第2話 はみ出し者たちの酒場と、ブラッドハウンドの騒動
第2話 はみ出し者たちの酒場と、ブラッドハウンドの騒動
西の森で傷ついた小竜――ソラを肩に乗せたまま、俺ことレインはアシュタルの街へと戻ってきた。
ギルドの受付で、指定された束数を優に超えるアズラ草を提出すると、赤毛の女性職員は目を丸くして驚いた。
「レインさん、これ……通常の規定量を大幅に超えてますし、何より葉の傷みが一切ありませんね。薬草の扱いに相当慣れていないと、こんな綺麗な状態では採取できませんよ」
「あ、ええ。昔から野外での作業が多かったものですから」
「すごいですね! これなら特別ボーナスとして、報酬に銅貨を何枚か上乗せしておきますね」
「ありがとうございます。助かります」
思わぬ臨時収入を懐に入れ、ギルドを後にした俺の肩の上で、ソラが「キュウ」と誇らしげに小さく胸を張った。周囲を通り過ぎる冒険者たちが「おい、あの新人の肩にいるのって、もしかしてワイバーンか?」とヒソヒソと驚きの視線を向けてくるが、ソラは気にする様子もなく、俺の首元にスリスリと頭を擦りつけてくる。その愛らしい仕草に、周囲の強面な冒険者たちも「まあ、可愛いからいっか」と苦笑いを浮かべて通り過ぎていった。
さすがは辺境の開拓街アシュタルだ。王都であれば「魔物を連れているなんて危険だ!」と大騒ぎになるところだが、この街の住人たちはいい意味で他人に干渉しすぎない。
夕暮れ時になり、お腹が空いた俺は、街の者たちから「安くて美味いものが食える」と教えてもらった酒場兼食堂『三本爪亭』の木の扉を押し開けた。
店内に足を踏み入れると、プンと香る香ばしい肉の匂いと、大勢の男たちの野太い笑い声、グラスがぶつかり合う威勢の良い音が全身を包み込んだ。木造の店内はあちこちに琥珀色のランタンが吊るされ、ガヤガヤとした活気に満ちている。
俺は空いていた隅の小さな丸テーブルに腰を下ろし、店員を呼んで塩焼きの肉とエールビールを注文した。
ソラをそっとテーブルの上の木箱(即席の特等席)に寝かせ、料理を待っていると、突然、店の中央付近でドカンと激しい音が響き渡った。
「ふざけんな! この犬のせいで俺の服が泥だらけになったじゃねえか! 弁償しろよ、おい!」
「ガウッ……!」
怒鳴り声を上げたのは、派手な装飾の革鎧を着た、いかにも柄の悪い三悪党風の冒険者の一人だった。その足元で、大柄な猟犬――『ブラッドハウンド』が耳を伏せ、怯えたように体を小さく丸めている。首には頑丈な鎖が巻かれており、どうやらその男の従魔(テイマーの相棒)らしい。
男は怒りに任せ、怯えるブラッドハウンドの胴体を足蹴りにしようと大きく足を振り上げた。
「おい、やめろよ!」
「見苦しいぞ、自分の扱いにキレてどうするんだ」
周囲の客たちが野次を飛ばすが、男の連れと思われる二人の大男が周囲を威嚇し、誰も手出しができない空気が流れていた。
蹴り飛ばされそうになったブラッドハウンドの目を一目見た瞬間、俺の脳内に、耐え難い恐怖と悲しみの感情がダイレクトに流れ込んできた。
(痛い……怖い……もう、叩かないで……ごめんなさい、ごめんなさい……!)
