第23話 雷鳴の山道と、空を裂く青き翼
第23話 雷鳴の山道と、空を裂く青き翼
辺境の街アシュタルの東にそびえる山々の稜線が、白み始めた朝の空に黒々と浮かび上がる頃。
非公式クラン『絆紋亭』の拠点である小高い丘には、今日もまた穏やかで、そしてどこか神秘的な朝の空気が満ちていた。
庭をすっぽりと覆う、宝石蜘蛛のルリが編み上げた虹色の天蓋は、朝日を透過してキラキラと七色のプリズムを地面に落としている。その美しい光のシャワーの下で、クランの魔物たちはすでに元気に一日を始めていた。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
空色小竜のソラと、銀色のウルフであるフェルが、光を追いかけるようにして庭を駆け回っている。純白のポーションラビットのピコは、持ち前の跳躍力で虹色の糸の一部をトランポリンのように使い、ぴょんぴょんと空高く跳ねていた。クリスタル・ゲッコーのルチルは縁側の特等席で朝日を浴びて鉱石の鱗を輝かせ、精霊獣のミエルは優雅な足取りで庭に咲くハーブの香りを嗅いでいる。クリア・スライムのスイは、朝露を集めながらプルプルと心地よさそうに揺れていた。
そしてルリは、一番高い木の枝に陣取り、朝の光を浴びながら自身の瑠璃色の外殻を磨き上げるように前脚を動かしている。
「みんな、今日も元気だな」
俺ことレインは、窓辺からその光景を眺め、自然と口元を緩めた。
俺の肩には、昨日専属の仕立屋としてクランに加わったばかりのリナが仕立ててくれた、虹色のマントが羽織られている。ルリの糸を極限まで薄くしなやかに織り上げたそのマントは、羽のように軽いにもかかわらず、驚くほどの強度と魔力耐性を誇っていた。それに何より、仲間たち全員とお揃いの「絆の証」を身につけているという事実が、俺の心を温かく満たしてくれていた。
「さて、朝飯の準備をするか」
一階の厨房へと降りると、そこにはすでにエリスと、そしてリナの姿があった。
「あ、レイン様! おはようございますっ!」
「レインさん、おはようございます。……あの、私、お裁縫以外の家事も少しはできるので、お手伝いしようと思って……」
リナが少し遠慮がちに、しかし嬉しそうにエプロン姿で微笑む。
「おはよう、二人とも。リナが手伝ってくれるなら百人力だよ。昨日の徹夜の疲れはもういいのか?」
「はい! ルリちゃんの糸が素晴らしすぎて、疲れなんて吹き飛んでしまいました。それに、この拠点のベッド、すごくフカフカで……あんなにぐっすり眠れたのは、本当に久しぶりで」
王都で理不尽にすべてを奪われ、人間不信に陥っていた彼女の顔には、もう怯えたような影はない。そこにあるのは、純粋な職人としての誇りと、新しい居場所を見つけた安堵の表情だった。
三人で手分けして、朝食の準備を進めていく。
今朝のメニューは、昨日アイラが森で狩ってきてくれたフォレスト・ボアの新鮮な肉を使った、具沢山のポトフだ。大きな鍋に肉の塊と、大きく切ったニンジン、タマネギ、ジャガイモを入れ、庭で採れたばかりのハーブを数種類束ねたブーケガルニと共にコトコトとじっくり煮込む。
俺が石窯で焼きたてのライ麦パンを切り分けていると、リビングの方から賑やかな足音が聞こえてきた。
「おーっす! 今日の朝飯はなんだい? 肉の煮える最高にいい匂いがしてるじゃないか!」
豪快な笑い声と共に、真新しい虹色のマントを羽織った女戦士アイラが入ってくる。
「ちょっとアイラ、朝から元気すぎよ……。ふぁあ、おはようみんな。リナのマント、すごく魔力の通りが良くて、寝起きでも魔力が体に満ちてるのが分かるわ」
杖をつきながら、少女魔導士ルウも満足げにマントの裾を翻す。
「ほっほっほ、このマントを着ていると、年老いた関節の痛みまで和らぐような気がするわい。リナ嬢の腕は本物じゃな」
老薬師ゴットが穏やかに髭を撫で、その後ろからはドワーフの少女職人ドーラも「最高の作業着だよ!」と笑って顔を出した。
全員が揃ったところで、大きな木製のテーブルに熱々のポトフとライ麦パンが並べられ、「いただきます」の合図と共に賑やかな朝食が始まった。
ホロホロに煮込まれたボアの肉は、口に含むと肉汁とハーブの香りが一気に広がり、野菜の自然な甘みがそれを優しく包み込む。
「んんっ! やっぱりレインの料理は最高だね! このポトフ、いくらでも腹に入っちまうよ!」
