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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
92/93

千年王国の墓守達

「それ、私じゃダメ?」


 フランの突然の提案に私とアキレア、墓守の視線が交錯する。


「…」


 墓守が大仰に頷く。


「フラン様でもその効果は認められるかと存じます」


「じゃあ私でいいじゃない。私がやる」


「ちょっと。フラン」


 フランは肩に置かれた私の手を握って言った。


「良いの。最近ルリコは一人で抱え込みすぎだし…。何か力になりたいの」


「いや、でも…」


「アタシ一人じゃ心配? それそのままルリコに返すけどね?」


 振り返るフランの目に宿る決意を見て大きくため息をつく。


「…フランお嬢様は安全です。ラズール村の防衛には団長が付きますから」


 団長…ねえ…?


 団長と聞いて私の脳裏に仮面をつけた男、眼帯を付けた青年、そして巨体の赤毛女サヴァの狂暴な表情が浮かぶ。


 あんな団を率いる団長って…ちょっと信用がなぁ…。


「お宅の団に私の大事な友人を預けることはできません…墓守さんなら別ですけど」


「光栄ですが、その判断は団長次第ですね…」


「そうですか…」


 そう言って肩を落とす私の側にエルゼさんが来て言った。


「失礼します。フラン様の御身を守る仕事。このエルゼに任せてもらえませんか?」


「え? エルゼワードさんにですか?」


 そう頭を低くする彼の姿に頼りがいを見出すのはなかなか難しい。


「それは妙案かもしれません。優男に見えてコイツはかつて農民軍を率いた経験があります」


 エルゼさんは墓守さんが横目で睨まれると恭しく頭を下げる。


「大軍を率いての従軍と運用。最前線での戦も経験したことがあります。そんなことがあってはなりませんが…。もし火急の際には。私自ら肉盾となりフラン様を守ると誓いましょう」


 いや、誓うって言われてもな…。


「えっとエルゼワードさん…。一体何を考えているんですか?」


「何がでしょう?」


「そもそも今日だっておかしいです。本当はエルゼさんが集落の皆さんを説得できたのに…わざわざ私にそれをさせましたよね? その上私達を命をかけて守るという。一体何故なんですか? そこらへんわからないとちょっと信用できないって言うか…」


「勿論それは私が地代マーガレットの盟友だからです。そして彼女が守護者と仰ぐエルフ様に従うのは自明の理かと思いますが…」


「いや、そういう綺麗なお題目はいいんだけど……」


「いやはや、お題目とは心外な。私はいたって本気なのですがね」


 そう言うとエルゼワードはこちらをじっと見つめてから顔を明後日に向けた。その視線の向こうには先ほど集まっていた集落の人々のまばらな姿があった。


「別段驚くことはありません。男として美しい女子おなごを守るのは冥利に尽きます。ただそれ以上に…。私がハイヴ出身というのが大きいでしょう」


「ハイヴって確か…」


「はい。地表の縦穴に棲みエルフを信奉する者達。私達はそこで生まれ幼いころからエルフの為に生き、死ねと教わったんですよ」


「いや、でもそれは…やっぱり信じるの難しいですよ。だってそれだけエルフが好きとか尊敬してるってことですよね? じゃあ貴方達がフランを浚うかもしれない…って思っちゃいます」


