!)
俺の脳内に、黄金の女王蜂からの、母としての強烈な決意と、悲痛な叫びが流れ込んできた。
「……自分の命を懸けて、家族を守ろうとしているんだ。見過ごせるわけがない!」
俺が剣を抜くと、仲間たちも一斉に武器を構えた。
「レインの言う通りだ! あんな毒虫ども、アタシの斧で叩き落としてやる!」
「虫の魔物なら、私の炎が一番効くわね! 行くわよ!」
「風の精霊たちよ、我が矢に宿りて邪悪を穿てッ!」
「アイラ、ルウ、ライラ! 上空のホーネットを撃ち落とせ! シオン、フレア、フェル、ピコ! 俺と一緒に女王蜂を援護するぞ! ルリ、空中に糸の網を展開して奴らの機動力を奪え!」
「任せな! オラァッ!!『烈風大車輪』!」
アイラが戦斧を振り回して突風を起こし、低空を飛ぶホーネットを叩き落とす。
「エリスちゃんがいなくても、私一人で十分よ!『フレイム・ストーム』!」
ルウの放った巨大な炎の嵐が、ホーネットの群れを包み込み、その羽を焼き焦がす。
「はぁぁっ!!『精霊の連なり矢』!」
ライラの白銀の弓から放たれた無数の光の矢が、正確にホーネットの急所を貫き、次々と墜落させていく。
「ギチィィィッ!!」
仲間を殺されたことに怒り狂ったデス・ストーカー・ホーネットのボス個体が、巨大な毒針を構えて女王蜂に致命の一撃を放とうと急降下してきた。
「させません!『ホーリー・シールド』!」
フレアが聖剣を掲げて神聖な光の盾を展開し、ボスの毒針を間一髪で弾き返す。
「シオン、フェル、ピコ! ボスを叩くぞ!」
「了解です! クロ、影縛り!」
「にゃぁっ!」
シオンが木々の間を跳躍し、ボスの死角から短剣を突き立てる。クロが『シャドウ・バインド』でボスの影を樹の幹に縫い付け、その動きを一瞬だけ封じ込めた。
「ウォォォンッ!!」
「キュイッ!!」
そこへ、フェルとピコが息の合った見事なコンビネーション攻撃を仕掛けた。
フェルが雷を纏った牙でボスの羽を根元から噛みちぎり、機動力を完全に奪う。そして、空中に放り出されたボスに対し、ピコが浄化の光を纏った『ホーリー・ムーン・キック』をボスの頭部に正確に叩き込んだ。
ドゴォォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、デス・ストーカー・ホーネットのボスは地面に激突し、完全に沈黙した。ボスを失った残りの群れは、恐れをなして森の奥へと逃げ去っていった。
* * *
戦闘が終わると、黄金の女王蜂は力を使い果たしたように、巣の入り口に力なく倒れ込んだ。
「キュゥゥ……」
俺は武器を収め、ゆっくりと彼女の元へと近づいた。女王蜂は残った力を振り絞って威嚇しようとするが、その瞳にはもう戦う力は残っていなかった。
「大丈夫だ。俺たちは敵じゃない。君と、君の家族を助けに来たんだ」
俺は両手を広げ、右手の甲にある翠色の痣――『絆紋』の光を限界まで解放した。
翠色の温かな波紋が、甘い琥珀の香りの中を広がり、傷ついた黄金の女王蜂の体を優しく包み込む。
絆紋の波動が彼女の心に届いた瞬間、張り詰めていた警戒心がスッと解け、彼女の瞳から敵意が消え去った。
(この光……なんて優しくて、あたたかい……。あなたは、私たちを傷つけないのですね……)
「今、痛いのを取ってあげるからな」
俺は『野戦調薬』で作った特製の回復ポーションを彼女の破れた羽や傷口に優しく塗り込み、絆紋の浄化の光を流し込んだ。
すると、傷ついていた黄金の産毛がみるみるうちに輝きを取り戻し、破れていた虹色の薄羽も完全に元通りに再生していった。
「キュイィィッ♪」
痛みが消え、力がみなぎってきたことに気づいた女王蜂は、嬉しそうに羽を震わせ、空中にふわりと舞い上がった。そして、俺の周りを嬉しそうに飛び回り、俺の頬にその柔らかい黄金の体をすり寄せてきた。
(ありがとう……あたたかい人。私と、私の子どもたちを救ってくれて、本当にありがとう……)
俺の心に、甘く濃厚な蜂蜜のような、深く純粋な感謝の感情が流れ込んでくる。
「怪我はもう大丈夫だ。よく一人で家族を守り抜いたな、偉いぞ」
俺が微笑みかけると、女王蜂は仲間である働き蜂たちに指示を出し、巣の奥から最も純度の高い、黄金色に光り輝く『黄金の霊蜜』をたっぷりと抱えてきて、俺の手に差し出した。
(これは、私たちの宝物です。命の恩人であるあなたに、受け取ってほしい……)
「ありがとう、大切に使わせてもらうよ。……なあ、君たち、もしよかったら、うちのクランに来ないか?」
「えっ?」
女王蜂が驚いたように動きを止める。
「この森は危険が多い。でも、うちの庭には、どんな外敵も寄せ付けない精霊樹の結界があるし、魔力農園には一年中最高に美味しい花が咲き乱れている。君たちが安全に巣を作り、家族を増やしていくには最高の場所だと思うんだ」
俺が手を差し出すと、フェルやピコ、ルリたちも優しく鳴き声を上げて歓迎の意を示した。
黄金の女王蜂は、俺の差し出した手と、温かい仲間たちの姿を見て、歓喜に羽を震わせた。
(……はいっ! 私、あなたたちの家族として、最高の霊蜜を作り続けます!)
