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追放された絆紋使いの穏やかな冒険譚〜辺境の街ではぐれ者たちと最強の居場所を作ります〜  作者: 盆ちゃん


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第1話 「お前はもう、いらない」――七年間の献身と、あたたかな辺境への旅立ち

ドモドモ(・ω・影)ゞ影盆こと盆ちゃんです┏○ペコッ

新たに追放物を執筆してみました。はてさてどうなるか乞うご期待(* ˊ꒳ˋ*)

第1話 「お前はもう、いらない」――七年間の献身と、あたたかな辺境への旅立ち

「お前はもう、いらない」

 そのひと言が、俺の七年間という決して短くない歳月を、酷く呆気なく終わらせた。

 王都の中心にそびえ立つ、冒険者や貴族たちが利用する最高級の宿屋『金獅子亭』。その一角にある広々とした特別室の円卓で、俺たちはいつものように夕食を囲んでいた。

 テーブルの上には、王都近郊で狩られたばかりの魔ボアの極上ロースト、香り高い香辛料をふんだんに使ったスープ、そして透き通るような琥珀色の高級ワインが並べられている。数日前に難易度の高い迷宮を攻略したばかりということもあり、本来であれば祝勝会のような明るい空気が漂っているはずの席だった。

 しかし、部屋の中を満たしていたのは、息が詰まるような重苦しい沈黙だった。

 勇者パーティー、『暁の剣』。

 魔王討伐という世界を救う大義のもとに集った五人のうちの一人として、俺、レインは彼らと共に雨の日も嵐の日も、ひたすら歩き続けてきた。

 魔力が少なく、剣の才能も平凡な俺は、パーティーの中で圧倒的に「弱者」だった。だからこそ、少しでも皆の役に立ちたいと必死だった。

 毎朝誰よりも早く、夜明け前の薄暗い時間から起き出して全員の武器や防具のメンテナンスを行う。野営の準備から料理、索敵のサポート、さらには戦闘中に各メンバーの死角から迫る弱い魔物のヘイトを集め、彼らが強力な魔法や大技を放つための隙を作る泥臭い立ち回り。

 彼らが快適に、そして全力を出せるように、俺は裏方としてのありとあらゆる雑務をこなしてきたつもりだった。

 だが、そんな七年間の日々は、ただの「足手まといの悪あがき」として片付けられようとしていた。

 追放を告げたのは、パーティーのリーダーであり勇者であるアレクだった。

 黄金に輝く髪と、王都の令嬢たちがこぞってため息をつくような整った顔立ち。特注の白銀の鎧に身を包んだ彼は、手に持っていた銀のワイングラスをテーブルにコトリと置き、真っ直ぐに俺を見た。

 その青い瞳に浮かんでいたのは、長年連れ添った仲間への憐れみでも、成長しない俺への怒りでもなかった。ただ道端の石を退けるような、事務的に『処理すべき問題』を片付けるだけの冷ややかな色だった。

「はっきり言う。レイン、お前の力はもう、俺たちには必要ないんだ」

 静かな、だが絶対的な響きを持つ声が部屋に落ちる。

 俺は手にしていたフォークをゆっくりと皿に置き、彼の言葉の続きを待った。

「魔力量はパーティー内で最下位どころか、一般の冒険者と比べても低い。剣の腕も平均以下だ。七年間、何度チャンスを与えても、お前は一向に強くなる気配がなかった。その上、時折変な魔物に同情して見逃そうとする甘さもある」

「……」

「これからの旅は、今までとは次元が違う。俺たちは魔王軍の幹部が跋扈する暗黒大陸へと足を踏み入れることになる。少しのミスが全滅に繋がる極限の戦いにおいて、お前の存在は致命的な弱点になる。お前をこれ以上、連れていく理由がない」

 正論だった。ぐうの音も出ないほどの、完璧な正論だ。

 俺の隣に座っていた聖女であり癒し手のエルナが、気まずそうに目を伏せて小さく頷いた。彼女の純白の法衣が僅かに震えているのが見えた。

 向かいの席では、天才と謳われる魔法使いのカインが、俺の顔を見ることもなく窓の外の月を退屈そうに眺めている。彼の指先は苛立ったようにテーブルをコツコツと叩いていた。

