第133話 異常なる鍛錬と、公国を彩る裏方の絆
第133話 異常なる鍛錬と、公国を彩る裏方の絆
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、『絆紋公国』の中心地であるこの場所は、世界を脅かした魔王城地下の特異点を完全に封じ込めた後も、変わることなく穏やかで調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ巨大な精霊樹は、深淵の虚無や魔王の怨念を完全に浄化した極上の光をたっぷりと吸収し、もはや一つの大森林と見紛うほどの神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
彼らの後に続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライたちが一斉に集まってくる。
極北の遠征や各地の迷宮で家族となった魔物たち。次元を司る星天の神狼シリウス、時空の鯨クジラ、星喰いのバク、星の精霊であるルミ、コア、ジュジュ。虚無から生まれ変わった虚空の精霊ゼロ、時空猫のチク、星屑の幼竜アストラ。
さらに日課の救済活動で仲間になった琥珀の狐コハク、翠玉の螳螂ジェイド、紫水晶の蝶アメ、鋼角の猛牛バフォ、土塊の猪ブブ、豊穣の案山子ワラ、蜜の妖精蜂ハチ、水水晶の亀スイショウ、オアシスの蓮妖精ハス。
そして前回の開拓地で仲間になった泥堀りの海狸マド、水袋の蛙ゲコ、硬石の土竜モグ。歴史編纂の記録者シリルの相棒となった記録の妖精メモ、記憶の水晶亀カメオ、伝承の白鳩クルックたちも、すっかり拠点に馴染み、わらわらと俺の周囲に集まり、心地よさそうに喉を鳴らしている。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、尻尾を振って応えた。庭の奥では、漆黒の竜ノヴァや紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグといった大型組も、朝の日差しを浴びて気持ちよさそうに背伸びをしている。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスと元宮廷料理人のセシルが、賑やかな声を上げた。
ダイニングルームの巨大なテーブルには、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのチーズ・オムレツサンド』に、農学者セリーヌが育てた新鮮なカボチャを使った『冷製パンプキンスープ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『極上オーク肉の厚切りロースト』が並べられている。
「ガハハ! 今日も飯が美味いねぇ! 平和になったからって体が鈍っちまうのは御免だからね。今日は訓練生どもに『アタシら流の回避訓練』をたっぷり味わってもらうとするよ!」
女戦士のアイラが、厚切りローストを豪快に頬張りながらニヤリと笑う。
「ええ。魔導技師のクロムに依頼して、魔力弾を自動で乱射する『訓練用・魔導砲台』を数十基ほど設置してもらいましたわ。実戦さながらの弾幕を抜ける感覚、しっかりと体に刻み込んであげましょう」
少女魔導士のルウも、優雅にスープを飲みながら恐ろしいことを言う。
「武の極致は、いかなる状況下でも平常心を保つこと。彼らには限界を超えてもらいます」
剣聖シルヴィアが静かに紅茶のカップを置いた。
訓練生たちの異常なる日常
朝食後、アシュタル辺境国の軍事教練所。
そこでは、他国の騎士団が見れば間違いなく「拷問」か「処刑」と見紛うような、常軌を逸した光景が繰り広げられていた。
「よし! 第三小隊、魔導砲台からの弾幕をすべて相殺、あるいは回避しろ! 少しでも気を抜けば丸焦げだぞ!」
「第四小隊は背中に背負った鉄鉱石の袋を落とすな! 足腰の踏ん張りと魔力障壁の同時展開を維持しろ!」
槍使いのクロードと重騎士のガレスが、訓練生たちに激を飛ばす。
