6.馬に蹴られて死んじまえ―1
俺は本能の男だ。五欲をみたすために生きている。
努力・根性・忍耐なんて言葉にゃとんと縁がない。
眠りたい時に(眠りたいだけ)眠り、遊びたい時に(遊びたいだけ)遊び、食べたい時に(食べたいだけ)食べる。(少なくとも休みの日くらいには)
女の子なんかにゃ『どーぶつネ』とも言われるが、なに、生理的に必要な事をやってるんだから、心身ともにノン・ストレスで、いつもフレッシュ、健康だ。
だから、
「起きてください。少尉……、東雲少尉、起きてください。少尉……」
眠りたいだけ眠って自然とお目々がひらくその前に、こーゆー風に俺を起こそうとする奴は、それ相応の扱いをうける事になる。
つまり、
「起きてくださ」い――と再びセリフがリピートされるその前に、はじける勢いで起き上がり、猛禽類のスピード&パワーで、相手をベッドの上に押し倒す。
もちろん、エンドレステープよろしく同じセリフを繰り返す相手が、女の子だとわかっていたからそーしたンだよ。(念のため)
そして、
『ウェッヘヘヘヘ~~、お嬢さ~ん♡』という段取りだったんだけども……、(おどかすだけだよ、おどかすだけ)
「ありゃ……?」
そうして自分が押さえつけてる相手を見て、ビックリしたのは逆に俺の方だった。
「君は……」
そう。俺の下には、昨日チラッと会っただけの、あの女の子がいたんだな。
例によって悲鳴もあげず、凶暴で、野蛮で、Hな欲望まるだしの若い男に力ずくで組み敷かれても、怯えるでなく、もがくでなく、ただただ静かに俺をみつめている。
目蓋にのこる眠気も、ふざけた気分も、おかげでキレイに吹っ飛んだ。
『たまの休暇の邪魔をするとは何事だ!』
ホントだったらそう怒鳴ってる。
ヤローだったらパンチの一発も差し上げている。
だけど俺が口にしたのは、
「すまないけど、すこしの間むこうを向いててくれないかな?」だった。
何故って、俺はスッポンポンで寝るのが習慣だったから。
いくら相手が無表情で、なに考えてるか知れなくって、俺をドギマギさせてばかりいる変テコリンな子だって女は女。
フルチ○さらして、尻みせて、服装をととのえる間にずっとアラレもない格好を見せるわけにもいかんじゃない?
で、
相手が俺に背中をむけたのを確認してから、それでも前は手で覆いなどして、ベッドから降りる。
そこいらじゅうに脱ぎ散らかしたまんまの下着や服を手早く身につけながら時計を見れば、まだまだ早朝、九時チョイだ。
そりゃあ、マ、時間が時間だから、部屋の中には窓からさしこむ眩しいくらいの陽光があふれてはいたが、何でこんなに早くから起きにゃならんのよ?
低血圧なんだよ、俺ってば。
ホント勘弁してくれよ。クラクラ目眩がしちまうぜ。
あふあふアクビが連続してでて、寝乱れた頭をぼりぼりと掻く。
部屋とほとんど同じサイズの特大ベッド。ドアを開ければ隣は浴室。
どうしようかな? とまでは思ったが、結局、さすがに洗面まではする気になれず、かわりにツルリと片手で顔をなでると、俺は冷蔵庫の扉をあけた。
さっき、半分寝ていた時に、何やらイヤな文句が聞こえたような気もするが、きっと気のせい耳のせい。
冷蔵庫の中から缶コーヒーを二つ取り出して、胃を驚かせないためにも、気を落ちつけるためにも一杯目はホットを選択。
缶の底蓋を『HOT』と書かれた向きにパキッと回せば、すぐにポコポコ液体の沸き立つ音と、ほんのりとした温もりが掌につたわってくる。
じきに持てなくなるほど熱くなるだろう。(しかし、こんな所にまで戦闘口糧なんか置くなよな)
とりあえず、
一体どんな用事で俺の休暇を邪魔してくれたのか確認してから、もう一度寝なおす。
まァ、そういう事にしようと段取りを決め、素直にベッドの反対方向――何もない壁の方へまわれ右して、ジッとしている女の子を横目で見やって、俺は「ハァ……」と、ため息をついた。
どうせロクな用事じゃないだろう。
大体ここは成人指定の(それも、浴室の洗い場がやたらだだ広い設計になっている、と言えばスケベな君にも見当がつく通り、『S』とか『M』といった連中のアブナイ遊びにも十分対応した、各種器具等取り揃えの)宿泊施設なんだよな。
まァ俺の嗜好はノーマルだから、鞭を振り振りチーパッパ♪ なんてやってみようとも思わないけどな。
ウ~ン。だってアレってやっぱりマトモじゃないぜ。
お偉い心理学者がどう(屁)理屈をこねようが、傍で見てたら絶対正気の沙汰じゃない……じゃなくって!
俺が言いたいのは、この種の宿こそ厳に『DON'T DISTURB』だって事!
宿泊客は、夜の間に体力を消耗してみんなお疲れなんだから、昼くらいまで眠らせてやれよ。(それが思いやりってもンだろう?)
わけても気に入らないのが、だ。
お休みをとった俺のところに、どーしてやって来たかは知らないが、
朝だとは言え、スッポンポンの男のもとを訪れてきた若い(若すぎる?)女。
二人しかいない密室。
おたがい独身。
美男美(少)女。
状況だけを考えれば、結構ウヒョヒョな構図になってる事だ。
にもかかわらず、それなのに!
十分すぎるほど十分に条件はととのっているのに、雰囲気が全然イロッぽくない。
これほど悲しい事があるだろうか?
いや、ない。
寝起きの悪さもあるけど、何より昨日の今日だ。
ダメージ深刻・ストレス全開ってな状態なのだ。
さすがに性悪なプレイボーイで、下心のあるフェミニストと自他ともに認める俺だって、これから女の子にする予定の質問に(少~しばかり)皮肉をまぶさずにいられるかについてはチョッと自信ない。
俺はもう一度ため息をつき、踵をかえした。
そうして、
ベッドの方に戻っていきながら、『コーヒーで良いかい?』と、クールに女の子へ声をかけようとして……、
気がついた。
彼女は、一体どうやって俺の居場所をつきとめ、かつ、この部屋に入ってこれたのか?
目覚めて最初に気がつくべき事に、今、ようやっと気がついた。
血の気がひいた。
冷たいものが背中をつたって落ちていった。
挙げ句に、なんにもない所でつンのめり、あるまい事かコケそうになった。
もちろん運動神経にすぐれた俺の事、なんとかかンとか踏みとどまったが、
「ア~ッチチチチチ……ッ!」
次の瞬間、煮えたぎった缶を、俺は悲鳴とともに放り出していた。




