第41話 水晶の共鳴と、流浪の精霊弓士
第41話 水晶の共鳴と、流浪の精霊弓士
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる非公式クラン『絆紋亭』の拠点は、今日という日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、そして奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ精霊樹は、日を追うごとにその存在感を増し、今や拠点の要として太く力強い幹を天へと伸ばしている。その豊かに茂った枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、庭全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
宝石蜘蛛のルリが編み上げた虹色の天蓋を透過して降り注ぐ朝日は、精霊樹の放つ淡い翠色の光と見事に混ざり合い、視界に入るものすべてをきらきらと輝かせている。魔力農園で育つ野菜たちは、その恩恵を受けて、朝ごとに一回りも二回りも大きく、鮮やかに色づき、はち切れんばかりの生命力を誇示していた。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
「ピィィィッ!」
「ヒンッ♪」
「ルルゥッ♪」
「シャァンッ♪」
「きゅあぁっ♪」
「キュゥッ♪」
澄み切った青空を背景に、空色小竜のソラ、雷鳴の怪鳥ライ、黄金の天馬ルミナ、そして翡翠の風呼びであるシルフィが楽しげに上空を旋回している。ルミナの放つ神聖な黄金の光、ライの纏う青白い雷光、ソラの美しい空色の鱗、そしてシルフィが巻き起こすエメラルドグリーンのそよ風が交差し、まるで空に生きた巨大な芸術作品が描かれているかのようだった。
その美しい影を追いかけるように、地上では銀色のウルフであるフェルが、花纏いの黒豹フロリアと並んで軽やかに駆け回っていた。フェルの背中には、俺がこの森で一番最初に出会い、共にこの場所を築き上げてきた相棒である純白のポーションラビットのピコがちょこんと乗り、長い耳を揺らしながら風を切る感覚を楽しそうに味わっている。
その後ろを、生まれたばかりの瑠璃色の幼竜ラピス、紅蓮の精霊狐イグニス、そして大地の巨熊の幼獣ベルが、よちよちと、しかし元気いっぱいに追いかけていた。心優しきゴーレムのティタンが、その巨大な鉄の体で幼い魔物たちが転ばないように見守りながら、ゆっくりとした足取りで後をついていく。
縁側の特等席では、クリスタル・ゲッコーのルチルが鉱石の鱗を虹色に輝かせて日向ぼっこをし、精霊獣のミエルは優雅な足取りで精霊樹の周りを散歩している。クリア・スライムのスイと水妖の獺ミロは、庭に引かれた清らかな水路の中でパチャパチャと水を掛け合って遊び、人魚の少女シーナが、新設された『精霊の池』から嬉しそうに美しい歌声を響かせながらその様子を眺めていた。
氷雪の幻獣マシロは、心地よい冷気を放ちながらミエルの足元で丸くなり、影猫のクロは元王都特級密偵であるシオンの肩の上からその平和な光景を眺め、月影の白蛇ルナは精霊樹の太い枝にその美しい銀白の体を巻きつけて、穏やかに目を細めていた。
「おはよう、みんな。今日も最高の天気だな」
俺ことレインは、フェルとピコ、そして足元にすり寄ってくるラピス、イグニス、ベルを順番に優しく撫でながら、自然と口元を緩めた。
王都の勇者パーティーにいた頃は、毎朝が息の詰まるようなプレッシャーと冷徹な命令の連続だった。自分がどれだけ尽くしても、誰からも感謝されず「無能」と切り捨てられ、すべての居場所を奪われた。睡眠時間すら削って剣を磨き、魔石を浄化し、食事を作り続けた日々は、ただ泥水のように冷たく苦しいだけのものだった。
だが、今の俺には、こんなにも温かく、かけがえのない家族たちがいる。誰もが互いを尊重し、足りない部分を補い合い、笑顔を交わす。彼らは俺を頼りにしてくれ、俺も彼らを心から愛している。この『絆紋亭』こそが、俺にとっての絶対の帰る場所だった。
「さて、みんなのお腹が空く前に、朝飯の準備をするか。今日は魔力農園の野菜がとびきり美味しく育っているはずだからな」
