諸手の腹脚でうごめくモノ
次回の更新は8/2です
現在の章をプロットなしでやるという実験でやったらかなり冗長になっているので近々推敲を予定しています。なるべく投稿を維持しながら推敲をしていければと思います。
「喧嘩してる?」
「何か不穏ですね。墓守」
墓守はアキレアを振り返らないまま呟く。
「ああ。だがルリコ様方を喧騒に巻き込んでいいのか?」
「ルリコ様方は支配者なのだから知らねばなるまい。それに何かあれば我々がお守りすればよいのだ」
墓守は呆れたようにため息をつく。
「まあ、弓も槍もない女と老人ばかりか。いいだろう」
そう言うと、墓守は背中の剣をするりと抜いた。
「おい、ルリコ様達に血を見せるなよ」
「最善は尽くす。だが、妙な動きを見せたら容赦はしない。エルフ様には指一本触れさせん。それが最低条件だ」
「それは絶対条件だ」
そう言うとアキレアは私を振り返る。私は頷くと言った。
「…無血で終わらせるよう交渉します。その間はどうか守ってください」
「御意!」
墓守とアキレアはシュラを横並びにして農民たちの喧騒へと近づいて行った。途中、フランが目を細めながら言った。
「ねえ、あれってエルゼワードって修道士じゃない?」
「ああ…なんか随分と久しぶりな…」
白いローブに身を包んだエルゼワードは向かい合ってる人垣の間に立って仲裁をしているようだった。彼は近づく私達に気づくとお互いを制するような仕草をして、農民たちを跪かせた。それを見たアキレアは高らかに声を上げる。
「ご苦労!」
そう言うと、アキレアはシュラを横にして降りると私に手を差し出した。その手を取ってシュラから降りて近づくと後ろからアキレアが「顔を上げよ」と声を上げた。顔を上げた農民たちを見るとその中には紙作りを手伝ってもらっている奥様方と、それ以外の農民の奥様方が向かい合って喧嘩をしていたみたいだ。その私が雇った紙すきの奥様達の後ろにべそをかいているポテの姿があった。
「…何かあったんですか?」
限りなく親切な声色を使いながら皆に話しかけると集落の奥様の一人が言った。
「エルフ様! この者達がこんなものを持っていたのです!」
そう言うと彼女は両手を高く掲げて私の方に差し出した。それをアキレアが取ると高らかに言った。
「丸薬ですね。黒なので熱さましかと存じます」
「薬…ですか?」
それを聞いた途端、紙すき衆の奥様が声を上げた。
「ルリコ様! アイツ等は勝手に私達の薬を持ち出したんです! あれは私達が自分の稼ぎで買ったモノ。それを奴らは盗みました! どうか罰してください!」
それを聞いたもう一方の奥様が立ち上がる。
「ふざけんじゃないよ! アンタ達が紙を作ってる間、誰が畑の世話してると思ってるんだい!? それをサボったあげくコソコソ薬なんて買って! 恩知らずにも程がある!」
うわぁ…どうしよう。双方めっちゃ熱くなっちゃってる…。
「静まれ! 静まらないか! 座れ!」
後ろから墓守の怒号が響く。
こ…怖い…。雰囲気が…。
何とか笑顔を保ちながらもオロオロとしていると、エルゼワードさんが立ちあがって言った。
「まあ、まあ。皆さん落ち着いてモチついて…」
エルゼワードさんのしょうもないダジャレに皆が静まり返ると彼は再び座って言った。
「ルリコ様。この度の件、皆の衆は大分感情的になっています。ここは一つ私エルゼワードに説明をお任せていただけないでしょうか?」
にこやかにほほ笑むエルゼワードに手の平を向けると言った。
「許す」
「ありがとうございます。双方の言い分はこうです。まず紙すき衆の奥方奥方達の言い分です。彼女たちの子供が熱を出しました。しかし薬は高価なもの。村の負担を気にした彼女らは稼いだ給金を使って薬を買いました」
まあ…。それはなんとなくわかるけど…。
「一方、集落の奥方たちは憤りました。薬は確かに彼女たちが買ったものです。けれど、彼女たちが紙をすいている間、畑を見、子を預かり、水汲みや飯炊きを肩代わりしていたのは村の者たちだと。ゆえにその給金は、彼女たちだけのものではない。よって薬は村のものだと訴えております」
「ん……? でも薬を買ったのは紙すき衆達なんですよね?」
「はい。そこで言い争っている場に丁度ルリコ様が居らっしゃいました。なので双方はルリコ様に薬の所有が誰のものか裁定して欲しい…と申しているのです」
いや、裁定って…。別に私は裁判官じゃないんだけど…。ていうか持ち主なんて…。そんなの、買った人じゃないの?
