18.蒼穹の夢―1
俺の眼だけが空を飛ぶ。
もとい……、
(想像したら、なんか気持ち悪くなった)
『眼』だけの存在となって空を飛ぶ。
(……ウ~ン。大して変わんない、か?)
ま、いっか。
あたかも精神だけが肉体から濾過され抽出されたかのように、ただ『視る』だけの存在となって、蒼穹を自由に翔めぐる。
言いたかったのは、つまり、そーゆー事
まるで夢でしか見れないような一シーン。
自分がどこまでも透明な存在と化し、飛行の意志そのものとなって蒼空に在る。
完全な自由と開放感とが感じるすべて。
前後左右、そして上下と、俺に見えない場所はない。
前方を見ながら後方を見、上方を見ながら下方を見る。
同時に全天三六〇度四方が確認可能な……、経験した人間じゃなければ説明に困る超・パノラミックな完全視界。
一点の曇りなく死角の存在しない視界。
自分が空に溶け込んだようなこの感覚。
『眼』だけが空を飛ぶ――まさしく『夢』
そう形容するしかない体感なのだった。
魂が幽体離脱したかのような……、なんて言うと、怪奇現象めくから言わないけどな。(笑
だけどまぁ、
それくらい(どれくらい?)非日常的、かつ病みつきになる感覚なんだと思ってくれたらそれでいい。
とにかく、
そうして、俺は空を飛んでいる。
ゲームなんかに出てくる〈風の精〉?――あたかもそれに化身した気分で中空にある。
〈全方位走査・追跡・警戒統合知覚装置〉
現在絶賛開発中の新機材――次代をになう航空機機搭載用電子機器による視界、また、飛行感覚を心ゆくまで味わい、堪能しまくりながら。
実に、実に実に実に実に――役得だった。
まぁ、一応、仕事中ではあるから、指示された事や、約束事なんかはあるけどなぁ。残念ながら。
趣味と実益を兼ねるとか言葉もあるが、そうであってもそうそう遊んで……、もとい、娯楽……、いやいや、楽しんでばかりもいられないのよ、オトナはね。
というワケで、
ある程度の距離を飛んだ後、おもむろに俺は機体をおおきく旋回させた。
雲のすべてを眼下とする高度にあって、(ほんのチョピッとの間だけ)エンジン全開! で、ここまで飛んできたけれど、一応、飛行空域は指定をされている。
その境界までもうそろそろという辺りまで来たし、燃料も(ほんのチョピッとしか入れてくれなかったんで)早や帰還限界量ちかくまで減っている。
まだまだこうしていたいけど、基地に帰る頃合いだ。
一八〇度の旋回が完了すると、あとは家路を辿るだけ。
一抹の寂寥感なんか抱いたりしつつ、もと来た進路を逆に飛行してゆく――ノンビリと。
ああ、ああ、ヤだ、ヤだ。
地べたに降りたら報告書だとか身体測定、神経疲労度チェックその他もろもろ――いずれ飛行機乗りには不得手無用な仕事がたんと待ち構えてるんだよな。
やりたくないけどやンなきゃならない。ああ無情。
いったい仕事が何であれ、口を糊するのって大変だなぁ……。
胸の底から大きな溜息がウンザリと出た。
頭上にかけては宇宙にむけて、しだいに色みの濃さ黒さを増す空のグラデーションがひろがるばかり。
一方、眼下におさめる海はと言えば、機体の移動にともないその色合いを様々に変え、晴天なのだが、時折、断雲が視界を遮ったりもする。
天界の静謐さに較べると、現実面でも下界はかまびすしいという事らしい。
そうして、
どんどん飛び続けていると、やがて南の海の碧みの上、水平線の向こうに変化が現れる。
終端の知れぬ巨大で長大な円錐形が、天地を逆に、そして無数に姿を見せたのだ。
どこか大地(海面?)の一点から上空に向け、角度を違えて無限に延びてそそり立っている透明なコーン。
水平線の向こう側で、巨人が幾つものメガホンを天に向かって振りかざし、それをグルグル回してる感じ。
一見するまま、喩えて言うなら、それは、色とりどりの探照灯。
様々な色彩の光が、いくつものコーンとなって空を照らしているかのようだった。
もちろん、南国の、真夏の、真昼のことだ。
昼行灯でもナシ、実際になにか光ってたりはない。
さりとて、物理的な実体――その映像でもない。
虚像と言ってしまうと語弊もあるし、チと違うけど、肉眼で光のコーンが見えてるワケじゃないんだ。
つまり、
天に向かって逆立ちしている円錐形は、電波探信儀が放つ電磁波を〈アルゴス〉が視覚イメージに変換して描画したもの――CGなのだった。
俺の視覚野に表示されている光学像に、自機以外を発信源とする電磁波のその覆域を合成してつくりだされたイメージだっていうことだ。
三六〇度四方、同時全天の視界というのが、そもそも現実ではありえないワケだけど、それに人間の可視範囲以外の波長までもを『視る』ことが可能となると、それはまさしく『神の眼』って感じで気分もアガるよな。
とまれ、
水平線の向こう側で天に屹立していた透明なコーン――その根方、と言うか、頂点、発信源が見えてきた。
それは島。
ただただ海がどこまでもひろがる……、海しかないなかに浮かぶ島影。
絶海の孤島――まさしく、そう評すしかないちいさな陸地。
蓬莱基地。
我が国、我が軍の秘密基地。
そこを後にし、現在、そこに戻りつつある場所。
俺や愛ちゃんやクロベエや鬼や……、それから、どうでもいいけど機械人形な技術士官が仕事し住んでる場所だった。