俺がそう呟くと、魔物たちは嬉しそうに歓声を上げ、それぞれの持ち場へと散っていった。
* * *
一階の広々とした厨房へと降りると、そこにはすでに見習い魔導士のエリス、仕立屋のリナ、シオン、元宮廷料理人のセシル、元聖騎士のフレア、そして天才錬金術師のノエルがエプロン姿で立ち、手際よく調理を進めていた。
「あ、レイン様! おはようございますっ!」
「レインさん、おはようございます。今朝も魔力農園のお野菜がキラキラしてますよ。今日は特別なチーズがたくさん手に入ったんです!」
「レインさん、おはようございます。お肉とハーブの仕込みは完了しています」
「皆さん、おはようございます! 今朝のメニューは、特製の魔力卵と三種のチーズをふんだんに使った『ふわふわスフレオムレツ』と、自家製ベーコンの厚切りグリルですよ!」
「私も、微力ながらお野菜を切るのをお手伝いさせていただいております!」
「あ、あのっ、おはようございます……。ティタンの火力調整機能を使って、フライパンの温度を完璧に保っています!」
六人がそれぞれの持ち場から、明るく温かい笑顔で迎えてくれる。ノエルの背後では、心優しきゴーレムであるティタンが、その巨大な鉄の体で繊細に魔道コンロの火加減を調整していた。
厨房いっぱいに広がるのは、バターがたっぷりと溶けたフライパンで卵が焼ける甘く幸せな香りと、厚切りベーコンから滲み出た肉汁が焦げる暴力的なまでに食欲をそそる匂いだ。セシルが加わったことで、俺の『料理』スキルや『植物知識』との相乗効果が生まれ、クランの食事はもはや開拓地の料理の域を完全に超え、王都の最高級レストランすら凌駕するクオリティに達していた。
巨大な皿に盛りつけられたスフレオムレツは、まるで雲のようにふっくらと膨らんでおり、ナイフを入れると中からとろりとした半熟卵の黄身と、とろける三種の濃厚なチーズが滝のように溢れ出す。その横には、外はカリッと中はジューシーに焼き上げられた厚切りの自家製ベーコンと、シオンが寸分の狂いもなく均等に切り分けた色鮮やかな魔力野菜のサラダがたっぷりと添えられ、フレッシュなトマトとハーブのドレッシングの酸味が食欲をさらに引き立てた。
女戦士のアイラ、少女魔導士のルウ、老薬師のゴット、ドワーフの若き職人ドーラもリビングに集まり、「いただきます」の合図と共に賑やかな朝食が始まった。
「んんっ! このスフレオムレツ、口の中でシュワっと溶けるねぇ! チーズのコクと卵の甘みが絶妙だ! ベーコンの塩気と合わせると、無限にパンが食えちまうよ!」
アイラが豪快にパンを頬張りながら、目を輝かせる。
「本当によ……セシルが来てから、毎朝の食事が楽しみで仕方がないわ。こんなに美味しいものを毎日食べていたら、王都の貴族たちの食事がどれだけ貧相だったかよくわかるわね」
ルウもうっとりとした表情を浮かべて、オムレツを口に運ぶ。
「このベーコン、野営で食べていた硬い干し肉とは次元が違います……。涙が出るほど美味しいです……!」
フレアは、美しい顔をほころばせながら、信じられないものを見るような目で肉を噛み締めていた。
「ほっほっほ、このサラダは野菜の魔力がたっぷりと生きておる。これ一皿で、並のポーションよりもよっぽど元気になるわい」
ゴットも満足そうに髭を撫でた。
「あの、お口に合ってよかったです……。ティタンも、火加減の調整をすごく頑張ってくれたんです」
ノエルが照れくさそうに笑い、その後ろでティタンが「ギギ……」と嬉しそうに目を細めたように見えた。
テラスでは、魔物たちもそれぞれに用意された特製の朝食を夢中で食べている。ラピスやイグニス、ベルといった幼い魔物たちには、セシルが特別に消化の良い特製ミルク煮込みを作ってくれており、顔を突っ込んで美味しそうに頬張っていた。ソラやフェル、ルミナたちも、上質な魔物肉や果実を存分に堪能している。
誰もが満ち足りた顔で、笑い合いながら食卓を囲む。この他愛のない日常の風景こそが、俺にとって何よりの宝物だった。
* * *
和やかな朝食を終え、食後のティータイムとして、ノエルの作った特製錬金釜で淹れた極上のハーブティーを楽しんでいた時のことだ。
俺は、昨晩ギルドから受け取っていた一枚の依頼書をテーブルの上に広げた。
「みんな、少し聞いてくれ。アシュタルの北方にそびえる『水晶鳴りの山』で、最近奇妙な共鳴音と、それに伴う局地的な地震が頻発しているらしい」
