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『PAX UNIVERSALIS 2041/蒼の序曲』  作者: 幸塚良寛
二章.NEXT DAY / 災難はひとりでは来ない
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16.馬に蹴られて死んじまえ―11

「そりゃまた一体どうしてです!?」

 ほとんど怒鳴っていたかも知れない。

 いや、確実に怒鳴ってたんだと思う。

 通行人や門衛の兵が――何事だ? と、一斉にこっちに目を向けたに違いないけど構ってられるか!

 今の今まで愛ちゃんの事なぞおくびにも出さなかったくせして、突然なんだこの野郎!

 こんな、見るからに弱ってる子に、まさか、これから何かさせようとでも言う気かよ!?

 機械だって調子をくずせば修理(メンテ)に出すんだ。人間様なら病院に行くのは当然だろうが!

「新橋伍長は、体調不良のため、それが如何なるものであろうと任務の遂行は無理だと考えますが……!」

 言葉遣いは、まだギリまとも。でも、口調はほとんど喧嘩(けんか)腰。

 が、

「その判断は医療従事者から裏付けを得ての発言なのですか?」

 それに対する松本大尉の物腰はまったく変化しなかった。

「……いいえ」

 逆に問われて、俺はグッと唇を噛む。

「私見であります」

「なるほど」

 そう答えざるを得なかった俺に、松本大尉は二、三度まばたきをした。

「つまり、少尉は個人の思い込みが根拠の判断によって、今日予定されている課業(ノルマ)をすべてキャンセルしろと主張するわけですね?」

「申し訳ありませんが、小官に意見を許可していただけるならそうなります。そういう事ですので、これで失礼いたします」

 持って回った、イヤな言い方をしやがる――眉を(しか)めそうになるのを何とかこらえ、でも、発言をまげる気はないと言い捨てて、俺は再び松本大尉に背を向けた。

 向けようとした。

 が、

「その選択が結果的に、新橋伍長の生命を危険に晒す事になるとしても、ですか?」

 そうして一歩を踏み出す直前、投げつけられたセリフに、反射的に足が凝固してしまう。

「なに……?」

 たかだかこの程度のことで何を大仰な――そう思ったものの、これはさすがに聞き流せない。

 俺は、またまた振り返らざるを得なかった。

 すると……、

「東雲藍国防空軍少尉。皇紀二六七七年生まれで現在二四歳。八三年、国防空軍予科錬成校入校。九四年、実戦部隊――第三航空軍第七飛行師団飛行第六四戦隊に予備配属される。同年、所属部隊の海外派遣軍編入にともない外地へ移動。赴任先においてインド・パキスタン国境紛争――いわゆる第六次カシミール紛争に遭遇。初の実戦を経験する。九七年、予備役編入。当時の階級は中尉。ただし同時期におこしたトラブルのため少尉に降格。同年、偵察部隊に転属、軍務に復帰」

 まるで頭から冷や水をぶッかけられたようだった。

 唐突に、この基地に来るまでの俺の経歴をペラペラ(そら)んじられたんで。

(コイツ……、どうして……?)

 思わず絶句してしまう。

 松本大尉は、ふ、と大きくひとつ呼吸した。

 溜息、吐息というより、長々と言葉をつむいだ結果の単なる息継ぎ。

 そして、言葉がつづけられた。

「東雲少尉の、資料に基づく個人情報は、概略、以上ですね。ここまでは事実関係とは照合済みの間違いないデータだとして――ですから、これから先は私の推測でしかないわけですが、

「まず少尉は、自身が一度は現役から退かなければならなかった理由を表現するに、更迭された、もしくはクビになったと言っているようですが――()()()()

「公的には、少尉の予備役編入の理由は戦闘中に負った()()によるものであった筈で、それにしても現役であり続ける事は不可能ではなかった。事実、相当の慰留を受けた筈です。

