第114話 迷宮の恵みと、集いし新たな絆
第114話 迷宮の恵みと、集いし新たな絆
辺境の街アシュタルの東、小高い丘に広がる特級クラン『絆紋亭』の拠点であり、『絆紋公国』の中心地であるこの場所は、今日もまた、世界中のどの場所よりも優しく、奇跡のような調和に満ちた朝を迎えていた。
庭の中央にそびえ立つ巨大な精霊樹は、深淵の虚無を完全に浄化した光をたっぷりと吸収し、もはや一つの大森林と見紛うほどの神樹へと成長を遂げている。その豊かに茂ったエメラルドグリーンの枝葉が朝の心地よい風に揺れるたび、チリン、チリンと微かな鈴の音のような魔力の波紋が広がり、拠点全体を極上の癒やしのオーラで包み込んでいた。
「ウォンッ!」
「キュイッ!」
「きゅるるーっ!」
澄み切った青空の下、縁側で朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる俺の足元へ、一番最初に俺の固有スキルである『絆紋』を受け入れ、共に歩み始めた最古参の相棒たち――銀色のウルフ『フェル』、純白のポーションラビット『ピコ』、そして空色小竜の『ソラ』が競い合うように飛び込んできた。
それに続くように、水豹のリン、幻宝石獣のキラ、白銀の幼熊ブラン、空間転移を操る銀狐のギン、鋼棘の鎧獣マル、疾風の隼ゲイル、影猫のシャロ、水妖の獺ミロ、風精のリスのルル、土精の土竜ドロ、星翼の梟ステラ、幻影の蝶ファル、雲羊のモフ、木精の栗鼠コノ、鎌鼬のタマ、鋼殻の戦亀カメ、雷雲の幼鳥ライ。
極北の遠征で家族となった氷牙の白虎ビャクや吹雪の妖精ユキたちをはじめとする極北組、そして先日、火山の迷宮から連れ帰った宝石食いの獏ルビや焔の小鳥エン、さらに森の開拓で仲間になったクリスタル・ベアのロック、アース・ベアのダイチ、フラワー・ピクシーのフローラたちも、わらわらと俺の周囲に集まり、心地よさそうに喉を鳴らしている。
「おはよう、みんな。今日も元気いっぱいだな。フェル、尻尾がブンブン振れすぎだぞ。ピコも飛び跳ねすぎだ」
俺が彼らの頭を順番に優しく撫でると、魔物たちは心底嬉しそうに目を細め、甘えるように顔を擦り寄せてきた。庭の奥では、漆黒の竜ノヴァや紅蓮の火蜥蜴ガエン、鋼角の犀ザイン、岩砕の巨獣ダグ、砂塵の魔蠍ゼットといった大型組も、朝の日差しを浴びて気持ちよさそうに背伸びをしている。
「レイン様、朝食の準備が整いましたよ!」
厨房から、見習い魔導士のエリスと元宮廷料理人のセシルが、賑やかな声を上げた。
ダイニングルームの巨大なテーブルには、特製の魔力小麦で作った『焼きたてのハーブソーセージロール』に、農学者セリーヌが育てた新鮮なカボチャを使った『濃厚パンプキンスープ』、そして砂漠の巫女ナディアが持参したスパイスで味付けされた『彩り野菜とオーク肉のキッシュ』が並べられている。
「ガハハ! 今日も飯が美味いねぇ! ダンジョンの間引きで体を動かした後は、肉が五臓六腑に染み渡るってもんさ!」
女戦士のアイラが、キッシュを豪快に頬張りながら大笑いする。
「ええ。魔王の脅威が去って通常ダンジョンが活発化しているとはいえ、私たちの敵ではありませんわ」
少女魔導士のルウも、優雅にスープを飲みながら同意した。
ギルドマスターのバルカンからの依頼により、俺たち絆紋公国とアシュタル辺境国の合同部隊は、数日前から世界各地の通常ダンジョンの間引き(魔物の過剰発生の沈静化)を行っていた。
通常ダンジョンは破壊してしまうと有用な資源が手に入らなくなるため、適度に魔物を討伐して生態系のバランスを保つ必要がある。俺自身は南部の火山迷宮を担当し、そこで若き冒険者の兄妹トムとティム、そしてルビとエンを保護して帰還したばかりだった。
「レイン様、東の森林ダンジョンに向かっていたクロード小隊が帰還しました! 他の小隊も続々と拠点に到着しているようです」
特級密偵のシオンが、コーヒーを啜りながら静かに報告を入れた。
「そうか、みんな無事に戻ってきたな。よし、報告を聞きに行こう」
森林の癒やし手と、霊樹の鹿
領主の館の前庭に出ると、次々と空間転移の魔法陣が輝き、世界各地へ散っていた小隊が帰還してくる最中だった。
