第11話 新たな影と、クラン『絆紋亭』の穏やかな日常
第11話 新たな影と、クラン『絆紋亭』の穏やかな日常
アシュタルの街のはずれに構えたクラン『絆紋亭』の拠点は、日を追うごとにその活気と温もりを増していた。
朝の柔らかな日差しがハーブガーデンを優しく包み込み、露に濡れた葉の一枚一枚が宝石のようにきらめいている。テラスの木製テーブルでは、淹れたてのハーブティーから立ち上る心地よい香りが辺りに漂っていた。
足元では、すっかり大きくなった小竜のソラが、新しく合流した銀色のウルフ――フェルや、ポーションラビットのピコと楽しげにじゃれ合っている。ウールシープの群れも庭の草をのんびりと食み、この場所に満ちる平和な空気を形作っていた。
「みんな、朝の空気は気持ちいいか?」
俺ことレインが声をかけると、ソラは「きゅるっ!」と元気に鳴き、フェルはふさふさとした尻尾を大きく振ってみせた。
王都を追放された当時は、自分の居場所など世界のどこにもないのだと絶望していた。だが、今こうして信頼できる仲間たちや、心を通わせた魔物たちに囲まれていると、あの理不尽な追放劇すらも、この最高の居場所へたどり着くための必然の遠回りに思えてくる。
その時、クランの入り口の木の門がトントンと軽く叩かれた。
「おや、こんな朝早くから誰だい?」
テラスの席から立ち上がり、門へと歩み寄って扉を開けると、そこに立っていたのはギルドの赤毛の受付嬢だった。彼女は少し息を弾ませており、手には一枚の真新しい羊皮紙を握りしめていた。
「レインさん、おはようございます! 朝早くからすみません」
「おはようございます。どうしたんですか、そんなに慌てて」
「実は、昨日から街の北側にある鉱山跡地の方で、新しい魔物の目撃情報があったんです。それも、今までにない変わった生態の魔物らしくて……ギルドとしても調査を頼みたいんですが、ベテランの冒険者たちはみんな遠征中なんです。それで、レインさんのお力を貸していただけないかと思いまして……!」
彼女の言葉に、俺は少しだけ目を丸くした。鉱山跡地といえば、かつてゴブリンなどが棲みついていた場所だが、それ以外の新しい魔物とは一体何だろうか。
「新しい魔物、ですか?」
「はい。目撃した商人の話だと、金属の鉱石を好んで食べる、ちょっと変わったトカゲのような生き物らしいんです。ただ、攻撃してくるわけではなく、怯えると鉱石の中に隠れてしまうらしくて……誰も傷つけずに保護してあげてほしいんです」
危害を加えないのであれば、それは凶暴な魔物というよりは、何かに怯えているか、あるいは居場所を探しているだけの動物かもしれない。俺の持つ『絆紋』の力なら、その魔物の本当の気持ちを汲み取ることができるはずだ。
「分かりました。その依頼、引き受けましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます、レインさん! さすが頼りになります!」
赤毛の受付嬢がパッと花が咲いたような笑顔を見せ、深々と頭を下げた。
準備を整えた俺は、テラスに戻って仲間たちに声をかけた。
「みんな、ちょっと北の鉱山跡地まで行ってくる。ソラ、フェル、ピコ、留守番を頼むな」
「きゅるる?」
「グルッ?」
ソラとフェルが首をかしげると、アイラがガシッと自分の戦斧を肩に担ぎながら立ち上がった。
「おいおいレイン、新しい魔物の調査なんて面白そうな話じゃないか。それに、一人で行かせるわけないだろ。アタシもついていくぜ」
「私も行くわ。最近、魔法の実験も兼ねて新しい素材が欲しかったし、護衛役くらいにはなってあげるわよ」と、ルウが気だるげに杖をクルリと回す。
ゴットも「ほっほっほ、若い者たちの冒険についていくのも、隠居の楽しみというものじゃな」と穏やかに微笑んだ。
こうして、クラン『絆紋亭』のメンバーによる、ちょっとした調査の旅がはじまったのだった。
