7.馬に蹴られて死んじまえ―2
さァて……、と。
女の子をベッドに座らせ、その向かいに椅子を持ってきて腰をおろすと俺は天井を仰いだ。
チョイとこいつは一大事。
この女の子は何故ここにいるのか?
もとい、何故ここに居ることが出来るのか?
規則もものかはお構いナシの俺だけど、こういった事はキチンと解答を得ておかないと厄介だ。
現時点での身の処し方や後々の対応に困ってしまうことになる。
う~ん、まったくメンドくさい。
ふぅと深々ため息をつき、顔は変わらず仰向けたまま目線だけ横に流してみると、件の女の子は、コクコク俺が手渡した缶コーヒーを飲んでいた。
缶の表面には『微糖』とあったが、それでも彼女にとっては苦すぎるのか、飲むのはやめないながらも、すこし眉がしかめられている。
そんな仕草が何とはなしに幼くて、思わず笑みがこぼれそうになったが、ガマンガマン。
サラサラの髪をかいぐりかいぐり撫でてやりたい衝動をなんとか抑え、目をひっぺがすようにして、全面鏡貼りの天井に視線をもどす。
そこには女の子の旋毛と、なにやら難しい表情で自分自身を見返している俺の顔が映っていた。
さてさて、
昨日の今日で、折良く休暇がめぐってきたが、ホイホイ出かけた行き先は、どこの誰にも告げてない。
忠良なる軍人の鑑のこの俺が、当局なんぞに監視されてる筈もなし、基地のゲートを出た後で、ここまでの道中、知人に会った覚えもない。
そうして、俺は軍人になってこの方、宿帳に記名するようなシステムの『有料』の宿舎に泊まった事はないんだな。
それでは?
いや、部屋に入るのはまだ簡単だ。
管理人に言って、合鍵でも集中管理システムをつかっての施錠解除でも、好きな手段がとれるだろう。
しかし、それも俺がここ――この部屋にいる、と、わかっていなけりゃそもそも駄目だ。
だから、問題はどうやって彼女がこの場所をつきとめたか、の一点に絞られる。
だから、まァ、絞られる……わけなンだけどね。
「ウーン……」
唸って、も一度女の子を見る。
と、
目が合った。
「な、なんだい?」
あせって思わずのけぞってしまう。
あ~あ~、ホントに俺は、どこに行ってもモテモテ君の東雲藍なのか?
たかだか女の子と目があった程度でどぎまぎするとは、ウブな子供じゃあるまいし、プレイボーイの名が泣くぜ、まったく。
「おなか、大丈夫ですか?」
「えっ?」
「おなか、大丈夫ですか?」
目をパチクリと聞き返す俺に、女の子は質問をリピートした。
「大丈夫ですかと言われても……」
思わず腹部をなでる俺。
別に変なものを食ったおぼえはないし、腹具合がわるいわけでもない。
そもそも目覚めてこの方、コーヒーだってグビグビ飲んでるし、調子が良くない様を彼女に見せてもない。
なのに、この女の子は一体なんだって、そんなことを訊いてくるのかな? と疑問に思ってしげしげ見ると、俺に向けられている視線の角度がすこし妙だった。
おなかと口にしたわりに見ている先が、俺がさすさす擦っている腹部よりも上――ちょうど、みぞおちのあたりに注がれていた。
ってぇことは、要するに、そこから導き出される答えはひとつ。
『おなか、大丈夫ですか?』という、この女の子が発した質問は、俺が昨日、クロベエに殴られた一件のことを指しているに違いない。
しかし、何故そんな事まで知っている?
クロベエと俺のやりとりは、この女の子がいなくなった後のはなしだ。
立ち去った振りをして、実は物陰からコッソリこちらの様子をうかがっていたとでもいうんだろうか?
……ありえない。
いくらなんでも、そこまで自分が注目の的とか思ってしまうのは、あまりに自意識過剰というもんだ。
と、
俺がふたたび自分を見ていることに気がついたのか、彼女がひたと視線を合わせてきた。
相も変わらず表情のない――ガラス玉のような真っ直ぐな凝視だ。
だから、
「……もしかして、君、超能力者?」
頭の中が疑問でグルグルしていたことも手伝って、真顔のままの睨いらめっこに耐えかねた俺は、冗談めかして逃げをうった。
中佐にからまれていた時同様、へらっと笑顔を浮かべているのが情けないけど仕方ない。
こーいうのって、俺は苦手なんだよな。
親しくなった女の子たちの中には『読者に挑戦!』といった感じの推理小説が大好きな子もいたけど、俺はどーもその手のはダメ。
アレコレいろいろ考える。
イチイチこまごまメモをとる。
証拠・アリバイ・動機に手段etc.。
たった人間ひとりを殺すのに、それだけの情熱と努力をかたむけられるなら――女の子をナンパするとか、新しいデートスポットを探すとか、必殺のくどき文句を考えるとか、他にする事いろいろあるだろうと思っちゃうンだよ、どーしても。
そんなズサンな人間に、こまかい神経が必要な頭脳労働なんて、てンで向いてないのは道理だろ?
だから、『なんで知っているんだろう?』という出口のない疑問が渦をまき、面倒だから口からでまかせ――軽口で切り返してみただけのこと。
ま、場つなぎのオチャメな冗句って案配さ。
なのに、
「機密につきお答えできません」
って、オイオイオイオイオイ!
それじゃ『YES』って言っているのも同然じゃないか?
そりゃあ、ウン。確かに『超能力』だなんてウラ技があれば、干し草の中から針一本を見つけ出すのも可能だろう。
俺の疑問も、それならメデタク氷解するけど……、
しかし、
マジ?
本ッ当に、マジで超能力者?
嘘ッコなし?
『冗談だピョ~ン』とか言わない?
昨日、初見でイキナリ抱きしめられた、その仕返しをしようって魂胆じゃあないよねぇ?
(ウ~~ン……)
そんなオチャメをする子には見えない(って言うか、そんな、年齢相応にオチャメな子だったら、付き合いはもっと楽だろう)けど、俺はあらためてマジマジと女の子の目をのぞきこんだ。
能面のような表情の無さはかわらず、男にぐぐッと迫られているのに、その瞳にはたじろぎの色ひとつない。
俺をかつごうとしているわけではないらしい。
するってェと……。
ゾクリ……と寒気にも似たあやしい興奮が背筋をはしった。
目隠しをされた馬車馬のように、視界がスゥーッと絞り込まれてゆく。
『超・能・力・者』の四文字が、頭の中でダンスして、女の子の顔がぐぐっとズームアップした。
しかも視界に紗がかかり、綺麗にととのった女の子の顔が、幻想的に、妖精じみて見えてきはじめた。
かわった娘だよとは思っていたが、開けてビックリ玉手箱。
よもや超能力者だったとは、信じられないくらいに運がE。
こいつァ朝から縁起が良いぜ。
いやさ、なんッて俺ってラッキーな奴。
(ぅわははははは…………!)
笑わば笑え。
俺はガキの頃から、一生一度 ――たった一遍でかまわないから、生きてるうちに(ニセモンじゃない)超能力者とお近づきになりたいと、ず~っと、ず~っと願ってたんだ。
思いもかけず、かねてからの念願がかなったとあっちゃあ……もう、もう、本当! チャチな理性もブッとぶぜ!
(ウッキャ~~ッ!)