「水晶鳴りの山? あそこは山全体が美しい水晶で覆われた霊峰だけど、同時に強力な魔物の巣窟でもあるわよね。何か異変が起きたの?」
ルウが首を傾げる。
「ああ。ギルドの報告によれば、数日前から山の頂上付近から、まるで巨大なガラスが軋むような不気味な音が響き続け、その度に大地が揺れているそうだ。放置すればアシュタルの街にも被害が及ぶ可能性があるため、原因の調査と、可能ならば排除の依頼が出ている」
「水晶の共鳴による地震……。自然現象にしては異常ですね。強力な地属性か、あるいは水晶を操る魔物が暴走している可能性があります」
シオンが密偵としての冷静な分析を口にする。
「ほっほっほ、あの山には最高純度の『魔力水晶』が眠っておる。もしそれが手に入れば、ワシのポーション作りにも、ドーラやノエルの魔道具開発にも大いに役立つはずじゃ」
ゴットが目を輝かせる。
「なるほど、街の危機を救うついでに、最高の素材も手に入るってわけだね! よっしゃ、そういうことならアタシの出番だ! どんな魔物が出ようが、アタシの斧でカチ割ってやるよ!」
アイラが戦斧を背負い直して力強く立ち上がる。
「私も行きます。山の環境なら、私の魔法が有利に働くはずよ」
ルウが杖を構える。
「護衛は私にお任せください。レインさんと皆さんに、傷一つ負わせません!」
フレアも聖剣の柄に手を添え、強い決意の瞳を見せた。
「よし、今回の探索パーティーは俺、アイラ、ルウ、シオン、フレアだ。魔物は、鉱石探知に優れたルチル、索敵のフェルとクロ、そして空からの偵察にソラを連れて行く。エリス、ゴットさん、ドーラ、ノエル、セシルたちは、拠点の防衛と留守番をお願いできるか?」
「はいっ! ティタンと一緒に、拠点の外周防衛システムを完璧にしておきます!」
ノエルが丸い眼鏡を光らせて元気よく頷いた。
こうして、水晶鳴りの山の異常を調査し、街の平和を守るため、俺たちはアシュタルの北方へと出発した。
* * *
アシュタルの街から馬車と徒歩で半日ほど。
視界が開けると、太陽の光を受けて七色に輝く、まるで宝石でできたような巨大な霊峰――『水晶鳴りの山』がその威容を現した。山肌のあちこちから巨大な水晶の柱が突き出しており、幻想的で美しい風景が広がっている。
しかし、その美しさとは裏腹に、山からはズズズズ……という不気味な地鳴りと共に、キィン、キィンと耳障りな高周波の共鳴音が絶え間なく響いてきた。
「うわぁ……綺麗だけど、耳がキーンとするわね。この音が地震の原因なの?」
ルウが耳を塞ぎながら、杖を突きつつ険しい山道を登っていく。
「シオン、クロ、周囲の警戒を頼む。フェルは魔物の匂いを拾ってくれ。ルチル、異常な魔力の発生源を探ってくれ」
「了解です。クロ、影の探知を広げて」
「にゃっ!」
「キュピルッ!」
ルチルが虹色の鱗を明滅させ、山頂付近の一点を指し示すように首を向けた。
俺たちはルチルの案内と、ソラの上空からの偵察を頼りに、水晶の柱が林立する迷路のような山道を慎重に進んでいった。
やがて、山頂付近の巨大なすり鉢状になった水晶の盆地へと辿り着いた。
そこで俺たちが目にしたのは、信じられないほど激しい戦闘の光景だった。
「おおおおおっ!! 風の精霊たちよ、我が矢に宿りて邪悪を穿てッ!!」
盆地の中央で、一人の女性が孤軍奮闘していた。
長く美しい金糸の髪をなびかせ、緑色の軽鎧を纏った彼女は、その尖った長い耳が示す通り、極めて希少な『ハイエルフ』の射手だった。彼女の構える美しい白銀の弓からは、風の魔力を極限まで圧縮した光の矢が次々と放たれ、周囲を取り囲む敵を穿っている。
そして、そのハイエルフの背後には、体長が十メートルを超えるほどの巨大な亀の魔物がうずくまっていた。その甲羅は全てが純度の高い七色の水晶で構成されており、それが太陽の光を反射して眩い光を放っている。
伝説の守護獣、Sランク相当の『プリズム・トータス(虹水晶の巨亀)』だ。この山に満ちる魔力を調和させ、大地の安定を司る神聖な存在である。
しかし、その美しい水晶の甲羅には、禍々しいどす黒い鎖のようなものが幾重にも巻き付いており、そこから赤い瘴気が噴き出していた。この鎖が無理やり魔力を暴走させ、あの不気味な共鳴音と地震を引き起こしていたのだ。