そう思った瞬間、紙すき衆が声を上げた。
「アタシ達だって遊んでたわけじゃないんだ! ルリコ様に尽くして、その御褒美として頂いた金だよ! 村の仕事をサボって拾った銭じゃない。だったら村の連中に取り上げられる筋合いはないだろう!」
…うん。まあ。私はこっちの主張はわかるけどな。
「御褒美だって? その御褒美をもらえるように、畑も子守りも代わってやったのは誰だい! アンタらだけで稼いだ面をするんじゃないよ!」
う~ん。こっちはよくわからないな。でも畑って共同のモノだし…。町内会の集まりをサボるようなもの?
「代わってくれなんて頼んでない! ルリコ様の命で働いたんだ。文句があるならルリコ様に言いな!」
いやぁ…私に文句を言われても困るって言うか…。そのテンションをこっちに向けないで怖いから…。
「村の仕事を放り出して、都合のいい時だけ村の者の顔をするな! ルリコ様の世話になるなら、村の飯も畑も頼るんじゃないよ!」
とうとうすすり泣いていたポテが我慢の限界とばかりに大泣きし始める。それを聞いて胸を締め付けられた私は大急ぎで両手を上げて言った。
「あ、ハイ! ストップ。皆一旦落ちつこ?」
手の平で皆をどうどうと制しながら、その場に膝を下ろさせる。泣いたポテの声をかき消すようにグレーテさんが豊満な体で抱きしめる。
「ルリコ様! お召し物が泥で汚れます!」
アキレアの制する声は一旦無視して、私は地面に膝をついて彼女らの目線を合わせると言った。
「その薬は、元の所有者に返してください。薬は、紙作りで働いた人たちが、自分で稼いだお金で買ったものです。だから勝手に奪うのは禁止します」
それを聞いた農民たちは、いっせいに額を地面へ擦りつけた。その頭を下げた中で一番の年長者が、恐る恐る口を開く。
「恐れながら申し上げます。では、その『自分で稼いだ』とは、どこからどこまでを言うのでしょう?」
「え?」
「紙をすいた手は、確かにあの者らの手でございます。ですが、その間に畑を耕した手は誰の手でございましょう。子を抱いた手は。飯を炊いた手は。水を汲んだ手は。あの者らが紙をすくために空けた時間は、村の者がねん出した時間でございます」
ねん出した時間って…。
「……時間って…誰かのものなんですか?」
私の言葉に村のモノたちもお互い顔を見合わせて首をひねる。
え? 私なんかおかしいこと言ってる?
