14.馬に蹴られて死んじまえ―9
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
夏目漱石『草枕』(抜粋)
人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し
いそぐべからず
不自由を常とおもへば不足なし
こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし
堪忍は無事長久の基
いかりは敵とおもへ
勝事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる
おのれを責めて人をせむるな
及ばざるは過すぎたるよりまされり
東照公御遺訓
「……どうした、トーウン。いきなり文学的、哲学的になっちまって。ぜんぜん似合わんが、もしかして背中が重いのか?」
「な、ワケあるか! 空気より軽いわ!」
俺が思索にふけっていると、思いが言葉になってこぼれていたか、それとも俺の心を読みやがったか――クロベエが目をまるくして、そう言ってきた。
ツッコミを受けてハッとなり、『断じて違う!』と叱りつけた。
今、俺の背中には愛ちゃんがいる。
女の子に『重い』は禁句だろうが!
俺でも、たまにはマジメにものを考える(時もある)!
今更だけど、ホント失礼な!
……といったところでなんだが、愛ちゃん、俺、それからついでにクロベエは、現在、家路(?)を辿ってるとこ。
遊園地からの帰り道――その途中だ。
愛ちゃんが目をさましたのを汐にデートはおひらき。帰ることに決めたんだ。
ま、当たり前っちゃ当たり前だが。
で、もちろん、体調をくずした女の子を自分の足で歩かせるだなんて非礼は紳士として出来ようはずがない。
まだ本調子ではない、反応が弱々しいままの愛ちゃんに、『ムリさせちゃって、今日はゴメンね』と謝った後、相手がなにを言う間もあたえず背中に負ぶった。
そして、相も変わらず金魚のウ○コみたいに離れないクロベエをまとわりつかせた状態で炎天下をテクテク歩いている。
ちゃんと食べてるんだろうか?――そう心配したくなるくらいの軽さと、すこし低めの体温、それから、これは年頃の女の子らしいやわらかさを背中に感じながら、な。
で、
「愛ちゃんは、もしかしてローラーコースターとか乗るの初めてだった?」
「……はい」
「暑くない? 大丈夫?」
「……はい」
「水分補給はしとこうな。スポドリあるけど飲めそうか?」
「……はい」
黙ったままだと沈黙が重いし、なによりこっちには負い目もある。
加えて、『これ幸いと、感触を楽しんでたりしたらドン引きもんだぞ、お前』とか、しょ~もない事をぬかす人間が隣を歩いてもいるんで、俺は間を開けることなく愛ちゃんにイロイロ言葉をかけ続けた。
まぁ、返ってくるのはほぼ『……はい』だけだったけど。
コミュニケーションは大事。
日々の積み重ねが大事。
そんなコツコツ小さな努力が明日の豊かな関係の礎になる……、なんてな。
ま、それはともかく、
そうして足を進めながら、俺はなおも頭を悩ませている。
不審の念と言うか、疑問が膨れあがっていくのをどうする事もできない状態でいた。
愛ちゃんは一六歳。
だけど、この歳になるまでローラーコスターに乗ったことがない。
それって、いくらなんでもおかしくないか?
孤児で予科練育ちの俺だって子供時分の頃から遊園地とかには行ったもんだ。
デートだとか色気づく以前には、気の合うヤロー同士でな。
愛ちゃんは、そういうのもなかったっていうのか?
まぁ、百歩ゆずって、それはアリとしておこう。
絶叫マシンが苦手とか、怖い系の遊具、施設がダメだとか、人混みがきらい――そういう理由だったりするのかも、だし。
でも……、
でも、愛ちゃんがこの基地にいるのは、俺と同じく一〇〇式改造機――次世代戦略偵察機の開発をおこなう為だ。
まだ未成年という年齢からしても、それは抜擢されての人事であるのは間違いない。
なのに、ローラーコースターに乗った程度で気絶した。
それはどうにもダメだろう。
偵察機――それも戦略偵察機だから、戦闘機のようには激しい空中機動をおこなうことは(多分)ない。それにしたって、だ。
偵察員だって飛行機に乗るんだ。飛行機乗りであるのに違いはない。
任務中に具合が悪くなった。あまつさえ気を失ったなんて、絶対あってはならない事だ。 飛行機乗りの、それも軍用機に乗り組むための適性検査や訓練だとかはちゃんとやったのか?――ペアであり同乗者でもある俺としては、立場的にもそう言わざるを得ない。
愛ちゃんが超能力者だから?
でも、それがどうした。
現場ではたらく以上、もって生まれた才能よりも重要視するべきものがある筈だ。
ぜんたい、偵察機に超能力者を乗せる――その意味も必要性もが俺にはわからん、見当もつかん。
もちろん、だからといって、愛ちゃんのことを蔑ろにあつかうとか、迷惑に思うなんてことはない。
それは絶対にないんだが、でも、それにしたって……、というのが俺の偽らざる気持ちってヤツだったんだ。
そうして……、
お日様の下をそうしてどれくらい歩いたか。
基地のゲートが見えてきたあたりで、
「げ……」
俺は口をひンまげ、呻きにも似た声をもらす事になってしまった。
ゲートの前に男がひとり――俺の苦手な、と言うより嫌いな奴が、明らかに俺たちの戻りを待ち、立っているのが目にはいったからだった。