「ひぃぃっ! 砲台の連射速度がおかしいですって!」
「右から火炎弾! 左から氷結弾! 誰か障壁を重ねてくれぇっ!」
若い訓練生たちが泥だらけになりながら、四方八方から飛んでくる極大魔法の雨を必死に回避し、防御魔法を展開している。
そこへ、Sランク教官であるアイラが巨大な戦斧を肩に担いで現れた。
「ガハハハ! お前ら、動きがワンパターンすぎるよ! 戦場じゃ敵は真正面から撃ってくれないんだぜ! ほら、アタシの『極大旋風』を避けながら砲台の弾幕を抜けてみな!」
「い、アイラ教官!? ちょっと待って、それは流石に死にま――ぎゃあああっ!」
凄まじい竜巻が巻き起こり、訓練生たちが次々と空高く巻き上げられていく。
しかし、彼らが地面に激突する寸前で、ピコが目にも留まらぬ速さで跳躍し、空中で彼らをキャッチしては、柔らかな着地へと導いている。さらに、癒水の精霊シズクや風精のリスのルルたちが、すかさず回復魔法や支援魔法をかけて彼らを即座に前線へと復帰させる。
「素晴らしい耐久力と復帰速度ですわ。では、次は私の『インフェルノ・バースト』の余波を、自分たちの魔力で相殺する訓練です。詠唱は五秒。遅れれば灰になりますよ」
ルウが炎の杖を掲げると、上空に擬似的な太陽が生まれ、圧倒的な熱線が訓練場を焼き尽くそうとする。
「急げ! 全員で水属性と氷属性の複合結界を張るんだ!」
訓練生たちが半泣きになりながら、全力で魔力を絞り出す。
これが、アシュタルにおける「普通の朝の基礎訓練」である。
特級クランのマスターであり、世界最強のSランク冒険者たちと、規格外の力を持つ魔物たちに囲まれて毎日しごかれている訓練生たちは、本人たちの自覚が全くないまま、すでに他国の近衛騎士団を単機で圧倒できるほどの異常なレベルへと達していた。
彼らは魔物との共存を当たり前とし、神話クラスの魔物と肩を並べて戦うための術を、文字通り骨の髄まで叩き込まれているのだ。
隠密部隊の異常な情報網と、新たなる陰謀
一方、領主の館の執務室。
俺は山積みの決裁書類に目を通しながら、特級密偵のシオンと、新人獣人のミャオからの報告を受けていた。
「レイン様。現在、世界の魔力脈は完全に安定しておりますが、それに乗じて旧体制の残飯を漁ろうとする小悪党どもの動きが、未だに散見されます」
シオンが、手元の分厚いリストをパラパラとめくる。
「今回特定したのは、大陸中部の交易都市を拠点とする『ザルド商工会』の不正です。彼らは、アシュタルが主導している『魔力繊維』の市場を独占しようと、他の善良な商人の輸送馬車を襲撃したり、不当な関税をかけたりしています」
「……相変わらず、平和になっても自分の利益しか考えない連中はいなくならないな。しかし、よくそんな表に出ない組織の裏の動きまで正確に把握できるな」
俺が感心して尋ねると、ミャオが自慢の犬耳をピコピコと動かしながら胸を張った。
「ふふん! 私の聴力と、ルリちゃんの幻聴魔法、それに最近仲間になった記録の妖精メモちゃんと記憶の水晶亀カメオちゃんの力を組み合わせれば、この星で起きている密談の九割は筒抜けなんですよ!」
ミャオの肩に留まった幻聴鳥のルリが「チチチッ」と鳴き、カメオが甲羅から淡い光を放つと、ザルド商工会の会長が密室で交わしている会話と映像が、空中にホログラムのように再生された。
『ククク……アシュタルの連中が魔王城の浄化にかまけている間に、中部の繊維市場は我々が完全に支配する。邪魔な魔物どもは、”腐食の染料”を使って森ごと根絶やしにしてやれ!』
「……また随分と分かりやすい悪役ムーブをしているな。森を汚染してまで市場を独占しようとは」
俺がため息をつくと、シオンが冷酷な笑みを浮かべた。
「ええ。すでに彼らの全財産の隠し場所、共犯者のリスト、そして不法投棄を行っている『囁きの森』の正確な座標は特定済みです。商工会会長が今朝の朝食に何を食べたかまで、メモの記録帳に記載されております」
アシュタルの隠密部隊の情報収集能力は、もはや恐怖すら覚えるレベルに達していた。物理的な潜入だけでなく、魔物たちの特殊能力を駆使することで、世界中のどんな密室の会話すらも彼らの耳と目から逃れることはできないのだ。
