第22話 虹色のマントと、仕立て屋リナ
第22話 虹色のマントと、仕立て屋リナ
辺境の街アシュタルに、高く澄み渡るような青空が広がる朝。
非公式クラン『絆紋亭』の拠点である小高い丘は、今朝もまた優しく、そしてどこか神秘的な空気に包まれていた。
俺ことレインが、木漏れ日の差し込む自室で目を覚まし、窓辺に歩み寄って外を見下ろすと、そこには昨日までの庭とは少し違う、目を疑うほどに美しい光景が広がっていた。
「これは……すごいな」
思わず感嘆の息が漏れる。
庭をぐるりと囲むように立つ木々の間に、きらきらと七色に輝く巨大なレースの天蓋のようなものが張り巡らされていたのだ。朝の光を透過してプリズムのように輝くそれは、昨日新しく家族に加わったばかりの巨大な宝石蜘蛛のルリが、夜の間に編み上げた特製の『巣』だった。
巣といっても、獲物を捕らえるための粘着性や殺伐とした気配は一切ない。むしろ、外からの強い日差しや害虫を防ぎつつ、心地よい風だけを通す、精巧で美しい結界のような役割を果たしていた。
「きゅるる!」
「ウォンッ!」
「シャァァ♪」
庭の中央では、空色小竜のソラと、銀色のウルフであるフェルが、虹色の糸をくぐり抜けながら楽しそうに追いかけっこをしている。純白のポーションラビットのピコは、糸のトランポリンのような部分でぴょんぴょんと飛び跳ねて遊び、クリスタル・ゲッコーのルチルは糸の反射光を浴びて気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。精霊獣のミエルは優雅に糸の上を歩き、クリア・スライムのスイは庭の隅でプルプルと揺れていた。
そして、その美しい天蓋の製作者であるルリは、一番高い木の枝に陣取り、嬉しそうに前脚を動かしながら、弟や妹たちのような他の魔物たちを見守っていた。その瑠璃色の硬い外殻は、太陽の光を受けてサファイアのように深く輝いている。
勇者パーティーにいた頃は、魔物といえばただ討伐すべき恐ろしい敵でしかなかった。まさか、こうして巨大な蜘蛛の魔物が作り出した巣の下で、こんなにも平和で温かい朝を迎える日が来るなんて、想像もしていなかった。
「よし。みんなが遊んでる間に、朝飯の準備をするか」
俺は口元を緩め、一階の厨房へと向かった。
厨房では、すでに見習い魔導士のエリスがエプロン姿で立ち、火の魔法を使って大きな鍋でお湯を沸かしていた。
「あ、レイン様! おはようございますっ!」
「おはよう、エリス。早いな。外のルリの糸、見たか?」
「はいっ! もう、息を呑むほど綺麗で……。ルリちゃん、本当に素敵な才能を持ってますね!」
エリスが目を輝かせて頷く。
「さて、今日の朝食は何にしようか。昨日の残りの新鮮な野菜があるし、温かいポタージュと、チーズをたっぷり挟んだホットサンドなんてどうだ?」
「大賛成です! 私、野菜を刻みますね!」
二人で手分けして、手際よく調理を進めていく。
俺は『料理』スキルと『植物知識』を駆使し、甘みの強いカボチャとタマネギをバターでじっくりと炒め、そこにミルクと特製のブイヨンを加えて煮込む。とろとろになったところを裏ごしすれば、黄金色に輝く濃厚なカボチャのポタージュの完成だ。
さらに、自家製の白パンに、厚切りのベーコンとたっぷりのチーズ、そしてシャキシャキのレタスを挟み、石窯の魔道コンロで作った特製の鉄板で両面をカリッと焼き上げる。香ばしいパンの匂いと、とろけるチーズの香りが厨房いっぱいに広がり、たまらなく食欲をそそる。
「おーっす! 今日もいい匂いがしてるじゃないか!」
豪快な笑い声と共に、巨大な戦斧を背負った女戦士アイラがリビングに入ってきた。
「ふぁあ……おはよう。朝から重い鎧なんて着て、アイラは本当に元気ね……」
杖をつきながら、目をこする少女魔導士ルウが続く。
「ほっほっほ、ルリの編んだ虹の天蓋の下で食べる朝食とは、なんとも風流じゃのう」
穏やかに髭を撫でる老薬師ゴット。
「あー、よく寝た! さて、今日も工房でガンガン鉄を打つぞ!」
ドワーフの若き職人ドーラも、防塵ゴーグルを首にかけたまま元気よく姿を現した。
全員が大きな木製のテーブルに揃い、「いただきます」の合図と共に賑やかな食事が始まる。
サクサクとしたホットサンドをかじると、中から溢れ出す濃厚なチーズと肉汁が口いっぱいに広がる。カボチャのポタージュは自然な甘みが体に染み渡り、朝の目覚めに最適だった。
