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追放された絆紋使いの穏やかな冒険譚〜辺境の街ではぐれ者たちと最強の居場所を作ります〜  作者: 盆ちゃん


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第40話 閑話:崩壊する王都と、泥に塗れた英雄の末路

第40話 閑話:崩壊する王都と、泥に塗れた英雄の末路

 絶望とは、足音を忍ばせて近づいてくる。

 最初は、靴底に滲むわずかな泥水のように。次に、肌を刺す冷たい風のように。そして気がついた時には、逃げ場のない真っ暗な濁流となって、すべてを飲み込んでいるのだ。

 大陸の中央に位置し、人類の希望の象徴として栄華を極めた白亜の王都グランゼル。

 かつては連日のように華やかなファンファーレが鳴り響き、大理石で舗装された大通りを色とりどりの花びらが舞っていたこの大都市は、今や分厚く重い、鉛色の絶望の暗雲にすっぽりと覆い尽くされていた。

 空からは、もう何週間も冷たく濁った雨が降り続いている。魔王領から流れてくる禍々しい瘴気が大気に混ざり込み、太陽の光を完全に遮断していた。

 王都を囲む、絶対の防御を誇っていたはずの『光の結界』は、今や見る影もなく薄れ、ところどころに亀裂が入り、ひび割れたガラスのように明滅している。

 王城の最上階、かつては諸外国の王族を招いて夜な夜な豪奢な夜会が開かれていた大広間。

 今はそこには、見るに耐えない惨状が広がっていた。壁に掛けられていた金糸のタペストリーは引き裂かれ、床に敷き詰められていた最高級の絨毯は泥と汚物で汚れきっている。

 そして、その広間の奥にある玉座に、一人の男が虚ろな目で座り込んでいた。

 グランゼル国王である。

「……いない。誰も、いないではないか」

 国王は、血走った目でガランとした大広間を見渡した。

 数日前まで、彼を取り囲んで甘言を弄していた貴族たちは、魔王軍の先陣が王都からわずか数日の距離にある『嘆きの川』を突破したという報せを聞くや否や、我先にと財宝を馬車に積み込み、南方の同盟国へと逃げ去ってしまった。王都の防衛を担うはずの近衛騎士たちすらも、給金が支払われないことと圧倒的な戦力差に絶望し、半数以上が軍服を脱ぎ捨てて逃亡した。

 ギィィィッ……。

 重厚な扉が重々しい音を立てて開き、疲れ果てた様子の宮廷魔導筆頭と、宰相が足を引きずりながら入ってきた。

「陛下……。ご報告申し上げます」

「おお! 宰相! 魔導筆頭! どうなった、南方の同盟国からの援軍は到着したか!? 勇者アレクは、聖剣の輝きを取り戻したか!?」

 国王がすがるような目で玉座から身を乗り出す。

 しかし、宰相は力なく首を横に振った。

「同盟国からの返書は……『我が国は、すでに魔王軍との不可侵条約を締結した。グランゼル王国への援軍は出せない』とのことです」

「な、なんだと……!? 馬鹿な! 人類の盾である我が国を見捨てるというのか!」

「彼らからすれば、もはや我が国に利用価値はないのでしょう。……そして、王都を覆う『光の結界』ですが、先ほど魔力供給炉の魔石が完全に砕け散りました。結界の崩壊は、もはや時間の問題です」

「なぜだ! 王都の地下には、数百年分とも言われる莫大な魔石の備蓄があったはずだろうが!」

 国王のヒステリックな絶叫に対し、宮廷魔導筆頭が重々しい溜息をついた。

「……備蓄はありました。しかし、その魔石はすべて、どす黒い瘴気に汚染され、使い物にならなくなっていたのです」

「瘴気に汚染されただと? そんな馬鹿な話があるか!」

「事実です。……陛下、我々は大きな勘違いをしておりました。王都の魔石が数百年間、常に純度を保っていたのは、定期的なメンテナンスが行われていたからではありません。……勇者パーティーの荷物持ちであったレイン殿。彼が日々の雑用の一環として、地下の魔石庫の清掃を行っていた際、彼の持つ『絆紋』の浄化の力が、無意識のうちに魔石の瘴気を祓い続けてくれていたのです」

