塔と金の穂
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「あの武人に聞いたよ。盗賊狩るんだって?」
「ああ…なんか話が早いね」
頭を掻きむしりながら立ち上がると眼を瞑ったままのアキレアが水の入ったコップをもって近づいて来る。
「あ、オレにも一杯くれ」
アキレアは新しいコップに水瓶から水をそそぐ。その間にクリシダは昨日印を点けた地図を見上げる。
「要はこの円が奴らの行動範囲なんだな?」
「うん。で、森に多分潜伏してそうなんだけど…狼に聞けないの?」
「聞けるかよ。会話つってもほぼ居るとか居ないとかの単語レベルだぞ? その上森に棲んでる人もいるしな」
「いや、でも恐らくは森の洞窟とか、人間の修道士の施設とかに棲んでるハズだ」
「…まさかゴキブ…」
「話せねーよ。音で仲間同士意思疎通する生物限定だわ」
「だよね。まあ、じゃあ囮作戦の方で行くよ」
「すまんな。代わりに街道と橋には鳥の眼を光らせておくよ」
いえいえ。もう既に充分役立ってますよ…。
クリシダはアキレアから水を受け取ると大口を開けて水を流し込む。
「ああ。酒が欲しい」
「ダメだからね」
「別に乳母いるんだからいーじゃんか」
「ダメだって。子供にお母さんのお乳もあげないと」
「ハッ! かあはオレに乳なんて飲ませたことないのにか?」
その言葉にニヤリと笑う。
「おや? ママのおっぱいが欲しかった?」
「ぬかせ」
そのクリシダの返答に私はニヤリと笑う。
「…ところでな。お前の紙作り…。ちょっと問題が出てな」
そのクリシダの苦々しい声を聞いて脳裏にポテの泣いていた顔が浮かぶ。
「もしかして…。退職!?」
「なんだよタイショクって…。あれだ…お前が一緒に居た…。あのトカゲ鳥みたいな髪の色の女居ただろ」
「…? ああ…カラリリのこと?」
「ああ。アイツお前の紙使って布告を出してるらしいぞ」
「布告? なんの?」
「なんか土地の境界だの道路の権利がどうのこうの…なんか結構面白い感じで書かれてたぞ」
…それって多分…だよな。きっと土地の争い的な…。
「ねえ…クリシダ。カラリリをいい子にする呪いとかないの…?」
「はあ…? お前なぁ…。気づいてないのか? アイツお前のせいでそうなりかけてるじゃないか」
「そうなりかけてるって…?」
「いい子にだよ」
「…いや、何か日に日になんていうか…怖くなってるんだけど」
「それはお前が奴をそうさせようと呪をかけてるからだよ」
「? 私は呪いなんて使えないけど」
「いや、お前ライラさんに言われただろ。言葉は呪いだって。お前、あの女にああしろ、こうしろって言ったじゃないか。」
「……でもヤンデレになれなんて言ってない。」
「なんだよヤンって。……まあいい。呪いってのはな、崖から突き落とす力じゃない。歩く人の背中を押す力なんだよ。」
「背中を押す……?」
「人間ってのは元から色んな方向へ歩いてる。優しくなりたい奴もいれば、壊れたい奴もいる。そこへ『もっとこうしろ』って言葉をかけると、その一押しが進む力になる」
「でも、進む方向は?」
「そいつ自身が決める。だから同じ言葉でも、誰かは強くなり、誰かは壊れる。呪いは行き先を決めるんじゃない。勢いを与えるだけだ」
「だから人は言うんだ。『あいつの一言で人生が変わった』ってな」
「じゃあカラリリに戻ってって言えば戻るの?」
「戻らねぇよ。崖から落ちた人間を元に戻せるか? 死んだ人間を生き返せるか? 言葉の操作と現実の結果は別だよ」
「そんなバカな…」
そう言って机に突っ伏すのも構わずにクリシダは続ける。
「まあでも多分今回の件はあのヘンテコ女の仕業じゃないぞ」
「…?」
ゆっくりと顔を上げるとクリシダは私のおでこを人差し指でつつく。
「その布告を出したのはサーシスという男の様だ」
その言葉を聞いて私は頭を深く抱えて唸った。
「うごご…」
「なんだよ?」
