第0話 勇者の影と、見下された絆の紋章
ドモドモ(・ω・影)ゞ影盆こと盆ちゃんです┏○ペコッ
8月になったのでまずは導入を0話として執筆しました。
3話更新でたまにプラス3話更新みたいな感じで進めたいと思います。では、どうぞ(^ω^)_凵
第0話 勇者の影と、見下された絆の紋章
剣戟の音が止み、重々しい地響きと共に巨大な魔物が大地に倒れ伏した。
薄暗い森の中に立ち込めていた血と泥の匂いが、風に乗ってゆっくりと散っていく。
「ふん、他愛もない。この勇者アレクの敵ではないな」
倒れ伏した巨大なオーガの屍を前に、銀色の豪奢な鎧を纏った青年——勇者アレクが、血糊を振り払いながら自慢げに剣を天に掲げた。
その背後で、聖女のような白いローブを着たエルナが「さすがですわ、アレク様」と微笑み、魔法使いのカインが「僕の氷結魔法での援護があってこそですけどね」と肩をすくめる。斥候のミラは退屈そうに欠伸をしながら、自身のダガーの刃先を眺めていた。
彼らは王国が誇る最強の勇者パーティー、『暁の剣』。
魔王討伐という大義を背負い、破竹の勢いで数々の迷宮と魔の森を攻略してきたエリートたちだ。
——そして、その華やかな光景から少し離れた木の陰で、荒い息を吐きながら膝をついているのが、俺、レインだった。
「はぁ……はぁ……っ」
俺の背中には、自分の背丈ほどもある巨大な革製の背嚢が括り付けられている。中には五人分の野営用テント、三日分の保存食、水袋、予備の武器、防具の修理道具、大量のポーション、そしてこれまで討伐してきた魔物の剥ぎ取り素材がぎっしりと詰め込まれており、その総重量はゆうに七十キロを超えていた。
魔力量が極端に少なく、剣の腕も平均以下である俺は、戦闘に参加することが許されていない。その代わり、こうしてパーティーの全荷物を背負い、彼らの戦いを邪魔しないよう後方で身を潜めながら、戦闘が終わるのをただ待つのが役割だった。
「おい、レイン! いつまでそこでサボっている!」
アレクの苛立ったような怒声が森に響く。
俺は慌てて背嚢を背負い直し、重い足を引きずって彼らの元へと駆け寄った。
「す、すみません。すぐやります」
「チッ、本当にノロマな奴だ。俺たちが命懸けで戦っているのに、荷物持ちの分際でチンタラしやがって。さっさとそのオーガの魔石を回収しろ。傷をつけるなよ、高く売れるんだからな」
アレクはオーガの死体を顎でしゃくり、舌打ちをした。
俺は無言で頷き、腰のポーチから解体用のナイフを取り出す。オーガの皮膚は鉄のように硬いが、関節の隙間や筋肉の繊維に沿って刃を入れれば、力を入れずとも綺麗に解体できる。俺はこの七年間、彼らが倒した魔物の解体を一人で全てこなしてきた。
血まみれになりながら肉を裂き、心臓の近くから純度の高い紫色の魔石を傷一つつけずに取り出す。さらに、高く売れる角と、防具の素材になる丈夫な皮膚を丁寧に剥ぎ取っていく。
「終わりました。魔石の純度も高いです」
「ふん、当然だ。俺の一撃が完璧だったからな。よし、今日はここまでだ。野営の準備をしろ」
俺が血でドロドロになった手を水袋の残り水で洗っている間に、アレクたちはさっさと見晴らしの良い広場へと移動してしまった。
野営の準備。それは俺にとって、戦闘中よりも過酷な時間の始まりだった。
荷物を下ろした俺は、まず手早く周囲の枯れ木を集めて焚き火を起こす。魔法使いのカインなら指先一つで火を出せるが、「僕の高貴な魔力を、焚き火なんかのために使わせる気か?」と冷たくあしらわれるため、俺は常に火打石で火を起こさなければならない。
火が安定すると、次はテントの設営だ。
五人分のテントの骨組みを組み立て、厚い布を張り、風で飛ばないようにペグを打ち込む。地面の石を取り除き、寝袋を敷いてふかふかに整える。
「ねえレイン、私のテント、もう少し火から離してよね。煙の匂いがローブにつくのは嫌なの」
「僕は逆に火の近くにしてくれ。夜は冷えるからね。あぁ、でも近すぎると火の粉が飛ぶから、絶妙な距離感で頼むよ」
「アタシの寝袋、ちゃんと干しといてくれた? ちょっとでも湿ってたらアンタを蹴り飛ばすからね」
エルナ、カイン、ミラが次々と身勝手な注文をつけてくる。俺は「わかりました」とだけ返し、彼らの要望通りにテントの配置を微調整した。
設営が終われば、次は夕食の準備だ。
支給される保存食は、石のように硬い黒パンと、塩漬けの干し肉だけ。普通に食べれば顎が外れるほど硬く、味も塩辛いだけの代物だ。