「よし。リストに挙がっている悪党どもは、魔境鎮圧部隊の各小隊に情報を回して今日中に全員捕縛しろ。だが、森を汚染している不法投棄の現場には、俺たちが直接向かう。これ以上、罪なき自然と魔物を傷つけさせるわけにはいかない」
「かしこまりました。一網打尽にしてご覧に入れます」
シオンが影のように一礼し、姿を消した。
囁きの森と、公国を彩る裏方
俺たちは、アイラ、ルウ、シルヴィアの主力陣と、フェル、ピコ、ソラを連れ、空間転移の銀狐ギンの力で大陸中部の『囁きの森』へと一気に跳躍した。
そこは本来、美しい魔力糸を紡ぐ自然の動植物が生息する美しい森のはずだったが、一部のエリアからは鼻をつくような酷い悪臭と、どす黒い汚水が流れ出していた。
「ひどい有様だね。自分の懐を温めるために、こんな美しい森を毒の染料で汚すなんて、許せないよ」
アイラが戦斧を握りしめ、ギリッと歯を鳴らす。
「悪党どもの気配は、この先ですわ。どうやら、まだ不法投棄を続けているようです」
ルウの視線の先、森の開けた場所には、ザルド商工会に雇われた荒くれ者の傭兵たちが、樽に入った猛毒の『腐食の染料』を川へ流し込もうとしている姿があった。
そして、その傭兵たちの前に立ちはだかり、必死に抗議している一人の若い人間の女性の姿があった。
彼女は質素な織物職人の服を着ており、その背後には、毒の染料に巻かれて苦しそうにしている三匹の小さな魔物が庇われていた。
「や、やめてください! これ以上この森を汚せば、彼らだけじゃなく、森全体の生態系が壊れてしまいます! お願いですから、出て行って!」
女性が涙ながらに叫ぶ。
「ギャハハ! うるせぇんだよ、貧乏機織り女の『ラナ』! ザルド会長の命令に逆らうなら、お前もこの魔物どもと一緒に毒の川に沈めてやるよ!」
傭兵が下品に笑い、剣を抜いてラナに斬りかかろうとした。
「そこまでだ、三下ども」
静かな森に、俺の声が響き渡った。
「な、なんだ貴様らは!?」
傭兵たちが驚愕して振り返る。
「き、絆紋公国の……レイン公王!?」
その悪名高い姿を見て、傭兵たちの顔から一気に血の気が引いた。
「他人の森を汚し、罪なき女性と魔物を傷つける。その罪の重さ、身をもって教えてやる」
俺が剣を抜き放ち、右手の甲の『絆紋』の光を灯した。
「ガハハ! お掃除の時間だ! まとめて吹き飛べ!」
「『極大旋風・星砕き』!!」
アイラの戦斧が巻き起こす竜巻が、毒の樽ごと傭兵たちを空高く吹き飛ばす。
「燃え尽きなさい!『インフェルノ・バースト』!!」
ルウの放つ業火が、空中に舞い上がった毒の染料を瞬時に蒸発させ、無害な灰へと変える。
「我が剣の前に、立つことすら許しません。『神速・絶空の剣』」
シルヴィアの神速の剣閃が、傭兵たちの武器と防具だけを豆腐のように切り裂き、彼らを完全に無力化した。
「フェル、ピコ、ソラ! 逃がすな!」
「ウォォォンッ!!」「キュイッ!!」「きゅるるーっ!!」
フェルの天雷が轟き、ピコの浄化の蹴りが炸裂し、ソラの神聖なブレスが森に染み込んだ毒を完全に中和する。俺たち『絆紋亭』の圧倒的な力の前に、ザルド商工会の傭兵たちは、わずか数十秒で完全に粉砕された。
救出と、彩りを紡ぐ新たな命
「ひぃぃっ……! 命だけは、命だけはお助けを……!」
傭兵たちが床に這いつくばり、俺の靴にすがりつこうとする。
「お前たちを雇ったザルド商工会のトップは、すでに我が国の魔境鎮圧部隊が拘束している。お前たちも一生、開拓地の鉱山で真面目に働いて罪を償ってもらう」
俺の言葉に、傭兵たちは絶望して気絶した。
「怪我はないか?」
俺が声をかけると、女性――ラナは、涙を流しながらその場に深く跪いた。
「レイン公王様……! なんとお礼を申し上げればよいか……! 私の命だけでなく、この森の魔物たちまで救っていただき、本当にありがとうございます!」
「礼には及ばない。君こそ、たった一人でこんな傭兵たちに立ち向かうなんて、すごく勇敢だったな」