「昨日、テセウさんに周辺の有力者の名前と身分を覚えろって言われてるからさ…。もう、サーシスとか誰状態なんだよね…」
クリシダはその言葉を聞いてハッと笑った。
「それはこっちのセリフだ。お前たちが外に出てからこっちは役に立たない人間共を把握する手間ばかり増えていい迷惑だ。誰のおかげでスケベな人間の男共に気兼ねなく水浴びできると思ってるんだ?」
うう…そう言われると…頭が上がらないけど。
「そもそも盗賊なんて関わる意味あるのか? オレの同胞を野外やるからには理由を聞きたい」
「いや、私達がこの地を治めて行くには盗賊とかは対処するのは必要だよ」
「それは支配者であるエマの理屈だろう? ルリコ。お前はどうするつもりなんだ? オレはエマなんか見て居たくなんだが」
うーん…相変わらずクリシダは気難しいな。
「盗賊が封鎖している橋は君主の城と繋がってる。その道は奥方様の資金が通る道でもある。そこが絶たれることは太い血管が切断される様なモノだよ」
「何故金が必要なんだ? 美も夢も金では交換できないのに」
「美も夢も生活の余裕って言うか余剰がないと得られないからだよ。私達エルフは美を自然に備えているけど…。本来美って健康だったり余裕から生まれるものだから」
「そうか。ルリコ…ニコラスが恋しいか?」
「ええ…。突然なに? …まあ、そうだけど」
「アハハハ。…オレにもわからん。だが気になるんだ」
そう言ってクリシダは腕の痣を搔きむしった。
「それ止めて」
「いいかルリコ。今回、お前らで盗賊を潰すのはいただけないが…少数精鋭で盗賊を倒す方には賛成だ」
「? なんで?」
「ヴィヴィ・セプルクリのリーダーには野心がある。エルフの武力には向いてない…。しかし盗賊の掃討を頼むには奴らしかいないからな。傭兵、女騎士、地代の勢力を組み込んだ方が良いだろう…」
「それはいいんだけど…。エルフは誰を出すの?」
「そこはスカイの戦力を頼るしかないな」
ああ…よかった私が行けとか言われなくて。
「お膳立ては私の方でする。だからお前も働け」
「いや、まあ…できるだけはするけど…。何するの?」
「精鋭を率いるリーダーが必要だ。傭兵共の首魁を引っぱり出せ」
「引っぱり出せって…どうするの…?」
「ルリコ。それがお前のやることだ。お前、アイツを篭絡してこい」
「ダメです」「ダメ」
クリシダの言葉に私の背後でアキレアが即座に反対をする。その隣で横になっていたフランも上半身だけ飛び起きてクリシダに食って掛かっていた。
「あのような破廉恥な集団のリーダーにルリコ様を差し出すなど! クリシダ殿は正気ですか!?」
「ねえ、クリシダ。さっきから聞いてたけどアタシの母さんについて行けないってどういうこと?」
自分にくってかかる二人を半身でかわす。
「落ち着け二人共。ルリコの貞操を捧げろなんて言ってないだろ。そもそも今回の作戦は金でしか動ない奴、大義で動くやつ、命令で動くやつが混在する。この三者が納得するだろうモノがエルフの美なんだ。だから傭兵のリーダーを担ぎ出すにはエルフの美を使うのはそんなに変じゃない…」
そのクリシダにアキレアは更に身を乗り出す。
「反対です。傭兵のリーダーカラガルドは女たらしで有名です。ルリコ様の弱みを見せれば付け込んでくるに決まってます!」
「クリシダはルリコの夢を知っているでしょう? ニコラスだっているんだし…」
右と左からの一斉の抗議を両手でどうどうと静める。
「まあ聞けって。あのリーダーがルリコになびいたらうちの一族の女をあてがう。オレの同胞は強いオスの種なら構わないって奴が多いんだ安心しろ」
「いえ、ルリコ様にそうのような眼を向けさせること自体許せません!」
「相変わらず貴方の一族はえげつないね…」
そう言う二人を無視して私はクリシダに言った。
「まあ…。一緒に飲むぐらいならいいけど…」
「ええ!?」
驚いて振り返るアキレアに微笑む。