「レイン様! 東の森林ダンジョンの間引き、および資源の回収、無事に完了いたしました!」
槍使いのクロードが、重騎士ガレス、魔法盾使いアリス、重剣士ルークたちを引き連れて敬礼する。彼らの背後には、討伐した魔物の素材や採取した薬草が山のように積まれた荷馬車が並んでいた。
「ご苦労だった、クロード。怪我人はいないか?」
「はい! 魔物は確かに過剰発生しており凶暴化していましたが、我々の敵ではありません。ただ……ダンジョンの深部で、保護した者たちがいます。レイン様の『絆紋』の力をお借りしたく、こちらへ連れ帰りました」
クロードが道を開けると、そこには粗末な布の服を着たボロボロの少女と、巨大な荷台に乗せられた一頭の美しい鹿の魔物がいた。
少女は腕や足に包帯を巻いており、ひどく怯えた様子で周囲を見回している。鹿の魔物は、透き通るような緑色の角と、苔むしたような美しい毛並みを持つ『霊樹の鹿』であったが、その体には魔物に噛みつかれた深い裂傷がいくつもあり、息も絶え絶えの状態だった。
「この少女は『エルナ』。ダンジョンの周辺の村で薬草採集をして生計を立てていたそうですが、間引きが追いついていなかったために溢れ出した魔物の群れに襲われていたところを我々が救出しました。そして、この霊樹の鹿は……エルナを庇い、群れを成したキラー・ウルフたちに単身で立ち向かっていたのです」
アリスが痛ましそうな表情で説明する。
「あ、あの……! 私が逃げ遅れたせいで、この子が……っ! どうか、どうか助けてください!」
薬草採集家の少女エルナが、涙ながらに俺の足元に縋り付いた。
「大丈夫だ。よく頑張ったな」
俺はエルナを優しく立たせると、霊樹の鹿の元へと歩み寄った。
右手の甲の『絆紋』の光を灯し、そっとその傷ついた体に手をかざす。翠色の極限浄化と調和の光が、波紋のように鹿の全身を包み込んでいく。
傷口を侵していた魔物の毒が瞬時に浄化され、深くえぐられた肉が再生していく。
(……あたたかい。この光は、森の奥の優しい魔力と同じ……)
霊樹の鹿から、木漏れ日のような穏やかな思念が伝わってくる。
「よく見ず知らずの人間を庇って戦ったな。お前は立派だ」
俺が微笑みながら緑色の角を撫でると、鹿はゆっくりと目を開け、力強く立ち上がった。そして、俺とエルナの頬に、感謝するように顔をすり寄せてきた。
「よかった……! 本当によかった……っ!」
エルナが泣き崩れて鹿の首に抱きつく。
「エルナ、君は薬草の知識に長けているそうだな。もし帰る場所がないなら、アシュタルの薬師として働かないか? うちの農学者セリーヌや錬金術師のアルトが、君の知識を必要としている」
「ほ、本当ですか!? 私なんかでよければ、一生懸命働きます!」
エルナは涙を拭い、力強く頷いた。
「よし。そして鹿のお前は『リーフ』だ。これからエルナと一緒に、うちの森で平和に暮らそう。よろしくな」
「ピュィィッ♪」
リーフが嬉しそうに鳴き声を上げ、フェルやピコたち新しい家族が歓迎の輪を作った。
氷雪の魔法使いと、凍てつく小さな命
続いて、北の氷穴ダンジョンへ向かっていたアイラとルウの小隊が帰還した。氷結士セリスや氷槍騎士フレヤも同行しており、彼女たちの荷馬車には大量の極寒の魔石が積まれている。
「ガハハ! たっぷり間引いてきたよ! でっかい氷のゴーレムをアタシの斧で粉々にするのは爽快だったね!」
「ええ、私の炎で完全に溶かしてあげたわ。……ただ、少し厄介なものを拾ってしまったの」
ルウが苦笑いしながら振り返ると、そこには一人の無口な青年と、氷漬けにされた小さなケージが置かれていた。
青年は色白で、鋭い目つきをしていた。ボロボロの毛皮を纏い、手には粗末な杖を握っている。
「彼の名前は『グレイ』。氷穴ダンジョンのかなり深い階層で、たった一人で過剰発生した魔物の群れと戦っていたの。聞けば、身寄りのない孤児たちを養うために、危険を承知で深層の魔石を狩り続けていたらしいわ。私たちが到着した時には魔力切れで倒れる寸前だった」
ルウの説明に、グレイは気まずそうに視線を逸らした。
「……助けてもらったことには感謝する。だが、俺はまだ潜らなきゃならない。ガキどもに飯を食わせるために」