そして、ハイエルフの女性と巨亀を取り囲み、攻撃を加えているのは、黒ずくめのローブを纏った数十人の武装集団――強力な闇の魔道具で武装した、王都の裏社会から流れてきた悪質な『魔獣密猟団』だった。
「チッ、しぶといエルフの女だ! だが、あの巨亀の水晶甲羅は、王都の貴族に売れば国が買えるほどの値打ちがあるんだ! 構わん、あのエルフごと『闇の炸裂弾』で吹き飛ばせ!」
密猟団のリーダー格の男が、禍々しい魔力を放つ黒い球体を掲げて叫んだ。
「ダメっ……! この子は、この山を守る尊い命……あなたたちのような強欲な人間に、汚させてたまるものですか……!」
ハイエルフの女性は、満身創痍でありながらも、決して巨亀の前から一歩も退こうとしなかった。だが、彼女の体力も魔力もすでに限界を超えており、構えた弓を持つ手は小刻みに震えている。
「あんな美しい魔物と、それを命懸けで守る人を、金のために殺そうとするなんて……絶対に許せません!」
フレアが激しい怒りを露わにして、聖剣を抜いた。
「ああ、同感だ。アイラ、ルウ! あいつらを蹴散らすぞ!」
「オラァッ!! 薄汚い密猟者どもが、アタシの斧の錆になりな!」
アイラが戦斧を振りかざし、強烈な闘気と共に斜面を駆け下りて密猟団の側面へと突撃する。
「エリスちゃんがいなくても、私一人で十分よ!『フレイム・ストーム』!」
ルウの放った巨大な炎の嵐が、密猟団の後方を包み込み、彼らの陣形を一瞬で崩壊させた。
「な、なんだ貴様らは!? どこから湧いて出た!」
突然の奇襲に、密猟団がパニックに陥る。
「シオン、フェル、クロ! リーダー格を無力化して、闇の魔道具を封じろ!」
「了解です! クロ、影縛り!」
「にゃぁっ!」
シオンが水晶の反射を利用して幻影のように跳躍し、瞬く間にリーダー格の男の背後へと回り込む。クロが『シャドウ・バインド』で男の影を地面に縫い付け、男が手放した『闇の炸裂弾』をシオンが空中で見事にキャッチして封印袋に放り込んだ。
「ウォォォンッ!!」
フェルが雷のような速度で駆け抜け、残る密猟者たちの武器やボウガンを強力な顎で次々と噛み砕いていく。
「きゅるるーっ!」
上空からはソラが急降下し、強力な風の刃を放って密猟者たちの足を止め、完全に逃げ道を塞いだ。
圧倒的な実力差だった。王都で腐敗した権力に守られてふんぞり返っていた密猟者たちなど、幾多の困難を乗り越え、強固な絆で結ばれた俺たちの連携の前では、ただの案山子同然だった。
ものの数分で、数十人の密猟団は一人残らず地面に這いつくばり、完全に制圧された。
* * *
「ふぅ……完璧な連携だったな。みんな、怪我はないか?」
俺が武器を収めながら声をかけると、アイラやシオンたちが笑顔で頷いた。
俺はすぐさま、倒れ込んでいるハイエルフの女性と、苦しそうに唸り声を上げている巨亀の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか? もう追手の心配はいりません」
俺が声をかけると、ハイエルフの女性は驚いたように俺を見上げ、そして背後の巨亀を庇うようにして立ちはだかった。
「あ、あなたたちは……? まさか、あなたたちもこの子を狙うハンターですか!? だったら、私が相手に……!」
「待ってくれ。俺たちは敵じゃない。街を地震から守るために原因を調べに来た冒険者だ。あの亀にかかっている呪いの鎖を壊して、助けに来たんだ」
俺は両手を広げ、右手の甲にある翠色の痣――『絆紋』の光を限界まで解放した。
翠色の温かな波紋が、水晶の盆地を滑るようにして広がり、ハイエルフの女性と巨亀の体を優しく包み込む。
絆紋の波動が彼女の心に届いた瞬間、張り詰めていた警戒心がスッと解け、彼女の瞳から敵意が消え去った。
「この光……なんて優しくて、純粋な自然の魔力……。精霊の祝福よりも温かい……」
「今、痛いのを取ってあげるからな」
俺は彼女を通り抜け、巨亀の甲羅に巻き付いている禍々しい『呪いの鎖』へと手を伸ばした。
「グルォォォン……ッ!」
巨亀が苦痛に顔を歪め、暴走した魔力で周囲の水晶を共鳴させようとするが、俺は恐れることなくその鎖に素手で触れた。
俺の『魔導知識』と『野戦調薬』の技術、そして絆紋の浄化の光を最大限に引き出し、鎖に刻まれた闇の魔法陣を強引に書き換え、浄化していく。
「砕けろッ!!」
パキィィィンッ!!!
