第12話 古い街道の商人たちと、クランに加わる新たな影
第12話 古い街道の商人たちと、クランに加わる新たな影
北の旧鉱山跡地で鉱石の鱗を持つクリスタル・ゲッコーのルチルを保護し、クラン『絆紋亭』の新しい家族として迎えてから数日が過ぎた。
アシュタルの街のはずれにある我が家――ハーブガーデンが広がるこの拠点は、日を追うごとにその賑やかさを増していた。朝の澄み切った空気の中、テラスの木製テーブルで淹れたてのハーブティーを味わっていると、足元では小竜のソラが銀色のウルフであるフェルや、ポーションラビットのピコ、そしてキラキラと輝くルチルと一緒になって楽しげにじゃれ合っている。ウールシープの群れも庭のあちこちにゆったりと腰を下ろし、この場所にしかない穏やかな時間を満喫していた。
「みんな、今日もいい天気だな」
俺ことレインがそう呟くと、ソラは「きゅるっ!」と元気に鳴き、フェルはふさふさとした尻尾を大きく振ってみせた。王都のパーティーで「お前はもういらない」と無情に切り捨てられ、自分の居場所を完全に失っていたあの頃の自分が、まさかこんなにも温かく、そして賑やかな日常を手に入れられているとは、当時は想像すらしなかった。
急いで強くなる必要などない。誰かと競い合う必要もない。ただ、目の前の大切な存在と手を取り合い、自分たちのペースで日々を重ねていく。それだけで、人生は十分に満たされるのだということを、今の俺は心から実感していた。
その時、庭の入り口に作った手作りの木の門の方から、トントンと慎ましいノックの音が聞こえてきた。
「おや、こんな朝早くに誰だい?」
俺がテラスの椅子から立ち上がり、門へと歩み寄って扉を開けると、そこに立っていたのは、見慣れない旅装束に身を包んだ一人の若い男だった。その顔には疲労の色が濃く滲んでおり、衣服のあちこちが埃や泥で汚れている。男の背後には、荷物を満載した二頭の大型の荷馬車がポツンと停められていた。
「あ、あの……! もしかして、ここが噂の非公式クラン『絆紋亭』のマスター、レインさんでしょうか……?」
「そうだ。俺がレインだけど……君は?」
俺が穏やかな口調で尋ねると、男はホッとしたように深く息を吐き出し、その場でガクリと膝をつきかけた。俺は慌てて彼を支え起こし、庭のテラスへと案内して椅子に座らせた。冷たい水を手渡すと、男はそれを一気に飲み干し、震える声で話し始めた。
「わ、私は王都から南の街道を経てアシュタルへ向かっていた商人の一行の者です……。我が社は辺境との交易を営んでいるのですが、二日ほど前から、アシュタルへ続く古い街道の途中で、見たこともない奇妙な魔物の群れに道を塞がれてしまいまして……」
「街道が魔物に塞がれている? それなら冒険者ギルドに依頼を出せば……」
「出そうとしたんです! しかし、その魔物たちは商人たちの荷物を奪うわけでもなく、ただ街道を占拠して、近づく者すべてを威嚇するんです。下手に刺激すると危険だと言われて、どの護衛の冒険者たちも手を出せなくて……私たちの商隊は足止めを食らい、このままでは積荷の食料や特産品がすべてダメになってしまうんです。どうか、お助けいただけないでしょうか……!」
男の必死な訴えを聞きながら、俺は少しだけ眉をひそめた。荷物を奪うわけでもなく、ただ街道を塞いで威嚇するだけの魔物。それは単なる略奪や襲撃ではなく、何か別の理由があってそこに居座っているのではないかという気がした。
「分かった。その依頼、俺が引き受けよう」
「ほ、本当ですか……!? ありがとうございます……!」
「ああ。みんなを連れてすぐに向かうから、少しここで休んでいてくれ」
俺がそう言うと、テラスの周辺で様子を見守っていたアイラが、いつの間にか巨大な戦斧を肩に担ぎながらニヤリと笑って近づいてきた。
「おっ、新しいお仕事かい? 街道の封鎖なんて面白そうなトラブルじゃないか。もちろん、アタシも同行するぜ」
「私も行くわよ。最近、新しい魔法の詠唱を試したくてうずうずしていたところだしね」と、ルウが気だるげに杖をクルリと回す。
「ほっほっほ、商人の若者を助けるというのは、旅の道中での良い徳積みになるのう。ワシも同行させてもらうとしよう」と、ゴットも穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
さらに、俺の肩の上にいたソラが「きゅるる!」と気合を入れたように鳴き、フェルやピコ、ルチルたちも「自分たちも行くぞ」と言わんばかりに一斉に集まってきた。
こうして、クラン『絆紋亭』のメンバーによる、古い街道の魔物調査に向けた小さな遠征が急遽決定したのだった。
*
アシュタルの街から南へ半日ほど歩いた場所にある、緑豊かな「古い交易街道」。
そこは本来、王都や他の開拓街へと続く主要なルートの一つであり、多くの商隊や旅人で賑わうはずの場所だった。しかし、その中腹にある大きな石橋の周辺だけが、異様な静けさに包まれていた。
「……あの辺りだな、魔物たちが陣取っているというのは」
俺たちは街道の曲がり角に身を隠し、前方を慎重に観察した。
石橋の真ん中に陣取っていたのは、全身が鮮やかなエメラルドグリーンの鱗に覆われ、頭部に大きな柔らかそうなファン(扇状の器官)を持つ、体長が二メートルほどのトカゲ型の魔物――『ディープ・フォレスト・リザード』の群れだった。しかも、その中の一際大きな個体の足元には、何やら小さな別の生き物がうずくまっているのが見える。
(怖い……動けない……誰か、助けて……!)
