第118話 偽りの豊穣と、裁きの絆
第118話 偽りの豊穣と、裁きの絆
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、『絆紋公国』の中心地であるこの場所は、極北の絶望的な脅威が去り、世界が平和の祝祭に沸く中においても、いつもと変わらぬ穏やかで調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ巨大な精霊樹は、深淵の虚無を完全に浄化した光をたっぷりと吸収し、一つの大森林と見紛うほどの神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
彼らの後に続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライたちが一斉に集まってくる。
さらに極北の遠征や各地の迷宮で家族となった数え切れないほどの魔物たち。次元を司る星天の神狼シリウスや、時空の鯨クジラ、次元の螳螂カマ、星喰いのバク、星の精霊であるルミ、コア、ジュジュ。虚無の暴食者から浄化され生まれ変わった虚空の精霊ゼロ、時空猫のチク、星屑の幼竜アストラ。そして連日の日課である救済活動で新たに仲間となった鋼角の猛牛バフォ、晶翼の蜻蛉トン、地揺らしの穴熊アナ、癒水の精霊シズクたちも、わらわらと俺の周囲に集まり、心地よさそうに喉を鳴らしている。
「おはよう、みんな。今日もいい天気だな」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、尻尾を振って応えた。庭の奥では、漆黒の竜ノヴァや紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグ、砂塵の魔蠍ゼットといった大型組も、朝の日差しを浴びて気持ちよさそうに背伸びをしている。平和な空気が、この庭には満ち溢れていた。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスと元宮廷料理人のセシルが、賑やかな声を上げた。
ダイニングルームの巨大なテーブルには、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのバターロール』に、農学者セリーヌが育てた新鮮な葉物野菜を使った『温かいグリーンポタージュ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『大盛りオーク肉と茸のソテー』が並べられている。
「ガハハ! 今日も飯が美味いねぇ! 連日小隊を分けてあっちこっち飛び回って人助けをしてるから、朝からガッツリ食わないと力が出ないよ!」
女戦士のアイラが、オーク肉のソテーを豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。ですが、私たちの活動のおかげで、世界中の善良な方々が救われているのは事実ですわ。今日も気を引き締めていきましょう」
少女魔導士のルウも、優雅にポタージュを飲みながら微笑んだ。
「平和の裏で泣いている人々を放置するわけにはいきません。我が剣は、いつでも悪を断つ準備ができています」
剣聖シルヴィアが静かに紅茶のカップを置き、凛とした視線を向けた。
偽りの豊穣と、隠密部隊の報告
朝食を終えた俺たちが執務室へ向かうと、そこには特級密偵のシオンと首席文官のエレナが、厳しい表情で資料を広げていた。極北での決戦後、俺たち『絆紋公国』と『アシュタル辺境国』の合同部隊は、各小隊に分かれて世界各地で良心的な貴族や文官を助け、圧政を敷く者を排除する活動を日課としている。
「レイン様、おはようございます。本日の対応事案について、急ぎご報告があります」
シオンが、広げられた地図の南西部に位置する穀倉地帯を指差した。
「旧大陸の中央部に位置する『ギロン伯爵領』でのことです。領主であるギロン伯爵は、アシュタルからの農業支援物資を不正に横領しているばかりか、自領の豊かな農地から収穫された作物を不当に買い叩き、飢餓に苦しむ近隣の小国へ法外な値段で売り捌いていることが判明しました」
「……自分たちの利益のために、民の命を天秤にかけているのか」
俺がため息をつくと、エレナが眼鏡を押し上げて言葉を継いだ。
「問題はそれだけではありません。ギロン領の農村を管理する若き代官『テオ』と、彼の妹であり自警団長を務める『エリス』が、ギロン伯爵の悪政を告発しようと証拠を集めていました。しかし、それを察知したギロン伯爵が、彼らを『領主への反逆罪』で処断しようと動いたのです」
「反逆罪だと? 民を餓死から救おうとした人間をか」
俺の声が自然と低くなる。
「はい。ギロン伯爵は悪辣な傭兵団を雇い入れ、さらに違法な魔物使役の魔道具を用いて『ポイズン・ファング(毒牙狼)』や『ブレード・マンティス(刃蟷螂)』の群れをテオ代官の治める農村へと放ちました。魔物の襲撃による不幸な事故に見せかけて、彼らを農村ごと抹殺するつもりのようです。現在、エリス率いる自警団が必死に防衛線を張っていますが、数の暴力の前に全滅は時間の問題です」