水晶が割れるような甲高い音と共に、巨亀を苦しめていた呪いの鎖が粉々に砕け散り、黒い瘴気が光の中に溶けて消滅した。
同時に、山全体を震わせていた不気味な地鳴りと共鳴音が嘘のようにピタリと止み、プリズム・ピークスに本来の静寂と、美しい水晶の輝きが戻ってきた。
「ふぅ……これで、もう大丈夫だ」
俺が額の汗を拭うと、巨亀はゆっくりとその巨大な頭をもたげ、俺の胸にそっと、とても優しくすり寄せてきた。
(……ありがとう、あたたかい人。……私を、狂気の闇から救い出してくれて……)
俺の心に、悠久の時を生きる大地のようなどっしりとした、しかし深く純粋な感謝の感情が流れ込んでくる。
「怪我の具合はどうだ?」
俺が『野戦調薬』で作った特製の軟膏を甲羅の傷口に塗ってやると、巨亀は心地よさそうに目を細めた。フェルやピコ、ルチルたちも近づいてきて、お互いの鼻先を突き合わせて挨拶を交わした。
「すごい……あんな強力な闇の呪具を、一瞬で浄化してしまうなんて……。あなたは、一体……?」
ハイエルフの女性が、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。
「俺は絆紋亭のマスター、レインだ。君は?」
「私は『ライラ』。森の奥深くにあるハイエルフの隠れ里の出身ですが……私は、閉鎖的な里の掟を破り、世界中の精霊や傷ついた魔物たちを救うために里を飛び出した、流浪の精霊弓士です。この山を通りかかった時、この子が密猟者に襲われているのを見て、助けに入ったのですが……私の力不足でした」
ライラは、悔しそうに唇を噛み、巨亀の甲羅を優しく撫でた。
「君の力不足なんかじゃない。君が最後までこの子を守り抜こうとしたからこそ、俺たちが間に合ったんだ。君のその優しさと勇気は、本当に立派だと思う」
俺が微笑みかけると、ライラの美しいエメラルドグリーンの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「レインさん……」
(……ライラ。あなたも、私を守ってくれて、ありがとう……。私、あなたと、このあたたかい人たちと一緒に、行きたい……)
巨亀が、ライラと俺を交互に見つめながら、温かい感情を伝えてきた。
「えっ……? 私と、一緒に?」
「一人で世界を救うのは大変だろう。……帰る場所がないなら、うちのクランに来ないか? うちには、君と同じように居場所を失ったけど、互いを思いやれる最高の家族たちが待ってる。この巨亀も、うちの広い庭ならのびのびと暮らせるはずだ」
俺が手を差し出すと、アイラやルウ、フレアたちも温かく頷き、フェルやソラがライラの足元に優しくすり寄った。
ライラは、俺の差し出した手と、温かい仲間たちの姿を見て、涙を拭いながら満面の笑みを浮かべた。
「……はいっ! 私、皆さんと一緒に、もっとたくさんの命を笑顔にしたいです!」
こうして、流浪の精霊弓士であるライラと、虹水晶の巨亀が、絆紋亭の新しい家族として加わることになった。巨亀の名前は、その美しい水晶の甲羅から『ダイヤ』と名付けた。
* * *
その日の夕暮れ。
大量の純度の高い『魔力水晶』と、新しい家族であるライラとダイヤを連れて、俺たちはアシュタルの拠点へと帰還した。
(密猟団の連中は、山の麓の衛兵所に縛り付けて放り出してきた。ギルドからの多額の賞金も手に入ることになるだろう。)
拠点では、エリス、ゴット、ドーラ、ノエル、セシルたちが温かく出迎えてくれ、新しい仲間の加入と、ダイヤの圧倒的な巨大さと美しさに拠点中が歓喜の声を上げた。特にドーラとノエルは、ダイヤの剥がれ落ちた水晶の欠片を見て、「これで最高の魔道具が作れる!」と飛び上がって喜んでいた。
そして夜。
庭の虹色の天蓋の下、精霊樹の優しい光と、ダイヤの甲羅が放つ七色の光に照らされながら、ライラとダイヤの歓迎会が開かれた。
セシルが腕を振るった極上の料理がテーブルを埋め尽くす。魔力農園の野菜を使った色鮮やかなマリネ、肉汁溢れる特大のロースト、そしてマシロの氷室で冷やした水晶のように美しいゼリーのデザート。