俺が微笑むと、ラナは背後に庇っていた三匹の魔物たちを優しく抱き寄せた。
一匹は、透き通るような美しい銀色の糸を吐き出す小さな蜘蛛――『絹糸の蜘蛛』。
一匹は、雲のようにふわふわで、極上の魔力綿毛を持つ羊――『綿毛の羊』。
最後の一匹は、羽ばたくたびに美しい虹色の鱗粉を落とし、万物を鮮やかに染め上げる蝶――『彩りの蝶』。
彼らは魔王の瘴気に当てられたわけではないが、商工会の連中に住処を荒らされ、猛毒の染料に巻かれて弱り切っていたのだ。ラナは機織り職人としてこの森に通ううちに彼らと仲良くなり、体を張って守ろうとしていたらしい。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
俺はゆっくりとしゃがみ込み、右手の甲の『絆紋』の光を限界まで灯し、彼らの体に手をかざした。
翠色の極限浄化と調和の光が、森の暗がりを温かく包み込む。
魔物たちの傷が瞬時に癒え、毒に侵されていた体が完全に浄化されていく。
(……あたたかい。痛くない……。あなたが、私たちを助けてくれたの?)
絹糸の蜘蛛から、細く美しい糸のような穏やかな思念が伝わってくる。
「ああ。俺はレイン。お前たちをいじめていた奴らは、もう二度と悪さができないようにしておく」
俺が微笑みながら蜘蛛の頭を撫でると、彼女は安堵したように喉を鳴らし、俺の手に顔をすり寄せてきた。
綿毛の羊もふわりと俺の足元にすり寄り、彩りの蝶は俺の肩に留まって美しい光を放ち始めた。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルやピコたちも近寄り、新しい仲間を優しく迎え入れる。
「もしよかったら、俺たちの家族にならないか? うちには、お前たちのように傷ついた過去を持ちながら、今は元気に暮らしている仲間がたくさんいる。お前たちの力があれば、世界中の人たちに温かくて美しい服を届けることができる」
俺の誘いに、三匹の魔物は嬉しそうに大きく頷いた。
「よし。蜘蛛のお前は『イト』だ。羊は『ワタ』。蝶は『アヤ』だ。今日からよろしくな、みんな!」
「キチチッ♪」
「メェェッ♪」
「パタパタッ♪」
新たなる家族、イト、ワタ、アヤを迎え入れた俺は、ラナに向き直った。
「ラナ。君のその機織りの技術と、魔物を守ろうとする優しい心は、俺たちの国に絶対に必要なものだ。……どうだろう、アシュタルへ来て、俺たちの仲間にならないか? うちには、農学者のセリーヌや建築技師のバランたちのような、国を裏から支える『縁の下の力持ち』がたくさんいる。君には、彼らや訓練生たち、そして魔物たちのための『特別な制服』を作ってもらいたいんだ」
俺の誘いに、ラナは感動で顔を覆い、大粒の涙を流しながら力強く頷いた。
「はい……! 私のようなただの職人でよければ、この命と技術の全てを、絆紋公国のために捧げます!」
こうして、凄腕の機織り・裁縫職人であるラナという内政の要が、新たな人間の仲間として陣営に加わったのである。
戦闘部隊や隠密部隊が華々しく活躍する裏で、彼らが着る服を紡ぎ、食べる食事を作り、住む街を開拓する「縁の下の力持ち」たちがいる。
今日新しく加わったラナや、イト、ワタ、アヤたちと共に、公国の暮らしはさらに彩り豊かになっていくことだろう。
戦闘だけが世界を救うわけではない。人々の営みと、魔物たちとの調和こそが、この世界に真の平和をもたらすのだ。
アシュタル辺境国による『絆紋公国物語』の編纂と、俺たちの終わらない救済の旅は、名もなき英雄たちの手によって、今日も温かく紡がれていくのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作もよろしく(*´∀`)ノ
しがらみだらけの人生に疲れたので、記憶を消して無人境へ転生します〜無限魔力の【万能創造】で理想の拠点を作ってたら、最強の魔獣たちが勝手に懐いて最高の家族になりました〜
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