 そして斥候のミラに至っては、先程から自分の爪の手入れに夢中で、この会話にすら参加しようとしていなかった。

 誰も、俺をかばってはくれなかった。

「レインにはレインの役割がある」「彼がいなければ回らないこともある」――そんな言葉を、心のどこかで期待していなかったと言えば嘘になる。七年間だ。家族よりも長く時間を共にし、命を預け合ってきたはずだったのだから。

 俺は何を言うべきだったんだろう。

 テーブルにすがりついて「もっと努力するから置いていかないでくれ」と泣き喚くべきだったのか。それとも、「お前らが気持ちよく戦えていたのは誰のおかげだと思っているんだ!」と激昂して胸ぐらをつかむべきだったのか。あるいは、「いつか絶対に後悔させてやる」と三流の悪党のような啖呵を切るべきだったのか。

 けれど、実際に俺の口からこぼれ落ちたのは、自分でも驚くほど穏やかで、ひどく間の抜けた言葉だった。

「……そっか。なら、いいや」

 その瞬間、部屋の空気が微かに揺らいだ。

 アレクが微かに眉をひそめ、窓の外を見ていたカインが信じられないものを見るような目でこちらを振り返った。エルナも弾かれたように顔を上げる。

「ならいい、って……お前、自分が何を言われているか本当に分かっているのか?」

 アレクの声に、微かな焦燥と苛立ちが混じった。彼はおそらく、俺が泣きすがるか怒るかするのを想定し、それを論破するための言葉を用意していたのだろう。

「うん、分かってるよ。戦力外通告だろ?」

 俺は小さく笑いながら、椅子から立ち上がった。

「アレクの言う通りだ。俺はこの先、君たちの足を引っ張るだけの存在になる。それに……君たちがそう判断したのなら、それがパーティーにとっての正解なんだと思う」

 強がっているわけではなかった。本当に、心の底からそう思ったのだ。

 毎日、毎晩、「自分が皆の足を引っ張って死なせてしまうのではないか」という恐怖とプレッシャーに苛まれながら生きてきた。その重圧からようやく解放されるのだと思うと、胸の奥にこびりついていた冷たい泥のようなしこりが、少しだけ溶けていくような感覚すらあった。