――それは、人間の言葉ではない。だが、はっきりと痛いほどに心の叫びが響いてきた。
体が勝手に動いていた。思考するよりも早く、俺は自分の席から立ち上がり、男の足元へと歩み寄っていた。
「おい、そこまでだ」
静かな、だが低いトーンの声で俺が声をかけると、足を振り上げていた男は動きを止め、不機嫌そうに振り返った。
「んだ、お前は? ひょろっちい新入りが、俺の邪魔をする気か?」
「犬が怯えている。お前の不注意でこの子が転んで、泥をかぶったんだろう。それなのに八つ当たりなんて、みっともないとは思わないのか?」
俺の言葉に、男の顔が怒りで真っ赤に染まった。
「あぁ? この役立たずの雑種が俺の命令を聞かずに跳ね回ったから悪いんだろうが! 文句があるなら、お前がこいつを引き取ってみやがれ!」
男がブラッドハウンドの首根っこを乱暴に引っ張り上げようとした瞬間、俺の右手の甲にある翠色の痣が、ほんのりと温かな光を放った。
無意識のうちに、俺はブラッドハウンドの頭にそっと手を伸ばした。
「もう大丈夫だ。怖くないからね」
翠色の光がふわりとブラッドハウンドを包み込む。その瞬間、男の手から荒々しい魔力が抜け落ち、犬の瞳に浮かんでいた恐怖がスッと消え去った。
ブラッドハウンドはクンと小さく鳴くと、男の足元から離れ、俺の足元にピタリと体を寄せ、安心したように尻尾をパタパタと振り始めた。
「なっ……! なんだ、こいつ……俺の従魔だぞ!? なんで、勝手に懐くんだよ……!?」
飼い主の男が信じられないものを見るような顔で、数歩後ずさった。
俺はブラッドハウンドの頭を優しく撫でながら、静かに男を睨みつけた。
「この子は、戦いたくないって言ってる。これ以上、この店で暴れるなら……次は俺が相手になるぞ」
俺は別に、剣の腕が立つわけでも強力な魔法が使えるわけでもない。だが、凶暴なブラッドハウンドを数秒であっさりと手懐けたその得体の知れなさに、男は完全に気圧されたようだった。気絶したふりをして逃げ出そうとした仲間を慌てて引きずり起こすと、男たちは逃げるように酒場から慌てて飛び出していった。
静まり返った酒場に、ガタガタと椅子を引きずる音だけが響く。
俺は小さく息をつき、足元で尻尾を振るブラッドハウンドの頭を撫で続けた。
「……おい、アンタ」
背後から、低くドスの効いた声がかけられた。
振り返ると、そこにはカウンターの隅に陣取っていた、見上げるような巨躯の女戦士アイラが立っていた。彼女の背中には巨大な戦斧が背負われており、その鋭い眼光が俺をじっと見下ろしている。その隣には、杖を床についた気だるげな少女魔導士ルウと、不気味な笑みを浮かべる老薬師ゴットの姿があった。
「今の、なんだ? 魔法の類には見えなかったが……猛獣使い(テイマー)か?」
「いや、俺はただの……冒険者だよ。ちょっと魔物と意思疎通ができるだけの、な」
アイラは俺の手の甲にある薄っすらとした痣をじっと見つめた後、ふっと豪快な口角を上げた。
「面白いヤツだ。アタシはアイラだ。こっちのうるさいガキがルウで、イカレ薬師がゴット」
「誰がうるさいガキよ、胸板が厚いだけの脳筋女」と、ルウが小さく毒を吐く。
「ほっほっほ、面白いものが見られたわい。あのブラッドハウンド、一筋縄ではいかん気性の荒い魔物じゃったのにのう」と、ゴットが不敵に笑う。
彼らもまた、アシュタルの街では一癖も二癖もある「はみ出し者」として知られた者たちだった。
俺が苦笑いを浮かべると、アイラは豪快に自分の隣の席をドンと叩いた。
「おい、そこに座れよ。今日のツマミの肉とエールはアタシが奢ってやる。その代わり、お前のその『不思議な力』について詳しく聞かせてもらうぜ!」
こうして、辺境の酒場で始まった奇妙な出会いは、俺の静かなスローライフを、さらに賑やかなものへと変えていく最初のピースとなったのだった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(元・勇者パーティー裏方担当)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者
Lv:13
HP:155 / 155
MP:25 / 25
【スキル】
・生活魔法 Lv.4
・剣術 Lv.2
・解体 Lv.5
・野営技術 Lv.6
・野戦調薬 Lv.4
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。
【従魔・仲間】
・空色小竜(名前:ソラ)
・ブラッドハウンド(名前:未設定)
・仲間:アイラ(女戦士)、ルウ(魔導士)、ゴット(薬師)との縁ができる
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