テラスでは、ソラやフェルたち魔物組も、特製のプレートに盛られたご飯を夢中で頬張っていた。ルリには特別に、ハチミツを混ぜた甘い魔力水を用意してやると、シャァァと嬉しそうに鳴いてそれを飲み干していた。
和やかな朝食の席で、ルウがふと窓の外の虹色の糸を見つめて口を開いた。
「ねえ、昨日ルリが紡いでくれた大量の糸の束、私の部屋の隅に置いてあるんだけど……あのまま素材としてしまっておくのはもったいないわね」
「ああ、同感だ。驚異的な強度と魔法耐性がある極上の素材だ。何かに使えないかと思っていたんだが」
俺が頷くと、ドーラがパンを飲み込んで身を乗り出した。
「金属に織り込んで、超軽量のミスリル級の鎧を作ることもできるけど、せっかくあんなに美しくてしなやかなんだ。布として織り上げて、『服』や『マント』にするのが一番さ! 魔力耐性バツグンの、最高のお揃いクランマントなんてどうだい?」
「お揃いのマント! それ、すごく素敵ですっ!」
エリスが両手を合わせて目を輝かせる。
「悪くないわね。私たちのクラン『絆紋亭』の象徴として、みんなで身につけるのよ。ただ……私は裁縫には少し自信があるけど、あの特殊な糸を布に織り上げたり、魔力を込めて仕立てる高度な技術までは持っていないわ」
ルウが少し悔しそうに肩をすくめる。
「なるほど、高度な仕立ての技術を持つ『服飾職人』が必要ってわけだな」
アイラが腕を組んで考え込む。
「アシュタルの街に、腕のいい仕立て屋はいるのか?」
俺が尋ねると、ゴットが静かに頷いた。
「うむ。街の裏通りに、一つだけ小さな仕立て屋がある。店主は若い娘じゃが、その腕は確かじゃ。王都の貴族が着るような複雑なドレスから、冒険者の丈夫な防具服まで、なんでもござれという噂じゃよ。ただ……少々、訳ありのようじゃがな」
「訳あり?」
「詳しいことは知らんが、何やら王都で理不尽な目に遭い、人間不信になって辺境に逃げてきたとか。客を選ぶ頑固な職人として知られておる」
人間不信で、理不尽に居場所を追われた職人。
その境遇は、かつての俺自身や、このクランに集まった仲間たちとどこか重なるものを感じた。
「分かった。その仕立て屋に行ってみよう。ルリの糸を見せれば、職人としてきっと興味を持ってくれるはずだ」
「よっしゃ、決まりだね! なら、アタシとレイン、ルウ、エリスの四人で街へ繰り出そうじゃないか!」
ドーラがハンマーを担いで立ち上がった。アイラとゴットは、魔物たちと一緒にお留守番をしてくれることになった。
* * *
朝食を終えた俺たちは、ルリが紡いだ虹色の糸の束を大事に布に包み、アシュタルの街の裏通りへと足を向けた。
肩にはソラが乗り、足元にはフェルとピコがしっかりとついてきている。街の住人たちも、すっかり俺と魔物たちの姿に慣れたようで、すれ違うたびに気さくに声をかけてくれる。
賑やかな大通りから一本外れた、薄暗く静かな裏路地。
その突き当たりに、目的の仕立て屋はあった。看板には擦れかけた文字で『仕立屋・銀の針』と書かれている。店の外観は古びており、あまり繁盛しているようには見えなかった。
「ここみたいね。なんだか入りづらい雰囲気だけど……」
ルウが不安そうに杖を握る。
「大丈夫だ。行ってみよう」
俺がドアの取っ手を回して押し開けると、カランコロンと古びたベルの音が店内に響いた。
店内は薄暗かったが、壁には美しい刺繍が施された布地や、機能的で丈夫そうな革の防具服が所狭しと並べられていた。どれも一目見ただけで、作り手の尋常ではないこだわりと技術の高さが伝わってくる一級品ばかりだ。
「……いらっしゃい。何の用ですか」
奥のカウンターから、低く警戒心に満ちた声が響いた。
そこに立っていたのは、くすんだ金色の髪を無造作に後ろで束ねた、二十代前半ほどの若い女性だった。右目には片眼鏡をかけ、指先には無数の針傷がある。彼女の目は、まるで怯えた小動物のように俺たちを鋭く値踏みしていた。
彼女が店主の『リナ』だろう。
「突然お邪魔してすみません。俺は絆紋亭のレインと言います。腕のいい職人さんがいると聞いて、特別な素材の仕立てをお願いしたくて来ました」
俺が穏やかに言うと、リナはフンと鼻を鳴らした。
「特別な素材? どうせ、その辺の森で採れた粗悪な魔物の皮か何かでしょう。うちは安っぽい仕事は引き受けません。王都の貴族が持ち込むような最高級の絹でも持ってくるなら話は別ですが……いや、貴族の仕事なんて二度とごめんだわ。帰ってください」
