第122話 愚者たちの密談と、用意された蜘蛛の巣・前編
第122話 愚者たちの密談と、用意された蜘蛛の巣・前編
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、『絆紋公国』の中心地であるこの場所は、極北の絶望的な脅威が去り、世界が平和の祝祭に沸く中においても、いつもと変わらぬ穏やかで調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ巨大な精霊樹は、深淵の虚無を完全に浄化した光をたっぷりと吸収し、一つの大森林と見紛うほどの神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
彼らの後に続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライたちが一斉に集まってくる。
さらに極北の遠征や各地の迷宮で家族となった数え切れないほどの魔物たち。次元を司る星天の神狼シリウスや、時空の鯨クジラ、次元の螳螂カマ、星喰いのバク、星の精霊であるルミ、コア、ジュジュ。虚無の暴食者から浄化され生まれ変わった虚空の精霊ゼロ、時空猫のチク、星屑の幼竜アストラ。
そして連日の日課である救済活動や探索で新たに仲間となった琥珀の狐コハク、翠玉の螳螂ジェイド、紫水晶の蝶アメ、鋼角の猛牛バフォ、晶翼の蜻蛉トン、地揺らしの穴熊アナ、癒水の精霊シズク、土塊の猪ブブ、豊穣の案山子ワラ、蜜の妖精蜂ハチ、水水晶の亀スイショウ、蜃気楼の狐キロ、オアシスの蓮妖精ハスたちも、わらわらと俺の周囲に集まり、心地よさそうに喉を鳴らしている。
「おはよう, みんな。今日もいい天気だな」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め, 尻尾を振って応えた。庭の奥では, 漆黒の竜ノヴァや紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグ、砂塵の魔蠍ゼットといった大型組も、朝の日差しを浴びて気持ちよさそうに背伸びをしている。平和な空気が、この庭には満ち溢れていた。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスと元宮廷料理人のセシルが、賑やかな声を上げた。
ダイニングルームの巨大なテーブルには、特製の魔力小麦で作った『焼きたての全粒粉パン』に、農学者セリーヌが育てた新鮮なキノコを使った『濃厚ポタージュ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『特製ローストチキン』が並べられている。
「ガハハ! 今日も飯が美味いねぇ! 連日悪党どもを叩きのめして回ってるから、朝からしっかり食べておかないと体が持たないよ!」
女戦士のアイラが、ローストチキンを豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。ですが、世界各地で自分はまだ大丈夫と勘違いしている愚者たちが、まだ隠れて悪巧みをしているようですわね」
少女魔導士のルウも、優雅にポタージュを飲みながら冷たげな笑みを浮かべた。
「彼らがどれほど巧妙に隠れていようとも、我が隠密部隊の網からは逃れられません。……むしろ、今は泳がせておいた方が都合が良いのです」
特級密偵のシオンが、コーヒーを啜りながら静かに告げた。
終わらない勘違いと、地下の密談
アシュタル辺境国および絆紋公国が、世界各地の通常ダンジョンの間引きや、良心的な為政者たちの救済を進める一方で、旧世界の権益にしがみつく一部の悪徳貴族や元高官たちは、未だに現実逃避を続けていた。
彼らは、アシュタル軍が各地で悪事を働く貴族たちを次々と処断しているという噂を耳にしながらも、「自分たちはまだ見つかっていない」「自分たちは特別に賢いから大丈夫だ」と根拠のない自信に浸り、生き残りを図っていた。
大陸中央部にある、かつては栄えたものの現在は打ち捨てられた古い城の、その地下深く。
分厚い鉛の扉で閉ざされ、外からの魔力探知も遮断された秘密の会議室に、数十名の男たちが集まっていた。