 その言葉に、国王は息を呑んだ。

「彼が追放されてから、魔石の浄化は完全にストップしました。我々が『ただの石磨き』と嘲笑っていたその作業こそが、王都の結界を維持する絶対の要だったのです。……さらに、城の兵站はセシル殿を追放したことで腐敗し、軍の士気はフレア殿を裏切り者として追い詰めたことで完全に崩壊しました。我々は……自分たちの手で、この国を守っていた柱を、一本残らず叩き折っていたのです」

「……」

 国王は、言葉を失い、玉座に崩れ落ちた。

 自分たちが見下し、嘲笑い、不要だと切り捨てた者たち。彼らこそが、この国を人知れず支えていた真の英雄たちだったのだ。

 その事実に気づいた時、すでに王都の空を覆っていた光の結界が、パリンッ、というガラスが割れるような音と共に、完全に消滅した。

 直後、王城の窓の外から、地鳴りのような咆哮と、数万の市民たちの絶望の悲鳴が沸き上がった。

「へ、陛下! 魔王軍の先陣が……王都の正門を突破しました!!」

 血まみれの伝令が転がり込んでくる。

 王都グランゼルの滅亡が、ついに決定づけられた瞬間だった。

   * * *

 一方、王都の最下層に位置するスラム街。

 魔王軍の侵攻によって街中が火の海となり、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡る中、かつての『希望の星』たちは、腐臭の漂う泥水の中で這いつくばっていた。

「ひぃぃっ! 来るな、来るなァァッ!」

 狂乱した魔法使いのカインが、自分の髪を掻きむしりながら路地裏のゴミ山に身を潜めていた。彼の両手は魔力暴走による酷い火傷で爛れ、もはや杖を握ることすらできない。

「神よ……ああ、神よ……どうして、どうして私を見捨てたのですか……」

 かつての清らかな聖女エルナは、泥に塗れたボロボロの法衣を纏い、焦点の合わない目で虚空を見つめて祈り続けていた。彼女の治癒魔法は魔力枯渇と精神崩壊によって完全に失われ、今ではただの汚れた布切れを抱きしめる狂女と化していた。

 そして、かつて人類最強と謳われた勇者アレク。

 彼は泥水の中に膝をつき、両手で一本の剣を握りしめていた。王都の最高位の鍛冶師が鍛え上げた特注の白銀の鎧はすでに質屋に売られ、今は薄汚れた麻の服を着ているだけだ。握りしめている伝説の聖剣も、長年の瘴気の蓄積によってどす黒く変色し、刃こぼれだらけのただの重い鉄の棒に成り果てていた。

「俺は……俺は勇者だ……。神に選ばれた、世界を救う人間だ……ッ!」

 アレクは、ガチガチと震える歯を食いしばりながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 その時、地響きと共に路地裏の壁が吹き飛び、一体の魔物が姿を現した。

 魔王軍の先兵として放たれた、Bランク相当の魔物『オーガ・ソルジャー』だった。筋骨隆々の巨体に、血塗られた巨大な棍棒を持っている。かつての勇者パーティーであれば、欠伸をしながらでも数秒で討伐できた程度の、中級の雑魚魔物だ。

「グガァァッ!」

 オーガ・ソルジャーは、ゴミのようにうずくまるアレクたちを見下ろし、品定めするように棍棒を振り上げた。

「ふざけるな……! 俺を誰だと思っている! 俺は勇者アレクだァァァッ!!」

 アレクは絶叫と共に立ち上がり、錆びついた聖剣を振りかぶってオーガへと突進した。

 しかし。

 ガィィィンッ……!!

 鈍く、絶望的な音が路地裏に響き渡った。

 アレクの渾身の一撃は、オーガ・ソルジャーの硬い皮膚を切り裂くどころか、その分厚い筋肉に弾き返され、ボロボロになっていた聖剣の刀身が、根元から呆気なくポキリと折れてしまったのだ。

「え……?」

 アレクは、宙を舞う折れた剣先と、自分の手にある無様な柄を交互に見つめ、呆然と立ち尽くした。

 信じられなかった。彼が放った剣撃は、レインがいた頃は、どんな強固な魔物の装甲も紙切れのように切り裂いていたはずだ。

 だが、それは彼の剣術が優れていたからではない。レインが毎晩、誰にも見られないところで数時間かけて聖剣の瘴気を祓い、砥石で極限まで研ぎ澄まし、さらに『野戦調薬』で作った刃こぼれを防ぐ特殊なコーティングを施していたからだ。