アイラが大きな口で肉を頬張る。
「えへへ、お肉の旨味がスープに溶け出してて、パンを浸して食べるとすっごく美味しいですっ!」
エリスも目を輝かせる。
テラスでは、魔物たちもそれぞれに用意された特製の朝食を夢中で食べている。フェルは豪快に骨付き肉を噛み砕き、ソラは小さな口で器用に肉をほぐしている。
和やかな食事の最中、俺は今日の予定について切り出した。
「みんな、マントの着心地も最高だし、今日は少し足を伸ばして、アシュタルの外れにある『雷鳴の山道』の方まで行ってみないか?」
「雷鳴の山道? あそこは、街から北へ向かう商人の通り道だったはずだけど……何か依頼でも出てるのかい?」
ドーラがパンを齧りながら首を傾げる。
「ああ。昨日ギルドでちらっと聞いたんだが、数日前からあの山道に『落雷』が頻発していて、通行できなくなっているらしい。どうやら天候のせいじゃなくて、雷を操る強力な魔物が住み着いたんじゃないかって噂でね」
「雷を操る魔物……。もしかして、『サンダー・バード』かしら?」
ルウが魔導士としての知識を引き出し、少し険しい顔をした。
「サンダー・バード。青い雷光を纏う巨大な怪鳥ね。非常に気性が荒くて、縄張りに入った者には容赦なく落雷を浴びせるって聞いたことがあるわ。Aランク相当の危険な魔物よ」
「Aランクか。こりゃあ、腕が鳴るねぇ! 新しいマントの性能を試すには絶好の相手じゃないか!」
アイラが戦斧の柄を叩いてニヤリと笑う。
「俺としては、できれば無用な戦いは避けたいところだけどな。もしその魔物が怪我をしていたり、何か理由があって暴れているなら、平和的に解決したい」
俺がそう言うと、仲間たちは顔を見合わせて、優しく微笑んだ。
「あんたらしいね。分かったよ、アタシらが全力であんたをサポートしてやる。もし交渉が決裂したら、アタシの斧とルウの魔法でぶっ飛ばすまでのことさ!」
「ええ、任せてちょうだい。氷魔法で雷の軌道を逸らしてみせるわ」
「わ、私も防壁魔法で皆さんをお守りしますっ!」
アイラ、ルウ、エリスの三人が力強く頷く。
ドーラとリナ、ゴットには、拠点での作業や店番をお願いし、俺たちは人間の仲間三人、そしてソラ、フェル、ピコを連れて、アシュタルの街を出発した。
* * *
アシュタルの街から北へ歩くこと二時間。
のどかな平原の景色は次第にゴツゴツとした岩肌の目立つ険しい地形へと変わり、空は晴れているにもかかわらず、前方の山頂付近には不自然な黒雲が渦巻いていた。
「ゴロゴロ……バリバリッ!」
山道に差し掛かった途端、空を引き裂くような轟音と共に、青白い稲妻が岩山の中腹に突き刺さった。
「ひっ……! すごい音です……!」
エリスが肩をビクッと震わせ、ルウのローブの裾を掴む。
「やっぱり、ただの雷じゃないわ。魔力がこもった『魔雷』よ。みんな、気をつけて進むわよ」
ルウが杖を構え、周囲に警戒の視線を配る。
「ウォンッ!」
先頭を歩いていたフェルが、岩陰で立ち止まり、上空に向かって低く唸り声を上げた。
フェルの視線の先、岩山の切り立った崖の上にある巨大な古木。その枝に、それは止まっていた。
両翼を広げれば五メートルは優に超えようかという巨大な怪鳥。その羽毛は、深い夜空のような瑠璃色と、鮮やかな青白い雷光の色が入り混じった美しいグラデーションを描いている。周囲の空気を震わせるほどの莫大な魔力を放ち、その体からは常にパチパチと青い火花が散っていた。
伝説の雷鳥、サンダー・バードだ。
だが、その様子がどうもおかしい。
「ギャァァァーーッ!!」
怪鳥は空に向かって悲痛な叫び声を上げると、自身の体から無差別に強烈な雷撃を周囲の岩肌に放ち始めた。その目は血走り、完全に我を忘れて暴走しているように見える。
よく観察すると、その右翼の付け根あたりに、何やら黒くて禍々しい『棘』のようなものが深々と突き刺さっているのが見えた。
「あれは……魔王軍の『呪詛の杭』ね。強力な呪いを魔物に打ち込み、理性を奪って狂暴化させるための闇の魔道具よ」
ルウが険しい顔で解説する。
「かわいそうに。あの杭の呪いで魔力が暴走して、自分でも雷を制御できなくなってるんだ。縄張りを守るためじゃなくて、苦し紛れに雷を落とし続けていたのか」
俺は深く息を吐き出した。
(痛い……熱い……誰か、止めて……私の体を、壊さないで……!)