だが、俺はそれをそのまま出すことはしない。干し肉を細かく刻み、道中で採取した香草や野草と共に鍋でじっくりと煮込み、旨味を引き出したスープを作る。黒パンは焚き火の遠火で炙って柔らかくし、スープに浸して食べられるように工夫した。
「夕食の準備ができました」
俺が声をかけると、四人はぞろぞろと集まってきて、俺がよそったスープを無言で受け取った。
「……ま、味は悪くないわね。平民の料理にしては」
「もう少し肉を大きく切れなかったのか? 咀嚼する楽しみがない」
ミラとアレクが文句を言いながらも、彼らはあっという間に鍋を空にした。俺の分として残されたのは、鍋の底にこびりついた僅かな汁と、焦げた黒パンの切れ端だけだ。
それでも、俺は何も言わなかった。自分が戦力にならない分、せめてこういう裏方仕事で彼らを支えなければいけないと、本気で思い込んでいたからだ。
「おい、レイン」
食後、優雅に紅茶(もちろん俺が淹れたものだ)を飲んでいたアレクが、俺を見下ろして言った。
「俺の剣の手入れをしておけ。刃こぼれ一つでも残っていたら承知しないぞ。明日は深い階層まで潜るんだからな」
「わかりました。……あの、エルナ」
俺は剣を受け取りながら、癒し手のエルナに恐る恐る声をかけた。
「オーガの解体の時に、少しナイフの刃が滑って手を切ってしまって……それに、荷物の重さで肩の筋も痛めているんだ。少しだけ、治癒魔法をかけてもらえないだろうか?」
俺の手のひらには浅くない切り傷があり、血が滲んでいた。肩も限界に近いほど悲鳴を上げている。
だが、エルナは虫けらでも見るような冷たい目を俺に向けた。
「はぁ? あなた、自分が何を言っているのか分かっていますの?」
「え……」
「私の治癒魔法は、魔王と戦うアレク様たちのための神聖な力ですわ。どうして戦闘にも出ない荷物持ちの擦り傷ごときに、私の貴重な魔力を消費しなければならないんです? ポーションでも塗っておきなさいな。まったく、図々しいにも程がありますわ」
「……ごめん。そうだよな」
エルナはフンと鼻を鳴らし、自分のテントへと戻っていった。
ポーションは高価であり、緊急時のために俺の判断で使うことは禁じられている。俺はこっそりと自分で集めておいた薬草をすり潰し、痛む手と肩に塗り込んで包帯を巻いた。
夜の帳が下り、四人が暖かいテントで寝静まった後。
俺の本当の「仕事」が始まる。
冷たい夜風が吹きすさぶ中、小さなランタンの灯りだけを頼りに、俺はアレクの『光輝の剣』を膝に置いた。魔力を纏って放たれる彼の一撃は強力だが、その分武器への負荷も凄まじい。刃には無数の細かな欠けや脂がこびりついていた。
俺は三種類の砥石を使い分け、何時間もかけて丁寧に刃を研いでいく。刃こぼれを均し、刀身が鏡のように月の光を反射するまで磨き上げる。
剣が終われば、ミラの革鎧のほつれを縫い直し、関節部分にオイルを塗って動きを滑らかにする。カインの魔法杖の先端にある魔晶石の汚れを特殊な布で拭き取り、エルナの祈祷衣の泥汚れを水で洗い落とす。
魔獣が近づかないように周囲に張り巡らせた「結界石」の魔力補充も俺の役目だ。俺の少ない魔力を少しずつ注ぎ込み、一晩中結界を維持し続ける。見張りも兼ねているため、俺の睡眠時間は毎日二時間あれば良い方だった。
「……ふぅ。これで、全部かな」
時刻はもうすぐ夜明け。
疲れ果てた体を木に預け、目を閉じようとした時だった。
「キュイ……」
足元の茂みが揺れ、小さな鳴き声が聞こえた。
目を開けると、そこにいたのは一匹の『フォレストラビット』だった。本来なら冒険者を見ると逃げ出す臆病な魔物だが、そのウサギの足には茨が深く刺さっており、血を流して歩けなくなっていた。
俺は周囲を警戒しながら、ゆっくりとウサギに手を伸ばした。
その瞬間、俺の右手の甲に刻まれた奇妙な幾何学模様の痣——『絆紋』が淡く光り放った。
『痛い……たすけて……』
絆紋を通じて、言葉を持たない魔物の感情が直接俺の頭に流れ込んでくる。
俺は安心させるように微弱な魔力と共に感情を返し、暴れるウサギを優しく抱き上げた。
「大丈夫だ。すぐ取ってやるからな」
ピンセットで手早く茨を抜き取り、自分の傷に使った残りの薬草をウサギの足に塗ってやる。痛みが引いたのか、フォレストラビットは俺の手のひらに頬をすり寄せ、「キュイッ、キュイッ」と感謝の感情を伝えてきた。
言葉が通じないはずの魔物と心を通わせることができる。それが、俺の生まれ持った唯一の力だった。