「俺の荷物は……ほとんどないから、すぐに部屋を出るよ。今まで七年間、色んな景色を見せてくれてありがとう。お疲れ様、みんな。魔王討伐、頑張ってくれ」

 俺は誰の目も見ず、背を向けて食堂への扉ノブに手をかけた。

 背中越しに、「あいつ、何だったんだよ……気味が悪い」というカインの吐き捨てるような呟きが聞こえた気がした。

 廊下に出ると、ひんやりとした夜の空気が火照った頬を撫でた。

 泣きたい気持ちがなかったわけじゃない。七年間、それなりに好きだったんだ、あのパーティーが。共に笑い合い、焚き火を囲み、馬鹿な話をした夜だって確かにあった。

 でも、泣くのはもう少し遠くへ行ってからにしようと思った。

 今はただ、この息苦しい王都から、一刻も早く離れたかった。

   *

 翌朝、夜明けと共に俺は王都の東門を抜けていた。

 荷物は驚くほど少なかった。使い古した鉄の剣、手入れの行き届いた革鎧、数着の着替え、お気に入りの砥石、そしてギルド口座に入っていたスズメの涙ほどの貯金だけ。

 パーティーの共有資金で買った上質なポーションやマジックアイテムなどは、すべて俺の部屋の机の上に置いてきた。あれは『暁の剣』の資産であり、俺のものではないからだ。

 街道沿いの宿場町で、運良く辺境へと向かう中型の乗り合い馬車を見つけた俺は、御者のじいさんに銀貨を握らせて荷台の隅に居場所を確保した。

「兄ちゃん、ずいぶんと身軽だが、どこまで行くんだい?」

「……どこでもいいんです。一番遠いところまで」

「ははっ、ワケアリってやつかい? なら終点のアシュタルまで乗っていきな。辺境の開拓街だが、王都の窮屈な空気に嫌気が差した連中にはもってこいの場所だぜ」

 人の良い笑みを浮かべるじいさんの言葉に甘え、俺は藁が敷き詰められた荷台にゴロリと仰向けに寝転がった。

 馬車がゆっくりと動き出す。車輪が石畳から未舗装の土の道へと変わり、ガタガタという規則的な振動が背中に伝わってくる。

 見上げた空には、真っ白で巨大な雲が、風に流されてゆっくり、ゆっくりと動いていた。

 急がなくてもいいのかもしれない、とふと思った。

 これまでの七年間は、常に時間に追われていた。「早くレベルを上げなければ」「もっと効率よく動かなければ」「少しでも役に立たなければ」と、見えない何かに急かされるように走り続けてきた。

 けれど、才能の壁はどうにもならず、結局俺は彼らに追いつくことはできなかった。

 だったらもう、のんびりやるしかないか。

 世界を救う大義は、神に選ばれた才能ある勇者たちに任せればいい。俺は俺の、手の届く範囲で、無理をせずに生きていこう。

 心地よい馬車の揺れと、辺境へと近づくにつれて濃くなる緑の匂い。

 いつしか俺の意識はまどろみの中に溶け込み、七年ぶりとなる、悪夢を見ない深く穏やかな眠りへと落ちていった。

   *

 馬車の旅は数日間に及んだ。

 その間、野盗の気配を感じて早めに迂回ルートを進言したり、車輪が泥にはまった際に馬と一緒に押し上げたりと、無意識のうちに染み付いた『裏方気質』を発揮してしまい、御者のじいさんからはひどく感謝された。

「おい、兄ちゃん。起きな。終点のアシュタルに着いたぞ」

 肩を揺さぶられて目を覚ますと、すっかり日は傾き、空は柔らかく温かい茜色に染まっていた。

 あくびをしながら荷台から降り、約束の残りの銀貨を渡そうとすると、じいさんは大きく手を振って受け取ろうとしなかった。

「いい、いい。半分で構わねえよ。道中、何度も助けられたからな。お前さんみたいに気の利く若者は珍しい」

「でも、俺は勝手に体が動いただけなんで……」

「いいから取っときな。これから新しい街で生きていくんだろ? 金はいくらあっても困らねえ。美味いメシでも食って、英気を養いな」

 じいさんはそう言って、ニカッと皺だらけの顔をほころばせ、馬車を引いて去っていった。

 手のひらに残された一枚の銀貨を見つめ、俺は小さく息を吐いた。

 なんだか、ひどく久しぶりに、心のこもった「ありがとう」を言われた気がした。勇者パーティーでは、俺が泥まみれになって働くのは「当たり前」のことであり、感謝されるようなことではなかったからだ。

 振り返ると、そこには辺境の厳しい自然から身を守るための、頑丈な石と丸太で組まれた巨大な城壁がそびえ立っていた。広く開け放たれた門の向こう側が、辺境最大の開拓街・アシュタルだ。

 門の衛兵に冒険者ギルドの認識証を見せて中へ入った瞬間、目に飛び込んできたのは、予想を遥かに超える活気と熱気、そしてむせ返るような生命の匂いだった。

「はい、焼きたての串焼きだよ! 西の森で獲れた魔ボアの肉、脂がたっぷり乗ってるよ!」

「そこのあんた! いい傷薬ポーション入ってるぜ、明日からの森の探索に一本いかがだい!」

「ほら、道を開けな! ドワーフ特製の鉄材が通るぞ! 轢かれても文句言うなよ!」

 王都のように洗練され、整然とした美しさはない。道行く冒険者や労働者たちは泥や埃にまみれ、装備も傷だらけで継ぎ接ぎだらけだ。

 だが皆、どこか肩の力が抜けていて、顔には生気と笑顔があふれている。あちこちの屋台から漂ってくる香辛料のツンとした香りと、肉の焼ける香ばしい匂いが、数日間干し肉ばかりだった空っぽの胃袋を容赦なく刺激した。

