23.隠世の贄―2
ガキン! と硬く鋭い金属音がして機体がわずかに振動し、それを受けて俺の身体も一瞬ふるえた。
今のは天蓋施錠の解除音。固定されていた天蓋が開く音。
音、衝撃と同時に俺の周囲が微かにだけど明るくなった。
コクピットの壁に水平に細く光のラインがはしっている。
外から差し込んだその光の筋が、常夜灯のような弱い光で照らされているコクピット内――俺の目線とほぼ等しい高さで薄闇を切り裂き輝いていた。
反射的に俺は目を閉じ、眉をしかめる。
〈アルゴス〉の映像、それが停止された後の機内の薄暗さ――それらに慣らされた状態でいきなりのこの変化に対応できない。
明順応するのが追いつかなかった。
すこし数を数えてから目を開ける。
ふぅ、と深く大きい吐息をついた。
俺が着座している操縦士席は、座席と言うより寝台にちかい。
しかし、ベッドと言いきってしまう程には平らでもない。
腰のあたりでわずかに斜め上方に向けた角度がつけられている。
ギリギリ寝椅子と呼べないこともないそんな操縦士席に俺は身体をあずけている。
ウン。座っている、腰掛けていると言うより、やっぱ、寝そべっている、横たわってると言う方が合ってる着座姿勢だな。
ま、とにかく、
そんな格好の俺を囲繞している壁――コクピット内壁に水平方向の亀裂がはしり、そこから外光がまぶしく差し込んできたワケだ。
俺の周囲を取り囲み、ぐるりとめぐる線状の光。
ふたたび、ガクンと座席ごと身体を揺すぶられると、そのスリットが次第に間隔を大きくし、差し込んでくる光の量もしだいに多くなっていった。
旧式な……、もとい、従来型の透明天蓋をもつ機体であれば、それが持ち上がっている図に相当している情景なはずだ。
俺の一〇〇式にはそんな――山のようにこんもりと盛り上がったガラスだなんて旧態依然なパーツはもはや無い。
なので、今、現在進行形な様を外から見てたらきっと、巨大な二枚貝が口を開いていっているのにも似てる、とか感じるんじゃないか。
もしくは棺桶の蓋ででもあろうか。
って言うか、いや、冗談抜きのマジもんで、俺のこの一〇〇式……、もとい、それが制式化された後継機、また、〈アルゴス〉が実装されるようになった種々の機体において、コクピット部天蓋は『Coffin Lid』と呼ばれるようになるんだが、それはこの時点での俺の知るところではない。
機体と一体化した『蓋』
それが開くと内部には長々と横たわっている人間。
一見すれば西洋の怪談――吸血鬼を連想させる絵図だよな。
『Coffin Lid』だなんて呼び名になるのも宜なるかな、なんだが、ま、いずれにしてもそれはまだまだ将来――紆余曲折を経た末の未来のはなしだ。
で、
後上方――俺の頭のやや後ろ、ちょい上の斜め上あたりにある蝶番を支点に持ち上がり、高さを増していった天蓋が、ついには視界からはずれてしまった後、
これまでずっと『天井』だったそれが角度的に見えなくなってしまった後に、俺は手許のスイッチを操作し、フルリクライニング状態の背もたれを起立状態へともっていった。
機械はただちに反応し、ちいさなモーター音とともに腰の部分を回転軸として、背中が徐々に持ち上げられていく。
寝台が椅子に――ベッドに寝ていたのがシートに腰掛けている姿勢へと変わっていった。
「デブリーフィング、か……」
わずかな時間で仰向けに寝ていた姿勢から椅子に腰をおろした着座姿勢へ――上半身が持ち上がっていって視点の高さが変化していくなか、今度は言葉にだして俺は呟いている。
『あ~、ヤだヤだ。めんどくさいし、時間のムダだし、出たくねぇ』
そんな内心モロ出しで。
軍人としてダメ。
士官にもとる。
まぁ、そうなんだろうけどね、普通は。
でもなぁ……、
デブリーフィング。
今回のミッションについての事後検討会。
ミッション前のブリーフィング――任務内容の説明会に対する会議。
でも、
実機を飛ばしたワケじゃないから、テストパイロットの俺が言えることなどほとんど無い。
俺が感じ取ったこと。
主として〈アルゴス〉の全周囲視覚については、自分自身で体験しろ――アレを言葉でなんて表現できるか、だし、
(模擬)飛行の状態、俺の反応、とった行動なんかは全部記録され、コンピューターの中におさめられて、開発スタッフたちの閲覧に供されることとなっている。
つまり、ことさら俺が質問をうけ、説明したり答えたりする必要もないワケで、
俺の立場といえば、オブザーバーと言うか見物人、にぎやかしみたいなもんだ。
言いきってしまえば、居ても居なくても一緒。
だけども、参加しないワケにもいかない。
なにせテストパイロットとはモルモット。
実験に供される被験体として動物と違うのは口がきけること。
感想や意見を言ってコミュニケーションが可能であることだ。
だから、俺にとっては時間のムダでしかないデブリーフィングに参加しないという選択はできない。
疑似環境下とはいえ、〈アルゴス〉と連結しての飛行、その体験を開発スタッフ全員の共有情報としなければならないからだ。
べつに俺が報告しなくったって、勝手に共有されちゃうんだがね。
「はぁ……」
またも深く大きな溜息がでる。
前回、前々回、そのまた前の回……、
徒労感と疲労感とで満たされる、くだらない時間をまたもや過ごさないとイカンのか。
せめて、参加スタッフに(中身は問わない、外見だけで構わないから)観賞に堪える、バエる女性がいたりしたならチョッとばかしは我慢もできるんだが……。
「期待できんわな……」
というワケで、これからの時間、俺に出来ることと言ったら、せいぜいシミュレーション中に紛れ込んできた謎の映像――アレについて文句を言う……、もとい、修正と改善を要求するくらいなのかのぅ……。
あ~あ……。