「ガハハ! また自分の手を汚さずに魔物を使って人を殺そうとするクズが出たか! どこの世界にも学習能力のない馬鹿はいるもんだねぇ!」
アイラが戦斧を肩に担ぎ、怒りと呆れの入り混じった笑みを浮かべる。
「ええ。そのような下劣な行い、絶対に許してはおけませんわ。豊かな大地を私物化するその強欲、私たちが直接燃やし尽くしてあげましょう」
ルウも炎の杖を構え、周囲の空気がチリチリと熱を帯びた。
「シオン、エレナ、状況は完全に把握した。これより俺とアイラ、ルウ、シルヴィアの主力部隊でギロン領へ向かう。ギンの空間転移を使えば、まだ間に合うはずだ」
「かしこまりました。我々隠密部隊も先行して潜入し、ギロン伯爵の退路を完全に断っておきます。彼の隠し財産も、全て押収の手配を整えておきます」
シオンが影のように一礼し、姿を消した。
絶望の農村と、舞い降りる希望
旧大陸中央部、ギロン伯爵領の辺境の農村。
見渡す限りの豊かな麦畑が広がるその場所は、今まさに蹂躙の危機に瀕していた。
「エリス! 東の防衛線が突破された! 傭兵たちが魔物をけしかけてくるぞ!」
「くっ……皆、下がって! 私が時間を稼ぎます!」
銀色の軽鎧を纏った自警団長の少女エリスが、愛用の長槍を振るって毒牙狼の群れを牽制するが、多勢に無勢。彼女の腕や足にはすでに無数の傷が刻まれ、体力は限界に達していた。
「エリス、もう駄目だ! 村人たちは裏の森へ逃がした。お前も早く逃げるんだ!」
代官のテオが、血だらけになりながら妹の元へ駆け寄る。
「お兄様を置いて逃げられるわけがありません! ギロン伯爵の悪政を終わらせるまで、私たちは……っ!」
その時、傭兵団の団長と思われる下卑た男が、巨大な刃蟷螂を引き連れて彼らの前に歩み出た。
「ヒャハハ! 泣かせる兄妹愛だなァ。だが、領主様に逆らったのが運の尽きだ。お前らはここで、魔物の餌として惨たらしく死ぬんだよ!」
男が指笛を鳴らすと、数十匹の魔物が一斉にテオとエリスに向かって飛びかかった。
「ここまでか……っ!」
テオが絶望に目を閉じた、その瞬間。
「諦めるな。民を守ろうとするその意志は、絶対に無駄にはならない」
上空から、静かで力強い声が響き渡った。
テオたちが驚いて天を仰ぐと、空の彼方から、一筋の翠色の光が彗星のように舞い降りてきた。
ズガァァァァァァンッ!!!
傭兵たちと魔物の群れのど真ん中に、凄まじい衝撃と共に降り立ったのは、特級クラン『絆紋亭』のマスターである俺と、アイラ、ルウ、シルヴィア。そして、足元にはフェル、ピコ、ソラたち最古参の相棒が鋭い眼光を放っている。
「な、なんだ貴様らは!? どこから湧いて出た!」
傭兵団長が腰を抜かして叫ぶ。
「き、絆紋公国の……レイン公王様!?」
テオが信じられないものを見るように目を見開く。
「遅くなってすまない。あとは俺たちが引き受ける」
俺が剣を抜き放ち、右手の甲の『絆紋』の光を灯した。
「ガハハ! さあ、日課のお掃除の時間だ! 他人の畑を荒らす害虫どもは、アタシがまとめて刈り取ってやるよ!」
「『極大旋風・星砕き』!!」
アイラの巨大な戦斧が巻き起こす竜巻が、前列に押し寄せていた刃蟷螂の群れを一瞬にして空高く巻き上げ、粉砕する。
「燃え尽きなさい!『インフェルノ・バースト』!!」
ルウの放つ灼熱の業火が、突進してくる毒牙狼たちを瞬時に炭の塊へと変えた。
「我が剣の前に、立つことすら許しません。『神速・絶空の剣』」
シルヴィアの神速の剣閃が、傭兵たちが持つ武器だけを正確に切り裂き、彼らの戦意を完全に喪失させていく。
「フェル、ピコ、ソラ! 一掃するぞ!」
「ウォォォンッ!!」「キュイッ!!」「きゅるるーっ!!」
フェルの天雷が轟き、ピコの浄化の蹴りが炸裂し、ソラの神聖なブレスが瘴気を中和する。俺たち『絆紋亭』の圧倒的な力の前に、ギロン伯爵が放った魔物の群れは、わずか数分のうちに完全に制圧され、光の粒子となって消滅した。
「……す、すごい。これが、世界を救ったという絆紋公国の力……!」
エリスが、槍を取り落として呆然と呟く。
愚者の末路と、ざまぁの結末
魔物の脅威が去った後、俺たちは腰を抜かして震えている傭兵たちの元へと向かった。
「ひぃぃっ! お、俺たちは金で雇われただけで……命だけは!」
「安心しろ、命までは取らない。だが、お前たちを雇った首謀者にはキッチリと落とし前をつけてもらう」
俺がそう言うと、背後の森の影からシオンが姿を現した。彼女の手には、豪奢な貴族服を着た肥満体の男が、縄でグルグル巻きにされて引きずられていた。
「放せ! 私はギロン伯爵だぞ! 貴様らのような無法者の暴力など、世界が許すはずが……っ!」
わめき散らすギロン伯爵を、シオンが冷たく地面に放り投げる。
「あなたが闇市場で横流しした農業支援物資の証拠、そして、魔物を違法に使役した魔道具の購入履歴。全て裏取りは完了しています。隠し財産も、すでに我が隠密部隊が全て回収し、飢餓に苦しむ周辺諸国への支援に回させていただきました」