*
アシュタルの街から北へ歩くこと数時間、荒涼とした岩肌が広がる「旧北鉱山跡地」に到着した。
かつては鉄や銀の採掘で賑わっていた場所だが、数年前に鉱脈が枯渇して以来、人間に見捨てられ、今ではひっそりと静まり返っている。
周囲にはゴツゴツとした岩や古いトロッコのレールが転がっており、冷たい風がヒュウヒュウと吹き抜けていた。
「この辺りだな、目撃情報があったのは」
俺が周囲の足跡や地面の様子を『気配察知』と『植物知識』の応用で探っていると、少し離れた古い採掘洞窟の入り口付近から、カツカツと硬質なものが擦れ合うような小さな音が聞こえてきた。
「……ん? あそこだな」
俺がそっと足音を忍ばせて近づくと、洞窟の壁際に、体長が五十センチほどの小さなトカゲのような生き物がうずくまっていた。
その体は、まるで純銀やルビーの原石を固めたかのようにキラキラと輝く美しい鉱石の鱗に覆われている。しかし、その表情は怯えきっており、震えながら足元の小さな鉄鉱石の欠片をちびちびとかじっていた。
「あれは……『クリスタル・ゲッコー』か?」
アイラが息を呑んで呟いた。鉱石を主食とし、その美しい体表から高価な宝石の素材が採れるため、一攫千金を狙う悪質な密猟者たちから常に狙われている珍しい魔物だ。
(怖い……痛い……人間が来る……もう、ここにもいられない……!)
脳内に流れ込んできたのは、ひどく傷つけられ、人間の暴力から逃げてきた子供のような怯えと絶望の感情だった。
よく見ると、そのクリスタル・ゲッコーの左の尾のあたりが深くえぐれ、血を流している。密猟者の放った矢か何かに当たってしまったのだろう。
「待て、急に近づくな。怯えちまう」
俺がアイラとルウを制し、両手を体の横に広げながらゆっくりと一歩ずつ近づいた。
クリスタル・ゲッコーは俺の姿に気づくと、パッと目を大きく見開き、逃げ出そうとしたが、怪我の痛みでその場に崩れ落ちてしまった。
「大丈夫だ。もう誰も君を傷つけたりしない。痛かったよな」
俺の右手の甲に刻まれた翠色の痣が、優しく温かな光を放ち始めた。
『絆紋』の力が波紋のように広がり、クリスタル・ゲッコーの荒い呼吸を包み込んでいく。不思議なことに、俺の放つ温もりを感じ取った瞬間、クリスタル・ゲッコーの瞳から恐怖の色がスーッと消え去り、代わりに驚きと安心感が満ちてきた。
「キュキュ……?」
「よし、そのままだ。今、綺麗にしてやるからな」
俺は手持ちの傷薬とすり潰した薬草を丁寧に患部に塗り、綺麗な包帯で優しく巻き上げた。
トカゲの魔物は、自分の傷が痛まなくなったことに気づくと、安心したように小さく鳴き、トコトコと俺の足元まで歩いてきて、その冷たくてキラキラ光る頭を俺の靴にスリと擦りつけてきた。
(あったかい……この人、やさしい……)
その無邪気で純粋な感情がダイレクトに流れ込んできて、俺は思わずふっと笑みをこぼした。
「はは、すっかり懐かれたみたいだな。名前は……そうだな、『ルチル』にしようか。その綺麗な輝きにぴったりだ」
「キュキュッ!」と嬉しそうにルチルが鳴いた。
後ろで見守っていたアイラが、呆れたような、しかしどこか楽しげな顔で腕を組んだ。
「まったく、お前はどんな凶暴な魔物だろうと、一瞬で自分のペットにしちまうんだから大したもんだよ。これでまた絆紋亭の家族が増えたな」
「うん。これで、また一つ大切な居場所が賑やかになるな」
俺はルチルを優しく抱き上げ、肩の上で待っていたソラや、少し離れた場所で待機していたフェルたちの待つクラン『絆紋亭』へと、新しい家族と共に帰路についたのだった。
西の森の奥深くに広がる穏やかな絆の輪は、こうして今日も静かに、そして確実に対象を広げながら、かけがえのない温かな時間を紡ぎ続けていく。
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