俺の脳内に、サンダー・バードからの悲痛で絶望的な感情が、ビリビリとした雷の衝撃と共に流れ込んできた。
彼女は、自分自身の放つ強大すぎる雷の力と、呪いの痛みに引き裂かれそうになっていたのだ。
「みんな、あの子を助ける。ルウ、エリス、俺が近づくまでの間、雷を防ぐ結界を張ってくれ。アイラは、俺があの杭を抜く隙を作ってほしい!」
「分かったわ! いくわよ、エリスちゃん!『アイス・ウォール』!」
「はいっ!『ホーリー・シールド』!」
ルウの分厚い氷の防壁と、エリスの光の結界が何重にも展開され、空から降り注ぐ暴走した雷撃を次々と弾き返す。
「任せな! アタシが鳥の気を引いてやる! オラァッ!!」
アイラが戦斧を振りかざし、強烈な闘気を放ちながら崖を駆け上がる。その動きに反応したサンダー・バードが、アイラに向かって極大の雷球を放った。
「今だ!」
俺は、アイラが雷球を戦斧で弾き飛ばした一瞬の隙を突き、フェルの背中に飛び乗った。
「頼む、フェル! あそこまで跳んでくれ!」
「ウォォォンッ!!」
フェルは自慢の瞬発力を爆発させ、垂直に近い岩壁を蹴り、一気にサンダー・バードの潜む古木の枝へと跳躍した。
「ギャァァァッ!?」
突然目の前に現れた俺に対し、サンダー・バードは恐怖と混乱でさらに雷を放とうと、青白い光を嘴に収束させる。
「大丈夫だ。怖がらないで。痛いのを、今取ってあげるから」
俺は両手を広げ、右手の甲にある翠色の痣――『絆紋』の光を限界まで解放した。
翠色の温かな波紋が、激しく散る青い火花を中和しながら、サンダー・バードの体を優しく包み込む。
絆紋の波動が彼女の心に届いた瞬間、その血走っていた目からスッと狂気が抜け落ち、代わりに助けを求めるような、懇願するような色へと変わった。
「キュゥ……」
サンダー・バードは、雷の収束を止め、力なくその巨大な頭を枝に垂らした。
「よし、いい子だ。少しだけ我慢しろよ」
俺はサンダー・バードの右翼の付け根に近づき、深く突き刺さっていた『呪詛の杭』を両手でしっかりと握りしめた。
杭から発せられるドス黒い瘴気が俺の手を焼こうとするが、新しくリナが仕立ててくれた虹色のマントがそれを防ぎ、さらに俺自身の『絆紋』の浄化の光が、呪いの力をゴリゴリと削り取っていく。
「ふんっ!!」
俺が渾身の力で引き抜くと、杭は嫌な音を立てて怪鳥の肉から抜け落ち、そのまま空中でボロボロと崩れ去って消滅した。
同時に、サンダー・バードの体から溢れ出していた暴走した雷の魔力が、スゥッと静まり返り、本来の美しく澄んだ青い光へと落ち着いていった。
「ふぅ……これで、もう痛くないな」
俺が額の汗を拭うと、サンダー・バードはその巨大な嘴を、俺の胸にそっと、とても優しくすり寄せてきた。
(ありがとう……あたたかい人。私を、暗闇から救ってくれて……ありがとう)
俺の心に、清らかな風のような純粋な感謝の感情が流れ込んでくる。
「怪我の具合はどうだ? 飛べそうか?」
俺が『野戦調薬』で作った特製の軟膏を傷口に塗ってやると、彼女は心地よさそうに目を細め、すぐにその傷は塞がっていった。
「ピィィィッ!」
サンダー・バードは力強く立ち上がると、その巨大で美しい瑠璃色の翼を大きく広げ、空に向かって歓喜の鳴き声を上げた。もうそこには、暴走する雷の気配はない。あるのは、空の王者にふさわしい、誇り高く清らかな魔力だけだ。
「すげえ……あんな凶暴なサンダー・バードを、撫でるだけで大人しくさせちまうなんてな。レイン、お前やっぱり規格外だよ」
崖を登ってきたアイラが、呆れたように笑う。
「本当にね。呪いの杭を素手で抜くなんて、普通の魔導士なら呪い殺されてるわよ。リナのマントと、あなたのその謎の力の相乗効果ね」
ルウもため息をつきながら、魔法の杖を下ろす。
「ピィッ♪」
サンダー・バードは、アイラやルウ、エリスにも敵意がないことを示すように、その美しい頭を下げて挨拶をした。そして、再び俺の元へと歩み寄り、自分の青い羽根を一枚、嘴で器用に引き抜いて俺の手のひらに乗せた。
(あなたと、いっしょに空を飛びたい。あなたについていっても、いい……?)