「にもかかわらず、少尉は除隊――予備役編入の途を選んだ。

「記録によると、少尉は或る戦闘を境として人がかわったように勇敢となり、多大の戦果をあげるようになった反面、私生活が荒れるようになったとされています。

「同時に、その――件の戦闘からしばらく後、小隊の指揮を任されるまでになっていた少尉が、そうした優秀な技能者であるにもかかわらず部隊長の僚機に任ぜられ、以後その状態が除隊時まで続いたとも。

「さて、そうなると、たといクビになった云々は、一種の()()()()だとしても、では、こうした変化――唐突で、かつ不自然な変化が、少尉の身の上に何故生じたのか? という疑問が湧いてこざるを得ません。

「つまり、件の()()()()()()()()()()()少尉が戦闘機隊をやめた本当の理由だったのではないだろうか? それも、少尉が自らの事を称して、戦闘機パイロットとしては欠格者であったとする程の何事か――他者の評価はどうであれ、少尉自身にとって、それは明らかな過失であった何事かがあったからではないのだろうか? と。

「新橋伍長の生命を危険に晒すとは、つまりは、少尉が過去に犯した失敗と同じ事を繰り返さないでくださいと、そう言っているのです」

「…………」

「まァ」と、そこで松本大尉はふたたび息をついた。

「しかし、先に言った通り、これはあくまで私の勝手な推測にすぎません。

「今お話しした全てが、私の勘違いで――少尉にとって、同僚の生命なぞ自分の勝手な都合ほど大事ではない、と言うのなら、もちろん話はまったく別となります」

「なにしろ少尉は仲間を」/「()()()!」

「見殺しに」と松本大尉が言いかけるのを、怒気そのものといった声がさえぎる。

 我慢に我慢をかさねていたんだろう。風を巻き……、

『した事が』と続けられる筈だったそのセリフを、それまで俺の横でジッと黙って聞いていたクロベエの()()()一閃する事で断ち切った。

 肉のひしゃげる鈍い音がして、頬にその一撃をうけた松本大尉は、三、四メートルほども吹き飛ばされ、そのまま地面の上にだらりとのびてしまう。

「蚊がとまってましたよ――()()殿!」

 両の目には殺意さえ込め、しかし、穏やかな口調で()()()()はそう言った。


『ナニシロ、少尉ハ仲間ヲ見殺シニシタ事ガアリマスカラネ』


「知って……いたのか……」

 呟きが、知らずもれていた。

 そう。考えてみれば当たり前だ。この基地でおこなわれているのはいずれ劣らぬ極秘の任務や計画ばかり。

 それに携わる人間の身辺情報が、それこそ生まれ・経歴・係累・交際・信条・嗜好から癖にいたるまで、調査の対象にならない筈がない。

『ナニシロ、少尉ハ仲間ヲ見殺シニシタ事ガアリマスカラネ』

 松本大尉はきっとそう言うつもりだった。

 そして、それはまぎれもない事実だ。

 オレは、かつて自分の増上慢から仲間を犬死にさせてしまった事がある。

 多分……、俺はいま、背中の愛ちゃんにおとらず蒼ざめた顔をしているのだろう。

 そう……、

 騎士の一騎討ちのような空中戦華やかなりし大昔(WWⅠ)ならばいざ知らず、現代の航空機戦闘は、すべからく理詰めで、チームで戦う。

 ()()にも自明のその事が俺にはわかっていなかった。

 わかった時には仲間が――同期が一人死んでいた。

 撃墜スコアだとか、エースの称号を身に(まと)うとか――そんなくだらない事ばかりに血道をあげていた結果がそれだ。

 味方殺し……。

 その事実の前に、

 いったい無能な長機(リード)は――()()、一体どうすれば良かったのか……?

 今になってもわからない。

 だから、俺は戦闘機乗りをやめた。いや、()()()

 責任や、義務や、負うべき様々なことどもから、

 名誉も、気概も、誇りも、意気地すら無くして、

 ()()()()()


「行くぞ!」

 怒ったようにクロベエが、ぐい! と俺の腕をひっぱった。

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