彼女の言葉には、深い諦めと、過去のトラウマからくる棘があった。
(この人も、俺と同じように誰かに踏みにじられたことがあるんだな)
俺は怒る気にはなれず、ただ静かに、持参した布包みをカウンターの上に置いた。
「……貴族の絹より、少しだけ珍しいかもしれません。一度だけ、見ていただけませんか」
俺が布を解いた瞬間。
薄暗い店内に、まるで星空を切り取ったかのような、七色に輝く圧倒的な光が溢れ出した。
「なっ……!?」
リナが息を呑み、片眼鏡の奥の瞳を限界まで見開いた。
太陽の光を閉じ込めたようなプリズムの輝き。絹よりも滑らかで、鋼よりも強靭な感触。それが束となって、カウンターの上で静かに光を放っている。
「こ、これは……伝説の魔物、『ジュエル・スパイダー』の糸!? しかも、これほど大量に、一切の傷みもなく……! どうやってこんなものを手に入れたんですか!?」
リナは震える両手で虹色の糸に触れ、その感触にうっとりとした表情を浮かべた。職人としての純粋な魂が、過去のトラウマを上回った瞬間だった。
「昨日、うちの家族になったルリっていう宝石蜘蛛が編んでくれたんです。これで、うちのクランの仲間たち全員の『お揃いのマント』を作ってほしくて」
「か、家族……? 魔物が……?」
リナは混乱したように俺を見た。そして、俺の肩に乗るソラや、足元でお座りをするフェルを見て、ハッと息を呑んだ。
「あんた……噂の『魔物使い』……絆紋亭のマスターね。……でも、だめ。無理よ。私には、こんな素晴らしい素材を仕立てる資格なんてないわ」
リナは急に顔を暗くし、糸から手を離して後ずさった。
「資格がない?」
「私は……王都で、王族専属の仕立屋になるはずだった。でも、ある我儘な貴族の令嬢から『国宝級の竜の鱗でドレスを作れ』と命じられ……私は必死に仕上げた。でも、令嬢は出来上がったドレスが自分の肌の色に合わないというだけで、私に『素材を台無しにした無能』という濡れ衣を着せ、ギルドから追放したのよ」
リナの言葉は、かつての俺の記憶と痛いほどに重なった。
『お前はもう、いらない。足手まといの無能だ』
勇者アレクの冷たい声が脳裏をよぎる。理不尽に努力を否定され、すべてを奪われる絶望。彼女もまた、その地獄を味わってきたのだ。
「……怖いんです。また、一生懸命作ったものを『無能』だと嘲笑われるのが。この美しい糸を、私の手で台無しにしてしまうのが……怖いっ!」
リナは顔を覆い、その場に崩れ落ちそうになった。
俺はゆっくりとカウンターに歩み寄り、右手の甲にある翠色の痣――『絆紋』の光を静かに解放した。
魔物にしか効果がないはずの絆紋の波紋だが、その温かく純粋な魔力は、不思議と傷ついた人間の心をも優しく包み込む力を持っていた。
「リナさん。俺も昔、王都の勇者パーティーから『無能だ』と追放された人間です。毎日彼らのために武器を磨き、飯を作り、裏方として尽くしたのに、ある日突然捨てられました」
「え……?」
「でも、俺は今、このアシュタルで最高の仲間たちに出会えました。彼らは俺を絶対に無能だなんて呼ばない。俺の作った飯を美味いと笑ってくれて、俺が繕った服を喜んで着てくれる。……俺たちは、失敗を笑ったりしない。あなたの技術を、あなたの魂を、絶対に無下にしたりしません」
俺の言葉に、リナは覆っていた手をゆっくりと下ろした。
「だから、お願いです。あなたのその素晴らしい技術で、俺たちの『絆』を形にしてもらえませんか?」
俺が頭を下げると、ルウやエリス、ドーラも一緒に深く頭を下げた。
「お願い、リナ。あなたの作った服、本当に素敵な刺繍ばかりだわ。私、あなたの仕立てたマントが着たい!」
ルウが真剣な瞳で訴える。
「私にも、可愛いローブを作ってくださいっ!」とエリス。
「アタシのドワーフの眼が保証する。あんたの手の針傷は、一流の職人が刻んだ誇り高き勲章だ。自信を持ちな!」
ドーラがニッと笑う。
「きゅるるーっ!」
「ウォンッ!」
ソラとフェルも、リナを励ますように優しく鳴いた。
リナの片眼鏡の奥から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。彼女は何度も何度も袖で涙を拭い、やがて、職人としての強い意志を宿した瞳で真っ直ぐに俺たちを見つめ返した。