「その必要はないわ。彼が養っていた孤児たちは、すでにアシュタルの孤児院で保護するよう手配済みよ。エレナに頼んで、温かい食事とベッドを用意してもらったわ」
アイラがニヤリと笑うと、グレイは驚愕して目を見開いた。
「なっ……! あいつらを……? なぜ、そこまで……」
「それが絆紋公国のやり方だからな。グレイ、君の氷魔法の腕はかなり立つと聞いた。孤児たちを安全な場所で育てるためにも、アシュタルの防衛隊で正規の魔法使いとして働いてみないか?」
俺が手を差し伸べると、グレイはしばらく呆然としていたが、やがて震える手で俺の手を握り返した。
「……あんたたちには敵わないな。この命、アシュタルのために使わせてくれ」
「それで、ルウ。そのケージの中身は?」
俺が尋ねると、ルウはケージの氷をそっと溶かした。
中には、鋭い氷の結晶のような羽を持つ蝙蝠――『氷柱の蝙蝠』と、真っ白な雪玉に小さな目と手足が生えたような精霊――『雪玉の精霊』が、互いに身を寄せ合って震えていた。
「この子たち、他の凶暴な変異魔獣にいじめられて、死にかけていたのよ。ダンジョンの魔物が過剰発生したせいで、弱い魔物たちが住処を追われていたのね」
「そうか……」
俺は右手の甲の『絆紋』の光を灯し、二匹の小さな魔物に手をかざした。
翠色の温かな波紋が彼らを包み込み、ボロボロに傷ついていた羽や体を瞬時に修復していく。
(……あたたかい。怖い魔物がいっぱいいて、もうダメだと思ったのに……)
(……たすけてくれて、ありがとう……)
氷柱の蝙蝠からは冷たくも澄み切った思念が、雪玉の精霊からはふんわりと柔らかい思念が伝わってくる。
「もう怖い魔物はいない。俺たちの家には、優しくて強い仲間がたくさんいるぞ。一緒に行こう」
俺が微笑むと、二匹は嬉しそうに俺の手にすり寄ってきた。
「蝙蝠のお前は『ツララ』。雪玉の精霊は『コロ』だ。よろしくな」
「キィッ♪」
「ポロッ♪」
ツララがルウの肩に留まり、コロがコロコロと転がってピコの背中に乗る。可愛らしい新メンバーの加入に、周囲から自然と笑みがこぼれた。
古代の叡智と、機械仕掛けの鳥
最後に、西の廃墟ダンジョンへ向かっていたシルヴィアとシオンの小隊が帰還した。魔法剣士ディルクや双剣使いエララ、幻術士リリアたちも、充実した表情で転移陣から現れる。
「レイン様、西の廃墟の沈静化、完了いたしました。古代の遺物や貴重な金属素材を多数回収しております」
シルヴィアが優雅に一礼する。
「そして、少し珍しい者たちをお連れしました。こちらへ」
シオンが促すと、分厚い眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性と、彼女が大事そうに抱える、金属と歯車で構成された半壊状態の『鳥』の魔道具が姿を現した。
「彼女は『リディ』。各地のダンジョンに眠る古代文明の遺跡を調査している考古学者だそうです。廃墟ダンジョンで過剰発生した魔物の罠にかかり、絶体絶命のところを我々が救助しました」
「あ、ありがとうございます……! あんなに大量のガーゴイルが湧き出してくるとは思わず、調査に夢中になりすぎてしまって……」
リディがペコペコと何度も頭を下げる。
「無事で何よりだ。リディ、君の抱えているそれは?」
「こ、これですか? これは廃墟の最深部で発見した『古代の機械鳥』です! 大昔の高度な魔法技術で作られた自律型のゴーレム魔物なのですが、魔力切れと長年の劣化による損傷で、完全に機能停止してしまっているんです。私の知識ではどうにも直せなくて……」
リディが悲しそうに機械鳥を撫でる。
それは精巧な金属の羽を持ち、宝石の目をしていたが、歯車は錆びつき、魔力回路は完全に断線していた。
「なるほど……。なら、俺の力で直せるかもしれない」
俺は右手の甲の『絆紋』の光を限界まで高め、機械鳥の金属の体に手を置いた。
生物ではないゴーレムであっても、『万物の調和と極限浄化』の力は、その本来あるべき完璧な姿へと事象を最適化する力を持っている。
翠色の光が機械鳥の内部に浸透していく。
ギギギ……カシャッ、カシャッ!