 ぐうぅぅ、と情けないほど大きな音が鳴る。

 ふらふらと匂いにつられて串焼きの屋台に近づくと、恰幅の良い、豪快な笑顔を浮かべたおばちゃんと目が合った。

「おや、見ない顔だねぇ。あんた冒険者かい? ずいぶんひょろっとしてるじゃないか」

「あ、はい。今日、この街に着いたばかりで……これ、一本もらえますか」

 銅貨を数枚渡すと、おばちゃんはじゅうじゅうと肉汁を滴らせる大ぶりの串焼きを二本、厚手の紙に包んで押し付けてきた。

「えっ? 俺、一本分の代金しか払ってないですけど」

「いいんだよ、一本はおまけだ! あんた、ずいぶん痩せっぽちで、なんだか酷く疲れた顔をしてるじゃないか。若いんだから、ちゃんと食べて精をつけな! この街の空気に早く慣れるんだよ!」

「……ありがとうございます」

 受け取った串焼きにかぶりつくと、熱々の肉汁とピリッとした荒々しいスパイスの味が口いっぱいに弾けた。

 美味い。ただの屋台の串焼きなのに、王都の高級料理よりもずっと、細胞の隅々にまで染み渡るように美味しかった。

 モグモグと噛みしめるたびに、体の奥底にべったりと張り付いていた孤独感や虚無感が、じんわりと溶けていくような気がした。

 その夜、適当に見つけた『跳ね鹿亭』という大衆宿に入ると、主人は俺の粗末な装備を見ても値踏みするような視線を向けることはなく、ただの一人の旅人として当たり前のように受け入れてくれた。

 ふかふかのベッドに横たわりながら、俺は窓の外の星空を見上げた。一階の酒場からは、飲んだくれている冒険者たちの陽気な笑い声や、下手くそなリュートの弾き語りが聞こえてくる。

「……いい街だな」

 ポツリとこぼした呟きは、誰に聞かれることもなく、辺境の涼しい夜風に溶けていった。

   *

 翌朝。

 宿の女将さんが作ってくれた、豆のスープと黒パンの素朴で美味しい朝食で腹ごしらえを済ませた俺は、冒険者ギルドのアシュタル支部へと足を運んだ。

 開拓街らしく、太い丸太をふんだんに使って建てられた木造の広々としたギルド内は、朝から多くの冒険者たちで賑わっていた。

 王都のギルドに漂っていたような、「誰が一番強いか」「誰の稼ぎが多いか」というようなピリピリとした殺伐とした空気はない。ベテランも新人も混ざり合い、情報交換をしながらどこか和気藹々とした空気を醸し出している。

 大きな依頼掲示板の前に立ち、ずらりと並んだ羊皮紙に目を通す。

『西の森でのオーク集落の討伐。報酬:金貨二枚』

『鉱山跡地に棲み着いたロックゴブリンの退治。報酬:金貨一枚と銀貨五枚』

 そんな戦闘がメインとなる危険な依頼には目もくれず、俺は掲示板の端の方に貼られていた、古びた一枚の地味な羊皮紙を手に取った。

『アズラ草の採取。指定の束数をギルドへ納品。報酬:銀貨二枚』

 アズラ草は、西の森の浅い階層に自生するごく一般的な薬草だ。止血作用があり、初級ポーションの材料になる。危険な魔物と遭遇する確率も低く、駆け出しの初心者が小遣い稼ぎや森の地理を覚えるために受けるような、誰でもできる依頼である。

「これなら、のんびりできそうだ」

 受付カウンターへ行き、愛想の良い赤毛の女性職員に依頼書とギルドカードを提出した。彼女は俺のレベルや職業欄を見ても馬鹿にするような素振りは一切見せず、「西の森は最近、密猟者の罠が増えているらしいので足元に気をつけてくださいね」と丁寧に忠告してくれた。