「それについてはご心配ありません。我々はエルフに近づける際は男の生殖能力を奪うという掟があるからです」


「…はい…?」


 あまりの衝撃にシュラの上でのけぞってしまう。


「それに私はあの地とは縁を切り、今では独自に動いています。フラン様を浚っても受け入れられるどころか逆につかまって差し出されるのが関の山です」


「いや、だからそれならなじゃあ、おさら何で? って感じなんでけど…」


「それは私が個人的に、この平和な世が百年、千年続けばいいと思っているだけです」


「はい?」


「ハイヴから追放されて地上をさまよった数年、私は考えていました。何故これほど人の格差が広がるのかと」


 エルゼは遠くの畑へ目を向けた。


「人は、成果を急ぎすぎるのです。土地を肥やし、安定した実りを得るには何十年もかかる。しかし支配者は、それを待つ間に老いてしまう」


「……」


「だから生きているうちに富を築き、子孫へ残そうとする。その焦りが、民と土地を食い潰すのです」


「でもそれは…仕方なくないですか?」


「確かに繁栄の為には争いや収奪が必要に見えます。しかしそれが必要ないとしたら?」


「はあ…? 戦争も収奪もなしで富むなんてムリじゃない…?」


「いえ、それを可能にする計画を君主シャンの前で語った者がいます。貴方は以前、未来の成長を担保に金を借りられると言いましたね?」


「いや…それは言いましたけど…。それって銀行とかを用意しないと無理って言うか…」


「いえ、システム自体なら作れます。問題は、その信用を誰が保証するかです」


「信用って…王様とかってことですか?」


「成程。では、百年後に代替わりした王がその約束を守ると、誰が保証するのです?」


「それは……」


「王が代われば政策も変わる。王家が滅びれば契約も消える。戦争に負ければ、国そのものがなくなるかもしれない」


「じゃあ結局、無理じゃないですか」


「人間の王には、ね」


 私はエルゼワードを見つめた。


「普通の王は、森が育つ前に老い、運河が完成する前に死にます。金を借りた王と、それを返す王が別人だから、百年後の成長を信用できない。でも……もし、同じ王が百年後も生きていたら?」


「…なにを仰ってるかわからないんですけど…」


「約束した本人が、成果を見届け、借りたものを返すことができます。王位継承もない。方針を変える政変もない。千年計画そのものを、国の信用にできる」


「そしてその千年計画は寿命だけでは成り立たない。その千年耐えうる政策を貴方が樹立することこそが重要なのです。貴方の協力なしに、私の理想は実現しません。その貴方が何より大切にしているフラン様を、私が害する理由などないでしょう?」


「ああ…まあでも。いや…。それって結局机上の空論ですよねそもそも」


「ええ。人間にとっては」


エルゼはこちらを見つめた。


「しかし、私達が信じる種族なら可能です」


 うーん…この人…。絶対エルフの長寿わかってるっぽいよね…。


「でも、その千年生きる王が死んでも…結局国も瓦解しますよね? 死ぬ間際になって、戦争や収奪に走るかもしれない」


「その前に、法も税も政治も一つずつ民へ返します。すべてを返し終えたとき、王はその役目を終えるのです」


「つまり、その先年の王の崩御の後には王を必要なくする?」


 そこまで言ってエルゼワードが大きく諸手を上げて言った。


「はい。王の役目とは、いつか王を不要にすること。そのための千年なのですよ」


 うーん…。まあ考え自体は嫌いじゃないけど…。


「でも、それは多分無理ですよ」


「何故そう思うのです?」


「王が権力を民に返しても、権力そのものがなくなるわけじゃないからです」


 エルゼさんの表情が止まった。


「今度は民の中で、権力を持つ人と持たない人に分かれる。金持ちが政治を動かすかもしれないし、軍を握った人が新しい王になるかもしれない。貧しい人と裕福な人の格差だって、結局また生まれます」


「……」


「それに、エルフなら腐敗しないって保証もないですよね。千年も権力を持っていたら、手放したくなくなるかもしれない」


「貴方も?」


「はい?」


「貴方も、権力に執着すると?」


「…するかもしれませんよ。私だって、自分が千年間まともでいられるなんて信用できませんし…。死ぬのは怖いですよ」


 しばらく、エルゼさんは何も言わなかった。やがて俯き、肩を震わせ始める。


「……エルゼさん?」


「安心しました」


「何がです?」


 顔を上げた彼は、笑っていた。


「私の理想を理解した者はいました。自分なら成し遂げられると豪語した者も。しかし、その先に生まれる次の支配者を案じ、自らの腐敗まで疑った者は、貴方が初めてです」


「いや、それは別に大したことでは……」


「大したことです。貴方はエルフでありながら、エルフを信じていない」


 その目だけが、異様な熱を帯びていた。


「それにあなたは我々が千年をかけても疑わなかったものを、たった一言で否定した」


 エルゼさんが一歩、私に近づいた。


「ルリコさん。貴方は――一体、何者なのです?」


 そのエルゼさんの異様な熱意に、ついたじろぐ。


「いやぁ私なんて極めて一般的なエルフっていうか…。ちょっと怖いから距離置いてほしいなぁ…。なんて…」


「ねえ、オジサン。ルリコが怖がってるからやめてあげなよ」


 フランの言葉に正気を取り戻したのかその目の輝きは鳴りを潜めてにこやかな表情に戻った。


「これは失礼しました。つい…。しかし私はたった今天啓を得ました。ルリコ様。私は貴方を王にする。いずれ必ず。どんな手を使ってもね…」


 いや、そんなの望んでないんだけど…? っていうか礼儀作法もできない元OLなんて王にしたら国が滅茶苦茶になるって…。


「エルゼワード。お前は聖人と称されるから大目には見るが…あまりルリコ様に余計な心労や迷惑をかけるのであれば容赦はしない。よくよくその振る舞いには気を付けるように」


