第14話 古い森の精霊獣と、クランに響く新たな笑い声
第14話 古い森の精霊獣と、クランに響く新たな笑い声
見習い魔導士のエリスがクラン『絆紋亭』の新しい仲間として加わり、拠点はさらに活気と温かさに包まれるようになっていた。
朝の柔らかな光がハーブガーデンを優しく照らし出し、露に濡れた葉の隙間から小鳥たちのさえずりが心地よく響いている。テラスの木製テーブルでは、淹れたてのハーブティーから立ち上る心地よい香りが漂い、足元では小竜のソラ、銀色のウルフであるフェル、ポーションラビットのピコ、クリスタル・ゲッコーのルチルたちが仲良く並んで朝のひとときを満喫していた。
「みんな、おはよう。今日もいい天気だな」
俺ことレインが優しく声をかけると、ソラは「きゅるっ!」と元気に鳴き、フェルはふさふさとした尻尾を大きく振ってみせた。
王都のパーティーで「お前はもういらない」と無情に切り捨てられ、自分の居場所を完全に失っていたあの頃の自分が、まさかこんなにも温かく、そして賑やかな日常を手に入れられているとは、当時は想像すらしなかった。
急いで強くなる必要などない。誰かと競い合う必要もない。ただ、目の前の大切な存在と手を取り合い、自分たちのペースで日々を重ねていく。それだけで、人生は十分に満たされるのだということを、今の俺は心から実感していた。
その時、庭の入り口の木の門から、トントンと軽やかなノックの音が聞こえた。
「おや、こんな朝早くに誰だい?」
俺がテラスの椅子から立ち上がり、門へと歩み寄って扉を開けると、そこに立っていたのはギルドの赤毛の受付嬢だった。彼女は少し息を弾ませており、手には一枚の古い羊皮紙を握りしめている。
「レインさん、おはようございます! 朝早くからすみません」
「おはようございます。どうかしたんですか、そんなに慌てて」
「実はですね、アシュタルの街から少し離れた『精霊の泉』と呼ばれる森の奥地で、最近、不思議な現象が起きているんです。そこを通りかかった冒険者たちが、突然美しい歌声を聞いたかと思うと、深い眠りに落ちてしまって……誰も奥まで進めないんだとか」
赤毛の受付嬢の言葉に、俺は少しだけ目を丸くした。
「美しい歌声で眠りに落ちる、か……。それはもしかして、歌を好む精霊系の魔物しわざかもしれないですね」
「はい! ギルドとしても調査を頼みたいんですが、いつものようにベテランたちは遠征中で……。そこで、またレインさんのお力を貸していただけないかと思いまして!」
彼女の頼みに対し、俺は快く頷いた。
「分かりました。その依頼、引き受けましょう。みんなを連れてすぐに向かいます」
「本当ですか!? ありがとうございます、レインさん! くれぐれも気をつけてくださいね」
ギルドの受付嬢に見送られ、俺はすぐに準備を整えた。テラスに戻ると、アイラ、ルウ、ゴット、そして新しく加わったエリスがすでに集まっていた。
「おっ、新しい依頼かい? もちろんアタシも行くぜ!」と、アイラが巨大な戦斧を軽々と担ぎ上げる。
「私も行くわ。眠りの歌なんて、どんな魔法なのか興味があるしね」と、ルウが気だるげに杖を回した。
「ほっほっほ、若者たちの冒険についていくのは良い運動になるのう」と、ゴットも嬉しそうに髭を揺らす。
「わ、私もお供します! 役に立てるか分かりませんが、勉強のために……!」と、エリスも眼鏡をキュッと持ち上げて意気込んだ。
こうして、クラン『絆紋亭』のメンバー全員による、精霊の泉に向けた新しい冒険がはじまったのだった。
*
アシュタルの街を出て、豊かな緑が生い茂る西の森のさらに奥へ進むこと数時間。
周囲の木々が一層古くなり、空気がひんやりと澄み切った一帯に到着した。ここが、冒険者たちの間で「精霊の泉」と呼ばれている場所だ。
足元には真っ白な野花が絨毯のように咲き誇り、どこからともなく、まるで鈴を転がすような美しく透明感のある歌声が聞こえてきた。
「……っ! この歌声、なんだかすごく頭がボーッとして……眠気が……」
エリスがふらりとよろめき、ルウが慌てて彼女の肩を支えた。
「しっかりしてエリスちゃん! これは精神に作用する特殊な魅了の歌声よ。魔力の防御を張って!」
ルウが素早く詠唱を行い、全員を包み込むような魔力の障壁を展開したおかげで、強烈な眠気はスッと引いていった。
「ありがとう、ルウさん……助かりました……」エリスが青い顔をして胸を撫で下ろす。
「気をつけて。歌声の主が近くにいるはずだ」
俺が『気配察知』のスキルを全開にし、静かに足を進めると、木漏れ日が差し込む美しい泉のほとりに、その姿があった。
それは、全身が純白の毛並みに覆われ、額に水晶のような小さな角を持ち、背中に淡く光る蝶のような翼を生やした、小鹿に似た優美な魔物――『スピリット・フォーン』だった。その瞳は澄み切った青色をしており、泉の水を飲みながら、ただ自分の美しい声で歌を歌っていただけなのだ。
(痛い……怖い……近づかないで……私の歌を邪魔しないで……!)