 手続きを済ませた俺は、足取りも軽く街の西門を出た。

 アシュタルの西に広がる通称『西の森』は、豊かな自然に恵まれた穏やかな場所だった。

 木々の間から差し込む木漏れ日が、足元に広がる青々としたシダ植物を優しく照らしている。名も知らない色鮮やかな花々が咲き乱れ、どこからか小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

 かつて魔王軍の脅威に怯え、殺伐とした魔境ばかりを歩かされていた俺にとって、ここはまるで楽園のように感じられた。

「お、ここにも生えてるな。これも質がいい」

 俺はナイフを使って根元から丁寧にアズラ草を刈り取り、麻袋に入れていく。勇者パーティーで培った『野営技術』や『素材採取』のスキルは、こういう地味な作業でこそ真価を発揮する。草を傷つけず、最も薬効が高い状態で採取する速度は、おそらく一流の薬師にも劣らない自信があった。

 一時間ほど森を散策し、指定された納品数をとうに超えるアズラ草を集め終えた俺は、大きく背伸びをした。

「よし、これで十分だろう。適当に昼飯を食ってから街に帰って……ん?」

 その時だった。

 少し離れた茂みの奥から、微かな鳴き声が聞こえた。

 ――キュウゥ……、キュルル……。

 それは、か細く、ひどく痛ましげで、必死に助けを求めるような声だった。

 俺は腰の剣の柄に手をかけ、足音を忍ばせて茂みを慎重に掻き分けた。魔物の罠かもしれないという警戒心が頭をよぎるが、不思議とその声からは悪意を感じなかった。

「……嘘だろ、こんな浅い階層に?」

 茂みを抜けた先の小さな開けた場所。

 そこに倒れていたのは、まだ体長が一メートルにも満たない、一匹の『小竜ワイバーン・パピー』だった。

 空を飛ぶ竜種の中でも獰猛で知られるワイバーンだが、この個体はまだひどく幼い。美しい空色の鱗を持ち、まだ大空を羽ばたくには頼りない小さな翼を震わせている。

 問題は、その右脚だった。

 受付の女性が言っていた「密猟者の罠」だろう。無骨で錆びついた鉄製のトラバサミが、小竜の細い脚に無慈悲に食い込み、周囲の土を赤黒く染めていた。

 俺の姿を見た小竜は、痛む脚を引きずりながらも必死に立ち上がり、小さな牙を剥き出しにして威嚇してきた。

「グルルルルッ……!!」

 普通の冒険者なら、ここで剣を抜き、討伐して素材を持ち帰るだろう。竜種の素材は、たとえ幼体であっても非常に高く売れる。鱗は防具に、血や骨は錬金術の触媒になるからだ。

 だが、俺はそっと剣から手を離し、両手を体の横に広げてみせた。

 幼い頃から、俺には不思議な感覚があった。特定の魔物と対峙した時、相手の感情が『言葉』や『色』のように直接脳内に流れ込んでくることがあるのだ。

 かつての仲間たちからは「気味が悪い」「魔物に同情するなんて冒険者失格だ」と蔑まれてきたその感覚が、今、激しく警鐘を鳴らしていた。

(痛い……怖い……こっちに、近寄るな……!)

