24.隠世の贄―3
水平面に対して九〇度――腰から上は持ち上がり、膝から下は下垂する。
要するに椅子のかたちになった操縦席の上で俺はふたたび溜息をついた。
目線の高さが増し、〈アルゴス〉との接続が切られたせいで、大して拝みたくもない現実の情景と向き合うこととなったから……。
頭上は遙かビル十階分かそれ以上かと思えるほどに丈高く、前後左右のひろがりもそれに見合う。
そうした空漠たる空間に種々の機械が置かれ人が往来しているけれども異様なほどに音がしない。
仮想現実の世界からは抜け出したはずだが、まるでこちらの方が虚構のようだ。
俺はコクピット内壁に取り付けられてある把手を握ると、それを支え肘を突っ張らかるようにしてウン! と身体を持ち上げた。
着用している飛行服はそれなり以上に重いため、腰を浮かせて立ち姿勢に鳴る――ただそれだけの行為にもかなりな力が必要だ。
仁王立ちとは言わない。コクピット内で起立すると、片足をもちあげ、機体側壁をまたいで外側、すぐ脇に設置されてあるタラップの最上段を踏んだ。
そのまま慎重な足取りでステップを一段一段と降りていき、最下段――シミュレーター室の床までたどりついた直後に、背後、上方に俺は目をむける。
ズッシリとした飛行服のせいで一仕事も二仕事も終えた気分にさせられたというのが理由のひとつで、他はニセであっても飛行体験の名残惜しさから。
ま、それはともかく、見上げる視線の先にあるのは当然、フライトシミュレーター。
俺の一〇〇式――その機首部分だけが機体の中途で切り取られ、まるで口を開いた二枚貝よろしくコクピット部天蓋を上に立ち上げてる様、
無骨な鋼材、複数のモーター、錯綜するケーブル、パイプ類――そうした渾然一体とした部品どもからなる複雑な造りのアクチュエーター、
つまりは、今言ったとおりに次世代機実証研究用機材――そのひとつたるフライトシミュレーターが、その姿を室内灯の煌々たる眩さを背に黒々として聳えているのだった。
が、
(……?)
一見して俺は、思わず眉をひそめている。
もう見慣れた、とまでは言わない。
しかし、今日はじめて目にしたのでもないこの光景に、見慣れないモノを捉えていたからだ。
「なんだ、あれは……?」
あまつさえ、そう呟きをもらしさえしている。
俺が視界に捉えたものそれは一基のクレーン。
仕事がおわってなにげなく、
条件反射的、習慣的に、自分が今の今までその内におさまっていた機体を見上げた。
名残を惜しんだワケでない、
本当についなんとなく振り返ってみた、それだけの事。だが、その視線の先に違和感があった。
俺が乗っていた一〇〇式の機首部分――そこは飛行状態を模擬するために、上向き下向き、右に左に傾けることが可能な可動台座に取り付けられている。
アーム式のスタンドライトとでも言えばわかりやすいだろうか。
ざっくりだが、寸法や頑丈さが違えど構造的にはよく似ている。
この部屋――フライトシミュレーション室が縦横ともに広大なのも、パイロットを中におさめた模擬機体部分を下部に連結されたアーム部分が縦横無尽に振りまわすからだ。
飛行模擬を実施している最中に、部屋のどこか、機材のどれか、要員のだれかにぶつける、ぶつかる事故のないように、空間的な余裕がたっぷり取ってあるからなのだった。
したがって、フライトシミュレーターは、特に高さの面でおのずと巨大になってしまうのだが、見上げる高さにあるそのシミュレーターよりも更に上からワイヤーが垂らされている。
そして、そのワイヤーを更に天井方向へ目で追いかけていくと、やがてはクレーン?――そうとしか思えないアームの先端にたどりつく。
今の今まで気づかなかった。
偶然振り向き、仰ぎみることがなければ、きっと気がつかないままでいただろう。
何故って、
この蓬莱基地――島嶼サイズの船舶に築かれた基地は、前にも言ったが、メインは生体建材で出来ている。
その生体建材っていうのは、珊瑚礁とか貝類にも似た組成で、海水から必要な成分を析出させた物だとも。
まるで魔法のようと思える技術だけれど、それを現実のものとするのは電気。途方もない規模の大電力だ。
この大電力をどうやってまかなっているかと言えば、それは核融合発電――実用化された融合炉によって。
なので、この蓬莱基地は、基地そのものでもある躯体、インフラ設備、軍官民すべてを含む人間行動――すべてをひっくるめ、およそ電力供給に困窮することは無い。
つまりは、メチャクチャ広い、このフライトシミュレーター室も、そうであるのに照明の明るさは潤沢。
正直、上を見上げたら、太陽を直で見た時なみに目がくらむ程の眩しさ。
そこまでいるか? な密度で照明器具が設置されている。
もぉね、ギラギラしてるのをお通り越し、ヘタすると影ができないんじゃね? なレベルで明るいんだよ。
だから、視力のためにも、そうそう上を向いたりはしないよう、クセがついてしまうワケなんだ。
ま、それはさておき、クレーンだ。
前回、このフライトシミュレーターに乗った時にはそんなものは無かった。
と言うより、今日も俺が乗り込む際にもクレーンだなんて無かったと思う。
だから、
(自走式のクレーン車か)
たいして考えるまでもなく、その点まではすぐに見当がついた。
今後常設となるのかなどはわからないが、急遽用意されたんだ。
わからないのは、それが何故ここにあるのか――その必要性だ。
急ぎのメンテか点検か、スケジュールを遅延させない為なのか。
たとえば、シミュレーション途中のあの謎映像に関連している?
と、
俺がそこまで考えていた時だった。
なんの前触れもなく、一〇〇式の機首部分――俺が乗ってたコクピット部分の後ろがバクンと開いた。
コクピット部分をカバーしていたキャノピーよりは狭くちいさい範囲。
だけど、用途としては同じなのだろう感じで蓋――出入り口が開いた。
そして、
その蓋――開口部からワイヤーによって吊り上げられて姿をあらわしたのは、どう見ても人間。
潜水夫が着るようなウェットスーツ様のものを身にまとった、小柄で華奢な肢体の少女。
新橋愛伍長だった……。