 アキレアの言葉にエルゼワードは頭を下げて「承知いたしました」とにこやかに言うと、その場を後にして集落の人達の群れに戻って行った。エルゼワードの姿が遠くなったところで緊張の糸が切れたのかドッと疲れが肩にのしかかってきた。


「なんか…すっごい疲れた」


 肩を落とす私の背中にフランが言葉を投げかける。


『ねえ、ルリコ。私はエルゼワードさんは信じて良いと思うよ』


『ええ…!? あんな感じなのに?』


『あんな感じだからこそだよ。あの人貴方ばかり見てて私には見向きもしてなかったし…。それに私達が人間の手を借りて行くならああいう人も利用しないと駄目って気がするし…』


 それは…そうかもだけど…。


『どうしても不安ならクインストラナイツから一人騎士を借りれば良いと思うし…。とりあえずあの人は私に任せてくれない?』


 そのフランの言葉に言葉もなく頷く。私達の様子を見て頷いた墓守とアキレアはシュラの腹を蹴ってその場を後にした。シュラの背で私はエルゼワードさんについてずっと考えていた。


 それにしてもさっきのエルゼさん…絶対エルフが長寿だって気づいてたみたいだけど…。あのまま行かせて良かったのかな…? 話の流れで墓守さんもそれに勘づけそうだったし。もしそうならマズいんじゃないかな…?


 そう思って後ろ手に見た墓守の顔色を伺っても何を考えているのかはわからなかった。


 長寿のことは隠し通せるとは思わないけど…。せめてエルフの国が安定してからじゃないと危険すぎる…。


 そんな漠然とした不安を抱えたまま城に付いた私達は、シャンを墓守に預けて城に戻った。夕食のマナー講座の後、私達は寝室の机に周辺地図を広げながら盗賊について相談をすることにした。


「ねえ、ルリコ。レーデルさんから地図と盗賊の被害報告書借りて来たよ」


 そう言うとフランは寝室の机に巻物と書類を放り出す。アキレアがその巻物を広げて壁に広げて貼り付ける。


「あれ、この被害報告書の紙…ルリコの紙じゃない?」


「あ、本当だ。レーデルさん使ってくれたんだ」


 その紙にはまるで印刷機で書かれたようなきれいな字で書かれていた。


「流石…元宮廷の文官」


「えっと…。被害なんだけど…。二週間前は荷車一台ぐらいなのに…最近だと三台も襲われてる。一週間前から目撃人数も被害も倍になってるね」


 フランの報告を元に私は壁の地図にマチ針を刺していく。


「被害個所は橋とそこに至る道が中心。時点でラズール村。で、また一週間前から橋と道で同時襲撃も起きてる」


 私は地面に苔石橋とラズール村を指さして、その宙に二つの円を空に描く。私の隣でフランも同じように見上げる。その円を宙でなぞりながらフランを振り返る。


「盗賊が橋の見張りと村、その村に至る街道に襲撃を繰り返してるなら、根城はこの三つへ無理なく往復できる範囲にあるはず」


「成程。確かにシュラの機動範囲はそれぐらいだったかもしれません。流石はルリコ様です」


「じゃあ山は範囲外だから除外…。ルリコが前に襲われた遺跡も除外。…そうなるとほとんど森じゃない?」


「そうだね。多分根城は森にあるんだろうね。で、森を四、五人で行き来しているんだと思う」


「なんで?」


「橋をずっと同じ人が見張るのって大変でしょ。襲撃役と見張り役を交代させてるなら、すぐ戻れる場所に根城がないと困るから」


「ふぅん。そうなんだ」


 そう言って隣のフランを見ると何故かネグリジェ姿だった。


「いや…なんで服着てないの?」


「え? 着てるでしょ? ネグリジェ。ていうかルリコはドレス脱いだら? キツイでしょ?」


「まあ…それもそうか…。アキレアお願い」


「承知」


 いやぁ…人に脱がしてもらうのが当たり前って…。なんか貴族が板についてきたなぁ…。


 アキレアにドレスを脱がしてもらう間に私は報告された被害を指折り数えた。


「街道を通る荷車が一日に一、二台。襲われた旅人が四、五人。橋を押さえるのに最低四人として、それを交代させる人、街道を見張る人、襲撃する人、根城を守る人も必要になる」