するとエルゼワードさんがにこやかに笑って言った。
「そうですね。例えばですが…。この村では、働き手の手はその者だけの手ではございません」
「だけの手じゃない?」
「はい。村の手です。畑を耕す手。子を抱く手。水を汲む手。病人を支える手。村はそれらを寄せ集めて、ようやく一つの身体として生きております」
「それは村という巨大な生命体です。土でできた大きな胴体。そこから農民たちの腕が何本も生え、うごめいている。鍬を持つ腕。赤子を抱く腕。桶を運ぶ腕。釜をかき混ぜる腕。
誰かが死ねば、腕が一本、枯れた髪のように抜け落ちる。けれど胴体は止まらない。村の胴体から新しい命が生まれる。それは女の胎だ。そこから生まれた子は、また村の胴体へ納まり、やがて新しい腕になる。抜けた腕の跡に、別の腕が生える。また鍬を持ち、また赤子を抱き、また桶を運ぶ。
ずっとそうして、抜けては生え、産んでは抱え込み、自己繁殖を続ける。腹に無数の脚を持った、巨大な多足の生き物。それが村という生物です」
それを聞いて私のソラマメを大きくした様な身体に沢山の手がイモ虫みたいに生えてる奇妙な生命体を思い浮かべてしまった。
うわぁ…。エルゼさんのせいでなんか変なのを思い浮かべちゃったよ…。
「紙をすいた奥方の手もまた、村から生えた手の一つ。村がその手を畑から離し、紙すきへ貸した。ならば、その手が掴んだ銭を村のものと見るのは、彼らにとって不思議ではないのです」
あー…まあその例えなら何となくわかるけど…。要するにこの人たちは、薬を盗んだつもりじゃない。村から伸びた手が拾ったものを、村のモノだと言ってるってことか…。要するに彼女達の手がするべき仕事だったのを他の人の手が補ってるのに…って話なのか…。
私は大きく首をひねる。
とはいえなぁ…。今更紙すきの人では奪われたくない。カラリリへの納品を考えると猫の手も借りたい状況だし…。ん…? 手を借りる…?
そこで私は手を打って言った。
「じゃあ…こうしませんか? 貴方達の手を借りる間、集落にその手を借りる料金と手伝ってくれた人に給金を払います。つまり集落の穴埋め量と個人への賃金を両方支払うってワケです」
まあ…要は人材派遣会社みたいなスタイルにするってわけだけど…。
「それなら…まあ…」
それを聞いた年長者の人はホッと胸をなでおろす。
「その代わり、その賃金で買ったものは村のモノじゃなく個人のモノ。だから取り上げたりはしないでください。とりあえず今回は今までの損失はこちらがもちます。それで手打ちにしてください」
「…承知しました」
「あと、こういう喧嘩は今後は止めてください。もしなんかあったら私は近くのエルフに相談してください」
そう言って立ち上がると集落の人達は互いに顔を突き合わせてひそひそと話し始める。その合間を縫って私は泣いていたポテの元に近づく。
「ねえ、大丈夫?」
そう耳打ちするポテは涙を拭いながら顔を上げて頷いた。
「すみません…私…喧嘩が苦手で…。皆は家族のようなものなのに…争うなんて…。神は許しません」
そう泣きじゃくりながら彼女は言葉を続ける。
「ルリコ様。そんな顔をしないでください。確かに村は面倒なこともあります。でも…」
そう言うとポテは私の渡したハンカチで鼻を拭う。
「お腹が空いたら食べ物を分けてくれます。病気になったら看病してくれます。子供の世話も代わりにしてくれます。温かいんです。まるで寒い冬の暖炉の様に…。だからどうか…失望なさらない下さい」
温かいか…。
「そうです。ルリコさん。村の手は引き止める手でもありますが。支え、守ろうとする母の手でもあるんですよ」
私とポテの間にエルゼワードさんが割り込んで言う。
私の中にあった奇妙な人の腕の毛虫が村人を抱く女神のイメージに変わっていく。
成程そう考えると…。ポテの言う通り温かいモノって感じがするって言うか…。
その内心を他所にエルゼワードさんは満面の笑みをこちらに向けている。
「…ていうかエルゼワードさん。今までどこに居たんですか?」