だが——。
「うわっ、キモッ!!」
不意に背後から声が響いた。
振り返ると、テントから出てきたカインが、心底嫌悪感に満ちた目で俺とウサギを見ていた。
「お前、またそんなキモい魔物と戯れてるのか!? 気味が悪い!」
「カイン、違うんだ。この子は怪我をしていて……」
「言い訳すんな! お前のアザのせいで、変な魔物が寄ってくるんじゃないか! 少しはパーティーの安全を考えろよこの足手まとい!」
カインの怒鳴り声に目を覚ましたアレクたちも、テントから顔を出した。
「朝からうるさいぞ。……なんだレイン、また魔物と遊んでいたのか」
「本当に気持ち悪いですわ。魔物と心を通わせるだなんて、まともな人間のすることではありません。私、あんな手で作ったご飯を食べていたと思うと吐き気がしますわ」
エルナが露骨に口元を押さえて蔑むように言う。
驚いて身をすくませたフォレストラビットを、俺は庇うように腕の中に隠した。
「……ごめんなさい。もう森に帰すから」
「チッ。お前は本当に戦いの役には立たないくせに、余計なトラブルばっかり引き起こしやがる。これだから魔力なしの無能は嫌なんだ」
アレクは蔑むような目で俺を見下ろし、地面に唾を吐き捨てた。
俺は唇を噛み締め、何も言い返せずに下を向くしかなかった。俺が夜通し彼らの武器をピカピカに磨き上げていたことなど、彼らの目には全く入っていないようだった。
*
それから数日後。俺たちは依頼を終え、始まりの街に近い辺境の宿場町へと到着した。
「おいレイン、さっさとギルドに行ってあのオーガの素材を換金してこい。少しでも安く買い叩かれたらお前の飯は抜きだからな!」
街に着くや否や、アレクは宿屋のふかふかなソファに座り込み、俺に命令を下した。
泥だらけでボロボロの格好のまま、俺はギルドへと走った。
ギルドの査定係の老人は、俺が差し出した素材を見て目を見開いた。
「こりゃあ……見事な解体だ。魔石は一切の傷がなく純度百パーセント、皮も剥ぎ取りのミスが一つもない。これほど完璧な素材は王都の特級冒険者でも滅多にお目にかかれんぞ。本来なら金貨五枚のところだが、この腕前に免じて金貨七枚出そう」
「ありがとうございます……!」
自分の仕事が認められたようで、俺は少しだけ救われた気持ちになった。
金貨七枚の入った重い革袋を抱え、急いで宿屋へと戻る。これで彼らも少しは喜んでくれるだろうか。そんな淡い期待を胸に、俺は食堂の扉を開けた。
「アレク、換金してきたよ。査定員が綺麗に解体できてるって褒めてくれて、金貨七枚で……」
「遅い。よこせ」
アレクは俺の話を最後まで聞かず、乱暴に金貨の袋をひったくった。そして中身を確認すると、当然だと言わんばかりに鼻で笑った。
「ふん、俺の倒し方が完璧だったからな。……おいレイン、突っ立ってないでさっさと夕食の席に座れ。大事な話がある」
アレクの声は、酷く冷たかった。
エルナは気まずそうに目を逸らし、カインは窓の外を眺め、ミラは爪の汚れを気にしている。
その光景を見た瞬間、俺の胸の奥で、七年間張り詰めていた何かが、ふっと音を立てて切れるのがわかった。
俺が彼らのために削ってきた睡眠時間。血まみれになりながら解体した魔物。冷たい水で洗った衣服。磨き上げた剣。魔力を絞り出して維持した結界。
その全てが、彼らにとっては「あって当たり前のもの」であり、俺自身の価値など微塵も認められていなかったのだと、ようやく理解した。
「はっきり言う。レイン、お前の力は俺たちには必要ない」
そして、アレクのその一言が、決定的な終わりを告げた。
彼らは知らない。自分たちが「無能」と切り捨てたこの男が、どれほどの影の努力でパーティーの生存率を支えてきたのかを。
自分たちが毎日温かいご飯を食べ、錆びない剣を振るい、夜に魔物の襲撃を受けずに眠れていた理由を、彼らはまだ全く理解していない。
「……そっか。ならいい」
だから俺は、これ以上の献身をきっぱりと捨てることにした。
泣いて縋る気にもなれず、ただ深く息を吐き出して、彼らに背を向けた。
俺がいなくなった後、彼らが硬い干し肉に歯を折り、刃こぼれした剣で窮地に陥り、夜の森で結界も張れずに怯えることになる未来など、もう俺の知ったことではない。
始まりの街から、俺の新しい日々が始まる。
彼らという重荷を下ろした俺の足取りは、七年間で一番、軽く感じられた。
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