まあ、前世で上司相手に酒を注いで回ってた時期もあるし…。接待ってことならできなくもない。
「安心しろ。若い人間のオスはエルフより性欲が強い。強すぎるせいで目の前に似たメスがいたら飛びつかずにはいられない。ルリコが無視していればいずれ向こうが我慢の限界を迎えるさ…」
「でもそれでも満足しなかったら?」
「だから副リーダーはカラガルドを押さえられるやつを据える。なんだ…あの、女騎士で謹慎してた奴が居ただろう…?」
その言葉を聞いてアキレアが息を飲んだ。
「カミーラ姉様をですか…? それはいささか…。盗賊相手には過剰戦力なのでは?」
「別にいいだろ…どうせ力を持て余してるんだろうし…。それともお前が行ってくれるのか?」
それを聞いて彼女はクリシダから身を離すと起立した。
「私はルリコ様をお守りします!」
「そうして」
そう言うとクリシダはニヤリと笑った。
「さて、そうなるとヴァルグを勧誘するのが先の方が望ましいが…。機を考えるとカラガルドが先の方が良い。奴は今女と酒を飲んでいる最中だからな」
それを聞いてアキレアは顔を赤くする。
「クリシダ殿! ルリコ様に殿方の場所を尋ねさせるような真似を…」
「いや、ただの宿屋だったハズだが…」
この地の宿屋って確か…。私が初めて紙作りした場所か…。
「でもなんで今じゃないと駄目なの?」
フランの言葉にクリシダはニヤリと笑う。
「いいかフラン。人間ってのはな。目の前に手元に居る女より上玉が現れると…そいつが欲しくなっちまうのさ」
「何それ最低なんだけど…」
「まあ、ルリコより顔の良いフランは待ってろ。そしてルリコはさっさとドレスを着て宿屋に行ってくれ。そしたら余計なことは言わなくていい…。ただニコニコと笑ってろ」
「なんか引っかかる指示だな…」
そう言って立ち上がる私とフランはクリシダを両サイドから捕まえる。
「まあその前に…」
「クリシダ…アンタには…」
「ん…? 何だ? 二人して」
「「アンタには着付け手伝ってもらう」」
「イダダダッ! なんでオレまでドレスを着る必要があるんだ! ていうか何だこのコルセットとかいうの。拷問器具かなんかなのか!?」
私の着付けを手伝わせた後、ついでに彼女にもドレスを着つける。
「クリシダはこういうの…好きなんでしょ…?」
引っ張りながらフランは眉尻を上げて微笑む。
「好きな訳あるか! ていうか時間! 本当に時間がないから…!」
ドレスを着てぐったりとするクリシダを見下ろして私達は言った。
「わかったら…」「今後はドレス着てとか簡単に言わないでね…」
「わかったよ…。おい…ルリコ…。割と冗談抜きで今回の作戦はお前が要なんだから…。ちゃんとやれよ…。イテテ…。フランそっとやれって…」
私はドレスを脱がそうとしているフラン達を後に城の外の宿屋に向かって部屋を出た。
「ご安心ください。このアキレア。ルリコ様には指一本ふれさせません」
無骨な石壁の廊下を二人で早歩きしながら言った。
「まあ…冷静に考えたらさ…飲み屋に武器とか持って行かないだろうし…。いくら傭兵のボスとはいえ…酔っぱらってたらアキレアの敵じゃないんじゃない?」
「私はルリコ様が不愉快な思いをしないかが不安なのです…」
うーんどうなんだろう? 別に私ってエルフの中じゃ結構ブスって言われるし…。リリア団長と比べると見劣りする感じもするしなぁ…。案外何もないって展開だろうな…多分。
私達が城の門から出ると広がる広場を見ながら宿屋へと向かう。
「いつも思うんだけどこの城? って門番居なくて大丈夫なの?」
「人の気配がしたので隠れて見張ってるのだと思います」
道中挨拶をしてくれた人に手を振り返しながら宿屋の前につくとアキレアが扉の前で聞き耳を立てた。
「怪しげな雰囲気はありません…」
うん。まあ朝っぱらだし流石に無いと思うよ…。