その瞳は、まるで主人を見つけた忠犬のように、真っ直ぐに俺を見つめている。
「もちろんさ。うちの庭は広いし、空を飛ぶ仲間もいる。それに、君のその美しい青い羽は、みんなきっと気に入ると思うよ。名前は……そうだな、『ライ』にしよう」
「ピロロロッ!」
ライは嬉しそうに美しい声で鳴き、空高く舞い上がると、俺たちの頭上を旋回しながら青い雷光の軌跡を美しく描いて見せた。
ソラが「私も飛べるもん!」とばかりにライの後を追いかけて飛び立ち、大小の青い影が空で楽しそうに交差する。
こうして、恐ろしいと誤解されていた雷鳴の怪鳥が、絆紋亭の新しい家族として加わることになった。
* * *
その日の夕暮れ。
山道に落雷の危険がなくなったことをギルドに報告し、俺たちはアシュタルの拠点へと帰還した。
巨大なサンダー・バードが上空をついてくる姿に、街の人々は最初は驚いたものの、「またレインがすごい魔物を手懐けたぞ!」と、すぐに大らかな笑い声に変わっていた。
クランの庭では、ドーラとリナ、ゴットが俺たちの帰りを温かく出迎えてくれた。
「お帰り! って、おいおい、今度はとんでもなくデカい鳥を連れてきたねぇ!」
ドーラがライを見上げて目を丸くする。
「まあ……! なんて美しい瑠璃色の羽根なんでしょう。この羽根の構造、お洋服の飾りにしたらきっと素敵です……!」
リナは恐怖よりも職人としての好奇心が勝ったようで、早速ライの羽根をスケッチし始めている。
ルリも新しい仲間を歓迎するように、虹色の糸で特別に大きな寝床を枝の上に編み上げ始めた。
「みんな、ただいま。今日の夕食は、お祝いも兼ねて特大のハンバーグにするぞ!」
俺がそう宣言すると、人間も魔物たちも一斉に歓声を上げた。
王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失った俺の周りには、今、これほどまでに美しく、気高く、そして優しい家族たちがいる。
世界を救う勇者のような派手な栄光は、俺には必要ない。
ただ、この優しくて温かい「帰る場所」と、笑い合える家族さえいれば、それだけで十分なのだ。
満天の星空の下、笑い声がいつまでも絶えることなく響き渡っていた。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者
Lv:30(※Aランク魔物の呪い解除と救済によりアップ)
HP:320 / 320
MP:120 / 120
【スキル】
・生活魔法 Lv.8
・剣術 Lv.3
・解体 Lv.5
・野営技術 Lv.8
・野戦調薬 Lv.7(※レベルアップ)
・植物知識 Lv.5
・建築・修繕 Lv.8
・鑑定 Lv.4
・気配察知 Lv.5
・魔導知識 Lv.3
・料理 Lv.6
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。呪いなどの負の魔力を強力に浄化する特性を持つ。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル4
・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル4
・クリア・スライム(スイ):絆レベル4
・宝石蜘蛛:絆レベル4
・雷鳴の怪鳥:新規合流 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)
・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋)
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