「ライラ! ダイヤ! うちのクランへようこそ! これからは、アタシたちが背中を預け合う最高の仲間だ!」
アイラが木製ジョッキを高々と掲げる。
「は、はいっ! ありがとうございます! ……このお料理、本当に涙が出るほど美味しいです……!」
ライラは、エルフの気品を保ちながらも、初めて味わう温かくて美味しい料理に夢中で頬張っていた。ダイヤも、専用に用意された大量の魔力草を嬉しそうに食んでいる。
テラスでは、ソラやフェル、ライ、ルミナたち魔物組が、ダイヤの巨大な甲羅の上に乗って遊び、ラピスやイグニス、ベルといった幼い仲間たちが、ライラの弾く竪琴の美しい音色に合わせて楽しそうに踊っている。シーナが精霊の池から美しい歌声を響かせ、ライラの竪琴と見事なハーモニーを奏でていた。
賑やかで、優しくて、誰もが誰かを必要とし、誰もが誰かに感謝している場所。
王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失った俺の周りには、今、これほどまでに頼もしく、温かい家族たちがいる。
急ぐ必要なんてない。俺たちの絆は、この虹色の水晶のように、どんな時も美しく輝き、この辺境の地で永遠に光を放ち続けていくのだから。
満天の星空の下、笑い声と美しい音楽が、いつまでも絶えることなく響き渡っていた。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者 / 大地の開拓者 / 導きの光
Lv:43(※プリズム・トータスの救出によりアップ)
HP:450 / 450
MP:250 / 250
【スキル】
・生活魔法 Lv.10(極まる)
・剣術 Lv.3
・解体 Lv.8
・野営技術 Lv.10(極まる)
・野戦調薬 Lv.10(極まる)
・植物知識 Lv.10(極まる)
・建築・修繕 Lv.10(極まる)
・鑑定 Lv.7(※レベルアップ)
・気配察知 Lv.9
・魔導知識 Lv.9
・料理 Lv.10(極まる)
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物(および心を持つ存在)と心を通わせ、警戒心を解き放つ。集った魔物たちと精霊樹の魔力を調和させ、巨大な隠蔽と浄化の絶対結界を形成している。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル5
・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル5
・クリア・スライム(スイ):絆レベル5
・宝石蜘蛛:絆レベル5
・雷鳴の怪鳥:絆レベル5
・シャドウ・キャット(クロ):絆レベル5
・水妖の獺:絆レベル5
・氷雪の幻獣:絆レベル5
・黄金の天馬:絆レベル5
・花纏いの黒豹:絆レベル5
・月影の白蛇:絆レベル5
・人魚の少女:絆レベル5
・瑠璃色の幼竜:絆レベル5
・紅蓮の精霊狐:絆レベル5
・翡翠の風呼び(シルフィ):絆レベル5(※絆深化)
・大地の巨熊の幼獣:絆レベル5(※絆深化)
・心優しきゴーレム(ティタン):絆レベル5
・虹水晶の巨亀:新規合流 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)
・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋)
・シオン(元王都特級密偵・クラン専属防衛担当)
・セシル(元宮廷料理人・クラン専属料理人)
・フレア(元聖騎士・クラン専属護衛担当)
・ノエル(天才錬金術師・クラン専属錬金術師)
・ライラ(流浪の精霊弓士・クラン専属狩人として新規加入)
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