それを聞いたエルゼさんは驚いたように口を大きく開けて言った。
「ルリコ様が仰っていた、山賊に占拠されていた遺跡を見て参りました。荒らされたままでは忍びありませんので」
フーン……。
「それで、何かありました?」
「遺跡は特になにもありませんでしたが…。苔石橋が封鎖されておりました」
「苔石橋って……私がゴムを譲ってもらった場所ですよね?」
「左様です。ゲルゲル城とこの地を結ぶ要でございます。ですが物資不足と物価高で盗賊が増え、橋を通る商隊が襲われております」
ええ……。ノグルスの和平って、あんまり意味ない感じだったのかな。
「つまり、橋が使えないと物資が来ない?」
「来ないだけなら、まだましでございます。橋を避けた商隊が、ヘルミ殿の故郷へ流れ込んでおります」
「……あの村に?」
「はい。ルリコ様の資金で道具と食糧が動き、今やあの村は商隊の中継地です。ルリコ様にちなんでラズール村って改名したらしいです。人も荷も銭も集まっている。盗賊から見れば、たいそうよい餌場でしょう」
餌場って…。なんか嫌な言い方だなぁ…。
「つまり、盗賊がヘルミの村…ラズールを狙ってるってこと?」
「すでに周辺を探られております。苔石橋を塞いだのも、商隊をあの村へ押し込むためかもしれませぬ」
「一か所に集めて、一気に叩く……みたいな?」
「左様です」
背後で聞いていたアキレアが、低く言った。
「そのルートは、奥方様への援助路でもある」
「はい。ヘルミ殿の村が落ちれば、商隊だけではありません。奥方様への物資も、援助資金のルートが断たれます」
うわぁ。また厄介なことになっちゃったな。
「…こういう時こそ傭兵の出番じゃないの?」
そう言って墓守の方を向くと彼女は厳しい目をこちらに向ける。
「我々の軍を向ければ守りは固くなるだろうが…動きが大きすぎて盗賊は隠れてしまう。なのでルートの安全を確立を優先すべきでしょう」
「というと?」
「我々精鋭の一部をラズール村に派遣して部隊到着まで防衛します。村に部隊を配置したら精鋭と共に橋を解放しに向かいます」
「うん…。まあ、妥当だと思うけど…」
「失礼を承知で申し上げますが…。そのラズールを占拠して暁にはルリコ様が指揮を取って欲しいんです」
「いや…。なんで私?」
「ラズール村ではルリコ様は投資の恩と金楯の穂としての名声があります。なによりエルフの美貌は団結を促しやすいですから。あの村を要塞化してルートの安全を確立しやすくなります」
「いや…でも私…ちょっと忙しいっていうか…用事があるっていうか…」
「あの地の付近にはルリコ様が共同開発されるゴムの原料があるんですよね? だったら守りを強固にしておけば後々このような些事は防げますよ?」
あー…それは魅力的だな…。くそぅ…やっぱり墓守さん…。頭が回る…。
「ラズール村には私の養子達を含め多くの村民、商隊が足止め状態です。これらを救えるのは巨大な軍事力を抱えるエルフしかいないでしょうね」
エルゼワードさんは私達にそう訴えかける。
うーん…なんかすっごいお膳立て感が半端ないって言うか…。
私が首をひねっていると、フランが前に出る。
「エルフの軍事力って巨大なの?」
その屈託ない質問にエルゼが頷く。
「クインストラナイツ、ヴィヴィセプルクリ、農民兵。平時、総動員数を踏まえればとんでもない数ですよ。少なくとも防衛戦ならラヴェルヌ家と互角かと」
そ、そうなんだ…。
「ルリコ様は盗賊を掃討した後に、村の安全なところに居るだけ大丈夫ですから」
「いやでもなぁ…」
なんとかアキレアがゴネてくれないだろうか? そう思って彼女を振り返ると彼女は一歩前に出て言った。
「お任せください! ルリコ様には誰であろうと指一本触れさせません!」
ああ…これ行かなくちゃいけない流れっぽいな…。
「じゃあ…」
私が了承しようとすると横からフランが手で制してきた。
「それ、私じゃダメ?」
フランの突然の提案に私とアキレア、墓守の視線が交錯した。