脳内に流れ込んできたのは、人間たちに追われ、自分の静かな居場所を奪われかけて怯えているという切実な感情だった。よく見ると、そのスピリット・フォーンの右の翼のあたりに、人間のものらしき古い矢傷が残り、羽繕いができずに苦しんでいる。
「待て、誰も攻撃するな。あいつは戦いたいわけじゃない」
俺はアイラやルウを制し、ゆっくりと両手を広げながら一歩ずつ泉へと近づいた。
スピリット・フォーンは俺の姿に気づくと、ピクッと耳をピンと立て、警戒するように美しい歌声をピタリと止めた。
「大丈夫だ。怖がらせるつもりはないんだよ。その翼、痛かったよな」
俺の右手の甲に刻まれた翠色の痣が、優しく温かな光を放ち始めた。
『絆紋』の力が波紋のように広がり、スピリット・フォーンの警戒心を優しく包み込んでいく。不思議なことに、俺の放つ温もりを感じ取った瞬間、スピリット・フォーンの瞳から恐怖の色がスーッと消え去り、代わりに驚きと安心感が満ちてきた。
「キュゥ……?」
「よし、そのままだ。今、綺麗にしてやるからな」
俺は手持ちの傷薬とすり潰した薬草を丁寧に患部に塗り、綺麗な包帯で優しく巻き上げた。
スピリット・フォーンは、自分の痛みがすっかり消えたことに気づくと、嬉しそうに小さく鳴き、トコトコと俺の足元まで歩いてきて、その冷たくて美しい頭を俺の手にそっと擦りつけた。
(あったかい……この人、優しい……好き……)
その純粋な感情がダイレクトに流れ込んできて、俺は思わずふっと笑みをこぼした。
「はは、すっかり懐かれたみたいだな。名前は……そうだな、『ミエル』にしようか。その澄んだ瞳にぴったりだ」
「キュイン!」と嬉しそうにミエルが鳴いた。
後ろで見守っていたアイラが、呆れたような、しかしどこか楽しげな顔で腕を組んだ。
「まったく、お前はどんな神秘的な魔物だろうと一瞬で味方につきちまうんだから驚きだよ。これでまた絆紋亭の家族が増えたな」
「うん。これで、また一つ大切な居場所が賑やかになるな」
俺はミエルを優しく抱き上げ、肩の上で待っていたソラや、少し離れた場所で待機していたフェルたちの待つクラン『絆紋亭』へと、新しい家族と共に帰路についたのだった。
西の森の奥深くに広がる穏やかな絆の輪は、こうして今日も静かに、そして確実に対象を広げながら、かけがえのない温かな時間を紡ぎ続けていく。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手
Lv:23
HP:250 / 250
MP:70 / 70
【スキル】
・生活魔法 Lv.6
・剣術 Lv.3
・解体 Lv.5
・野営技術 Lv.7
・野戦調薬 Lv.5
・植物知識 Lv.4
・建築・修繕 Lv.3
・鑑定 Lv.2
・気配察知 Lv.3
・魔導知識 Lv.2
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル3
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル3
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル3
・スピリット・フォーン(ミエル):新規合流 / 絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
・エリス(見習い魔導士・クランメンバー)
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