アキレアが扉を引くと、中にはL字型のテーブルカウンターと何台かの机が置かれた懐かしの宿屋の内装が目に入る。カウンターの向こうには小柄な老女将さんのエレナとマルタさんが立っていた。そのカウンターの向こうには馬のたてがみの様な毛が背中を覆っている大柄の男性がバーで俯いていた。その隣で給仕してる女性がこちらを振り返る。
「ああ。姉さんお久しぶり」
「ああ…えっとクラリネ妹さんの…」
ファイン。そう呼ぼうとして口を閉じる。脳裏に「絶対に喋るなよ」というクリシダの声が響く。
ああ…そうか。喋っちゃダメなんだっけ…。いや、挨拶ぐらいセーフじゃないの? 美人でも挨拶しない人ってどうなの!? って思うんだけど…。
そう思ってカウンターでうなだれるけむくじゃらの男は今私の存在に気付いたかのように顔を上げた。ウェーブがかったボサボサの前髪から覗く虚ろな眼を見てゾクリと背筋が凍る。そのだらしなく開いた口元の不精髭が不潔感を助長する。
「久しぶりだねぇ嬢ちゃん」
そう言うエレナの女将さんの挨拶にも答えずニコリと笑いだけを返す。
「座んなよ」
そう言われて男から離れたバーカウンターに座ると、その背後にアキレアが立つ。男は私の一挙手一投足を見張るかのように眼で追ってくる。
「お前…金楯の穂か…?」
男は私を見つめながら酒焼けしたしゃがれ声をあえぐように紡ぐ。男を見つめる。
「驚いた。美人だな」
は? いや、こっちが驚いた。私の事美人と言う人なんて初めてなんだが…。…。美人って言われたことない。それってつまりブスの反証明なのでは…?
私の内心のことなど構わず男は私を見つめながら酒をあおってバーカウンターにつんのめるようにこちらに顔を向けた。
「なあ、アンタ。海のごろつきを無手で倒したんだって? それでついたあだ名が金楯の穂。俺の二つ名を知っているか? 黒の巨塔…。まあ、俺の背がバカ高いのと武器が黒くてバカデカいだけなんだか…」
そう言うとカウンターに顔を向けてしゃっくりをする。隣に居たファインが黒い男を覗き込む。
「あーあ。ガルガルドの旦那飲みすぎだって。まあルリ姉さんがキレイなのは認めるけどさぁ…」
そんなファインの言葉が聞こえないかのようにガルガルドは顔を上げて言った。
「なあ、アンタ困ったことないか? アンタならただで請け負ってもいい。俺はこれでも帝国最前線で十年は戦ったんだ」
何も言わずただ身を縮こませて笑う。そこにガルガルドの無遠慮な視線が胸、顔へと注がれる。
「笑え」
その言葉に首をかしげると彼は言った。
「その為にオレは戦う」
思わずガルガルドの顔を見た。
何言ってんだ、この人……。
酔っ払いの戯言だ。そう思うのに、口元が勝手に緩んでしまう。
面白いな。この人。
「滑稽だな」
突然後ろから底冷えするようなアキレアの声が屋内に響いた。しぃん…と静まり返る部屋何か気にもかけず彼女は続けた。
「女を隣に侍らせながら、忠義を捧げようとは。お前の剣はごろつきと同じだ。その隣の女か酒の酔いかに任せて振るだけの剣だ」
ガルガルドの笑みが消えた。途端に部屋の中に重苦しい空気が流れる。
「……姉ちゃん」
酒杯を置く。
「女のことは好きに言え。酒飲みだってのも否定しねえ」
そこで初めてアキレアを正面から見た。
「だが、俺の剣を侮辱するな」
「何が俺の剣だ。武器屋の剣と同じだろう。金を出した者が持ち主だ」
それを言われたガルガルドは手元のコップを見つめて押し黙った。
「え? それでどうしたの?」
フランの声に私は顔を向ける。
事故ったような空気になった宿屋から戻った私たちは、城の地下牢へ向かいながら、さっきの一件をフランに話していた。
「どうって…そのまま帰って来たけど…」
「え!? 味方を見つけて来るんじゃ無かったの!?」
その言葉に私は俯く。
「あのような下劣な男をルリコ様の末席に加えれば名声が落ちます。指揮はヴァルド姉さまで充分です」
「何やってんの…二人して…」
頭を抱えるフランを尻目にアキレアは憮然とした表情を崩さなかった。