 小竜の悲痛な叫び、恐怖、そして生への執着が、俺の胸をギュッと締め付けた。

 俺は敵意がないことを示すように、ゆっくりと、地面に膝をついた。

「大丈夫だ。怖いよな、痛かったよな。人間がひどいことをして悪かった」

 静かに語りかけながら、一歩、また一歩と膝行にじりぐちで距離を詰める。

 俺が小竜の手が届く距離まで近づいたその瞬間――俺の右手の甲に刻まれた、生まれつきの薄っすらとした痣が、淡い翠色みどりいろの光を放ち始めた。

「……また、これか」

 これが一体何の力なのか、魔法の一種なのか、俺自身にもよくわかっていない。

 ただ、この光が出るとき、俺の感情は魔物に直接伝わり、不思議と彼らは俺に心を開いてくれるのだ。

 翠色の光は温かい波紋のように広がり、震える小竜の体を優しく包み込んだ。

 途端に、威嚇していた小竜の瞳から、スッと敵意が消え去った。

 張り詰めていた筋肉が弛緩し、小竜は地面にへたり込む。

「キュウ……?」

「もう大丈夫だ。今、外してやるからな。少し痛いかもしれないけど、我慢してくれ」

 俺はトラバサミの冷たい金具を両手で掴み、渾身の力を込めてこじ開けた。

「……よし、外れた」

 深く抉れた傷口から血が流れる。俺は慌てて腰のポーチから、さきほど採取したばかりのアズラ草を取り出し、持っていたすり鉢で急速にすり潰した。さらに手持ちの低級ポーションを混ぜ合わせ、即席の強力な軟膏を作り上げる。これも、パーティー時代に物資が尽きた際に覚えた野戦調薬の技術だ。

 傷口に軟膏を丁寧に塗り込み、清潔な包帯をしっかりと巻く。

 治療の間、小竜は暴れることもなく、俺の作業を不思議そうな空色の瞳でじっと見つめていた。

「よし、これで血は止まったはずだ。数日もすれば元通り歩けるようになるさ。親とはぐれたのか? 気をつけて、森の奥へお帰り」

 立ち上がり、背を向けて歩き出そうとした俺のズボンの裾を、何かがグイッと引っ張った。

 振り返ると、手当てをした小竜が、包帯を巻かれた脚を引きずりながら俺にすり寄り、空色の大きな瞳で俺をジッと見上げていた。

 そして、すりすりと俺の脚に頭を擦りつけてくるではないか。

(あったかい……あなた、やさしい。いっしょに、いたい)

 そんな無邪気で、絶対的な信頼を寄せる感情が俺の心に流れ込んでくる。

「おいおい、お前……竜だぞ? 凶暴な魔物の代表格じゃないか。人間の街についてきちゃ駄目だ」

 俺が苦笑いしながらしゃがみ込み、その小さな頭を撫でてやると、小竜は目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らし、「キュッ!」と嬉しそうに一声鳴いた。

 どうやら、完全に懐かれてしまったらしい。

 俺の手の甲にある翠色の痣の光が、スゥッと小竜の額に吸い込まれ、そこに同じ形の小さな紋様が浮かび上がった。

 ――『絆紋きずなもん』。

 かつて、物知りな老魔術師が俺の痣を見てそう呼んだことがあった。「魔物と魂の繋がりを結ぶ、失われた神代の力」だと。当時は笑い話だと思っていたが、今なら少し信じられる気がした。

「はぁ……仕方ないか。俺も一人ぼっちで寂しかったところだしな。名前は……『ソラ』だ。その綺麗な空色の鱗にぴったりだろ?」

「キュルルッ!」

 ソラは嬉しそうに短い翼をパタパタと羽ばたかせると、俺の肩によじ登り、そこが自分の定位置だと言わんばかりに器用に丸くなった。肩に伝わる小さな体温が、たまらなく心地よかった。

 王都を追放され、辺境の街で誰にも知られず、のんびりと薬草でも摘んで生きていこう。

 そう思っていた俺の新しい生活は、どうやら最初から、想像以上に賑やかなものになりそうだった。

「さて、ギルドに報告して、美味い飯でも食いに行くか」

 俺は西の森の木漏れ日の中、新しくできた小さな相棒と共に、アシュタルの街へと向かって歩き出した。

【現在のステータス】

名前:レイン

職業:冒険者(元・勇者パーティー裏方担当)

称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者

Lv:12

HP:150 / 150

MP:25 / 25 (※同レベル帯と比較し極端に低い)

【スキル】

・生活魔法 Lv.4

・剣術 Lv.2

・解体 Lv.5

・野営技術 Lv.6

・野戦調薬 Lv.4(NEW)

【固有スキル】

絆紋きずなもん:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。現在、力の大部分は未覚醒。

従魔クランメンバー

・空色小竜(名前:ソラ)

 状態:右脚負傷(回復中) / 絆レベル1

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