15.馬に蹴られて死んじまえ―10
世に飛行機が生み出されてからこの方、操縦士は視力に優れていることが操縦桿を握る資格の一つとなっている。
電子機械の補助があっても、いざという時、最後に頼れるのは自分自身という事で、当然といえば当然ではある。
だから、かく言う俺も目は良いワケだけど、今みたいな場合はそれを恨みたい気分になってしまうんだよなぁ。
基地のゲート手間に男がひとり立っているのを見つけた。
ツラを見るのもウンザリで、言葉をかわすのもイヤな奴。
でも、実質、俺の上官だから、無視する事も不可な奴。
技術士官の松本大尉。
(あ~、ここで、俺が発見したのが萩田中佐だと思った人がいたなら不正解なので念のため。萩田中佐は、『イヤ』ではなくて『怖い』奴(笑)
で、
「待っていましたよ」
オレ、背中の愛ちゃん、オマケのクロベエ――三人が、すぐ近くにまできたところで松本大尉は言ったんだ。
容姿もそうだが、声にもまったく感情……、いや、ハッキリ言おう、人間味の欠けた、機械音声よりも機械的な声。
『お仕事ですよ~。出勤してくださ~い♡(一部妄想&願望)』とオレを呼びに来た愛ちゃんを、『知ったことか! オレは今日はお休みなんだ。出勤なんかするもんかい!』と、命令に従わなかったのみならず、当の呼び出し役まで拉致って遊びほうけてた。
それが、ようよう帰ってきたんだから、普通だったら怒り心頭なはずだろう?――特に軍隊なんだから。
でも……、
「本日〇九〇〇時、新橋伍長に東雲少尉を迎えに行かせたのですが、用件は聞きませんでしたか?」
松本大尉が口にしたのはそんな質問。
それを激した様子もイヤミを織り交ぜもせずに言ってくるんだよ。そりゃまぁ、『が~~ッ!』とやられるのもヤだし、ネチネチ責められるのもゴメンだけれど、ホント、人造人間かってェの。
「いえ、用件については彼女から確かに伝えられました」
俺は素直に認めた。
ここで『聞いてない』とか逃げをうったら、愛ちゃんの立場が悪くなるしな。
何より腹の中では、ウンザリげんなりの辟易レベルがメーターの目盛りを上げつつある。
どうせ、オイラはスチャラカ少尉――叱責を喰らうなら喰らうで、とにかく、とっととこの場を後にしたい。
「大尉から呼集がかけられた旨については、今朝の時点で承りました。ですが、残念なことに試験すべき機体が、小官、本基地着任よりほぼ一ヶ月を経てなお用意をされてはありません。
「かかる状況にあって指示に従い呼集に応じ、戦隊指揮所に出頭をして、以降、課されたブリーフィング、また訓練プログラム等の定例課業をこなしても、一体それが何になるというのでしょう? 小官の生理情報収集や、操縦士としての適性判定については、これまでに課された試験で評価をくだすのに足る必要量は蓄積をされてある筈です。
「であるならば、あたら時間を無駄にするより、昨日はじめて面識を得ました新しい同僚と親睦をふかめる方がより有益である――小官は、そう判断をし、本日これまでを過ごしておった次第であります」
直立不動の姿勢でもって、そう言ってやったのだった。
もちろん、姿勢こそそうだが、心の内では、『バカ言ってんじゃねぇよ』と鼻をほじりたい気分でいる。
が、
それに対して松本大尉は鉄面皮。
俺の本音だなんて丸わかりだろうに、表情筋をほんの一ミリだって動かしたりはしなかった。
「そうした判断は、プロジェクトリーダーもしくはスケジュール担当官がする事です」
いともアッサリ冷静に、淡々と、そうお答えを返してきやがった。
隣でクロベエの奴が目をパチクリさせてる気配が、目を向けるまでもなく伝わってくる。
『をいをい、随分と空気の悪い関係じゃないか』――多分、そう思ってでもいるんだろう。
初見でだって、おなじグループに属しているんだろうに、仲が険悪なのは明白だからな。
ご明察だよ、その通り。
〈全方位走査・追跡・警戒統合知覚装置〉――ひいては次世代司令部部偵察機開発計画の実質的な責任者で、暫定的とはいえ現在時点での上官ででもなけりゃ、金輪際、俺はコイツとは関わりたくない。
それくらい嫌いだ。
なんと言うか、こぉ、徹底的にウマが合わない。
相性が悪いと言うか、バイオリズムが噛み合わないと言うか、どうにも虫が好かない手合いなんだよな。
生理的にダメ――受け付けないんだ。
とまれ、
背中でわずかに愛ちゃんが身じろぎしたのを感じて、俺は羽のように軽いその身体を負ぶいなおした。
そして、
「いずれにしても、もうこんな時間です。なにを要求されるおつもりだったのかはわかりませんが、見ての通りで新橋伍長は体調をくずしています。お叱りはお受けしますので、今日のところはこれで失礼させていただきます」
敬礼を目礼で済ませ、俺はその場を後にしようとしたんだ。
「わかりました」
俺の言葉に松本大尉もそう返してきたしな。
だけど、
「東雲少尉はこのまま帰営してもらって構いません。明日は〇八〇〇時から航研F棟地下八階第二会議室においてブリーフィングをおこないます。遅れないで下さい」
そう言った後、
「ただし新橋伍長はここに残るように」
締めにそんな文句をぬかしやがったから、立ち去りかけた足を止め、ほぼ反射的に松本大尉の方へ振り向いていた。
――チョ~ッと待て!