錆びついていた歯車が浄化され、断線していた魔力回路が光の糸で繋がり、俺の魔力が強大な動力源となって機械鳥のコアへと注ぎ込まれていく。
ピポッ……ピィィィィンッ!
宝石の瞳に青い光が灯り、機械鳥が勢いよく金属の羽を羽ばたかせた。
「ピピッ! システム・オールグリーン。マスタァ、ドウカサレマシタカ?」
機械鳥が、無機質ながらもどこか愛嬌のある声で鳴いた。
「うそっ!? 失われた古代技術が、たった一瞬で完全に修復された……!? レイン様、あなたは一体何者なのですか!?」
リディが驚愕のあまり眼鏡をずり落として叫ぶ。
「ただの特級クランのマスターさ。リディ、君の考古学の知識と、この機械鳥のデータは、うちの魔導技師クロムが喉から手が出るほど欲しがるはずだ。アシュタルで、古代技術の解析要員として働いてみないか?」
「は、はいっ! 喜んで! こんな素晴らしい環境で研究ができるなんて、夢のようです!」
リディが歓喜の声を上げ、機械鳥も俺の周囲をクルクルと飛び回る。
「お前の名前は『マキナ』だ。よろしくな、マキナ」
「ピピッ! マキナ、リョウカイ。ヨロシクオネガイシマス、マスタァ!」
絆の宴と、広がりゆく公国
その夜。
領主の館の巨大な中庭では、各小隊の帰還と、新たなる仲間たちの加入を祝う大宴会が開かれていた。
セシルやエリスたちが腕を振るった山のようなご馳走が並べられ、アシュタル軍の兵士たちもクランメンバーも、身分や種族の垣根を越えて杯を交わし合っている。
新たに加わった薬草採集家のエルナは、さっそく農学者のセリーヌと薬草の栽培について熱く語り合い、氷魔法使いのグレイは、孤児たちの無事な姿を見て安堵の涙を流しながら、クロードたちと戦術について語り合っていた。
考古学者のリディは、魔導技師クロムと共にマキナの構造解析に夢中になり、「これは革命だ!」と二人して歓声を上げている。
そして魔物たちもまた、大賑わいだった。
霊樹の鹿リーフはフローラたちと森の植物を愛で、氷柱の蝙蝠ツララと雪玉の精霊コロは、ユキやシモたち極北組と一緒に涼しい隅っこで雪遊びをしている。古代の機械鳥マキナは、キラやステラたちと一緒に夜空を飛び回り、美しい金属音を響かせていた。
「ダンジョンの間引きは、ただ魔物を減らすだけの面倒な作業かと思っていたが……」
俺がワイングラスを傾けながら呟くと、隣に座っていたアイラが豪快に笑った。
「ガハハ! 結果的に、こーんなにたくさんの新しい家族が増えちまったね!」
「ええ。私たちの行くところ、全てが『絆』で繋がっていく。これこそが、レインの真の力ね」
ルウが優しく微笑み、シルヴィアやシオンも深く頷いた。
「ウォンッ!」「キュイッ!」「きゅるるーっ!」
フェル、ピコ、ソラが俺の膝の上に飛び乗り、顔をすり寄せてくる。
彼らの温もりを感じながら、俺は満天の星空を見上げた。
世界各地の通常ダンジョンの沈静化は、結果としてアシュタルに莫大な資源と、かけがえのない人材、そして純粋で愛らしい魔物たちをもたらした。
絆紋公国は、その強大な武力で世界を平定するだけでなく、こうして出会った全ての命を優しく包み込み、さらなる繁栄へと向かっていく。
新たなる家族たちの笑い声が響くこの温かな居場所を守り抜くため、俺たちの歩みは、これからも永遠に続いていくのであった。
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