「十人程度じゃ足りなくない?」


「多分、総勢二十から二十五人。三十人以下って感じかな」


 アキレアが低く唸った。


「総勢二十人強。それであれば橋の四人を私が毎日通えば六日で掃討できます」


 フランは寝床に寝っ転がると私に手招きする。それに引き寄せられるかのように私もわらのベッドに寝転がる。


「多分二日目くらいで誰も橋に来なくなると思う」


「でもそうなると橋の封鎖は解除できますね」


「ああそうか…。じゃあそれも案の一つにしておこう」


 そう言いながらおでこをこすりつけて私の胸を揉もうとするフランの手を軽くはたく。


「ああ、胸触るな! うっとおしい!」


「アハハ。なんかおっぱいって安心するんだよね」


「自分のを揉め!」


「ちえ…。…ていうかアキレア何で眼を閉じてんの?」


「大丈夫です。私は見なくても耳と鼻で位置の特定ができます。問題ありません」


「? 別に見れば良くない?」


「問題ありません」


 有無を言わさないアキレアの声にフランはたじろぐ。


「そ、そう?」


 ベッドに転がりながら足を組んで天井を見つめる。


「橋の解放は魅力的だけど…。でも森に潜伏されて大捜索は面倒だなぁ…」


「では、根城を見つけて全滅させますか?」


「それが理想ではあるけど…」


「こんな広い森の中、探すの難しいよねぇ…」


「行けぬなら、向こうから来させよう。ホトトギス」


「ホトトギスって何?」


「ねえ、提案なんだけど。一旦私達だけで盗賊を討伐してみない? そうすれば傭兵団を無駄に運用しなくていいし。フランを危険な目にあわせなくて済む」


「別に私は構わないけど…。どうするの?」


 その私の言葉にアキレアが頷く。


「…向こうから来させる。囮…というわけですか?」


「うん。川上か川下からわたってラズール村か川下の村で商隊を編成してわざと襲わせる」


「名案です。でしたらその任どうかこのアキレアにお任せください」


「いや、アキレアは私の護衛をしてもらわないと…」


「えーとじゃあ。あの川下の村で編成をして…って待って…」


 フランが、苔石橋より川下のマチ針を指さす。


「川下の被害は? あそこでも一件、旅人が襲われてるよね。これ円の行動範囲から外れてない?」


「…別の盗賊じゃない? 多分レアケ」


「レアケ?」


「レアケースというのは、起こる可能性はあるものの、滅多に起きない例のこと。多分別の盗賊だから無視していいよ」


「ふーん…。で、囮が失敗したらどうするの?」


「大丈夫。同時並行でクリシダの狼に森を探させる。それで盗賊の根城を見つけたらクインストラナイツにやってもらうよ」


「それがよろしいかと存じます!」


「うん。とりあえずそれでいいよ。ダメだったら墓守の作戦に乗ればいいんだし」


 フランはそう言いながら私の胸に顔を埋めようとする。それを肘で除ける。


「はい。もういいから。フランはもう大人でしょ?」


「ルリコぉ…。お願い…」


 そのフランの切ない声に胸が締め付けられる。


 ええ…なんで…? なんで貴方は寝る前に甘えん坊さんモードになるんですか…?


「ああ。…わかったからさっさと寝て」


「うん。ゴメンね」


 そう言ってフランは私の胸に顔を埋める。


 う~ん。まあ、私も前世でもデカい胸に興味を持つ子には居たけど…。ここまではっちゃけてなかったよね…? …まあ、でも…あんまりエマさんって甘えさせてくれそうな感じはしないし…。その反動なのかな…? 夜にだけ弱い部分見せるツンデレみたいな…? まあ…もういいか。もう眠いし…。


「おう。来たぞ」


 突然の声に目が覚めて見ると、私達の寝床にクリシダが立っていた。大きく息を吸うと、草むらを刈った後のような青臭い香水の匂いが鼻孔に広がる。起き上がってみると昨日私と向き合って寝ていたフランはいつの間にかこちらに背中を向けていた。


 ええ…。昨日あんだけ言ってたのに…。ていうかなんかあんな風にされると…。なんか私が臭いって言わてるみたいで腹立つんだけど…。


 そんなことを考えながらフランの背中を睨みつけた。

次回の更新は8/9です。

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