 戦闘中も、レインが投げる石が魔物の意識を逸らし、アレクが最も攻撃しやすい体勢を無意識に作らせていた。

 アレクは、ただレインが作り上げた『完璧な舞台』の上で、気持ちよく剣を振り回していただけの、滑稽な操り人形に過ぎなかったのだ。

「グガハハハッ!」

 オーガ・ソルジャーは、あまりの弱さに拍子抜けしたように嘲笑し、無造作にアレクの腹を蹴り飛ばした。

「ガハッ……!?」

 肋骨が砕ける音と共に、アレクの体は泥水の中をボロ雑巾のように転がっていった。

「あ、ああ……痛い……体が、動かない……!」

 血を吐きながら這いつくばるアレクの耳に、狂乱するカインと、泣き叫ぶエルナの声が遠く聞こえた。

「レイン……! レイン、どこにいるの!? 早く結界を張ってよ! 温かいスープを作ってよ!」

「助けて、レイン……! ごめんなさい、私が悪かったわ……足手まといなんて言ってごめんなさい……!」

 狂気に支配された彼らの口から出るのは、かつて自分たちが見下し、追放した少年の名前だけだった。

 アレクの目から、ドロドロとした後悔と絶望の涙が溢れ出した。

 遅すぎる。あまりにも遅すぎる。

 もし、あの時。彼を追放せず、少しでもその働きに感謝し、仲間として扱っていれば。

 今頃、自分たちはこんな泥水の中で惨めに死を待つのではなく、人類の希望として魔王を打ち倒し、栄光に包まれていたはずなのだ。

「レイン……すまなかった……。俺が、俺が馬鹿だった……! 戻ってきてくれ……助けてくれぇぇぇッ!!」

 炎に包まれる王都の片隅で、かつての勇者の血を吐くような慟哭が響き渡る。

 だが、その声が、はるか遠く辺境の地にいる青年に届くことは、永遠にない。

 迫り来るオーガの巨大な影が、彼らの惨めな末路を完全に覆い隠していった。

   * * *

 王都を包む絶望の炎や、かつての仲間たちの凄惨な末路など、もちろん俺の知る由もなかった。

 はるか遠く、魔王軍の脅威すらまだ届かない辺境の街アシュタル。

 その東のはずれにある、小高い丘の拠点『絆紋亭』では、王都の惨状が嘘のように、信じられないほど穏やかで、眩いばかりの幸福に満ちた温かい時間が流れていた。

「ほーら、みんな! 今日は魔力農園で採れたての特大カボチャと、新鮮な魔物肉を使った、セシル特製の『超特大グラタン』だぞ!」

 雲一つない青空の下、宝石蜘蛛のルリが編み上げた虹色の天蓋と、大きく枝葉を広げた精霊樹の優しい翠色の光に守られた庭のテラス。

 俺ことレインは、巨大な耐熱皿でグツグツと音を立てる黄金色のグラタンをテーブルの中央に置きながら、満面の笑みで声を上げた。

「わぁぁっ! レイン様、セシルさん、すっごく美味しそうな匂いですっ!」

 エリスが満面の笑みで両手を上げ、一番に駆け寄ってくる。

「ガハハ! とろけるチーズと肉の匂い! それにマシロの氷室でキンキンに冷やしたエール! これ以上の贅沢はないねぇ!」

 巨大な戦斧を傍らに置いたアイラが、早くも木製のジョッキを傾けている。

「本当にね。ノエルが作ってくれた特製のオーブンのおかげで、焼き加減が完璧だわ」

 ルウがツンとした態度を崩しきれないながらも、頬を緩ませる。

「ほっほっほ、このグラタンには、ワシとドーラで調合した滋養強壮のスパイスが隠し味に入っておるぞ」

 ゴットが穏やかに髭を撫で、ドーラ、リナ、シオン、フレア、そしてノエルも、それぞれの持ち場から笑顔で食卓へと集まってくる。

 王都から逃れてきた彼女たちの顔には、かつての絶望や怯えの色は一切なく、ただこの場所への深い愛情と、仲間たちへの絶対の信頼だけが満ちていた。

「きゅるるーっ!!」

「ウォンッ!」

「ピィィィッ!」

「ヒンッ♪」

「ルルゥッ♪」

 俺の周りでは、空色小竜のソラ、銀色のウルフのフェル、雷鳴の怪鳥ライ、黄金の天馬ルミナ、花纏いの黒豹フロリアが、自分たちの分の特製プレートを心待ちにして尻尾を振り、羽ばたいている。フェルと並んで、ポーションラビットのピコがピョンピョンと跳ね回り、クリスタル・ゲッコーのルチルや精霊獣のミエルも嬉しそうに足元にすり寄ってくる。