彼らは皆、かつては諸国で私腹を肥やし、アシュタルの理念に反旗を翻そうとしたものの、運良くまだ表立った粛清を免れていた者たちである。
「フン、アシュタルの連中は最近、各地のダンジョン間引きだの開拓だのと忙しくしているらしい。我々のような大物の存在に気づく余裕すらないと見える!」
かつて南部で奴隷貿易と不当関税で巨万の富を築いた元宰相『ベルモンド』が、高級な葉巻をふかしながら鼻で笑った。
「まったくですな! 世間ではレイン公王とやらの『絆紋』がどうこうと神聖視されていますが、所詮は田舎の成り上がり者。国境が消え去り、各地が混乱している今こそ、我々が再び利権を掌握する絶好のチャンスだ!」
それに同調したのは、かつて東方の鉱山を私物化し、労働者を使い潰していた元侯爵『ドレイク』だった。
会議室に集まった者たちは、互いにワイングラスを傾け、どうすればアシュタルの目を盗んで再び巨万の富と権力を手に入れられるかについて、熱い議論を交わしていた。
「手始めに、アシュタルの支配がまだ行き届いていない西方の荒野に新たな秘密組織を作り、そこで密かに魔獣をブリーダーして他国へ売りつけるのはどうだ? かつての魔王軍の残党ともコネがある。奴らの技術を使えば、アシュタルの目を欺く強力な兵器が作れるはずだ!」
「素晴らしい! それなら資金は私が旧帝国の隠し口座から融資しよう。どうせ連中は、私たちが完全に没落したと油断しきっている!」
彼らは自分たちの計画が世界で最も聡明で、アシュタル軍の誰も予測できない完璧な陰謀であると確信し、満面の笑みで乾杯の音頭を取った。
自分たちが今、まさに巨大な蜘蛛の巣の中心に自ら進んで足を踏み入れ、身動きが取れなくなっていることなど、夢にも思わずに。
筒抜けの計画と、用意された蜘蛛の巣
彼らが地下の密談室でどれほど声を潜め、魔力遮断の結界を張っていようとも、その会話の全ては、アシュタル軍の隠密部隊の耳に一言一句漏らさず届いていた。
いや、正確に言えば、彼らが集まったその古い城自体が、最初からアシュタル軍によって「監視・誘導」のために用意された場所だったのだ。
城の天井裏、あるいは壁の隙間。
そこには、シオン直属の隠密部隊の精鋭である獣人ミャオや、幻聴鳥ルリ、幻術士リリアたちが、息を潜めて完璧な盗聴と記録を行っていた。
ニンジャのような身のこなしで梁の上に張り付くミャオは、耳をピクピクと動かしながら小声で呟いた。
「……ふふっ、すごい自信ですね。自分たちが世界を裏で操っていると本気で思っている顔が、天井裏からでも手に取るように分かりますよ」
リリアが幻術の結界の中で、クスリと声を殺して笑う。
「ええ。ミャオの聴力とルリの録音能力があれば、彼らの全財産の隠し場所から、共犯者のリストまで完璧に揃いました」
ミャオが自慢の犬耳をさらにピコピコと動かしながら、手元の魔導記録盤にペンを走らせる。
「シオン様からの指示通りですね。彼らを下手に泳がせてあちこち逃げ回られるよりも、こうして『安全な秘密会議室』を用意して一箇所に集まってもらった方が、一網打尽にするには圧倒的に効率が良いと判断されたわけです」
ニーナが目隠しの下で、冷徹な笑みを浮かべた。
そう、この古い城の地下密談室は、逃げ場のない構造になっており、周囲の空間はシオンの部隊と空間転移の魔物たちによって完全に封鎖されていた。彼らがどれほど壮大な悪巧みを話し合おうとも、それは実行に移されるどころか、すべてアシュタル側の「一網打尽にするための処刑リスト」に綺麗に清書されていくだけの滑稽な独り言に過ぎなかったのだ。
「さて、録音も証拠集めも完璧に終わりました。そろそろ、レイン様たちを呼んで『お迎え』の準備をするとしましょうか」
ミャオが通信魔道具のスイッチを入れた。
愚者たちが描いた甘い夢の宴は、まもなく、アシュタル軍による容赦のない現実の鉄槌によって粉々に打ち砕かれることとなる。
絆紋公国の平穏を守るための「ざまをみろ」の舞台は、こうして完璧に整えられたのである。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~
https://ncode.syosetu.com/n1368mp/