こうして、黄金の女王蜂とその群れが、絆紋亭の新しい家族として加わることになった。女王蜂の名前は、その甘く美しい霊蜜から『メルティ』と名付けた。
* * *
その日の夕暮れ。
メルティの群れの巨大な巣を、俺とティタンの力で慎重に運び、俺たちはアシュタルの拠点へと帰還した。
拠点では、エリス、ゴット、ドーラ、ノエル、セシル、ミーアたちが温かく出迎えてくれ、新しい仲間の加入と、伝説の『黄金の霊蜜』を無事に持ち帰ったことに拠点中が歓喜の声を上げた。
メルティたちの巣は、庭の中央にある精霊樹の太い枝の安全な場所にしっかりと固定され、精霊樹も新しい住人を歓迎するように心地よい葉音を響かせた。
そして夜。
庭の虹色の天蓋の下、精霊樹の優しい光に照らされながら、メルティたちの歓迎会が開かれた。
セシルは早速『黄金の霊蜜』を使用し、究極の料理を作り上げた。霊蜜で艶やかにコーティングされた極上のローストポーク、霊蜜とチーズを合わせた絶品のピザ、そしてマシロの氷室で冷やした、霊蜜と新鮮な果実をふんだんに使った特製ハニーパンケーキのデザート。
「メルティ! うちのクランへようこそ! これからは、アタシたちが背中を預け合う最高の仲間だ!」
アイラが木製ジョッキを高々と掲げる。
「キュイィィッ♪」
メルティは、アイラの声に応えるように嬉しそうに空中を舞い、働き蜂たちと一緒に花々の蜜を集めるように飛び回っていた。
「……信じられません。このローストポーク、霊蜜の奥深い甘みと魔力が肉の旨味を極限まで引き出しています。一口食べただけで、魔力が全身に満ち溢れてきます……!」
ルウが、涙を浮かべながら料理を頬張っていた。
「えへへ、私の見つけた情報が役に立って、本当に良かったですニャ! このハニーパンケーキ、ほっぺたが落ちそうですニャ!」
ミーアが猫耳をピンと立てて、幸せそうにデザートを堪能している。
テラスでは、フェルやピコ、ソラ、ライ、ルミナたち魔物組が、新しい仲間であるメルティを囲んで歓迎し、ラピスやイグニス、ベル、ファムといった幼い仲間たちが、メルティの羽ばたきに合わせて楽しそうに踊っている。シーナが精霊の池から美しい歌声を響かせ、ライラの竪琴がその場をさらに華やかに彩っていた。
賑やかで、優しくて、誰もが誰かを必要とし、誰もが誰かに感謝している場所。
王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失った俺の周りには、今、これほどまでに頼もしく、温かい家族たちがいる。
急ぐ必要なんてない。俺たちの絆は、この黄金の霊蜜のように、どんな時も甘く優しく、この辺境の地で永遠に豊穣の時を刻み続けていくのだから。
星降る夜の下、笑い声と美しい音楽が、いつまでも絶えることなく響き渡っていた。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者 / 大地の開拓者 / 導きの光 / 豊穣の主
Lv:46(※デス・ストーカー・ホーネットの討伐とゴールデン・クイーンビーの救出によりアップ)
HP:480 / 480
MP:280 / 280
【スキル】
・生活魔法 Lv.10(極まる)
・剣術 Lv.3
・解体 Lv.8
・野営技術 Lv.10(極まる)
・野戦調薬 Lv.10(極まる)
・植物知識 Lv.10(極まる)
・建築・修繕 Lv.10(極まる)
・鑑定 Lv.8(※レベルアップ)
・気配察知 Lv.10(極まる)
・魔導知識 Lv.10(極まる)
・料理 Lv.10(極まる)
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物(および心を持つ存在)と心を通わせ、警戒心を解き放つ。集った魔物たちと精霊樹の魔力を調和させ、巨大な隠蔽と浄化の絶対結界を形成している。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5(※無双の連携によりさらに絆深化)
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5(※無双の連携によりさらに絆深化)
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル5
・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル5
・クリア・スライム(スイ):絆レベル5
・宝石蜘蛛:絆レベル5
・雷鳴の怪鳥:絆レベル5
・シャドウ・キャット(クロ):絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル5
・氷雪の幻獣:絆レベル5
・黄金の天馬:絆レベル5
・花纏いの黒豹:絆レベル5
・月影の白蛇:絆レベル5
・人魚の少女:絆レベル5
・瑠璃色の幼竜:絆レベル5
・紅蓮の精霊狐:絆レベル5
・翡翠の風呼び(シルフィ):絆レベル5
・大地の巨熊の幼獣:絆レベル5
・心優しきゴーレム(ティタン):絆レベル5
・虹水晶の巨亀:絆レベル5
・星詠みの白梟:絆レベル5
・幻影の小狐:絆レベル5(※絆深化)
・黄金の女王蜂:新規合流 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)
・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋)
・シオン(元王都特級密偵・クラン専属防衛担当)
・セシル(元宮廷料理人・クラン専属料理人)
・フレア(元聖騎士・クラン専属護衛担当)
・ノエル(天才錬金術師・クラン専属錬金術師)
・ライラ(流浪の精霊弓士・クラン専属狩人)
・ミーア(猫耳の行商人・クラン専属商人)
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