シオンが懐から書類の束を叩きつけると、ギロン伯爵の顔から一気に血の気が引いた。
「ひっ……! わ、私の全財産が……! そ、それは……ち、違う! これは何かの陰謀だ!」
「往生際が悪いですね。あなたの裏帳簿も、隠密部隊のミャオが全て聞き出し、幻聴鳥のルリが録音済みです。もはや言い逃れは不可能です」
「ガハハ! 自分の腹を満たすために民を飢えさせるクズには、お似合いの末路だな! お前みたいなヤツは、一生極寒の開拓村で畑でも耕して反省するんだね!」
アイラが戦斧をギロン伯爵の鼻先に突きつけると、彼は白目を剥いてその場に気絶した。
「テオ代官、エリス殿。大変だったな。支援物資の件も、魔物の件も、これでもう心配はない」
俺が振り返ると、テオとエリスの二人は、涙を流しながらその場に深く跪いた。
「レイン公王様……! なんとお礼を申し上げればよいか……! この命、そして村人たちの命を救っていただき、本当にありがとうございます!」
「礼には及ばない。民のために命を懸けられる君たちのような人間は、俺たちにとって何よりの宝だ。……どうだろう、アシュタルへ来て、俺たちの仲間にならないか? 君たちの農業管理の知識と、民を守る意志があれば、もっと多くの人々を救うことができる」
俺の誘いに、兄妹は顔を見合わせ、力強く頷いた。
「はい……! 私のような若輩者でよければ、この命、絆紋公国のために捧げます!」
こうして、民を想う若き代官テオと、勇猛なる自警団長エリスが、新たな人間の仲間として陣営に加わったのである。
畑の守護者たちと、新たなる家族
事後処理をシオンたちに任せ、俺はテオとエリスと共に、彼らが命懸けで守り抜こうとした麦畑へと向かった。
そこで俺は、荒らされた畑の中で、傷だらけになりながらも必死に作物を庇うようにして倒れている数匹の魔物の姿を発見した。彼らは、ギロン伯爵が放った狂暴な魔物たちから、この豊かな農地を守るために野生の本能で戦ってくれていたのだ。
「この子たち……私たちが魔物に襲撃された時、突如森から現れて、一緒に畑を守ってくれたんです」
エリスが涙ぐみながら言う。
倒れていたのは三匹の魔物だった。
一匹は、泥と土で作られたような強靭な体躯を持つ巨大な猪――『土塊の猪』。
もう一匹は、麦わらと古木で構成された案山子のような姿をした精霊――『豊穣の案山子』。
最後の一匹は、黄金色に輝く蜜を放ちながら飛ぶ、小さな蜂の群れを統率する妖精――『蜜の妖精蜂』。
彼らは明らかに野生の魔物だが、純粋な心を持ち、大地を豊かにするこの畑を守るために限界まで戦い抜いたのだ。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
俺は右手の甲の『絆紋』の光を灯し、そっと彼らの体に手をかざした。
翠色の極限浄化と調和の光が、波紋のように三匹の体を優しく包み込んでいく。
傷口を侵していた魔物の毒が瞬時に浄化され、深くえぐられた体が再生していく。
(……あたたかい。この光は、なんだろう……。とても、優しい……大地と同じ匂いがする)
豊穣の案山子から、風に揺れる麦畑のような穏やかな思念が伝わってくる。土塊の猪も、蜜の妖精蜂も、痛みが消え去ったことに驚きながら、ゆっくりと目を開けた。
「見ず知らずの人間たちの畑を守って戦うなんて、お前たちは本当に勇敢だな。立派だったぞ」
俺が微笑みながら彼らを撫でると、魔物たちは心底安堵したように息を吐き、俺の手に顔をすり寄せてきた。
「ウォンッ♪」「キュイッ♪」「きゅるるーっ♪」
フェルやピコたちも近寄り、新しい仲間を歓迎する。
「もしよかったら、俺たちの家族にならないか? うちには、お前たちのように優しくて強い仲間がたくさんいる。俺たちの街には、もっと大きくて豊かな畑があるんだ。一緒に育ててくれないか?」
俺の誘いに、三匹の魔物は嬉しそうに大きく頷き、俺の周囲を囲むように身を寄せた。
「よし。猪のお前は『ブブ』だ。案山子は『ワラ』。妖精蜂は『ハチ』だ。今日からよろしくな、みんな!」
「ブヒィィッ♪」
「サワワッ♪」
「ブンッ♪」
新たなる家族、ブブ、ワラ、ハチを迎え入れ、ギロン領の騒動は完全に決着を見た。
悪意を持つ愚者は己の強欲の報いを受け、民を想う良心的な者たちと、大地を愛する純粋な心を持つ魔物たちは、確かな絆で結ばれた。
日課となった救済の旅は、絆紋公国をさらに豊かにし、世界に真の平穏をもたらすための確かな足跡として、これからも永遠に刻まれていくのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!尚、現在新作 【安全第一】死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~
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