ふと、俺の脳内に、か細く怯えた子供のような感情が飛び込んできた。それは、その群れが威嚇しているのではなく、何かから怯えて身を守っているのだということを明確に物語っていた。
「待て、アイラ、ルウ。攻撃しちゃ駄目だ。あいつらは怯えているだけで、敵意があって街道を塞いでいるわけじゃない」
「おや、そうなのかい? 確かに、よく見ると武器を構えてるわけじゃなくて、円陣を組んで何かを守ってるみたいに見えるね」
アイラが目を細めて戦況を分析する。
俺はゆっくりと一歩前に出ると、両手を体の横に広げ、敵意がないことを示しながら静かに歩き出した。
「お前たち、大丈夫か? 怖いことはしないから安心してくれ」
「グルルル……ッ!」
群れのリーダー格であるエメラルド色のリザードが、俺の姿を見て低い唸り声をあげ、威嚇するように前足を地面に叩きつけた。しかし、その瞳には攻撃的な色ではなく、必死に家族を守ろうとする強い警戒心の色が浮かんでいた。
俺は右手の甲にある翠色の痣の光を強め、波紋のように温かな癒しの魔力を空間に広げた。
「ほら、怖くない。俺たちはただ、君たちと話をしたいだけなんだ」
その優しい声と絆紋の力が完全に同調した瞬間、リザードたちの全身からピリピリとした緊張の糸がスッと消え去った。リーダー格のリザードは驚いたように目をパチクリとさせ、それからゆっくりと身をかがめ、自分の後ろに隠れていた小さな存在を俺に見せた。
そこにいたのは、まだ産まれたばかりであろう、真っ白な毛並みを持つ小さな小動物――風を操る魔物の子供『シルフ・フォックス』だった。その足が、古い罠の鉄条網に痛々しく絡め取られていた。
「なるほど……この子供が罠にかかって動けなくなったから、君たちはこの橋から動けずにいたのか」
俺が優しく声をかけながら近づき、手際よく鉄条網をナイフでこじ開けてシルフ・フォックスの足を解放してやった。怪我の具合を薬草と軟膏で手当てしてやると、シルフ・フォックスは「キュイン!」と嬉しそうな声をあげ、親の元へとピョンピョンと跳ねて戻っていった。
群れ全体に、安堵と感謝の感情が波のように広がっていく。リーダー格のリザードは、俺の足元にそっと歩み寄ると、その大きな頭を俺の靴に優しく擦りつけた。
「よし、これで一件落着だな」
後ろから様子を見ていたアイラが豪快に笑いながら近づいてきた。
「まったく、お前はどんな魔物だろうと一瞬で味方につきちまうんだから驚きだよ。これでまた街道も安全に通れるし、商人の若者も大喜びするに違いないね」
その時、助けられたシルフ・フォックスの親が、お礼だと言わんばかりに、近くの茂みから一株の極上の薬草をくわえて俺の前に差し出した。
「おや、これは……『竜血草』じゃないか! 薬師の間でも幻の素材と言われている超高級品だよ!」と、後方から駆けつけたゴットが目を丸くして驚いた。
「ありがとう。大切にさせてもらうよ」
俺が受け取ると、シルフ・フォックスの家族やリザードの群れは、満足したように満足げな声をあげ、森の奥へと仲良く帰ってい設。
こうして、古い街道の封鎖事件は、誰も傷つくことなく、むしろ素晴らしい出会いと特級素材の獲得という最高の結果をもって解決されたのだった。
アシュタルの街へと戻る道中、俺たちの新しい冒険の足取りは、いつにも増して軽やかで温かなものだった。
【現在のステータス】
名前:レイン
職業:冒険者(クラン『絆紋亭』マスター)
称号:追放されし者 / 魔物に愛されし者 / 辺境の癒し手
Lv:21
HP:230 / 230
MP:60 / 60
【スキル】
・生活魔法 Lv.6
・剣術 Lv.3
・解体 Lv.5
・野営技術 Lv.7
・野戦調薬 Lv.5
・植物知識 Lv.4
・建築・修繕 Lv.3
・鑑定 Lv.2
・気配察知 Lv.3
【固有スキル】
・絆紋:対象の魔物と心を通わせ、警戒心を解き放つ。深い絆を結んだ魔物と感覚や力を共有できる。
【クラン『絆紋亭』メンバー】
・空色小竜:絆レベル5
・銀色のウルフ(フェル):絆レベル3
・ポーションラビット(ピコ):絆レベル3
・クリスタル・ゲッコー(ルチル):絆レベル3
・ウールシープの群れおよび森の小動物たち
・アイラ(女戦士・正式なクラン協力者)
・ルウ(魔導士・正式なクラン協力者)
・ゴット(薬師・正式なクラン協力者)
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