「……分かりました。私に、やらせてください。最高の糸で、あなたたちだけの最高の『絆の服』を、必ず仕立て上げてみせます……!」
* * *
それから三日後。
クラン『絆紋亭』の拠点に、大きな荷物を抱えたリナがやってきた。
彼女の顔は三日前とは打って変わり、徹夜の疲れが見えるものの、憑き物が落ちたように明るく、職人としての誇りに満ちていた。
「皆さんのマント、完成しました。……着てみてください」
リナが荷物を解くと、そこにはルリの虹色の糸を見事に織り上げ、それぞれの体格や戦闘スタイルに合わせた見事なマントとローブが現れた。
光の加減で七色に輝き、羽のように軽く、それでいて刃物すら通さない圧倒的な強度を持つ防具服。胸元には、絆紋の翠色の痣をモチーフにした美しい刺繍が施されていた。
「すげえっ! なんだこれ、着てる感覚がないくらい軽いのに、魔力が全身を守ってくれてるのが分かるぜ!」
アイラが真新しいマントを羽織り、戦斧を振るって歓声を上げる。
「すごい……魔力伝導率が完璧だわ。これなら魔法の威力が何倍にも跳ね上がる。リナ、あなた本当に天才よ!」
ルウが鏡の前でローブの裾を翻し、満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、すっごく可愛いですっ! 私、一生大切にします!」
エリスがくるくると回りながら喜ぶ。
「ガハハ! アタシの作業着も最高じゃないか! これで熱い窯の前でも快適だ!」
ドーラも誇らしげに胸を張る。
ソラやフェル、ピコたちの首元にも、お揃いの虹色のスカーフが巻かれ、魔物たちも嬉しそうに跳ね回っていた。
俺も、自分のために仕立てられたマントを羽織った。体に吸い付くように馴染み、温かな守護の力が全身を包み込むのが分かる。
「リナ。本当にありがとう。最高の仕上がりだ。……よかったら、これからもうちのクランの専属仕立屋として、力を貸してくれないか?」
俺が手を差し出すと、リナは再び涙ぐみながら、両手でその手を強く握り返した。
「……はいっ! 喜んで。私、この辺境に来て……皆さんと出会えて、本当によかったです!」
こうして、腕利きの仕立屋リナが、絆紋亭の新しい仲間として加わった。
その夜は、新しいお揃いのマントを身につけたまま、庭の虹色の天蓋の下で盛大な宴会が開かれた。
王都で「足手まとい」と呼ばれ、すべてを失った俺の周りには、今、これほどまでに頼もしく、温かく、そして賑やかな家族たちがいる。
急ぐ必要なんてない。
俺たちの絆は、ルリの紡いだ糸のように強靭に、そしてどこまでも美しく、この辺境の地で織り上げられていくのだから。
満天の星空の下、笑い声がいつまでも絶えることなく響き渡っていた。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手 / 森の守護者
Lv:29
HP:310 / 310
MP:110 / 110
【スキル】
・生活魔法 Lv.8
・剣術 Lv.3
・解体 Lv.5
・野営技術 Lv.8
・野戦調薬 Lv.6
・植物知識 Lv.5
・建築・修繕 Lv.8
・鑑定 Lv.4
・気配察知 Lv.5
・魔導知識 Lv.3
・料理 Lv.6(※ポタージュ作り等でアップ)
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。癒やしの波動は人間の心をも解きほぐす。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル5
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル5
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル4
・スピリット・フォーン(ミエル):絆レベル4
・クリア・スライム(スイ):絆レベル4
・宝石蜘蛛:絆レベル4(※絆深化)
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
・ドーラ(ドワーフの若き職人・クラン専属建築士兼鍛冶師)
・リナ(服飾職人・クラン専属仕立屋として新規加入)
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