 新設された『精霊の池』では、月影の白蛇ルナが優雅に鎌首をもたげ、水妖の獺ミロとクリア・スライムのスイが水しぶきを上げ、人魚の少女シーナが美しい歌声で食事の時間を彩っている。

 氷雪の幻獣マシロは俺の足元で冷気を放ちながら心地よさそうに丸くなり、影猫のクロはシオンの肩から特製の魚の切り身を狙っている。

 そして、翡翠の風呼びであるシルフィが心地よいそよ風を送り、大地の巨熊の幼獣ベル、紅蓮の精霊狐イグニス、瑠璃色の幼竜ラピスの三匹の幼い魔物たちが、ゴーレムのティタンの巨大な足元でじゃれ合いながら、セシルが用意した特製ミルクを心待ちにしていた。

 賑やかで、優しくて、誰もが誰かを必要とし、誰もが誰かに感謝している場所。

 王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失ったと思っていた俺の周りには、今、これほどまでに美しく、気高く、そして温かい家族たちがいる。

 世界を救う勇者のような大義や、歴史に名を残すような名誉なんて、やっぱり俺には必要ない。ただ、この愛おしい『帰る場所』を守り、仲間たちと共に美味しい飯を食い、笑い合う。それだけで、俺の人生はこれ以上ないほどに完璧だった。

「さあ、みんな! 冷めないうちに食べよう! いただきます!」

「「「いただきます!!」」」

 ぽかぽかとした太陽の光が、絆紋亭の庭を優しく照らし出す。

 俺は、仲間たちと魔物たちの笑い声を聞きながら、どこまでも高く青く澄み渡る辺境の空を見上げ、深い、深い幸福の深呼吸をした。

 王都が自らの傲慢さで泥濘に沈み、自滅の道を歩もうとも、俺たちの穏やかで幸せな冒険譚は、これからもこの場所で、ゆっくりと、そしてどこまでも温かく紡がれていくのだ。

【現在のステータス】

名前:レイン

職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)

称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者 / 大地の開拓者 / 導きの光

Lv:42

HP:440 / 440

MP:240 / 240

【スキル】

・生活魔法 Lv.10(極まる)

・剣術 Lv.3

・解体 Lv.8

・野営技術 Lv.10(極まる)

・野戦調薬 Lv.10(極まる)

・植物知識 Lv.10(極まる)

・建築・修繕 Lv.10(極まる)

・鑑定 Lv.6

・気配察知 Lv.9

・魔導知識 Lv.9

・料理 Lv.10(極まる)

【固有スキル】

絆紋きずなもん:対象の魔物(および心を持つ存在)と心を通わせ、警戒心を解き放つ。集った魔物たちと精霊樹の魔力を調和させ、巨大な隠蔽と浄化の絶対結界を形成している。

【クラン『絆紋亭』メンバー】

空色小竜ソラ:絆レベル5

・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5

・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5

・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル5

・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル5

・クリア・スライム(スイ):絆レベル5

宝石蜘蛛ルリ:絆レベル5

・雷鳴の怪鳥ライ:絆レベル5

・シャドウ・キャット(クロ):絆レベル5

・水妖のミロ:絆レベル5

・氷雪の幻獣マシロ:絆レベル5

・黄金の天馬ルミナ:絆レベル5

・花纏いの黒豹フロリア:絆レベル5

・月影の白蛇ルナ:絆レベル5

・人魚の少女シーナ:絆レベル5

・瑠璃色の幼竜ラピス:絆レベル5(※絆深化)

・紅蓮の精霊狐イグニス:絆レベル5(※絆深化)

・翡翠の風呼び(シルフィ):絆レベル4(※絆深化)

・大地の巨熊の幼獣ベル:絆レベル4(※絆深化)

・心優しきゴーレム(ティタン):絆レベル5(※絆深化)

・ウールシープの群れおよび森の小動物たち

・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)

・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)

・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)

・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)

・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)

・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋)

・シオン(元王都特級密偵・クラン専属防衛担当)

・セシル(元宮廷料理人・クラン専属料理人)

・フレア(元聖騎士・クラン専属護衛担当)

・ノエル(天才錬金術師・クラン専属錬金術師)

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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